アバウト170    ダブルスコア番外編
   アバウト170(イチナナマル)


  #7 強敵(承前)

「なにをしに来た?」
 彼女の呼びかけに監督は、振り向きもしなかった。白髪が交じった胡麻塩のような後頭部の向こう側は見えない。だが、試合(ゲーム)を見る表情が険しいことは、振り向かないでもわかった。また、味方がポイントを落とす。つまらないミスだった。
「バカヤローッ!! ×××××……」
 罵声混じりの指示が飛ぶ。それが止むのを待つのももどかしく、彼女は強引に割って入った。
――お願いです、監督。私を、出してください。
 鬼のような監督の顔が、はじめて河村 優を振り向いた。

 ああ、また同じ夢を見ている。と、優は思った。
 夢のよう、と人はいう。だが、夢が夢のようであったことなど、あっただろうかと優は思う。あの日以来、繰り返し見てきた悪夢。それは一年前、現実に体験した記憶のリプレイ。
 中学女子バレーボール全国大会準々決勝。ここまでは順調に勝ち上がってきた。いよいよ対戦相手は、優勝候補の一角。それでも勢いに乗る優のチームは、競ったゲームを2セット連取した。迎えた第3セット、18対13。5点をリードし、ストレート勝ちまで、あと三手。
 勝てる……! その浮き足だった思いがなかったといえば、嘘になる。それがあの局面での、怪我に結びついたのかもしれない。
 相手エースの強烈なスパイクを、マリが受け切れなかった。弾き飛ばされたボールは、コートのはるか後方へ。そのこぼれ球を懸命に優が追い、拾う。ヘッドスライディングのようにボールに飛びつく瞬間、優は自分の右足首が、グニャリといやな方向に曲がるのを感じた。
 優のファインプレーで繋いだボールは、相手チームの再度のスパイクをブロックして、得点へと実を結んだ。だが、その代償は、あまりにも大き過ぎた。得点に沸くチームメイトが、一瞬で凍りつく。倒れたまま苦悶の表情を浮かべる、河村 優の姿に。

 その後の展開は、まさに悪夢そのものだった。第3セットを逆転で落とすと、続く第4セットは惨敗。最終第5セットも、大差をつけられていた。その状況を医務室で聞いた優は、止める後輩に無理強いして、ベンチに戻ったのだった。
「………」
 ガチガチにテーピングされた優の右足首に視線を向け、監督は溜め息を漏らした。
「医務室に戻れとは言わん。そこに座ってろ」
 視線をコートに戻し、向き直る。
――私、大丈夫です! プレーできます! やらせてください!
「後輩二人に支えられて、やっと歩ける状態でか」
――少しでも負担をかけないためです。コートで全てを出し切ります。
「馬鹿をいうな」
――負けちゃいますよ!
「お前ひとり出れば、勝てるというのか!? 思い上がるのもいい加減にしろ!」
 再び振り返った監督は、優の眼にいまにも溢れ出さんばかりに溜まった涙を見た。

 ホイッスルが鳴る。電光掲示板(スコアボード)に、相手チームの得点「18」がカウントされる。敗北は、もはや時間の問題だった。
 監督が、選手交代を告げた。
「河村、本当にやれるんだな?」
――はい!

 ゆっくりと、コートに歩を進める。足を引きずらず、平静を装いながら。おそらく、ひと足ごとに激痛が襲っているはずだ。それを思うと、痛々しくてならなかった。
 指導者としては、間違ったことをしているのだろう。だが、監督もまた、かつてのバレーボール選手だった。優の気持ちは、痛いほどよくわかった。
 いけいけムードだった相手チームに、サッと緊張の色が走る。それほどに優の存在は脅威なのだ。思い上がるなと怒鳴りはしたが、チームの中心はあくまでも河村 優である。彼女のいないチームは、支柱のない家屋に等しい。それでも優の投入は、逆転勝利への一縷の望みを託して、ではなかった。
 もはやこれまで。そう思い定めた監督の、温情に過ぎなかった。中学最後の試合、せめて気の済むようにさせてやろう、という。

