ダブルスコア   71

 ダブルクラッチ。もとは、自動車の運転技術の用語である。マニュアル車でシフトダウンする際、ニュートラルで一旦クラッチを繋いで空ぶかしすることで、スムーズにギアチェンジを行う。クラッチを二度踏むことから、こう呼ばれる。
 バスケにおけるダブルクラッチとは、まさにクラッチペダルを二度踏むごとく、ジャンプした空中において、一旦シュート体勢に入った腕を戻してブロックをかわし、再びショートを放つ、超高難度の離れ技である。

「あンのヤローッ」
 客席最前列のシートから立ち上がった西表比呂子が、怒りの形相も露わに、二階席とコートを隔てる鉄柵を叩きつける。
「お前らじゃ相手になんないよッ。私と代われ! ばっしばっしブロックしてやるからさ!」
「無理なこと言うんじゃないの。それと、暴れないでもらえる。カメラが揺れるから」
 こんなスーパープレイを目の当たりにしても、上原冬花の表情は微動だにしない。相変わらず、ビデオカムのファインダーに視線は注がれている。
「暴れたくもなるよ。あれにやられたんだ、私は!」
「だから、練習したんでしょ。“ダブルクラッチ封じ”。もっと落ち着いたら? ここは人前で、それも浄善女学院の生徒だらけなのよ」
「みっともないって? 結構だね」
 比呂子は、どすんと腰を下ろした。
「性に合わないんだよ。ポーカーフェイスってのは。はらわた煮え繰り返ってんのに、上っ面では平静を装う。それが大人の分別だっていうんなら、そんな分別臭い大人になんか、一生なりたかないね。私は隠さない。隠そうなんて思わない。心にあるもの、なんもかんも晒け出して、全部ぶつけてやるんだ!」
「そこまで言われたら、返す言葉はないわね」
 冬花が軽く微笑みを浮かべた。滅多に笑わない彼女には、珍しいことだった。
「うし。勝った!」
 小さくガッツポーズを取る。口論になると、いつもヘコまされてきたのだった。
「あなたらしいわね。確かに、あなたはそれでいいのだと思う。私とは違う。悔しさも、怒りも、憎しみ、痛み、そういう感情全てを相手に叩きつける。それがヒロのプレイだものね。その点では、天羽さんに一番近いタイプなのかもね」
「そうかな。そんなにナミさんに似てる、私?」
 途端に上機嫌になり、嬉しそうに照れ笑いする。
「もっともあの人は、大人の分別もわきまえてるけどね。できたら、見習ってほしいものね。そばにいる私が恥ずかしいことには、変わりないんだから」
(……なーにが「返す言葉はない」よ。無茶苦茶トゲのある言葉返してんじゃん)

(あのヤロー、ケタが違う……)
 相羽と田渕にもみくちゃにされている伊東真希を茫然とチカは見つめた。
「凄いでしょ。うちのエースは」
 そんな彼女に、安部夏陽がそっと囁いた。
「勝ちたい、という意識ごと、あのコは根こそぎにしてしまう。闘う気力そのものを、あのコは刈り取ってしまうの。つくづく味方でよかったと思う。あのコに出会って、私は私に対するあなたの鬱屈が、少しだけ理解できた気がする」
(ふん)
「言っとくけどさあ」
 そうすることさえ面倒臭げに、チカは安部を振り向いた。
「勝負に負けても、勝てる気がしなかったことは、一度もないよ。あんたにはね!」
「でしょうね」
 安部は、あっさり認めた。

