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ネ,ネ,ネルフの大爆笑
Red-robin's NEON GENESIS EVANGELION
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また来襲
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A10神経でシンクロする炊飯器、というジョークを受けて書いたもの。この頃から「エヴァ」にハマりだしている。
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言うまでもなく、これを書いた時は、テレビシリーズ全話をまだ見終わっていない。「エヴァンゲリオン」のアニメファン受けする「陽」の部分しか捉えていないことがよくわかる。「デラべっぴん」云々…というのは、同誌でエヴァの特集が組まれたことを受けてのもの。極めて異例の事態だが、そういう時代だったのである。
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人類補完計画、使徒、死海文書、ロンギヌスの槍……それら謎めいたキーワードの数々が「エヴァンゲリオン」の作品世界を深みのあるものにしている。その深みを味わうだけで充分だ、とオレは思っている。プロットを組んだ時点で、答が用意されているなら、それは出せばよい。だが、作者にも答が見えていないのなら、わざわざ無理にひねり出す必要はない。陳腐な謎解きは、かえって味わった深みさえ、台無しにしかねないからだ。
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かくして、ワタシの眼前に現れたのは、まさしく天才の作品だった。そしてワタシは、その天才の感性の前に置き去りにされたのだった(笑)。
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江婆野健三
江婆野健三
《解答:是》
KANAME・M(アニメヲタクとしての私)《解答:保留》
KANAME・C(人間ドラマヲタクとしての私)《解答:否》
以上、三者三様の解答につき、多数決による統一見解は出せませんでした。判断は三者のメッセージを参考の上、あなたが下してください。KANAMEシステム・オペレーター 江婆野健三
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テレビ・雑誌で「エヴァ」が取り上げられるとき、必ずといっていいほど見受けられるのが、従来のロボットアニメの枠を超えた執拗なまでの心理描写が多くのファンを魅了した、といった類の説明である。外野から観れば、そうとれるのだろうが、これは事実ではない。エヴァファンの多くは、過ぎた心理描写とその気持ち悪さに辟易している。エヴァファンがエヴァにハマったのは、第壱話に集約されるロボットアニメとしての面白さであって、監督庵野秀明の「作家性」ではない。本来、マイナーなカルトに位置づけられる病的狂気に満ちた作品に、多くの健全(?)なファンが注目したのは、こだわりのアニメ職人・庵野秀明に「夢よもう一度」と、はかない期待を寄せたからにほかならない。だが、彼の作家的本領が、悪評紛々の最終二話にこそ発揮されていたことは、いまや明白である。「エヴァ」を批判するならば、スカッとするエンターティンメントとしてのロボットアニメを全うしなかったことではなく、むしろ、ロボットアニメという作品の本質に反する商業主義的体裁を取ってしまったことに対して、なされるべきではないだろうか。
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改題改稿
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HIRAISTメーリングリストから発掘したもの。もともとは平井和正作品を論じた内容だったが、こちらに転載するにあたり改稿を施した。
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「DEATH AND REBIRTH」が公開された当時のエヴァ論評。実に不遜な言い種ではあるが、確かにその通りだったのかもしれない。
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シンジのように他人の前で自分の意見を述べることを躊躇したり、あるいは他人の前で恥をかくことを極度に恐れるいまの若者たちにとって、相手の顔が見えず、自分独断(独善的な)の意見が開陳できるこの手段は、まさにスペードのエースだった。(中略)そういうアンタかて、ごっつい独善的やで。と、ツッコミを入れたのはオレだけだろうか(笑)。インターネットでの自己表現が安全なのはごもっともとしても、では、マスコミでライター稼業をやるのは危険が伴うでも言うのだろうか?(生活的なリスクはあるだろうが) 雑誌や書物の原稿を書くとき、読者の顔が見えるとでもいうのだろうか? 差し向かいの議論でもない限り、相手の顔など見えやしない。情報が一方通行なのは、あらゆる既存のメディアを通じて言えることだ。既存のメディアに比べれば、インターネットは遥かにインタラクティブである。
換言すれば、インターネットには、自分を絶えず安全な場所に置き、同時に自分の必要な情報を世界中から自由に入手できるという、とても身勝手なメリットがそこにはあったのだ。この身勝手というキーワードこそ、いまの大多数の若者たちにとって、最高に価値のあるメリットだったのだ。(中略)
匿名性の高い電子メールだけのコミュニケーション(相互伝達)……いや厳密には相互などとは呼べないだろう。そう、一方通行の情報時代の幕開けとでも言おうか。
そんな若者文化の情報交換の土壌の中で、『エヴァ』は秘かに育てられていったのである。
自分が気に入った情報へは四六時中アプローチが可能で、気に入らない相手なら、そのメールに応じる必要などまったくない。
相手からの電子メールを無視すればそれですむことなのだ。
考えてみれば何という侘しいコミュニケーションの時代であることか!
「この前までテレビ放映されていたアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の結末が、僕にはどうしても納得できない」相違あるで、緒方さん(笑)。そうしたメールがあったのは、嘘ではあるまい。だが、それに対するリアクションが、エヴァブームに火をつけたというのは、いくらなんでも飛躍が過ぎるだろう。現実に、ニフティ・サーブの「ガイナックス・ステーション」においては、最終話放映当時、システムの上限を上回る数の発言がなされている。明らかなリサーチ不足だとオレは思う。
インターネットで発信されたこのたった一通の電子メールが、今日の『エヴァ』の大ブームの発端になろうとは、(中略)夢想だにしなかったに相違ない。
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悪口を言ってはいけません、という人がいる。自分に言われて嫌なことは、他人にも言うべきではないというのだ。まことに筋が通っていて、よい心掛けではあるが、ワタシは他人の悪口ほどオモシロイものはないのだから、自分への悪口も我慢はしないが覚悟はするよという考えである。悪口にだって価値はある。要はオロシロイかツマラナイかが問題なのだ。ことさらに悪口でなくとも、それを愉快に思う者もいれば、不愉快に思う者もいる。言論とはそういうものではないか。賞賛であろうと、批判であろうと、主張したいことは責任を持って主張すればよろしい。ただ、それが的を外していれば恥をかく。それだけの話だ。上記のように、緒方氏の主張にはオカシなところがあるが、別にエヴァファンを傷つけるこんな本は許せない、とは思わない。そこらのエヴァ謎本よりは、よほど食指をそそられたのは事実だし、それだけの商品価値があったということだ。
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■ドゲりおん のび太の人類補完計画
1997.08.15 初出:「こんなじゃダメ、神様」 |
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「こんなじゃダメ、神様」に寄せたもの。同誌の編集人O野氏と「リリスってオバQっぽいよね」という話になったことから、この作品は生まれた。O野氏の描いた「ドゲりおん」のイラストが傑作だった。
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全てを観終えた後のエヴァの総括である。シンジに本当に腹を立てているところが微笑ましい(笑)。エヴァンゲリオンとは、病める現代人の幻想の依り代であった。ワタシもまた、この物語に自らのエゴイスティックな幻想を仮託していたのだ。
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