ヒライストの
LAST UPDATE 2003.1.1

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 2001と謳ってみたが、実際に劇場で鑑賞したのは昨年末である。去年のバカ日記のやり残しというわけだ。この映画のあらましについての説明は、今回は省かせていただく。あらすじ等について、細かいデータをお知りになりたい方は、93年に書いた「「ウルフガイ 燃えろ狼男」を観た」をご覧いただきましょう。また、都内の名画座で、なにゆえこの作品がセレクトされ、上映されたかについても、こちら(自由が丘武蔵野館)のリンクのみに、とどめておきます。
 このプログラムを契機に、ワタシは「恐怖奇形人間」という、乱歩の「パノラマ島奇談」をこんな風にしちゃいますか!? という、「燃えろ狼男」さえも凌ぐカルト映画を観てしまうことになるのだが、またそれは別の話だ。

「ウルフガイ 燃えろ狼男」という、この映画のバッド・テイスト感について、その原因をワタシは二度目の鑑賞でようやくわかった気がするのだ。それは犬神明を演じるサニー千葉が男フェロモンをムンムンさせているからでも、銃の名手であるからでもない。そんなのは、原作を離れた一作品として評価すれば、それはそれで良いものだ。秘密研究施設のコンクリート塀の内側に「J.C.I.A」と実にわかりやすいロゴを入れているという、細かいツッコミどころもこの際不問に付す。
 そもそもこの映画は、もっとグッド・テイストに仕上がってよいはずの作品である。『虎よ! 虎よ!』を基調にした前半部のサイケデリックな都会の闇と、『狼よ、故郷を見よ』を基調にした後半部の清浄な山村との対比が秀逸だ。そして、そのいずれにも邪な人間達はおり、善き者は虐げられ、狼人間・犬神明は居場所を喪うという、まさにアダルトウルフガイのムードそのものである。
 にも関わらず、カルトな珍作という結果にしかならないのは、死闘の末、内閣情報室の研究施設から逃れておきながら、生ける超能力兵器にされた緒方ミキ(奈美悦子)をほったらかしにして、犬神の郷に去った点に尽きる。挙句、嫉妬に狂った緒方ミキが、たかを襲い、共倒れになるのだから救いがない
 犬神明らしくないからダメなのではない。これはもう、ヒーロー・ムービーとして失敗であろう。一本の映画として、緒方ミキが途中で死んだり救われたりしては話にならぬということもあろうが、それならそれで、せめて緒方ミキを助け出そうとするワンシーンを挿入すべきだったのだ。それでこそ、“ウルフが愛した女”対決も、哀切なものになろうというものだ。
 救出の努力も払わず、ひとり田舎へ帰っておいて村娘と結ばれれば、緒方ミキならずともジェラシックの怪物になるのは無理もない。悪いのは、すべて千葉ちゃんである。
 かくして、この後味の悪い映画は、平井和正原作映像作品のなかで、いま現在、唯一ビデオ化されていない作品となっている。むべなるかな、と言わねばなるまい。

『メガビタミン・ショック』が刊行されたのは、昨年12月。これも去年発表するはずの題材の積み残しである。今回は少し趣向を変えて、FAQ形式で、このテーマに触れてみたい。
Q.また平井和正の「いつものこと」が始まっただけではないですか?
A.「いつものこと」とは、ちょっと違います。
 やれミカエル先生だ、やれリアル犬神明だ、やれ玉置山だと、妙な物事に入れ込んでは読者を巻き込むのは平井和正の常ですが、今回のメガビタミンは昨日今日始めたものではなく、それらとはいささか性質を異にしています。
 平井氏がメガビタミンの実践について公言したのは、86年。自身をモルモットにした、約15年のも経験と実績があります。それまで、蒲柳の質ともいうべき病弱であった氏が健康を取り戻し、精力的に新旧作を次々と完結させていった事実は、単なる偶然として片付けられない、興味深い事例と言えるでしょう。

