第1Q 小さなエース

  1

 放課後の初夏の西日をもろに浴びたプレハブのなかは、もっとも安上がりなサウナのようだった。
「うぅわッ、暑ッつ〜ッ」
「ちワ〜ッス」
 すでに勢揃いしてるコーハイ達が一斉に挨拶を寄越す。
「ち〜っす」
 力無く返すと、手近なパイプ椅子に腰を下ろす。
「エアコン付きの会議室、借りられなかったんですか〜?」
「ここしか空いてなかったんだってぇ」
 長机にしおしおに突っ伏した先輩のチカ姉がそう答えた。

 このクソ暑いプレハブでこれから行われるのは、わが女子バスケ部のミーティングである。今日、インターハイ予選の組み合わせが発表されるからだ。
「みんな揃ってる? うわ、さすがに暑いね」
 最後に現れたキャプテンのリサ姉も、蒸し風呂状態の室内に顔を顰める。
「えーでは、さっそくミィーティングを始めます。実は――」
 キィィィンという空気を切り裂く米軍機の爆音が、窓を開け放した室内に無遠慮に侵入し、キャプテンの発言を遮る。
「うっせーよ! 我が物顔で飛びやがってえッ。天島の空はなあッ、日本の領空だいッ、カバヤローッ」
 そう言ってピシャリと窓を閉めてやる。窓を閉めると、室内温度がさらに二三度上昇したような気がした。
「実は、今日発表される予選の組み合わせなんですが」
 アカネの日常的な言動には取り合わず、キャプテンのリサは続けた。
「連絡を受けたハゲヅラが、どっか出掛けちゃってまして、まだわかりましぇーん」
 アハハと、もう笑うしかないといったリサの言葉に、えーッと部員達のため息が漏れる。
「んもー、こんな蒸し風呂部屋で待たされて、結局それー?」
 脱力〜と呟いて、チカはパイプ椅子の背もたれにぐったりと身体をあずけ天を仰ぐ。自慢のロングヘアーが、だらりと垂れ下がる。
「ハゲヅラ、使えね〜」
 アカネはさらに容赦ない。
「アカネ、それヒド過ぎ」
 笑いながら、人格者のヒカルがたしなめる。
「ったく、メモぐらい残しときゃいいじゃん。どこに遊びに行ってんだよ。……このアカネ様の餌食になるのは、どこのどいつだ? 早く教えろーッ」
「その自信、どっから湧いてくんのー?」
 天を仰いだままのチカが言う。
「まあ、エースの自覚ってやつッスか」
 エヘヘと悪びれずに応える。
「こーんなこと言ってるよぉ、リサぁ。ちょっと調子乗りすぎてなーい?」
「そのぐらい闘志があって、ちょうどいいよ」
 キャプテン、リサが答える。
「そうでないと、うちらも安心して後を任せられないしね。それに」
 リサはアカネに歩み寄り、その肩に両手を置いて続けた。
「アカネはもう、うちの“小さなエース”なんだからね!」
「「小さな」は余計だよぅ」
 ドッとプレハブに、部員達の笑い声が響く。
「とにかく、そういうわけで、まだ対戦相手はわかりません。あとで私からハゲヅラに訊いとくから。んじゃ、練習始めるよ! 今日はいつものメニューのあと、一年対二三年で試合やるからね。モエミも一年チームね。10点ハンデ。6対4人マッチ。こんな条件で先輩相手に負けて当然なんて、思わないようにね!」

「おぅ、モエミッ。今日の試合、勝負しようぜ」
 蒸し風呂地獄のプレハブをあとに体育館へ向かう途中、わたしはモエミに賭けを持ち掛けた。
「勝負ですかあ?」
「おぅ。自分のチームが負けたら、「彩紋」のケーキ奢るってどうよ」
「自信満々ですねー。こっちだって、あんなハンデキャップマッチで負けるわけにはいきませんよ?」
「だからおもしれーんじゃん。やろうよ」
「いいですよー。受けて立ちましょう」
「うっしゃ。モンブラン、いただきだぜ」
 すでにお気に入りの「彩紋」のモンブランをゲットした気でいるアカネをよそに、モエミもほくそ笑んでいた。心中なにかを企んでいるようだった。

