アバウト170

 tvkのゆるい怪物番組「saku saku」の増田ジゴロウ、白井ヴィンセント、木村カエラ、そして中村 優に捧ぐ――

   ダブルスコア番外編
   アバウト170(イチナナマル)


  #1 主役&エース

「ここ、座っていい?」
 季節は春。この学食にも、昼休みのランチに並ぶ、初々しい新入生達があふれている。
 私立・朔方桜木商業。略して、朔商と呼ばれる。
 神奈川県は横浜市、桜木町の北端に位置する、この高校のチームを紹介するに当たり、まずは一応本作の主人公である彼女と、エースプレーヤーとなる彼女との出会いを描かねばなるまい。
「どうぞ」
 一応主人公である彼女はそう言って、トレイに山盛りの昼食を乗せ、両手が塞がっている彼女のために、テーブルの下にもぐっていた丸イスを出してあげた。
「サンキュ」
 座った彼女の横顔を一応主人公である彼女は、まじまじと見つめた。
「私の顔に、なんかついてる?」
「ごめんなさい。すっごいキレイな人だなと思って……」
「ありがと」
 にっこり微笑んで言った。そうした賞讃は言われ馴れているらしい。
「でも、あんたもイイ線いってると思うよ。私はファッション誌向きだけど、あんたは男性誌のグラビア向きって感じ」
「そ、そうかな……」
 ファッションモデルのような彼女にそう言われて、嬉し恥ずかしく照れてモジモジする、一応本作の主人公である彼女だった。

「実を言うとね」
 雑誌モデルの経験はあるのだと、彼女は言った。
「中学時代にちょっとね。スカウトされて」
「すごーい!」
「もう、やめちゃったけどね。高校では、バスケに専念したいし」
「バスケ、やってるんだ?」
「こんなチビのくせに、って?」
 ニヤリとした彼女の背丈は、入学したての高校一年生としても、確かに低いほうだった。身長は150前後といったところか。パッと見、さほどそうした印象を与えないのは、モデルを務めただけのことはある、小顔のためだろう。
「あんたはデッカイよね〜。身長、どのくらい?」
「170に、ちょっと届かないくらい」
 届かない、という言い回しに、モデルばりの、いや、歴とした元モデルの彼女の眼が光った。普通の女の子は、そこまで背が高いことを気にするものだ。それをできればもっと背が欲しいように言うのは――
 彼女が、アスリートだからだ。

「あんたも、バスケやってるの?」
 期待に胸を膨らませて訊いた。だが、その答えは彼女を落胆させた。
「ううん。私はバレー」
「かーッ」
 食堂のテーブルに突っ伏した。が、すぐに起きあがる。
「よし、決めた。バスケに転向しよう。あんたの高校の部活は、バスケ部に決定ッ」
「そんな無茶なぁ」
「やめときなよ、バレーなんて。だいたい、ここのバレー部、ムチャクチャ弱いんだよ、知ってる?」
「そりゃそうだけど……」
「その点、バスケ部は強豪だよ。激戦区の神奈川で、インターハイの常連だからね!」
「でも、去年のインハイは、一回戦負けだったって聞いたよ?」
「運も相手も悪かった。なにしろ、桃花学園だもん。ちなみに、去年のインハイの優勝校」
「知ってる! 中国のむちゃむちゃ大っきな人がいるとこでしょ? そうだったんだ」

 桃花学園。およそバスケットボールに興味のない人間でも、その名を知らぬ者はいない。男子の能城、女子の桃花、と並び称される、女子バスケの名門中の名門である。昨年、新監督として、プロバスケチームの元監督、桜井修造が就任し、その異例の移籍が話題を呼んだ。また、その桜井の手腕により、中国から身長実に198センチの超巨漢、楊美華(ヤンメイファ)を獲得、チーム入りさせ、波紋を起こしたことでも知られる。
 昨年度のインターハイで、ヤンの攻守を分かたぬ豪快なプレイは、日本のバスケファンの度肝を抜き、熱狂させた。だが、桃花優勝の真の立役者は、彼女ではなかった。

「桜井まどか?」
「そ。桜井修造監督の実の娘。大した親バカだよね。なにしろ、娘の入学する学校の監督になるために、プロリーグをやめて、高校チームの監督になっちゃったんだから」
「ほんとに?」
「いくら桃花が名門ったってさ、たかが高校なわけじゃない? たとえばプロ野球の監督がよ、高校野球部の監督になるなんて、考えられる? ありえないっしょ」
 一応主人公である彼女は、大きく頷いた。
「娘可愛さに血迷ったかって、さんざん叩かれてたよ。彼女が試合に出るまではね。実際、中学までは無名だったし。ところが交替でコートに立った彼女のプレーを見て、日本中が腰を抜かしたってわけ」

