4

「リサ姉、遅いね。なにしてんだろ?」
 練習を終え、制服に着替えたわたしたちは、校門前にたむろっている。
「トイレ行くから待っててって言ってたんだけどね。それにしては時間かかり過ぎよねー」
 チカ姉がそう答えた。
「もしかして、大っきいほうだったりして?」
 面白がり屋のモエミが、すかさずわたしに振ってくる。
「特大ウ○コで流れなかったりしてな」
 大笑いするわたしとモエミを真面目なヒカルが注意する。
「モエミ! キャプテンになんてコト言うの。アカネも! 先輩までいっしょになって悪ノリしたら、後輩に示しがつかないでしょ」
 なんて言いながら、コイツも笑いを堪えている。けっこう偽善者だ。ヒカルは。
「リサをネタにするのはともかく、食事前にスカトロネタはやめろーっ」
 結局、「彩紋」には、メンバー全員で行くことになった。二三年の奢りでだ。そのいきさつについて、リサ姉を待っている間に、憎たらしいモエミの奸智も含めて、述べておくことにしよう。

「残り時間1分」
 長谷川が残り時間をコールした。スコアは23対26。こちらの3点リードだが、モエミの一発で同点にできる。互いに得点できぬまま、一進一退の攻防が続く。
「30秒」
 この時点でボールは一年チーム。モエミは必ず狙ってくる。あいつに渡してはならない。もちろんモエミには、しっかりとチカ姉が張り付いている。どうする、モエミ?
 モエミ動く。当然、チカ姉も合わせて疾るが、別の一年が楯になってチカ姉を阻む。スイッチ!
「ヘイッ」
 モエミにボールが渡る。位置はスリーポイントラインの手前。打つ気だ、3Pシュート。冗談じゃない。ゼッタイ止める! 引き分けならケーキは奢らずに済むが、わたしの気は済まない。
 目一杯ジャンプするわたしを前にして、モエミはひと呼吸置いた。フェイク?
 ガッ、と勢いあまってシュートを打つモエミにぶつかる。ディフェンスファウルの笛が鳴る。フリースローを与えてしまったが、やむを得ない。フリースローなら、三本は入るまい。ところが。
「ゲッ」
「よおおおッしゃあああッ」
 なんとシュートは入ってしまった! しかも、ここで時間終了の笛が鳴った。
 バスケットカウント1スロー。シュート時のディフェンスファウルで、シュートが決まった場合、このバスケットカウントは認められた上、さらに1本のフリースローが与えられる。
「狙ったのか? まさか、狙ってやったのか?」
「逆転の目は、これしかないですからねー」
 得意気にそううそぶく。ウソだウソだウソだ。そんなマンガみたいなスーパープレー、そうそうできてたまるか。たまたま結果的にそうなったか、不遜にも本当に狙ってやったとしたら、百に一つのマグレが出ただけだ。そうに決まっている!
 それはともかく、これはマズい。マジでマズい! フリースローが決まれば、これで一年チームの勝ち。つまり、わたしが一年6名にケーキを奢らねばならない! なんとしても、それは阻止しなければ。
 こんな時、わたしは決して運を天に任せたりはしない。どうするって? 決まっているではないか。

(落とせ落とせ落とせ……ノーマクサンマンダーバーザラダーカンマン……)
 わたしは両の掌を忍法の印のように結ぶと、フリースローを放たんとするモエミに呪詛の念を送った。
「なにしてんの?」
 ヒカルが呆れたように訊いてくるが気にしない。
(落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ落とせ……ビラウンケンソワカーッ)
「やれやれ」
 リサ姉、チカ姉も呆れて首を振っているが、もちろん気にしない。
 フリースロー、リングに当たってボードに跳ね返り、コートに落ちる。
「やたッ」
「くっそ〜」
 見たか! わたしの念波の力を!
「残念だったなー、モエミぃ。ケーキ、奢ってもらい損なったな。まあ、わたしもモンブラン六コ、いただき損ねたけどな。まあキミタチ、先輩相手によく喰らいついてきたよ。誉めてやるよ」
「なーに言ってんですか、センパイ。ケーキはゴチになりますよ」
「おめーこそなに言ってんだよ。勝負はドローだろーが! お互い奢りはなしだろうがよ」
「センパーイ。わたし『うちらに勝てなかったら』って、言いませんでした?」
 あっ!
「うん。確かにそう言った」
 ヒカルが面白そうに同意する。ひでー。
「ヒカルぅ、おめートモダチじゃないのかよ。どうしてそんな、わたしに不利な証言をするんだ」
「だって、事実だし」
「そうそう」
「違うんだよ! そうだ。そもそもわたしが持ち掛けた時は、『自分のチームが負けたら』って約束だったじゃないか!」
「だって、わたしの申し出に『受けてやらい』って言ったの、アカネセンパイですよお」
「ヒキョーだあッ。モエミ、ヒキョー過ぎるッ。するとなにか? 三点シュートが決まった時点で、わたしの奢りは確定してたんだな? わたしがケーキを奢るのだけは回避せんと、全身全霊を込めて念波を送っていたのを、おめー肚んなかで嘲笑(わら)ってやがったんだな?」
「というか。そんなガキみたいな真似、すんじゃねーっての!」
 リサ姉がわたしの脳天に拳固をくれる。
「ゼッタイ余所でやるなよ! まったく二年にもなって、いつまでもコドモなんだから」
「だってえ」
 頭を抱えて、泣き声をあげる。
「よしよし。「彩紋」、私も付き合うよ。半分持ってあげるから」
 殴られたわたしの頭をなでなでしてくれながら、ヒカルが嬉しいことを言ってくれる。
「ヒカルぅぅぅ、お前って、ホンッといいやつだなー」
「なに先輩のけ者にして、自分らだけ楽しいことしようとしてんの。うちらも行くからね。チカも行くでしょ」
「トーゼン。欠席したら、何言われるかわかったもんじゃないし」
「センパイの分まで持ちませんよ」
「誰が奢るのイヤさに念波送ってるヤツに奢ってもらうか! うちらも出してやるよ。いいだろ、チカ?」
「しょうがないなー」
「リサ姉、チカ姉……優しい先輩を持って、アカネは幸せですぅ」
「お前って、ホント現金なヤツだな」
「火気現金」
 ヒカルの最後のひとことが、その場の全員をピキッと石化させる。ヒカルはときどき、こういう何の脈絡もないギャグ?(本人はそう思っているらしい)を言っては、みんなをフリーズさせる。その威力たるや、まるでメデューサのごとしだ。これさえなければ、ホンッといいやつなんだけどなー。

