18

「伊東真希さんって……」
 売り切れ必至。学食人気ナンバー1のカレー揚げパン〈中辛〉にパクつきながら、モエミが感嘆の声を漏らした。
「すっごい、美少女ですねー!!」
 ガクッ。お約束通り、周りの全員が上体を斜め30度に傾ける。
「あのなー、モエミぃ。ルックスに感心してどーすんだよ、ルックスに」
「いやでもホント、惚れ惚れしちゃう美少女じゃないですかあ」
「そりゃそうだけどよー。でも、美少女っつーんなら、天女のほれ、いま映ってる上原冬花ってヤツのほうが上じゃねーか? って、そういうハナシじゃなくてだな」
 テレビ画面には、バストアップの上原とかいう選手が、大写しにされている。ご丁寧にも、選手名のテロップ付きでだ。「冬花」の部分に「とうか」とふりがなまで振ってくれている念の入れようだ。
 観客席から撮ったビデオ映像だが、撮影テクはプロはだしだ。試合が動いている時はパンで全体を映し、動きが止まるとすかさず選手ひとりひとりをアップにする。
 そのカメラワークが妙にいやらしい。足下から順にナメていき、太股とヒップで一旦停止。次にバストで一旦停止。最後に顔をアップ。
「ハゲヅラのツテって、どおゆーツテよ? 問題なんじゃないの、教育者的に?」
 チカ姉のコメントはもっともだ。どう見ても、真面目な研究・観戦目的で撮られた映像ではない。
「バスケの試合をこんな視線で見てる人がいるなんて耐えられない! 勘弁してって感じ」
 ヒカルが女子スポーツマンとして、最も模範的なコメントを述べる。
「でも、これだけキレイなコが揃ってると――もちろん、赦せないですよ――不純な目で見たくなる男の人の気持ちも、無理もない気がするんですよねえ」
 確かにモエミの言うことも一理ある。伊東と上原だけではない。対戦する両チームのミバの良さときたら、ハンパじゃないのだ。特に、浄善が凄い。伊東のほかにも、わりと背の高い宝塚の男役みたいなヤツとか、いかにもカトリック系名門女学校の生徒らしい、深窓の令嬢っぽいお嬢様とか、双子みたいに顔つき体つきまでそっくりな、ロリコンどもが涎を垂らしそうなロリータちびっ子コンビとか、全員が粒揃いなのだ。
 まるで、うちみたいに。
「でも、なんで天女の選手には名前のテロップがあるのに、浄善には無いんですかね?」
「天女のファンとか?」
「逆でしょ。浄善のファンだから、浄善の選手には必要ないんだよ、きっと」
「あんたらねえ」
 我慢の限界に達したように、キャプテン・リサ姉が口を開く。
「選手のルックスがどうとか、撮影者がどんな変態だとか、そんなくだらないことで盛り上がってんじゃないよ」
 さっすがリサ姉、そうこなくっちゃ。
「ルックスで競い合うんなら、うちらは全国に行けるんだよ!」
 ………。リサ姉、あんたもか。リサ姉もああ見えて、けっこう自意識過剰なとこあるんだよなー。(あなたに言われたくはないと思います)
「リサを除けばね〜」
 チカ姉が毒を含んだ一言を発する。
「ちょっとそれどういう意味どういう意味かな、それ?」
 顔は笑っているが、内心ではけっこうマジだ。リサ姉とチカ姉の三年生コンビは、仲がいいのか悪いのか、よくわからないところがある。わたしとヒカルはストレートな仲良しコンビだが、この二人はお互いを強く意識し合ったライバルコンビって感じだ。実際、一年で出会ったばかりの頃は、しょっちゅうケンカしていたらしい。生来のリーダーで仕切りたがり屋のリサ姉と、プライドが高く一匹狼気質のチカ姉。わかる気がする。

 もう説明の必要はないだろうが、いま視ているのは、わたしが昨日視た、ハゲヅラがつてを当たって借りてきてくれたという、去年の新人戦決勝、天女×浄善戦のビデオである。お昼休みの視聴覚室を借り、バスケ部全員に徴集をかけ、ランチを食べながら観戦しているというわけだ。
「見応えのある試合だけど、一年後のこいつらとやるのかと思うと、食欲なくなっちゃうよねー」
 かわいいランチボックスのミートボールをフォークでコロコロさせながら、チカ姉がようやく試合内容についてコメントした。
「しかも、いまの三年はここにはいないわけだからね」
 リサ姉が付け加える。浄善・現三年のスタメン、フォワードの安部、ガードの田渕、センター相羽、いずれもそれぞれのポジションで、天島を代表するプレーヤーだ。