 一方、浄善のベンチでは。
「ニシザー、あれできる?」
 多湖亜衣がニヤニヤしながら、意地悪な質問をぶつけた。
「なんだよ。できないよ」
 面白くなさそうな表情を更にムスッとさせて、西澤仁美が答えた。
「ほお。負けを認めるワケですね?」
 コンビの柘植のぞみが、存在しないマイクを向けるように、軽く握った拳を西澤の口元に寄せる。
「うるっさいなあ。やってやれなくはないんだよ。ただ、成功率が1割切るから、実戦では使えないだけだよ」
「それは、できないのと同じで〜す」
「同じで〜す」
 鉄砲の形にした両の手を揃えて指さし、二人お揃いで言う。
「………」
 西澤が無言で柘植・多湖コンビの頭をガシッと左右の腕で締めつける。二人が悲鳴を上げてもがく。
「あんなハデな大技使わなくたって、相手を出し抜くもっと確実な方法があるんだよ」
「どうすんだよ〜?」
 頭を抱えられながら、柘植が訊いた。
「できもしないヤツには、想像もつくまい」
「ベンチでハシャぐな、ドアホが!」
 君津監督の一喝が飛んだ。
「恥ずかしいと思わんのか。後輩の前で」
「マネしちゃダメよ」
 苦笑いした石川 雅が、控えの一年生三人組に添える。
「はあ……」
 先輩の行為だけに、はっきり「はい」と言うわけにもいかず、曖昧に口を濁した。
(誰もしませんよ……)
 ただひとり、緒沢真琴だけがそんなことを思ったが、もちろん口には出さなかった。

 君津の表情はしかし、すぐに上機嫌に戻った。
(あの局面で、あの大技を決める。大したヤツやで。我が選手ながら、惚れ惚れさせられる。あそこで、あれを決めた意味は大きい)
(あの三枚ブロック。あれは伊東を止めることで、反撃のきっかけになるばすの作戦やった。それを伊東のスキルが、更にその上を行った。これで反撃の志気そのものが、刃こぼれしてくる。しかも、ポイント差はこれで倍――)
(ダブルスコアや)

  72

 42対21――。
 ボールを拾ったモエミが、スコアボードの数字を見つめる。
「見るんじゃねえ」
 リサが言った。
「点差のことは、いまは忘れろ。どうせコツコツ返していくしか、しょうがねえんだ」
「……はい」

 モエミのスローインをリサが受け取る。
「1本! まずは1本だ」
 左手の人差し指を立てて、リサが号令を掛ける。
「少しずつ返していけばいい。まだ時間は、半分以上も残ってるんだ!」
「……オウッ」
 キャプテンの言葉に、四人の眼の光が、力強さを取り戻した。
(ほお――)
(やるやないか、あのポイントガード)
(崩れかけたチームの志気を立て直しよった。精神的支柱、ということか)
(なら、そいつを崩せ。わかってるな、田渕)

「気をつけろよ。丸顔のネエちゃん」
 登戸 彩がひとり呟いた。
「こういう時、出鼻挫きにかかんのが、田渕って女だぜ」

 鎌首をもたげた毒蛇が、シャッと襲いかかるように。田渕の手がリサのドリブルするボールに疾った。
(ぬうッ)
 辛うじてバックロールでかわし、一気にフロントコートに走る。
(危ねえッ)
 だが、これはチャンスだ。
(このまま突っ切るか。どうする?)
 須臾の逡巡。そして、決断。
 ボールを掴み、前方に投じる。後ろから迫っていた、田渕の手が空を切った。ワンマン速攻なら、ボールを叩かれていたところだった。
 コートにワンバウンドしたボールを、構えた両手で受け取る。ハンズアップした伊東を背にして、アカネにパスが渡った。
(どうしたらいいか、わかってるよな。アカネ)
 右へ。アカネが首と上体を捻る。
 伊東、ストライドを右に開いて、アカネの動きを牽制する。
 サッと上体を戻す。左腕を伸ばす。掌にボールを乗せて。
 その刹那、アカネの左わきをリサが疾り抜ける。掌のボールが消えていた。
(正解だ!)
 踏み切り。そして、ジャンプ。
 チカが安部を、ヒカルが相羽を懸命にスクリーンで押さえている。
 リサの手を放れたボールがリングをくぐり、ネットを揺らす。リサのレイアップシュートが決まった。
「っしゃあーッ」
 拳を握って、リサが叫んだ。42対23。第2Q、日之出が丘の初のポイントであった。

「手渡しパスか」
 アカネを見つめて言った。
「いい判断だね」
「まだまだ、これからだい」
 伊東を睨み返して言った。
「勝ったなんて思うなよ」
「思わないよ。ゲームが終わるまでは」
 涼しい顔で、伊東は応えた。うっすらと汗ばんではいるが、それだけだ。汗が雫となって噴きこぼれているアカネとは対照的だ。そして涼しげに、こう付け加えた。
「そっちこそ、早々と負けたなんて思わないでね。どんなに差が開いても、ね」