  2

「長谷川ぁ、ちょっといい?」
 わたしは体育館の片隅でたむろっている男子バスケ部の一人に声を掛けた。
「ヒロシぃ、アカネちゃんがお呼びだぞお」
「また審判かよ? 勘弁してよ」
 クラスメイトの長谷川博が困惑げにそんなことを言う。
「こっちだって練習中なんだからさあ」
 なあに言ってんだか。
「ろくに練習なんかしてやしないじゃないの。こんな時ぐらい女子部の役に立って、存在意義というものを証明しなさいよ」
 一応気を使って、周りには聞こえない声で言う。
 長谷川が言葉に詰まっていると、キャプテンのなんとかという三年が、ニコニコしながら近づいてきた。
「どうぞどうぞ。遠慮なくコキ使ってやってください」
「そんな殺生な」
「ありがとうございます。長谷川君、お借りします」
「その代わりってわけじゃないけど、合コンの件、考えといてくれない?」
「わたしに言われても困ります。そういうの、うちのキャプテンに通していただけません?」
「それがさー、彼女ぜんぜん取り合ってくんなくてさー」
 そりゃそうだろうね。
「だからアカネちゃんに是非、お口添えを」
 気安くアカネちゃん呼ばわりしてんじゃねーよ。
「一応、伝えてはおきますけど、あんまり期待しないでくださいね」
「お願いッ、よろしく頼んます。長谷川、しっかりご奉公すんだぞ」

「ったく、もういい加減言い飽きたけど、あんたんとこ、いったいどうなってんの?」
「そう言うなよ。女子バスケ部って、可愛い娘ぞろいだから、みんな気になるんだよ」
(でも、一番かわいいのは、アカネだよ)
(って、言うんだ)
(言え、言うんだ)
「そんなわかりきったこと言や、気を良くすると思ったら大間違いだからね。こちとら、それぐらいジューブン自覚してんだよ。『日之出に咲いた五輪の花――フラワー5(ファイヴ)』と呼ばれる、この日之出女子バスケ部スタメンとだな、合コンしたいだあ? だったらそれに相応しく、うっとり惚れ惚れするようなプレイヤーになってから申し込みやがれってんだ。ちったあ練習しろい、色餓鬼どもがあッ」
「自分で言うか? つーか、誰が『フラワー5』なんて呼んでんの?」
 そう言いながら
(ハア、また言えなかった)
 と、心の中で溜め息をつく、博だった。

「長谷川クン、いっつもゴメンね」
 キャプテンらしく、リサ姉が謝辞を述べる。
「いえ」
「その代わり、合コンしてねだってさ」
「いやー、それはまあ、みんなの意向もあるし、私の一存ではね」
 引きつった愛想笑いを浮かべたリサ姉に、わたしは肩を掴まれ、グイグイと体育館の隅に連れて行かれた。
(バカッ。長谷川クンの前でなんてこと言うの! 対応に困るじゃないの!)
(はっきり言ってやったらいいじゃん。いつもの調子で、毒舌バクハツで)
(私はあんたみたいに、冷酷な性格してないの。長谷川クン、ちょっとかあいいし、可哀想じゃないの)
(かあいい〜? そうっすかあ? リサ姉、あんなんが好み?)
(男子部のなかでは比較的に、よ)
 リサ姉とコソコソ話をしながら、わたしは貴城のことを思い出していた。彼ぐらいの実力とルックスのプレイヤーが揃っているなら、合コンのお誘いも、考えてあげないでもないんだけど。そういえば、さっきは貴城の姿を見なかった。朝の体育館ではいつも顔を合わせるのに、放課後の練習にはときどきいないことがある。変なヤツだ。

