『船乗りシンバッドの冒険』リチャード・ウォーレス監督、47年
ダグラス・フェアバンクスお得意のジャンルである活劇をダグラス・フェアバンクス・ジュニアが主演しております。と言いつつダグラス・フェアバンクスの映画って『奇傑ゾロ』しか観てないです。
さてジュニアですが、エキゾチック風メイクがちょっと怖いような感じがし、トーキー時代の海洋アクション映画にしては動作が大げさなような気がしますが、なかなかよかったです。ただし、ダグジュニアは父と違い、活劇よりむしろ都会派ロマンティックコメディ『巴里の評判娘』やヒッチコック風味サスペンス『絶壁の彼方に』の方が似合う俳優だと個人的には思いますけど。
しかしながら、ダグジュニアも霞んでしまうほど素敵なのが、アバズレで貪欲で美しいお姫様のモーリン・オハラですね。美しいけれど色気とは程遠い、とばかり思っていたモーリン・オハラが色香を放っていてびっくりしました。ときおりリタ・ヘイワースを彷彿させてしまうくらいに!
アンソニー・クインやウォルター・スレザックといった出演陣も海洋活劇に相応しいけれど、嬉しいのは、出演していることをちっとも知らなかったジェーン・グリアがモーリンの付き人を演じていること。後に『過去を逃れて』や『仮面の報酬』で鮮烈なファムファタールを演じたジェーン・グリア!
活劇らしい展開に心躍る映画です。赤く染まった帆に映し出されたダグジュニアとモーリンのシルエットは、現在のハリウッドが失ってしまった粋と言えましょう。
と、ここまでが再録。モーリン・オハラの美しさと魅力は、まあ当たり前の事かもしれませんが私にとっては、新しい発見でした。ジョン・フォード作品では見せない貪欲そうな白目に輝く瞳!おかげで様で、フォード作品『リオ・グランデの砦』もよけいに楽しめてしまったような。ヴィクター・マクラグレンを放火魔呼ばわりするモーリン・オハラ!私はフォードは素晴らしい監督だと思いながらも、評価できない部分がいくらかあって、それは詩情にとらわれすぎて、モーリンやらリンダ・ダーネルといった魅惑のテクニカラー女優出演作品を白黒で撮ってしまった所にあるのではないかと思います。

『白い砂』ジョン・ヒューストン監督、57年
ジョン・ヒューストンという監督をあまり好きではないと思っていたのですが、考えてみれば『マルタの鷹』には興奮しないまでもスッキリしていて面白いし、『アフリカの女王』は小汚いとはいえ惨めに汚らしいわけではなく、もちろん面白いし、『アスファルト・ジャングル』だって生活臭が漂いながらもどこか潔癖なような気もし、男性映画の監督と言われるジョン・ヒューストンの映画ではいくらボガートが小汚い格好をしようが、『白い砂』ではロバート・ミッチャムも小汚い格好をしているけれど、好感が持てるではありませんか。
そして『マルタの鷹』を観た時も『アフリカの女王』を観た時もジョン・ヒューストンを見直したにもかかわらず、しばらくたつと「あんまし好きな監督ではない」という所に落ち着いてしまったのだけど、今度こそ本当にジョン・ヒューストンを見直すことにしました。
第二次世界大戦中、南太平洋の孤島に漂着したアメリカ海軍兵のロバート・ミッチャムが、島にただ一人残っていたデボラ・カーの尼僧に出会い、サバイバルな生活をするという物語で、日本軍と最後の方でアメリカ軍がちょっと出てくる以外は俳優が出ていません。
ということで『アフリカの女王』との共通点もありますが、それは置いといて、大感動してしまいました。まあ、ロバート・ミッチャムが神の声を聞いてしまうのは荒唐無稽にしても!
まずアクションが素晴らしい。ロバート・ミッチャムがダダダッと駆けて来てそのまま樽を蹴っ飛ばしてピタッと止まるという簡潔さ。海亀を捕まえようとして亀に引っ張られ海に落ちてしまったり。
そして決して泣きに走らない愛情というか心情描写。にもかかわらずデボラ・カーが、担架で運ばれるロバート・ミッチャムの口にタバコをくわえさせ、そしてタバコを取り、またタバコをくわえさせるというシーンに涙が出てきました。愛すべき映画です。
ここまでが再録。結局、今年はヒューストン作品は他に見てないというあたり、見直したんだかどうか。まあロバート・ミッチャム効果があったことは否めません。