 昨年度インターハイ準々決勝、対・浄善女学院戦。第4Q(クォーター)、21点のビハインドを赦した浄善の君津監督は、秘蔵っ子の一年・安部夏陽を投入。その采配は功を奏し、安部が巧みにファウルを誘い、ヤンは5ファウル退場。これで流れを掴んだ浄善は、残り時間3分で、10ポイント差まで詰め寄る追い上げを見せる。ここで桃花学園は、絶好調のエース・上杉 純に替えて、桜井まどかを起用したのだった。

「それで?」
 その話に、一応主人公である彼女は喰いついた。
「撃ったシュート4本。うち、3ポイントが2本。ファウルをもらって、フリースローが1本。そのすべてを決めて、たった3分、たった一人で11得点。その間、相手チームはノーゴール。一人で点差を元に戻しちゃったってわけ」
 当時、三年の上杉は、全日本ジュニアの主将を務めるほどの、日本のエース的存在だった。桜井はその時点ですでに、その上杉をも凌駕する――即ち、一年にして、日本一のプレーヤーであることを満天下に知らしめたのだった。
「プロリーグでチームを何度も優勝に導いた監督に、その監督が手塩にかけて英才教育を施した天才プレーヤー。しかも、まだ二年。おまけにヤンもいる。桃花の天下は、当分続くだろうね」
「ふうん」
「でもね――」
 と、元モデルの彼女は続けた。
「三年以内に、桃花を破って、うちが天下を取るよ」
「どうして?」
「決まってんじゃん」
 そう口にすると、手にしたフォークをくるりと指先で一回転半させて、自分の顔に向ける。その見得の切り方は、さすが元モデルと思わせた。
「私が入部するから」
「すっごい自信……」
「だからさ、あんたもバスケに転向して、いっしょに入部しようよ。全国制覇の歓びを分かち合おうよ、ね?」

 昼休みの終わり近く。相手のペースに巻き込まれるままに、とりあえず放課後、バスケ部を見学することに同意した、一応主人公である彼女は別れ際、いまさらだが元モデルの彼女の名前も知らないことに気付いた。
「ペコっていうの。木村ペコ」
「ペコぉ? 不○家のペコちゃんの、ペコ?」
「そ」
 不○家のペコちゃんの真似をして、唇の端から舌を出した。
「ホントは、腹ペコのペコ。いっつもお腹を空かしてるから」
 そういえば、小柄な上に細身の彼女にしては、先ほどの食事の量がハンパでなかったことを思い出した。一体これほどの食べ物が、彼女の口を通ってどの異次元に消えるのかと一応主人公である彼女は思ったのだった。
「あんたは?」
「河村 優」
「平凡な名前……」
「ええやんかあッ」
「なに、あんた関西のひと?」
「うん。小学校まで、奈良にいたから。ときどき出てきちゃって。木村さんの生まれは?」
「ペコでいいよ。私は生粋のハマっ子」

 だが、その名が自称でしかなく、本名を木村理絵ということはあとで知った。
「おかしいと思たわ。あんたかてむっちゃ平凡な名前やんか」
「だから言ってんじゃん。私の名は木村ペコ。ヨロシク」

  #2 主将(キャプテン)

「練習試合が決まった」
 時はいきなり、2月に跳ぶ。朔商女子バスケ部のミーティングに、卒業を控えた三年の姿はない。一・二年の新体制を整えたメンバーには、河村 優と、木村ペコの顔も見える。
「向こうは、一年生だけでやって来るらしい。相当自信があるみたいね」
 新キャプテンが言った。ウインターカップまで現役を続けた先代に替わって、就任したばかりである。
「うちは、ベストメンバーで当たる。神奈川の優勝校として、面子にかけてもこの試合、負けられないからそのつもりで。では、そのメンバーを発表する」
 いつになく真面目なムードの新キャプテンだったが、真顔なのに笑っているように見える、彼女の特徴のありすぎる顔が、せっかくの神妙さを台無しにしていた。
 一応本作の主人公である河村 優が、約一年前、彼女と初対面したときの衝撃は忘れられない。

「入部希望? ようこそバスケ部へ」
(お、黄金仮面だ。白い黄金仮面だ……)
 漂白したような白い肌。切れ目を入れただけのような細い眼。幅広で両端がつり上がった薄い唇。その異相はまるで、昔、ポプラ社の江戸川乱歩全集で読んだ『黄金仮面』の表紙画そのものだった。ただひとつ、黄金と白という、色の違いを除いて。
「二年の、白井敏江(しらとしえ)といいます。よろしく」
(名前まで「白い」! わかりやすすぎ……)
 そう思いながらも、優は自分の名前を告げた。
「河村 優チャンか。背ぇ高いね。身長は、170足らずってとこかな?」
 白井の見立ては、おそろしく正確だった。
「うちは二年に高いのがいなくってね。赤城キャプテンの引退後を心配してたんだ。将来のセンター候補として、期待してるよ」
「が、がんばりますッ」
「危うくバレー部に入部するところを、私が救出しました」
「えらいッ」
 白井はそう言って、優の連れである彼女の肩を掴んだ。
「あんたが木村ペコ?」
「はい」
「話は聞いてる。よく来てくれたね。即戦力として、アテにしてるよ」
「どうも」
 そのやりとりを聞いて、優は眼を丸くした。ペコがバスケ部を訪れたのは、自分と同じく今日が初めてのはずだ。にも関わらず、白井はペコのことを知っており、しかも、即戦力などと言う。このコは、いったい何者なんだろう……?