  3

「長谷川クンも来てくれたことだし、一年対二三年の試合を始めます。時間は二十分、休憩・タイムアウトはなし。じゃあ、長谷川クンよろしく」
「では始めます」
 長谷川がセンターサークルに立つ。ジャンパーは一年チームが170センチの阪本、二三年チームがヒカル。身長では劣るが、ジャンプをさせればヒカルが上を行く。
 いざ試合開始、のその寸前、モエミがとんでもないことを言い出した。
「今日の試合、うちらに勝てなかったら、アカネセンパイがみんなに「彩紋」のケーキ奢ってくれるって!」
 な、なにー!?
「さっすがアカネ先輩、太っ腹!」
「ますますやる気わいてきた!」
「待てコラ、モエミーッ。おめーに話は持ち掛けたが、一年全員になんて言ってねーぞおッ」
「いいじゃないですかあ。それともアカネセンパイ、自信なかったりして?」
「くぉのヤロ〜。上等だあ、受けてやらい! そのかわりこっちが勝ったら、おめーら全員、わたしに1コずつケーキ奢ってもらうかんな!」
「六コも食べる気?」
 チカ、呆れ顔。
「太るよ」
 ヒカル、真顔で心配。
「平気だ! ケーキは別腹だいッ」
 いや、そおいう問題では。
「あのー、始めていいでしょうか?」
 博、困惑顔。
「いいから、始めて。バカどものことは気にしないでいいから」
 不真面目な後輩を持ち、心労の絶えない、キャプテン・リサであった。

 ジャンプボールは跳躍力に勝るヒカルが獲った。
「ナイス、ヒカルッ」
 ボールを手にしたリサがチームに檄を飛ばす。
「このまま県予選まで突っ走るからね! ガンガン行くよ!」
「おうよ! モンブラン六コ、いただきだいッ」
「なんで、全部モンブラン?」
「太るよ」
「あのなあ……」
 こめかみに血管を浮かせているキャプテンのことはほっといて、ここで遅ればせながら、わが日之出が丘高校女子バスケ部、スターティングメンバーをご紹介したいと思います。
「おらおら。遠慮せずにかかって来なよ、一年坊。このリサ姉さんから、ボール奪ってご覧?」
 秋月リサ。通称リサ。三年。身長155センチ。#(ナンバー)4。ポジション:PG(ポイントガード)。女子バスケ部キャプテン。視野が広く、絶妙のパスワークには定評がある。責任感が強く、面倒見の良い、名実ともに日之出女子バスケ部のリーダー。だが、時折見せる、悪魔のような口の悪さは、ごく親しい人間の間でしか知られていない。
 挑発に乗って突っ掛けてきた一年を難なくかわして、インサイドに切り込む。スピードも絶品。
「チカッ」
 チカ姉にパス――するかに見せたのはフェイント。パスを阻もうと動いたディフェンスの間隙を縫って、すかさずシュート。ゴールを決める。
「おっしゃッ」

 相手ボール。エンドラインからのパスをチカ姉の手がカット。
「あっ」
「もーらいッ」
 大久保千夏。通称チカ。三年。158センチ。#5。SF(スモールフォワード)。抜群の動体視力と反射神経で相手ボールを奪う。守りながら攻めてくる、ディフェンスをさせると怖い相手。そして、オフェンスに回れば。
 シュートモーションに入ったチカ姉を長身の阪本が、高さを利して止めようとする。だが、阪本の手はボールに触われなかった。チカ姉の身体はディフェンスから遠ざかるように後方に跳んでいたからだ。フェイダウェイ・ジャンプショート! 早くも二本目のゴールが決まる。
「ナーイス、チカッ」
 三年生コンビがパチンとハイタッチする。
 オフェンスに回れば、外でも内(なか)でも点が獲れる、オールラウンドプレイヤー。まさに技の通販カタログ(と言うと本人はイヤな顔をするのだが)。クールな性格で、部内のツッコミ担当。本名は「ちなつ」なのに、なぜか周りには「チカ」を名乗り、そう呼ばせている。「響きがキライ」なのだそうだが、詳しい理由については誰も知らない。

「ソッコーッ」
 一年チーム、今度はロングパス。一気にゴールに奪おうとするが。
「あまい。いかせねーよ」
 わたしがすでに前に回り込んでいる。速さなら、誰にも負けない。
「ヘイッ」
 後ろから声をあげたモエミにパスが通る。フリーだ。他の一年に阻まれて、誰もマークできない。モエミがお手本のような綺麗なフォームでジャンプショットを放つ。決まれば3点(スリー)だ。
 放物線の軌跡を描いて、ボールがネットをくぐる。
「ゲッ。いきなり火ィ噴きやがった」
 さすが、ケーキの力!
「よっしゃあッ」
 篠塚萌美。通称モエミ。一年。162センチ。#8。SG(シューティングガード)。ご覧の通りの長距離砲の名手。自信家で稚気たっぷりなところがわたしに似ているというので「アカネ(わたし)の弟子」と言われている。インサイド主体のわたしとは攻撃のタイプは正反対だが、性格的には気が合うコーハイだ。