『第七天国』フランク・ボゼージ監督、27年
本作は細部に至るまで神話化しているから、自分があえてその神話を紐解いてもしょうがないのですが、ジャネット・ゲイナーとチャールズ・ファレルが毎日11時になると「チコ、ディアン、天国」と呼び合うシーンは本作中もっとも美しく官能的なラブシーンです。「愛している」のかわりに最初にこの台詞が出てきたとき、「チコ、ディアン、天国」というわけわかんない台詞(チコはチャールズ・ファレル、ディアンはジャネット・ゲイナーの役名)は本人達が大真面目なので見ているこちらが恥ずかしいわい、といった感じでしたが、離れ離れの二人がその台詞を言う、というよりは祈るとき、大真面目どころか陶酔しきっているのですから、それは確かに官能的なのです。
ところで、映画の中のカーニバルというものが好きなのですが、『第七天国』には戦争が終りパリの人々が街に溢れ返すシーンでてきます。そこを盲目になったチャールズ・ファレルがジャネット・ゲイナーの待つ家を目指して進んでいくのです。そんなアホな、と思わずに陶酔の導いた結果だと思いたい感動的なシーンです。
鬼姉に鞭打たれて登場するジャネットはグリフィスのリリアン・ギッシュのようにボゼージにとってのロリータの女神なのかもしれませんが、彼女の引退映画
『心の青春』がスクリューボールコメディだということからもわかるのですが、意外なずうずうしさを持っていて、ついには逆に鬼姉を鞭で退散させたりするのが小気味いいですね。
これは再録じゃないです。載せるの忘れてただけ。


『八月十五夜の茶屋』ダニエル・マン監督、56年
驚異的に凄まじく変な映画です。日本人にとっては故淀川長治氏が出演しているだけでも記憶に残る映画ではありますが、淀川氏が出演しているだけあって普通の映画ではありません(とはいえ、どの人が淀川氏なのかわかりませんでした)。
あまりの凄まじさに開いた口が閉まらないまま2時間数分を過ごしてしまいました。こんな、こんな破天荒な映画を見逃していたことが悔しい!
沖縄とアメリカの異文化ギャップ、マーロン・ブランド扮する日本人通訳の通訳、京マチコの芸者の存在、すべていいかげんだ!!グレン・フォードとエディ・アルバートが異文化交流の洪水に巻き込まれ順応していく姿に笑わずにはいられません。それはアメリカ映画によくある、イタリア文化との交流よりも巨大なインパクトで、個人的には『日曜はダメよ』(ジュールス・ダッシン監督)のギリシャ文化との接触よりもはるかに凄まじい衝撃です。そして、ただ一人異文化に順応できなかった大佐によって事態はタイトルにある茶屋と共に破壊されるのだけど、それがあっという間に、時間の短縮もなく見ている側から再建(?)される快感!!
京マチコがよくこんな異常な映画に出たなあと思いながら、京マチコ偉い。所作がいちいち美しくて惚れ惚れするし、なによりアメリカ映画のヒロインにもかかわらず、英語を話さないところもまた堂々として素晴らしい。
主演のグレン・フォード(トップビリングはマーロン・ブランドだけど)のコメディ演技を見るのは初めてで、メソッド演技なんか学んだせいかちょっとコメディにしては大げさな気がしますが、どこかしら親しみを覚えてしまいました。
50年代のアメリカ映画界がランナウェイ方式により世界各地で生み出した映画の中でもとりわけ異色作に違いなく、愛さずにはいられない映画です。
ここまでが再録。今年は『東京暗黒街・竹の家』(サミュエル・フラー監督)もみて日本ロケされた映画を二本見たわけですが、どちらも破天荒で素晴らしかったです(
『東京〜』はすでにレビューを書いていますので)。京マチコも『東京〜』のヒロイン山口淑子もさすがは大女優、どちらも堂々としていて、あたりまえですが外国人女優の美しさとは体の動きも含めて違う魅力を放っていました。れっきとした日本映画『おとうと』(市川崑監督)での岸恵子の美しさもまた・・・。


『世界の涯てに』デトレフ・ジールク監督、36年
イギリスとオーストラリアが舞台なのにドイツ語を話している感動!第三帝国の女王と称えられたというツァラー・レアンダー主演の、ドイツ時代のダグラス・サークことデトレフ・ジールクのメロドラマ。実は『南の誘惑』は物語が好きになれなかった(でもすでに母物メロドラマ)ので、やっぱりハリウッド製メロドラマじゃなくちゃね、と『世界の涯てに』もそれほど期待していなかったのだけど、ハリウッドに渡ってからのサークに負けず劣らず素晴らしい。小汚い老婆の歌からヒロインの裁判のシーンに入るとこなんてぞくぞくします。
神話的な大女優ツァラー・レアンダーにも、もちろん圧倒されます。最初の舞台のシーンのよく見るとドッキリするような衣装を着て歌うコミカルな歌から、物憂げな歌声まで様々な魅力をみせていました。まあ、やっぱり映画は女優のためにあるものなのだな。
ここまでが再録。今年はもう一本、ダグラス・サークの知られざる(?)40年代作品『Scandal in Paris』も見ることが出来、これも再録しようと感想探したのですが、削除してしまったようで。『Scandal〜』はサーク=メロドラマのイメージからは程遠い犯罪コメディ!ジョージ・サンダースののっそりした怪盗紳士ぶりが、怪盗=スマートというイメージからはこれまた程遠いもののなかなか良く、ルビッチやジャン・ルノワールのような艶笑喜劇が魅力的でした(ルビッチ監督作『天国は待ってくれる』のフランス人家庭教師役シグニ・ハッソがヒロインを演じています、余談ですが)。サークとルビッチ、ルノワールというのは一緒に語るにはなかなか不思議な組み合わせではないですか。ヨーロッパ出身という以外には。サークがヨーロッパ出身の監督なのだということを改めて感じさせるような影を強調した素晴らしいシーンがテン子守りでした。誰だったかに振られて自殺したという女優、キャロル・ランディスももうちょっと大物になっても良かったかも、というくらいに魅力的でしたねえ。