五井(ゴイ)、あれを」
 新キャプテンの白井はマネージャーに、部室の隅に置かれたダンボール箱を、テーブルに持ってこさせた。中に入っていたのは、ナンバーの入ったユニフォームだった。部員達の歓声が漏れる。
「まず4番――は、当然、私」
「次に5番――は、遅刻してっから、省略」
 ビニール袋に入った5番のユニフォームを後ろに、ポイと放り投げる。それをマネージャーの五井が拾う。
「つーか、あいつメンバーから外してーな。私の一存で」
「気を取り直して6番、ペコ!」
「ハイッ」
 ペコが6番のユニフォームをうやうやしく両手で押し頂く。
「自分が一番よくわかってるだろうけど、うちのエースはお前だ。うちがどこまで行けるかは、お前に懸かってる。頑張れよ」

  #3 監督

 入部して最初の数週間は、ボールにも触らせてもらえなかった。
 県下の強豪である朔商女子バスケ部は、運動部の花形である。当然、入部希望者も、ずば抜けて多い。だが、その地獄の基礎トレの日々に、当初百名を超えた入部希望者は、最初の一週間で半数に減り、さらにその二週間後には、そのまた半数に減っていた。そのなかで優は、あることに疑問を抱いていた。
「アイテテテテ……」
 帰宅途中に寄った喫茶店で、木村ペコは椅子に座ろうとして、筋肉痛に悲鳴を上げた。
「大丈夫? マッサージしてあげよっか」
 河村 優はペコの背後に回り、彼女の腕、肩、首を痛くない程度の強さで揉みほぐした。
「気ン持ちいい〜。極楽〜」
 あごを撫でられた猫のようにうっとりとするペコの様子に、優が破顔した。
「中学のバレー部では、よくこうやって先輩にマッサージやらされてたから」
「優はタフだね〜。平気なの?」
「初めはキツかったけど、最近は馴れてきたみたい。バレーで鍛えられてきたからかな」
「こっちだってバスケで鍛えてきたよ。あんたやっぱり人一倍タフだって。ぜったい大物になるよ」
「そうかな? ありがと」
 ペコにそう言われると、嬉しくてつい手に力が入りすぎてしまう優だった。
「〜〜〜ッッッ」
 声もなく、ペコが悶絶した。

「ところでさ、ペコ」
「うん?」
 優はウェイトレスが運んできたケーキセットの紅茶を一口飲むと、最近感じている疑問を口にした。
「うちって、監督いるよね?」
 入部して数週間、優はバスケ部の監督の顔をまだ一度も見たことがなかった。
「いるよ」
 ペコはあっさり断言した。
「どうして、そう言い切れるの?」
「だって、監督にスカウトされたんだもん、私」
「――ええーッ。ペコって、スポーツ特待生だったのお!?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてなーいー」
「ゴメンゴメン。変にやっかまれたりするから、あんまりそういうこと言わないようにしてたんだよね」

「じゃあさ、どうして監督、ぜんぜん顔出さないのかな……?」
「インハイの予選も近いし、もうそろそろ来るんじゃない? たぶんあれだ、道場のほうが忙しいんだよ」
「道場?」
「明治時代から続く、合気道の道場の跡取りなんだってさ。本人は、継ぐのをイヤがってるらしいんだけどね」
「へえ〜」
「あの人は――歌舞伎じゃあるまいし、血筋で当主を決めるのは馬鹿げてる――なんて言ってるんだけどね。ところが皮肉なことに、実力でも誰もあの人に敵わないんだって」
「そうなんだ……」
 このとき優のなかで、まだ見ぬ監督に、勝手な乙女の妄想が膨れあがった。秀でた武道家でありながら、あえて決められた道にあらがい、バスケに生きる若きコーチ。きっとプライベートでは、よく似合う丹前を着ているに違いない。そんなストイックで、ハンサムな青年コーチのイメージが。
(どうした、優。立て! そんなことで、桃花に勝てるか!)
(コーチ、私もう、立てません……)
(何を言うんだ、優。これしきのことで、くじける優じゃないはずだ)
(でも、もう動けません……)
(バカ野郎!)
 コーチの掌が、優の頬を鳴らす。
(自分を信じろ! もしも、自分を信じられないのなら、こんなにも優のことを信じている、この俺を信じろ!)
(コーチ……!)
(優、いつもお前のことを見ている……)
(ああ、コーチ……)
「コーチ……」
「おーい。もしもーし」
 キラキラを瞳を輝かせ、虚空を見つめる優の眼の前を、ペコの掌が上下していた。



第1稿 2007.01.22