(これで19点差)
 リサがチラリとスコアボードに眼を走らせる。タイムは2分50秒を示していた。
(あと、残り3分足らず)
(前半を十点代の点差で乗り切れば、まだ望みはある)
「このディフェンス、止めるぞッ」

 だが、先ほどのお返しとばかりにリサを抜き、インサイドへ切り込んだ田渕が相羽にパス。ヒカルのディフェンスをものともせず、相羽が危なげなくシュートを決めた。点差は再び、21点差に開いた。

  73

 ひとつひとつ、攻め手を奪われてゆく。
 強引にボールを奪いに来ず、抜かれることを警戒する田渕に、リサが突破するスキはなかった。第1Qであれほどの活躍を見せたチカは、ファウル3つでムリができず、安部の徹底マークの前に、精彩を欠いていた。
 アカネはシュートエリアの狭さを見抜かれた上、スーパーエース伊東に完全に動きを封じられている。リバウンドの獲り合いで相羽と伍して争っていたヒカルも、伊東のヘルプによって制空権を奪われ、1対1では高さで圧倒的に不利だった。

 ヒカルの果敢なジャンプシュートは、上背のある相羽に、軽々とブロックされてしまう。こぼれたボールを素早くチカが拾う。だが、その前にピタリと安部が張り付く。
 パス。サイドラインぎりぎりに走り込んだ、モエミにボールが渡った。
 ボールを構えるより早く、須田 恵が眼前に現れた。慌てて撃たず、右腕と背で圧力(プレッシャー)を遮るようにドリブルを開始する。
(それでいい。落ち着いていけ)
(ディフェンス職人とか言われてるが、お前なら振り切れる。毎日、アカネやチカや私を、コートで相手にしてきたんだ。ビビんな)
「モエミ!」
 須田の背後からアカネが声を発した。
 一瞬の虚を突いて、左へ。スリーポイントライン沿い。クイックモーションでジャンプシュート。しかし――。
 放った直後のボールを須田が叩く。
「見え透いてんのよ!」
 アカネにとも、モエミにともなく言う。
(須田は、抜かれたあとのフォローが速い)
 君津がまた、色眼鏡のフレームを得意気に持ち上げる。
(外した、と思わせたあとからブロックする。ディフェンス職人と呼ばれる所以や)
 ボールを拾った田渕を必死のダッシュでリサが止めたが、伊東にパスされ、ゴールを決められてしまう。
「ナイスブロック、メグッ」
 田渕と須田が、ハイタッチを交わす。

 モエミも、また――。
 ディフェンス職人・須田 恵に阻まれ、いまだ1ゴールも決められずにいた。
 完全に手詰まりだった。
 第2Q、残り時間2分。46対23。再び、ダブルスコアに。

「くっそ〜」
 小さく、声に出して呟く。リサもすでに汗だくだ。息が荒い。
(休みてえ。作戦タイムが欲しい……。あいつら、タイムアウト取ってくんねえかな)
 横目で浄善のベンチを見た。君津監督は、余裕の表情でパイプ椅子に腰を下ろしている。
(取るわきゃねえか……)
 最終の第4Qを除き、各ピリオドで取れるタイムアウトは、一度ずつである。
「ドンマイ。惜しかったよ」
 ヒカルがそう言って、硬い表情のモエミの肩を叩いた。
 そして、すれ違いざま、視線を合わさずに小声でリサに囁く。
「ボール、回してください。ゴール下の番人を、引っ張り出してやります」
(ヒカル、お前……)
(同じこと、考えてやがったか)
(よくわかってんじゃねーか。アカネも、ヒカルも)
(作戦タイムは、いらねーか)
 スローインを受け取ったリサの口元に、微かに笑みが浮かんだ。

「なに笑ってんの?」
 正面の田渕が訊いた。
「嬉しくってさ。わかんねーよ。お前ら、エリートには」
「………」

 パスが、ヒカルに渡った。スリーポイントラインの、さらに外側。
「なに……!?」
 思わぬフォーメーションに、君津監督以下、浄善のベンチが色めき立つ。

「なるほどな」
 ニヤリとして、彩が言った。
「なるほどって? あんな外でボールもらって、どうするの? センターなのに」
 大木ゆかりが疑問を口にした。自分なら、そこでボールをもらっても、パスを回すしかない。
「決まってんだろ。1オン1さ」