 不思議だ、と優は思う。自分の記憶を夢に見ているはずが、いつの間にか監督の目線で、監督の気持ちになって自分を眺めている。あとで知った監督の真意が補完され、ドラマのような多視点で夢が進行していく。

「優、ホントに平気なの?」
――うん、大丈夫!
 親友でキャプテンのマリに、そう強がりを言った。
「ダイナマイト、喰らわせちゃってくださいよ!」
――オッケイ。いいトスお願いね。
 後輩のセッター、ジュンが「了解」のサインのウインクをしてみせた。

 相手チームのサーブが襲いかかる。エースの撃つジャンピングサーブだ。スパイク並みのスピードにも関わらず、手元で落ちるこれに、何本もやられている。
 マリがこれをしっかりとレシーブした。
 それをジュンがトスする。ボールの溝(ライン)が見える、柔らかい、見事なトス。絶好のボールが優の頭上を滞空する。
 優のスパイクは“ダイナマイト”と呼ばれている。爆発するように相手ブロックを破り、コートに突き刺さる。それをボールに叩きつける。その歓喜の瞬間が、訪れようとしていた。
 膝をため、
 コートを、蹴る。

 眼も眩むような激痛。
 いままで味わったことも、想像したこともない。
 意地だの。
 プライドだの。
 そんなものを何もかも、根こそぎ吹き飛ばす、シンプルな痛み。
 ただの1センチも跳べはしなかった。崩れるように、その場に倒れる。じっとしても悲鳴をあげている優の足首は、ジャンプという負荷に耐えきれなかった。監督が苦渋の表情で首を振った。己れの愚かさを責めるように。

 ベンチで試合終了(ゲームセット)のホイッスルを聞いた。
 その途端、川の堤防が決壊するように、優の両目から涙がこぼれた。
 試合に負けたことよりも、自分に負けたことが悔しかった。
 勝ちたい、という思い。それが身体の痛みなどに負けるはずがない。そう信じて疑わなかった。だが、それが無邪気な思い込みに過ぎず、リアルな痛みの前に、あっさりと音を上げた。そんな自分の弱さが、赦せなかった。
 人目も憚らず、子供のように肩を震わせて優は泣いた。
 熱い涙が、頬を伝う。その涙は、なぜかチクチクとした感触がした。

「あーッ、チクチクするッ」
 ベッドから飛び起きる。
 同時に、猫がベッドから飛びすさる。
「こらあッ、ナナエモーンッ。お前はまた、イタズラしてぇ!」
 優は飼い猫のナナエモン――名前の由来は未来から来た青いネコ型ロボットではなく、かの名作テニス漫画のヒロインのペットの名である――が顔をすり寄せていたと思しい、頬をさすった。それで初めて、自分がリアルに涙を流していたことを知った。
 優を見上げて、飼い猫は「ニャー」と啼いた。「心配してあげたのに、なんだ」と不服を訴えているかのようだ。
「ごめん、ナナ。おいで」
 ナナエモンが優の胸に飛び込む。優はナナエモンの頭を撫でた。
「心配してくれたんだね。ナナはやさしいね」
 飼い猫を抱きながら、ベッドわきの時計の針に眼をやる。いつもの起床時刻を20分も回っていた。寝覚めはいいほうだ。目覚ましなど必要とせず、きっかり7時に目を覚ます。夕べは緊張で、なかなか寝付けなかったせいだろう。
 片手にナナエモンを抱いて、バルコニーへ続く窓を開ける。「フギャーッ」と悲鳴をあげて、飼い猫は主人の胸元から、先程まで主人が寝ていたベッドの布団の中へとダッシュで避難した。
「ほんっと寒がりだな〜、ナナは」
 だが、猫でなくとも二月の朝の寒さはハンパでない。冷気が吐く息を白くさせ、涙の跡をみるみる乾かせる。それでも優は、この寒さが嫌いではない。身体が引き締まり、かえってポカポカとした裡からの熱を呼び覚ましてくれるからだ。
(今日は試合だっていうのに、ヤな夢見ちゃったなあ)
 思わず自分の右足首に眼をやり、クイクイと動かしてしまう。むろん、あの時の怪我はとうに完治している。
(やっぱり初スタメンで、緊張してるのかな〜?)
(天島かあ)
 今日、練習試合を戦う相手校の地に思いを馳せる。
(今頃、どうしてるのかな? もう、こっちに向かって出発してるかな?)
 優は自分の住む神奈川から、遠く南東の洋上に位置する天島の方角に眼を凝らした。まるで自宅のバルコニーから、この地に遠征してくる強敵の訪れを見張ろうとでもするかのように。
 強敵の名を浄善女学院という。