 テレビ画面で伊東が天女のセンターをトリッキーな動きで翻弄している。
「いい動きしてるんだけどね、このセンター」
「よそなら、どこでもレギュラーでセンターやれるよ。この西表(いりおもて)ってコ。でも、伊東の動きが、さらに上を行ってる」
 そう口にするヒカルの表情は硬い。ヒカルにとっても、ゴール下での伊東に対する守りは、切実な問題だ。テレビ画面で両者がジャンプする。西表はシュートコースを完全に塞いでいる。ブロックされるかに見えたが、伊東は頭上のボールをいったん引っ込め、落下しながらボールを放り投げた。
「ダブルクラッチ!」
 下から放物線を描いたボールが、ゴールネットに吸い込まれる。これで、点差が20点に開いた。
「ポスト天羽――か」
 チカ姉が呆れたように呟く。
「そう呼ばれるだけのことはあるよ。とんでもない一年ね。いまどんな選手に成長してるのか、あんまり考えたくないな」
「天羽がいないとは言え、あの天女相手に20点のリード! 伊東真希、聞きしに勝るプレーヤーね」
 当時二年の天羽さんは、もちろんこの試合には出ていない。でも、天女が弱いわけでは決してない。この一年チームでも、充分県大会上位クラスに通用するだろう。天女と浄善の、各プレーヤーの実力はほぼ互角。ただひとり、伊東真希を除いては。
「なんか、伊東の得点が、そのまま試合の点差になってるって感じですね」
 第3Q(クォーター)終盤時点で、伊東は一人で20点を稼いでいた。マークをキツくすれば、すかさず手薄になったタカラヅカやお嬢様が点を入れるので、伊東ひとりを抑えにかかるわけにもいかないのだ。
(伊東がどんなに凄い奴でも、ダブルチームなんて贅沢な真似はできないからね。浄善相手に誰ひとりマークを外すなんてできないんだから)
 わたしの脳裏に、昨夜のリサ姉の言葉が甦っていた。浄善は伊東のワンマンチームじゃない。ましてや今度当たるのは、ビデオの一年チームをさらに上回る、三年スタメンの猛者達なのだ。
 試合終了のブザーが鳴ったとき、点差は32点。伊東は28点を叩き出していた。53対85。浄善の圧勝。天女のセンター西表比呂子が、手にしたボールをコートに叩きつけていた。

「さて、諸君――」
 重苦しい沈黙が支配する視聴覚室で、わたしはおもむろに口火を切った。
「今日、こうして緊急に、貴重なランチタイムに集まってもらったのは他でもない。
 いま視てもらった通り、我々が対戦する浄善女学園の強さは、尋常ではない。うちがいままで戦ったなかで、最大最強の敵となるだろう。そこでだ、諸君!」
 わたしのアタマに火花が散った。
「ったく、ちょっとエース扱いすれば、つけ上がってからに。あんたに諸君呼ばわりされる謂われはねーよ!」
 だからって。だからって、そんな情け容赦ない鉄拳ふるわなくなって……。ああ、た、たんこぶが……。
「その辺にしときなよ、リサ」
 珍しくチカ姉が助け船を出してくれる。大好きだよ、優しいチカ姉。
「あとで私がキャメルクラッチの刑に処するから」
 や、やっぱり。
「で? そこで、どうなの。言うてみ」
「えー、そこで――」
 リサ姉に促されて、わたしはたんこぶのできたアタマをさすりながら本題に入った。
「来る日曜の試合までの5日間、浄善の動きと高さ、なにより伊東真希対策として、男子バスケ部に練習相手になってもらうことを、わたしはここに提案したい! いろいろと問題があることは承知の上だ。でもみんな、浄善(あいつら)のとんでもない強さを見たろ? このままじゃ勝ち目はない! わずかでも可能性がある限り、できるだけのことをやろう! そのために、男子部への見返りとして、合コンの申し込みを受け入れることを、冗談じゃねえよって気持ちはわたしも同じだが、そこを曲げて、みんなに承諾してもらいたい!」