Q.そんなに身体にいいなら、とっくに常識になっていると思うのですが?
A.その理由が『メガビタミン・ショック』に書かれています。
 結局、その辺のところが、メガビタミン懐疑派・否定派の、情緒的根拠になっているのでしょう。曰く、少量摂ればいいものを大量に摂れば、かえって毒であろう。曰く、クスリに頼るのは良くない……エトセトラ。健全な警戒心と言えます。
 ですが、ビタミンCは体内にも食物にも含まれる必須栄養素であって、薬ではありません。大量投与による死亡例はなく、玄人のメガビタミン否定派でさえ、無意味とは言っても有害とは決して言いません
 進化の過程で、人類は数少ない、ビタミンCを体内生成できない種になってしまいました。そこで意見は分かれます。だからこそ、食事で摂れる量よりももっと多くのビタミンCを摂取せよ、というのがメガビタミン理論です。逆に、それこそが人間が極微量のビタミンCで事足りる証左だと唱えるのが、唐沢俊一氏に代表される否定派の意見です。これはこれで、理に適っています。まあ、否定派で、ここまで言ってくれれば、相当に程度はいいほうですが。
 しかし、イヌやネコがあの小さな身体でグラム単位のビタミンCを体内生成する一方で、人間だけが僅か50ミリグラムで充分とは、素人考えとしても頷けるものではありません。
 ビタミンC大量摂取の有意性は、数多くの実験結果、医療現場からの報告によって示唆されています。「証拠」があるのです(無論、その証拠を疑問視する向きもありますが)。そこに妙な健康食品や民間療法との最大の違いがありますが、にも関わらずアカデミックな研究が行われないのは何故なのか。「健康を維持する」予防医学への学術的取り組みを軽視し、「罹った疾病を治す」ことにのみ眼を向ける医療製薬業界は、まさに「病気産業」といって言い過ぎではありませんでしょう。

Q.ビタミンCの効果を知りながら利益のために隠蔽する。こういう発想って要するに「トンデモ」ではありませんか?
A.まさにその通りです。
 だからこそ、このメガビタミンこそは、作家・平井和正にとり、最も危険な物件になり得ます。女性教祖を天使と崇拝しようと、本物の犬神明(?)と鼎談しようと、玉置山の神がエホバだと主張しようと、そんなものは奇矯な作家の奇矯な言動として放置されます。こうした平井和正の作品以外の部分での言説に対し、読者の反応は、真面目に信じる者もいれば、否定・困惑する者、面白がる者と様々です。最も常識的かつ好意的な見解を推し量るならば、事の真偽はともかく、こうしたことを本気で言う人だからこそ、こんなに面白い作品もまた書けるのだというところに落ち着くでしょう。
 メガビタミンは、そうはいきません。リアル犬神明の証言を信じたところで、なんの実害もありませんが、メガビタミンの実践は当人の健康に直結します。そしてそれは、悪しき結果をもたらすかもしれないのです。これは明確にアカデミズムの領域であって、不可知論では片付けられません。メガビタミン自体は、ライナス・ポーリング博士の提唱した昔からある理論ですが、平井和正が本格的にPRしたことにより、平井和正読者間のブームを超え、世間的な火がつくならば、それに対する反撃も熾烈なものとなるでしょう。胡乱な健康法に、少なからぬ読者を巻き込んだ責を問われかねません。

Q.そんな風にパッシングされたら、どうすればいいのでしょう?
A.議論する必要はありませんが、否定派の主張・根拠にも耳を傾けましょう。
 メガビタミンの良いところは、その効能を自己の身体で立証できることです。その点で、ユダヤ系財閥が世界を牛耳っているとか、NASAが宇宙人の死体を隠匿しているとか、南京虐殺はなかったとか、原発は本当は危険だとか、立証しようがない、あるいは非常に困難な事柄とは異なります。マスコミに報じられることがなくとも、ゲイツOSがとても不安定であることは、パソコンユーザーなら誰もが知っています。四の五の言わず、己れの身体で確かめればいいのです。確かな卓効を自身の健康で実感したならば、もはや議論の必要さえ感じなくなるでしょう。否定したい者には、させておけばよい。ビタミンC剤は簡単に、かつ(薬品や健康食品に比べれば)安価に手に入るのですから。
 大量摂取を急に止めると、壊血病状態になる、いわゆるリバウンドに見舞われる怖れがありますが、徐々に量を減らしていけば、無理なく元の状態に戻せます。重大な決断は要らないのです。
 筆者自身は、ポーリング博士の著書を読み、その主張が理に適っており、試す価値アリと感じました。いま現在、いかなる結論も出す段階にはありませんが、本格的開始より約1ヶ月(錠剤の少量摂取なら約15年)何の身体的不調もありません。