(ヒカルの本職は、フォワードだ)
(平面なら相羽には負けない。考えてみれば、一番分があるのは、ここだったかもしれない)
 いくぞ、いくぞ。そう何度もフェイクを入れ、左から突破。ハイポストからジャンプシュート――。
(そうだ。それでいい。逞しくなりやがったよ。小っちゃくて、ひ弱そうだった、あのヒカルがさ。嬉しいじゃねえか。なあ、チカ!)

  74

「一年三組、上田 茜。ポジションは、ガードとフォワード、両方やってました。でも、どっちかってゆーと、ガンガン点を獲りにいくフォワードのほうが好きです。よろしくお願いしますッ」
「一年三組、斎藤 光です。ポジションは、一応、フォワードです。よ、よろしくお願いします」
 最初に入部してきた二人は、揃っておチビちゃんだった。
 当時の身長は、アカネが149センチ。ヒカルが147センチ。ヒカルのほうが、アカネよりもさらに小さかったのである。
 おまけに、自信家で元気いっぱいのアカネに比べ、ヒカルのほうはスポーツマンとしてはおとなし過ぎ、物足りなさを感じさせた。恥ずかしそうに蚊の鳴くような小声で挨拶する彼女に、腹の底から大声を出すことから指導しなければならなかった。
 大丈夫か、というリサの不安はしかし、実際にトレーニングを始めて、拭い去られた。ヒカルが誰よりも裡なる闘志を秘めた、頑張り屋だとわかったからだ。彼女が黙っていても自発的にトレーニングするタイプの、練習の虫だと見抜くのに、さほどの期間は要らなかった。
 対照的に、ちょっと眼を離すとトレーニングをサボるのが、アカネだった。小学生時代からミニバスを始め、腕に覚えがあり、基礎トレなどバカバカしいと思っているのがミエミエだった。徹底的にシゴいて、根性を叩き直してやる――と、教育係のリサは決意した。

 アカネがリサ直々に特訓を受ける一方、ヒカルはチカやキャプテンの華南里名(かなんな)に教えを請い、技術と運動能力の研鑽に励んだ。
 ことに重点的に取り組んだのが、ジャンプとパワーの源である、脚力の強化だった。成長期に入り、夏休みには身長155を超え、さらに伸びることが予想された彼女には、パワーフォワードへのコンバートが求められたからである。
 2年に上がる頃には、身長は160を超えた。スタメン最長身となったヒカルには、センターのポジションが与えられた。パワーフォワードへ、そしてセンターへ。ポジションが替わる度、人一倍の努力で、期待に応えてきた。
 バスケ選手としては、これでも小さいほうである。ポジションに相応しい背丈があるわけではない。170超級の他の強力なセンターと渡り合うには、ポジション獲りのスキルや、スクリーンアウトのパワー、ジャンプ力で対抗するしかなかった。そのために、鍛えに鍛えた。
 そのことが、斎藤 光という選手を多彩なスキルを有する、類い稀な小さなセンターへと、育て上げたのである。

 だが――。
 ヒカルがボールを放つ、その瞬間。
 飛び込んできた須田の手が、ボールをはたいた。ボールがサイドラインを割る。
(須田さん……!)
 シュートをブロックした須田が、無言で拳を握る。

「さすがねえ」
 ベンチで石川 雅が感心したように言った。
「ニシザーがオフェンスの鬼なら、メグ先輩はディフェンスの鬼ね」
「あのひとには、ずいぶん鍛えられたよ」
 隣に座した西澤が、思い起こすように応えた。
「いくら感謝しても、しきれねえよ」