  19

 放課後。
 教室の清掃のために少し遅れたチカは、開け放した体育館の扉をくぐった。
「ちワ〜ッス」
 一年たちが、練習前の日課であるモップの床磨きをしながら、次々と元気に挨拶を寄越す。
 いつもなら挨拶を返すチカは、今日に限ってはそうせず、むっつりと黙ったまま不機嫌な顔で、ひとり脇でストレッチをしているリサのほうへ歩いてゆく。
 アカネとヒカルの姿だけがなかった。二人はいま、男子部との例の交渉に臨んでいる頃だ。
 リサの隣りにどすんと腰を下ろすと、上履きからバッシュに履き替える。
「なーんで許可したんだよ?」
 バッシュの紐を結びながら、リサに問う。
「………」
 答はない。リサは黙々とストレッチを続ける。
「私、ゼッタイ嫌(ヤ)だからね! 合コンも、一緒に練習すんのも」
「私も、あの提案自体には反対だよ」
 ストレッチを終えたリサが、おもむろに答える。
「男子とどうこうがイヤっていうより、そもそもあまり役に立つとは思えないっていうか」
「だったらなんで、好きにしろなんて言うのよ!?」
 荒げたチカの声に、一年の注視が集まる。険悪なムードに皆、不安げな表情を見せる。
「私が強引に却下すれば、あのコのなかでしこりが残る。『あれをやっていたら……』っていう悔いがね。それは望ましくないでしょ? やるだけやって、それでダメなら諦めもつくじゃない。
 私はアカネのアイデア、たぶんポシャると思う。男子だって、大会を控えてるわけだし」
「ポシャらなかったら、どうすんのよ? 緒戦敗退必至の助平な男どもが、引き受ける可能性はあるよ?」
「そのときは――」
 少し思案してリサは言った。
「試合でもしてやろうか。うちらが勝ったら、浄善対策にはならないって、アカネにも解るでしょうよ」
「大きく出たねー」
 冷やかすように言う。
「さっすが、アカネの師匠」
「あんたは、どう思うの?」
 リサが訊き返す。
「あの男子部相手に、うちらが負けると思う?」
「ぜーんぜん」
 不敵な笑みを浮かべて言う。
「あいつらに負けるようじゃ、おしまいでしょ」
 ぷーくくく。と、眼を山なりのブリッヂの形にして、リサがほくそ笑む。
「私に訊かれたからって、意地張らなくってもいいよ。大久保くん? どうせ『腐っても男子』とか思ってただろ? 正直にリサさんに言うてみ」
(く……)
 図星を突かれて、チカは少し赤面する。
「おめーはどうなんだよ? あの貴城ってヤツも込みで、本気で勝てるつもりかよ」
「貴城君ね〜」
 リサは人差し指をおとがいに当てて、小首を傾げてみせる。
「確かに彼がいると、かなりの難敵になりそうね。たぶんアカネも、一番のお目当ては彼なんだろうね。でも、私の見立てが正しければ、貴城君こそアカネの申し入れを蹴る、急先鋒になると思う。仮に男子部が応じたとしても、そのなかに彼はいない」
「逆に言えば――」
 チカが嘆息するように言った。
「貴城を抱き込めるんなら、リサはあれに賛成なんだ? やっぱりおめーら、師弟コンビだよ」
「あの……」
 モップ掛けをしながら話に耳を傾けていたモエミが会話に割り込んだ。
「貴城さん、この話には乗りませんよ。たぶん」
「私もそう思う。でも、どうして?」
 リサが尋ねる。
「実は……」
 モエミは、今朝の出来事を話した。

 ギャハハハハ、という三年生コンビの哄笑が、体育館に響き渡った。
「キショー、見たかったなー、それぇ」
 チカが地団駄踏んで悔しがる。
「なんでそんなオイシイ日に、バス遅れやがるんだよう」
「私も走って、急行に飛び乗っとくんだったよ」
 そう言って、リサも残念がる。
「愛の告白ならお断りや。生憎と、ロリコン趣味はないんでな」
 チカが声色を真似て、モエミから聞いた科白を反芻する。
「よく言った! 貴城、お前、偉い!」
 リサが嬉々として、彼のセクハラ発言を誉め讃える。
「貴城を引き抜いて、うちに入れようよ。アカネに付けてやんの」
 チカのジョークにリサが被せる。
「アカネ専属、罵倒用マネージャーっつーことで」
 再びギャハハハハ、と腹を抱えて身を捩る先輩達を見ながら、人の悪さでは到底及ぶ境地ではないと、モエミは思った。そして、他の一年達も。
 ひょっとして自分達は、とんでもない部に入部したのではないか――と。

続く 20〜21

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第2稿 2002.05.29
第3稿 2002.11.16
第4稿 2003.01.28