   *

 房総半島沖、約50キロの洋上。そこに天島はある。オーシャンズクロスと呼ばれる十字型の版図の総面積は、実に約500キロ平方メートルに及ぶ。そのコンクリートの大地に、約270万の人口を抱える広大な人工の島。それが日本の四十八番目の県、天島県である。
 バブル期に計画された、東京ベイ・アクアポリス構想。その一環として築かれた壮大なプロジェクトの産物は、21世紀初頭の第一期完成を迎える頃には、すでに巨大な負の遺産と成り果てていた。財政逼迫に喘ぐ東京都は、天島を放棄。東京都天島市は、日本の新たな県、天島県へと生まれ変わった。
 県として独立した天島は、米軍基地の受け入れ、国際空港の移転を境に、自治体としての息吹を吹き込まれることになる。辣腕の初代天島県知事は、カジノの設立を認めさせ外貨を稼ぎ、さらに「天島万博」を成功に導き、関東の新たな経済拠点の地位を不動のものにした。
 日本全体が慢性的な不況から抜け出せないなか、天島は右肩上がりの成長を遂げ、言わば“関東の新大陸”として、新天地での成功を夢見る人・企業が、いまなお続々と流入し続けている。
 練習試合の対戦相手、浄善女学院は、その天島の中心地、天島市中央区にある。
(以上ナレーション、永井一郎でお願いします)

「ダメです。携帯にも、自宅の電話にも出ません!」
 ああ、もうッ。コーチの秋さゆりはそう口走ると、地団駄を踏む勢いで苛立たしく携帯の通話ボタンを切った。そのすぐ後ろには、大型バスがいつでも発車できる態勢で、エンジンをアイドリングさせている。
「あいつの家族は確か、父親ひとりやったな?」
「ええ。インテリア雑貨のお店を経営していて、買い付けで家を空けることが多いんです。こんなときに限って……」
 男の問いに秋が答えた。頭を抱えている。
「いまだ爆睡中、か。あのドアホが」
 男の呟きには、怒りよりもむしろ諦念があった。彼女の遅刻魔ぶりは、いまに始まったことではない。監督としては、頭痛の種だった。ただの遅刻常習者なら、切り捨てるまでだ。問題は、出発時刻を大幅に過ぎても姿を見せない彼女が、このチームのエースプレーヤーであるという事実だった。
 男は薄くカラーの入った眼鏡(グラス)を外すと、眼と眼の間を揉みほぐした。監督としては、まだ若い。年の頃は三十代後半といったところか。カジュアルなスーツ姿はいかにも洒落者を思わせるが、そこはかとなくヤクザな胡散臭さも漂わせ、加えて彼の喋る関西弁が、それに拍車をかけている。この男が浄善女学院のバスケ部監督、名を君津紀明という。