Q.平井和正のことですから、また何年かしたら、「実はメガビタミンは身体に悪かった」などと言い出すのではありませんか?
A.ヒライストたる者、それくらいの覚悟は常に持っていましょう。
 はは、は、あははははははははは………

 『幻魔大戦』は、平凡な若者が努力をして、釈迦やイエスのような偉大な存在へと成長し、人々を導く――というお話では、ない
 主人公・東丈は、確かに常人離れした努力をする。だが、それはあくまでも、常人離れした天分の上での話である。そもそも東丈は、平凡な若者ではない。巨大なPK者にして、過去生にアポロや役小角、由井正雪らを経た、偉大なる魂の生まれ変わりなのである。だいたい東丈が平凡な若者なら、ベガの破壊したビルの瓦礫の下敷きになって死んでいる
 田崎宏や井沢郁江ら、丈の弟子達にしても、たまたま現世で巡り会ったのではなく、過去生においても深い縁のあった、言わば魂の仲間達である。一方で、一般募集によって集ったGENKEN会員の殆どは、大した役割を果たすことがない。まるで、救世の業を行う者は、生まれながらにして約束された、偉大なる魂の持ち主だけなのだと言わんばかりである。
 GENKEN主催・東丈の説く顕教としての教えとは別に、小説『幻魔大戦』そのものが提示する世界観は、甘やかなヒューマン幻想を容赦なく打ち砕く、かくもシビアなものだ。自らの教えとは裏腹に、久保陽子や高鳥慶輔を救済・善導しなかったのも、そう考えれば頷ける。東丈の語る清く正しいお説教は、自身の行動原理とイコールではない。彼は、常人の理解を超えた、高次元のプログラムとでも言うべきものに従って行動していた。

 余談だが、東丈の失踪は、物語の必然と言っていいだろう。高次元の意志をダイレクトに体現し、人間の枠を超えてしまった彼には、もはや主人公として、読者の感情移入の余地を失っていた。犬神メイ(『月光魔術團』)もそうだが、失踪キャラの多くは、このパターンに属している。閑話休題。
 聖者は生まれながらにして聖者であり、邪悪なる者は生まれながらにして邪悪である、と言えば、少なからぬ人が難色を示すだろう。断っておくと、ワタシはなにも小説『幻魔大戦』の世界観を、この現実のそれに重ね合わせる気はない。ただ、その考え方に抵抗はないし、それも有り得るとは思っている。今後はDNAレベルで、道徳性の欠如といった資質を鑑定することも、可能になるのかもしれない。甘やかな幻想は、所詮、甘やかな幻想でしかない。
 人狼ウルフガイが「血の選民」であるように、東丈とその仲間達は「魂の選民」である。彼らは人間に化生した神々なのだ。その概念は、より深化して『地球樹の女神』や『ボヘミアンガラス・ストリート』へと受け継がれる。これら神々の物語の萌芽は、『幻魔大戦』において既にあったのだ。
 魂を浄化して、自分も東丈のようになりたいと思っている人々よ(まだいるのか?)、無駄な努力はおやめなさい、と言っておこう(まだいればね)。どんなに「心を磨」いたところで、ニューヨークまで空を飛べるようにはなれはしない

「平井和正様関連サイトの管理者様へ」なんてタイトルのメールが来たので、なんだと思ったら復刊ドットコムだった。
「ウルフガイ」が未交渉ランキングに入っているのだそうだ。復刊といっても、版元の奇想天外社はすでになく、出版権は先頃e文庫から幻の「狼の怨歌」篇も含めて全編を刊行したルナテックが保有している。漫画の坂口尚氏はお亡くなりで、著作者は平井和正しかいない。権利関係、および商品マスターに関する懸念はない。票さえ達成すれば、かなりの確率でオンデマンド製本によるペーパー本の「ウルフガイ」が現実のものになる。それもおそらく「狼の怨歌」篇込みでだ! 一度も本にならなかった怨歌篇が「復刊」されるなんて、愉快ではないか。
 これは一口乗ってみない手はない。ここでの紹介など、大した組織票にもなるまいが、「ウルフガイ」をペーパー本で欲しい方は、ぜひ投票してみてください。
絶版本を投票で復刊!

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