 パスをもらったわたしに一年チームがダブルチームを仕掛けてくる。
 ふん。足りるか、二人で? あっさり外から抜いてやる。だが、今度はモエミが立ちはだかる。パスを出すか? だが、みんなしっかりとマークが張り付いて、うっかりパスすればインターセプトされそうだ。やっぱり一年相手でも、6対4はしんどい。
 抜きにかかるかに見せてジャンプシュート。外は苦手だが、やむを得ない。入ればよし。入らなければ。
 ボールがリングに当たって跳ね返る。
「リバウンドーッ」
 ヒカルの仕事だ。
 ヒカルの背がぐいぐいと群がる一年をスクリーンアウトでいいポジションから押し出す。頂点に達したボールが落下を始める。ゴール下の各者、一斉にジャンプ。だが、ヒカルがもっとも高く速い。ヒカルの両の掌がしっかりとボールを挟み込む。
 斎藤 光。通称ヒカル。二年。163センチ。#6。CF(センターフォワード)。清楚で可憐な美少女の形容がピッタリの彼女は、男子生徒の憧れの的で、下駄箱にはラヴレターが引きも切らない。だが、外見に騙されてはいけない。ゴール下での力強さと跳躍力は部内で一番どころか、同じ体格なら県内でもトップクラスだろう。超強力リバウンドマシーン。それがヒカル。
 控え目でしとやかに見えるのも、何でも表に出すわたしとは正反対に、彼女が裡に秘めるタイプだからだ。落ち着いた物腰の裡に燃える闘志はわたしに勝るとも劣らない。性格もプレイヤーとしてのタイプも、わたしと好対照であるが故に、わたしたち二人は名コンビと言われている。互いに補い合う、左右の両翼だというのだ。
 一年の教育係はわたしたち二年の仕事だが、ここでも自然に役割分担ができてしまう。ダメなところを容赦なく指摘するのがわたしで、いいところを誉めてあげるのがヒカル。基礎トレでヘバる後輩を厳しく叱咤するのがわたしで、優しく励ますのがヒカル。お陰で一年からは、デビル上田とエンジェル斎藤などと陰で呼ばれている。女子プロレスじゃねえんだよぅ。

 ヒカルがボールを内懐に抱えて着地する。無論、それをボーッと眺めていたわけではない。わたしもすでにゴール下に目掛け、コートの疾風(かぜ)となって突進していた。
「アカネッ」
「あいよッ」
 ヒカルのバウンスパスを受け取ってレイアップシュート。グルグルとリングを回ったボールが、ポトリと網(ネット)に吸い込まれた。
 そして、わたし。上田 茜。通称アカネ。二年。152センチ。#7。GF(ガードフォワード)。人呼んで、日之出が丘の小さなエース。「小さな」は余計だけど。自慢の俊足で相手プレイヤーを置き去りにするオフェンスの鬼。
(そして、またの名を“泣き虫アカちゃん”)
 うっせーよ! 一人称で語ってるところに、勝手に括弧書きで割り込んで来やがってぇ。
 直情径行、傍若無人、天真爛漫。感情を表に出さない大人のヒカルとは正反対に、すぐ泣く、すぐ怒る。傲岸不遜で好戦的な茶目っ気たっぷりの、まさにコドモ。以上、本人が言いたがらないアカネの性格について、代わってワタクシ作者からご説明させていただきました。
 悪かったなあ。どーせコドモだよ。へん。

 それはともかく、パワーのヒカル、スピードのアカネ、それにテクニックのチカ姉を加えたフォワード陣は、県内でも屈指だろう。さらに、外から射抜くモエミ、そしてみんなにパスを出せて自らも切り込めるリサ姉が司令塔を務める。それが、日之出が丘高校女子バスケ部というチームなのです。上背はないけど、けっこう強いんだよ、ウチは。

続く 4〜6

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