「いいから、もうさっさと行っちゃいましょうよ。あのバカがいなくったって、どうってことないっすよ」
 そう言ったのは、ストレッチをしている丈高い少女だった。窮屈なバスの車中で待たされるのが堪らず、朝の寒さにも関わらず、先程からそうしている。
「なにを言うの」
 秋はとんでもないというように反駁した。
「いままでの相手とは、訳が違うのよ。激戦区・神奈川の優勝校よ。それも夏・冬連覇の」
 それに対し、丈高い少女は不敵に言い返した。
「それができたのは、赤城がいたからでしょ?」
 一瞬、秋が言葉に詰まった。
「それは……確かに赤城が抜けた戦力ダウンは否めないけど、あのチーム力は侮れないわ。それに、神奈川新人王の木村もいる。一年生エースとしての全国での活躍ぶりは、あなたも知ってるでしょう?」
「木村ね」
 丈高い少女の笑みが、さらに不敵さを増した。
「あいつとは、やってみたかったんだ。全国デビューでは後れをとったけど、実力はボクのが上。同じサウスポー同士、それをわからせてやりますよ。ギュッと絞ってね」
 利き腕の左手を握って、そう言ってのける。ただの大口(ビッグマウス)ではない。それは秋にもよくわかっていた。彼女にはそう言えるだけの、実力の裏付けがあるのだった。

「西澤」
 それを傍らで聞いていた二年の安部が、彼女の名を呼んだ。
「あなただって、全国的にはまだ無名なはずよ」
「そうですけど、それがなにか?」
「うちのデータにない伏兵がいるかもしれない、ということよ。そうよね、安部さん?」
 秋の解説に、安部は黙って頷いた。
「もしそうなら、それこそボクには願ったりかなったりってやつですよ」
 自信過剰気味ではあるが、それよりも頼もしいと秋は思う。これほどのルーキーが、先の全国大会ではベンチ要員だったのだ。それほどに浄善女学院の選手は、層が厚かった。だが、目下の問題を、はいそうですかで済ませる訳にはいかなかった。

「行こう」
 リストウォッチを見て、監督の君津が断を下した。
「これ以上はおれん。先方を待たせるわけにはいかん」
「でも……!」
「監督」
 差し出がましいようですが、と前置きして、安部は申し出た。
「よろしければこの試合、私が同行しましょうか?」
 それがいい! と秋が顔を輝かせ、えっ? と西澤がギョッとした表情をした。
 だが、監督のいらえはにべもなかった。
「いや、一年だけで勝つことに意味がある。お前は来んでええ」
「そうですか……。すみませんでした」
 フーッ、と西澤が安堵の息を漏らす。
「あんたいま、露骨にホッとしたでしょ?」
「そんな、先輩。滅相もない……」
 引きつった笑みの額には、野外の寒さにも関わらず、冷や汗が流れた。

「安部よ」
「はい?」
 バスに乗り込みざま、振り向いた君津が言い渡した。
「あいつがあとからノコノコやってきたら、タコ殴りにしてええぞ。俺が赦す」
「はあ……」
「そりゃいいや! 遠慮なくボッコボコにやっちゃってくださいよ、先輩」
 怖い眼でギロリと安部に睨まれ、「失礼しました〜」と首をすくめて呟き、西澤もバスに消えた。
「あのコが来たら、これを渡してちょうだい」
 秋が走り書きをした紙を安部に渡した。最寄り駅までの交通の順路だった。
「わかりました。駅から朔商までの、簡単な地図も描いておきます」
「そうしてもらえる!? 助かるわ」
 じゃ、お願いね。そう言って、コーチの秋も車中に消えると、ドアを閉じたバスは校門前から走りだした。それを視界から去るまで見送ると、あずかったメモに視線を落とす。ハア〜ッ、と副キャプテン・安部夏陽は、深い溜め息をついた。

