鉄道イベントに行くと、廃品の鉄道部品がよく売られてます。
駅名や銘板の入ったプレートなんかはびっくりするほど高いんですが
一方で、ただの制御部品なんかはそこそこのお値段で買えたりもします。
ワタシは、部品はただ飾るよりも何かにまた使えた方が
その車両に再び魂が入ったみたいで、楽しいです。






鉄道イベントの出展ブースで買ってきた
「ATS警報持続スイッチ」です。
運転席に設置され、ジリジリ音からキンコン音に換えるものです。
機関車にも電車にも付いてるものですから珍しいものでもなく
お値段も1000円くらいが相場なんですが、











この部品にはマジックで「751015 1E」の文字が
書かれていました。

交流電気機関車ED75 1015号機の1エンド部品と
読み取ることができます。








後日調べてみましたところ、
ED75 1015号機はかつて仙台貨物に所属していたのですが
2012年3月のダイヤ改正をもって仙台のED75が運用廃止。
1015号機は仙貨に最後まで残ったED75として
惜しまれつつも、その年の6月2日に廃車回送が行われたそうです。


さて、この部品を何かに使ってみようと考えてみましたわけですが、









実態はロック機構も無いただの押しボタンですから
照明用のリモコンに、くらいしか思いつきませんでした(^_^;。

ということで、こちらがドナーの汎用照明リモコンになります。











マニアなひとから何するんだーと怒られそうですが
ドリルで穴を開け
送信用の赤外線LEDを装着します。














リモコンの基板を削り込んで
なんとかボックスに収めました。
鉄道部品のスイッチにも
基板に干渉しないための加工が必要でした。














メーカーの照明に合わせるための設定がありますので
タクトスイッチの付いた基板を起こして配線します。
で、電池ボックスを詰めたりとか中身はもう一杯です。













電池を繋ぐと無事立ち上がったようなので。
設定値を入力し、いよいよ試運転です。
おーっ、無事に点きました。
順調に動いてくれてます。













ということで、ちょっとレトロな
照明リモコンの完成です。













実は我が家にはもう1個、
横川の鉄道文化むらが開園した頃に購入した
EF63 23号機の警報持続スイッチがあります。

さて、こちらもどうしましょうかね( ̄∇ ̄)。






東北の皆さん、ED75 1015号機は我が家で元気に働いてます。











写真は2009年当時、まだ震災が無かった頃に常磐線貨物を牽引し
仙台から水戸駅に来ていたED75です。
常磐線貨物は水戸までをED75が担当し、ここから首都圏へはEF81に交替していました。



旧国鉄型の交流電気機関車で、直流電気機関車の車体色が「青色」に対し
交流電気機関車は「赤色」の車体が特徴となっております。

ED75は東北地方の交流電化拡大に伴い昭和38年に登場した形式で、
昭和51年までに302両が製造されました。またその時代背景には、
「ヨン・サン・トオ」で知られる昭和43年10月ダイヤ改正を境に
蒸気機関車の淘汰を担う、立役者としての位置付けもありました。

東北地方の電化は戦後から始まりましたが、従前の直流電化方式と異なり
交流電化方式が新しく検討されておりました。これは当時、交流方式の
方が地上変電設備を必要とせず、送電ロスが少ないなどの特徴があり、
車両は高額になるが両数を必要としない地方路線の電化には向いている
という判断がありました。
またED75の頃にはトランジスタのように半導体技術が進歩し、
シリコン整流器が従前の水銀整流器に代わり普及したため、初めから
シリコン整流器を搭載したED75が交流電機の標準機として数多く
製造されました。

ED75は4軸で全長14.3mと、6軸のF型電機より短いですが
同じMT52型モーター1基の出力が直流機425kWに対しED75は
475kWと効率が良く、またED75重連で1200tの牽引が実現できたので
交流区間では板谷峠といった特殊区間を除き、F型の電機までを必要と
しませんでした。またED75の歯数比は4.44と万能寄りの設定でした。
進段は、直流電機の自動進段ノッチに対して交流電機は速度制御が自由
に効く特徴から、全界磁32段+弱め界磁2段=34段と細かく刻まれてました。

ED75の型式区分ですが、昭和38年に登場した基本番台に続き、九州
の交流60Hzに対応した300番台、北海道用の試験車500番台、日本海向けに
耐雪・耐塩害対策を施したの700番台、高速運転対応機の1000番台(P型)が
ありました。
1000番台は東北本線盛岡−青森間の全線電化完成に合わせ昭和43年に
登場しました。この番台は当時、コキ10000型コンテナ車による高速貨物
列車、20系寝台車による寝台特急が備える電磁ブレーキ回路と20系専用の
通信回路を備え、110km/h運転に対応しています。

昭和50年代に入ると東北の電化区間の殆どをED75を担う形になり
ましたが、貨物扱いの廃止や客車列車の減少に伴い機関車自体の廃止も
進みました。1987年の分割民営化で概ねがJR貨物に移籍しましたが
1998年にJR新型機関車EH500(金太郎)が新製配備され、その運用
が安定するにつれ次第に交代が進み、2012年3月17日ダイヤ改正を
以てED75の定期運用は無くなりました。
2014年現在はJR貨物のED75は全て廃車され、JR東日本所属の
日本海向け700番台が、数両を残すのみになっております。






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