 ――約一年前の、夏。
 IH(インター・ハイ)を目前に控えた、夏期強化合宿。
 地獄、と呼ばれる夏合宿の練習のあとにも関わらず、須田は西澤仁美が求めた1オン1の相手を、快く引き受けてくれた。
 勝負は、互角だった。須田のほうが、明らかに疲れていた。スタミナでは、西澤が上だった。スピード、瞬発力、肉体的には、全ての面で上回っているはずだった。
 にも関わらず、結果はイーブンだった。
「畜生、なんでだよ……」
 寝っ転がった胸を上下させて、苦しそうに呟いた。
「そんなにボク、遅いっすかあ? センパイ」
「とんでもない」
 コートに座り込んだ須田が答えた。さすがにしんどそうだ。
「ムチャクチャ速いよ、あんた。でもね――。
 だから止められないかと言ったら、そうでもない」
「……!」
「まず、フェイクがあからさま過ぎ。ただボールを振り回すのが、フェイクじゃない。相手に本物と思わせなければ、贋物(フェイク)の意味はない。本物の見分けかつくから、こっちは余計な動きをせずに済む」
「そっか……」
「あと、ここぞ、という時、決まって得意の右から抜こうとする癖がある。これは直したほうがいいわね」
「ええ〜ッ、マジっすかあ!?」
「そうよ。どんなに速くても、どう来るか予測できれば、大して怖くない。どんなに訓練しても、人間の反応速度には限界がある。相手が動いてから反応していたのでは遅い。相手の手の内、心理、パターン、癖……それをできるだけ短時間のうちに読み取り、どう来るかを予測する。その読みの上に、身体能力は生きてくる。特に、身体能力で上をいく相手に対しては、ね」
(上をいく相手……)
 西澤の脳裏に「怪物」と呼ばれる、癪に障るアイツの顔が浮かんだ。

「なんで、そんな親切にしてくれるんですか?」
 シャワーで汗を流し、宿舎へ帰る途中で訊いた。
 有能な新人に無自覚な欠点を指摘し、自分の能力(スキル)を伝える。それはチーム内における、自分の地位を危うくすることでもある。
「だって、仲間じゃないの。チームメイト同士、足の引っ張り合いをしても、しょうがないでしょ」
「リッパだな〜。尊敬しちゃいますよ、センパイのこと」
「な〜んてね。ちょっと模範解答すぎたかな」
 照れたように、付け加えた。
「上へ行ってほしいの。あんたらには。私は、県大会ではベンチウォーマーだった。全国では、なおさらそうでしょうね。だから、せめて力になれたら、こんな嬉しいことはない」
「ボクだって、控えっすよ」
「でも、使ってもらえたじゃない。交代で。近い将来、間違いなく伊東と並ぶスター選手になる。あなたは」
「並ぶじゃなくて、超えたいっすね」
「だったらなおさら、自慢できるじゃない? 西澤を育てたのは、私だ。って」
 そう言って、須田は笑った。西澤は逆に、真面目な表情で立ち止まった。
「これからも、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますッ」
 足をピシリと揃えて、お辞儀をした。
「そんなにかしこまらなくていいわよ。私も将来のスターと手合わせしとくのは、手の内がわかって有利だし」
「やっぱ、腹黒れええ。……あ、ひょっとして、知ってて黙ってるボクの癖とか、まだあるんじゃないでしょうね?」
「さあ。どうかな」
「ひどいなあ。やめましょうよ。チームメイト同士、足の引っ張り合いは」


(須田、恵……)
「エリート呼ばわりは慣れてるけどさ」
 驚きの眼で須田を見つめるリサに、田渕が言った。
「エリートばっかじゃないよ。うちは」

(穴を見つけて、そこを突いても――)
(すかさずフォローされる)
(このチームには、どこにも付け入るスキなんてないのか?)
 リサの脳裏に、禁じていた言葉が、よぎり始めた。
(負ける、のか――?)

「負けねえッ」
(!)
 アカネの叫びが雷となって、リサの心を侵す暗雲を切り裂いた。
「負けてたまるかッ、たまっかよおッ」
(そうだ。私が先に諦めてどうする。考えろ。まだ手はあるはずだ!)
「うんうん。そうこなくっちゃ、ね」
 ニッコリと笑みを浮かべて言う伊東にギロリと一瞥をくれて、アカネが疾る。
 ヒカルのオーバーヘッドのスローインが、アカネに渡った。
 第2Q残り時間、あと1分40秒。

続く 75〜77

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