  5

 さて、問題のリサは、社会科研究室にいた。
 トイレで小用を足した(もちろん誰かの言うように、大きいほうをしていたわけではない)あと、偶然廊下で遭ったハゲヅラこと蔭妻教諭に連れてこられたのである。蔭妻は社会科教師である。
 それにしても。と、リサは思う。
 本当に判りやすいアタマをしている。これで本人は隠したつもりでいるのが不思議でしょうがない。これでは私はカツラ=ハゲです。と大声で喧伝しているようなものだ。
 ハゲを差別するつもりはない。格好いいとも思いはしないが、身体的な現象なのだから仕方がない。だが、身体的な現象を過度に気にし、それを隠そうとするのはまた別問題だ。頭髪に恵まれないことよりなにより、そのことが恥ずかしい。人間として。
 しかも、どうせかぶるなら、もう少し出来たヅラをかぶればいいものを、まるでコントに出てくるカツラの人のような粗悪な人工ヘアーを装着し、対面する生徒が笑いを堪えるのにどれだけ苦悶しているか知っているのかと言いたくなる。(もっとも、リサにしても、格好の笑いのネタにするという、恩恵も受けてはいたのだが。無論、リサ本人はそんなことは念頭にも登さない)
 気付けよ! 自分のアタマは、全校生徒ならびに全職員に見切られているということに! というか、ほかの教師も指摘しろよ! バレているぞと。聖職者たる者、ウソをつくのは良くないぞと。というか、ウソにもなってないぞと。

「うっかり連絡もせずに出てしまって、渡すのが遅れてすまなかったね」
 そう言って、大判の茶封筒を蔭妻は渡した。中身は大会事務局から届いた、トーナメント表・日程・試合会場等々を記した書類が入っている。
「いえ」
「それからもうひとつ」
「?」
「実はこれを受け取りに今日は出掛けていてね。あちこちつてを頼って尋ねてみたら、持ってる人がいてね。君達の参考になるんじゃないかな」
 そう言って取り出したのは、一枚のビデオディスクだった。

「失礼します」
 そう一礼して、社会科研究室の扉を閉める。
 廊下の進行方向を向いたリサの顔は、心なしか蒼ざめているように見えた。

  6

「リサ姉、ようやく登場〜」
「リサ遅〜い。いったい何やってたのよ〜」
 チカとアカネが、どうせあとから来るだろうから、先に行ってようかと薄情な相談をし始めた頃、リサが部員達の前に姿を現した。
「ちょっとね」
「言い淀んでるよ、おい。やっぱりだ。やっぱりだったんだ!」
 プクククク、と笑いを堪えるようにアカネがモエミに囁く。
「やめろーッ。もおリサ、聞いてよ。こいつらってばさあ」
「あーダメダメ、チカ姉。本人に言うのだけはカンベン」
「なに言ってたか、だいたい見当がつくよ」
 嘆息するようにリサが言う。
「こいつらってば、ホンッッット、ガキなんだから」
「どうかしました? 気分でも悪いとか?」
 よく気の付くヒカルが、リサを見て尋ねる。
「顔色、悪いですよ?」
「そう? そうかな? 何ともないよ。気のせいだよ、気のせい」
「ならいいんですけど」
「ほーらな、やっぱりだよ」
 アカネが懲りずに口にする。
「ア〜カ〜ネ〜!」
 チカが指を鈎爪の形にして、アカネに迫る。
「すいませんすいません! もう言いません! もとはと言えば、コイツが言い出したことなんです」
 モエミを盾にして、そんなことを言う。
「センパーイ! わたしセンパイみたいに、露骨な言い方してませんよー。マイルドに「大っきいほう」って言ったんですから」
「あんたも痛い目に遭いたい?」
 遁走するアカネとモエミ。
「まったく、あのバカ師弟コンビは……。ヒカル、あいつらの手綱、これからはあんたが絞めんだよ。うちらが引退したら、マトモな上級生はあんただけなんだから」
 つけるクスリはないとでも言いたげに、リサが言い渡す。
「はい……」
 自信なげに答えるヒカルだったが、ヒカルにはそれよりも、やはりリサがどこかいつもより元気がないように見えるのが、気になってならなかった。

続く 7〜10

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第1稿 2002.02.23