ヨコカルの文化遺産には遠く及びませんが、実は
私の故郷の付近にも昔の信越線を偲ぶ遺構があるのです。
北高崎と群馬八幡をつなぐ「烏川橋りょう」に
その遺構はあります。







榛名線(国道)の豊岡橋から
信越線烏川橋りょうを望む。
線路が妙に左右に湾曲していて、
対岸の上り線と下り線の間に
もう一つ築堤らしきものが見えるのが
わかりますか。










ということで、対岸に回ってみると、
下り線と上り線の間に挟まれた
もうひとつの立派な築堤を確認することが
できます。











この築堤の基礎の部分は、石積みで構成されています。
現在の下り線と上り線の築堤はコンクリートですので
この築堤は他の2つより明らかに古いものです。
残念ながら、製造年を示すものは確認できませんでした。











ちなみにこれは現在の上り線側の築堤です。
こちらの方は、下の方に「1967 3」と
文字が彫られているのを確認できました。
(対岸にも同じものを確認できました)
1967年とは、実は安中から北高崎までの複線化が
完成した年であることから、
この橋りょうは複線化の際に作られたものと
伺うことができます。










一方で、こちらは現在の下り線側の橋脚に
付いていたプレートです。
昭和58年着手、昭和59年完成と
あります。
つまり下り線は途中から新しい橋りょうに
変わったわけです。












結論を言えば、こういう感じですね。







昭和59年、うーんそういえばそんなことがあったような・・・(^ ^;。





おまけ



北高崎駅にて(お)。







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