『毒薬と老嬢』フランク・キャプラ監督、44年
実は、フランク・キャプラという監督をあまり好きではないのです。というのは『失はれた地平線』という腹の立つ映画を撮ってしまったことが主な理由なのですが、『オペラ・ハット』の土地の分配にも腹がたったし、『スミス都へ行く』の愚かさと純朴という典型的楽天主義も好きではありません。
しかし、『毒薬と老嬢』は8年前から観たかった映画なのです。そして期待以上でした。普段のキャプラと違い、ブラック・コメディですし、キャプラ的な理想主義というのは見当たらず、その分キャプラの手腕だけを褒めることができるのは映画ファンとしては一応ホッとしますね(何しろ人気の高い監督ですし)。
しかし、しかし何を置いてもケーリー・グラント!『赤ちゃん教育』や『モンキー・ビジネス』でみせた狂気の眼差しや軽い身のこなしにも負けない素晴らしいケーリー・グラントを見ることができるのです。ああ、やっぱりケーリー・グラントが一番好きな男優かもしれないなあ。
題材もキャプラっぽくない(でもキャプラ制作ということはよほどこの舞台劇に惚れこんだんでしょうね)、なによりケーリー・グラントという俳優がキャプラ的ではないので、一番好きなキャプラ映画は『毒薬と老嬢』に決定。これから何度も繰り返し観ることになるでしょう。


『暗黒の恐怖』エリア・カザン監督『怒りの河』アンソニー・マン監督、『うわさの名医』ジョゼフ・L・マンキーウィッツ監督、『おとうと』市川崑監督、『お人好しの仙女』ウィリアム・ワイラー監督、『カレードマン大胆不敵』ジャック・スマイト監督、『幸福への招待』アンリ・ベルヌイユ監督、『心の青春』リチャード・ウォーレス監督、『サン・アントニオ』デヴィッド・バトラー監督、『白い砂』ジョン・ヒューストン監督、『世界の涯てに』デトレフ・ジールク監督、『第七天国』フランク・ボゼージ監督『東京暗黒街・竹の家』サミュエル・フラー監督『毒薬と老嬢』フランク・キャプラ監督、『裸の拍車』アンソニー・マン監督、『八月十五夜の茶屋』ダニエル・マン監督、『バファロー大隊』ジョン・フォード監督、『復讐鬼』ジョゼフ・L・マンキーウィッツ監督『復讐は俺に任せろ』フリッツ・ラング監督『船乗りシンバッドの冒険』リチャード・ウォーレス監督、『ブリガドーン』ビンセント・ミネリ監督、『暴力団』ジョゼフ・H・ルイス監督、『ボディ・アンド・ソウル』ロバート・ロッセン監督、『リオ・グランデの砦』ジョン・フォード監督、『リオ・ロボ』ハワード・ホークス監督、『ローマで夜だった』ロベルト・ロッセリーニ監督、『Raw Deal』アンソニー・マン監督、『Scandal in Paris』ダグラス・サーク監督


というのが今年観た中では際立って面白かった作品と言うことになりましょうか。案の定、名監督の作品名が並んでますね。それはそれでちょっと物足りないような気がしますが・・・。名監督というわけでもない、というのはジャック・スマイトくらい?後はデヴィッド・バトラーか。でもバトラーの『サン・アントニオ』はラオール・ウォルシュが応援にあたっているから結局は、大物監督作品に含めてもいいかなあと。後は、ダニエル・マンとアンリ・ヴェルヌイユが微妙な所。


後は『ローマで夜だった』のジョヴァンナ・ラリのクローズアップの凄さ(『あんなに愛しあったのに』でも良かった)、アンソニー・マン映画の屈折、『サン・アントニオ』でエロール・フリンを見直したこと、リチャード・ウィドマークのファンになったこと、リンダ・ダーネルの悲劇的浄化は映画史上屈指のものだ!!ということ、などなど。
今年はやはりフィルムノワール観賞が多かったようです。我ながらちょっと暗い選択ではないかと思うのですが、こういうサイトを作ってるくらいだから当然と言えば当然ですね。以前にも書いたような気がしますが、そもそもはファムファタール女優のページを造りたいがために始めたことが、何故こんなことになってしまったのか、自分でも良くわかりませんよ。
そして最大のニュースはキャサリン・ヘプバーンの死。