「どけよ、チビども。そこはボクの指定席だ」
 西澤の向かった最後部シートには、すでに二名の先客が座っていた。
「指定なんてないモン!」
「早い者勝ちだモン!」
「私たち――」
「先に座ってたんだもん――」
「ねーッ」
 最後のカギ括弧の中身は、互いの顔を見合って、二人お揃いで口にした。
 同じ背丈、同じ髪型、そして同じ顔。ゼッケンがなければ、チームメイトでさえ、彼女たちの見分けはつかない。名字も誕生日も同じ。そう、二人は双子であった。
 加地あい・加地のぞみ姉妹。浄善女学院のガードコンビである。身長ともに148センチ。
「お前ら、ちっこいんだから、前のシートでいいだろ。ボクはここじゃないと、この長い脚が窮屈なんだよ」
「やだモン!」
「しらないモン!」
「こンのヤロぉ……」
 西澤がポキポキと指を鳴らし始めたそのとき、
「あいあい、のんの、クッキー焼いてきたんだけど、召し上がらない?」
 前方の座席から、そう二人を呼ぶ声がした。わーい、とその声のした座席に駆け出す。クッキー入りの小袋をひとつずつ受け取ると、二人は前の座席にすわって、夢中でほおばり始めた。
「おいひー」
「トミーのクッキー、さいこうッ」
「ありがとう。そんなに喜んでもらえると嬉しいわ」
「ああもう、試合前なんだから、このコ達にむやみにエサを与えないでちょうだい」
 秋の小言に「ごめんなさい」と、さほど悪びれた様子もなく詫びると、彼女は西澤のいる後部座席に向かった。
「ほら、ポロポロこぼさないの。シートベルト締めて!」
(幼稚園児と保母さんにしか見えねーな)
 西澤が心のなかで的確な寸評を加えていると、
「隣、すわってよろしいかしら?」
 そう声を掛けられた。
「そこをどけってんじゃなけりゃ、別に文句はないよ」
 最後部シート中央に陣取った西澤は、通路に長い脚を投げ出していた。この席以外では、できない格好だった。
「あなたもいかが? クッキー、まだあるわよ」
 しゃべり方同様、シートに腰を下ろす所作ひとつにもエレガントな気品を漂わせていた。ミス浄善――彼女はそう呼ばれている。単に学園一の美女という意味でなく、良家の子女が通う学園の生徒像を象徴する称号として。小・中・高一貫教育の浄善女学院で、彼女はチームでただひとり、所属小学校からの生え抜き、生粋の浄善ガールである。富山梨華(とみやまか)、シューター。身長165センチ。
「いらね。甘いもんは、苦手でね」
「そういうと思った。でも、お気の毒だこと」
「なにが?」
「あなたのファンたちよ。チョコレートや、ケーキや、心をこめて作ったお菓子が、プレゼントした本人をスルーして、バスケ部員や寮生のお口に入っているのだと思うと」
「どうせ、ひとりじゃ食べきれない。くれるもんは愛想よくもらっとかないと悪いだろ?」
 浄善女学院は、その名の通り女子校である。西澤は背が高く、宝塚の男役を思わせるボーイッシュなルックスで、生徒達(むろん同性)から絶大な人気を集めていた。
「チームメイトにも、そのくらい寛容に接したら? なんでも力ずくで片付けようとするのはよくない癖よ」
「平和的解決に感謝しろってか? 生憎とほかにやり方を知らないんだ」
 そう言いながら、ポータブルプレーヤーのイヤホンを耳に挿れる。
「よかったわね、安部さんが一緒に来なくて。あの人の前でそんなことをしたら、どやされるところよ?」
「まったくだ。選手(プレーヤー)としては認めてるけど、堅っ苦しくてかなわないよ。しかめっ面して会場に行きゃ、試合(ゲーム)に勝てるってもんでもないのにさ」
 軽快なロックの演奏が始まると西澤は眼を閉じ、シートのヘッドレストに頭をあずけた。試合に臨む気負い、緊張感は微塵も感じられない。それが練習試合の気楽さからではないことは、富山にもよくわかっていた。エースの不在すら、むしろ彼女には楽しくてならないらしい。富山はイヤホンからが漏れる微かな音を聞きながら、そんな彼女の顔をなかば呆れ、なかば頼もしげに見つめた。
 西澤仁美(ひとみ)、センター。身長171センチ。



第1稿 2007.09.23