ダブルスコアTO   12

〈Produced by Mitsuru Kanemura〉のテロップが最後に浮かんで、オープニングが終わる。続く画面に映し出されたのは、見慣れた朱雀地下街の光景だ。戦場(フィールド)はほかにも選択可能だが、プレイヤーの多くは自分がよく知る場所を選ぶ。日常的風景の中で、非日常的戦闘を繰り広げることが、この上なくエキサイティングだからだ。そこに自分が遠隔操作する感応ヒト型機械(シド)を送り込み、謎の伝染病によって獣人化した住民たちと戦い、あるいは逃れつつ、与えられた任務(ミッション)を達成する、というのがこのゲーム――シンクロン・マックスの簡単な趣旨だ。
 シンクロノイドは実用化され、現実に存在するマシンだ。危険地帯や深海、宇宙空間など、人間が赴くのに困難や危険が伴う場所で、なおかつ人間並みの精妙さが要求される作業のために開発された、平たく言えばリモコンロボットである。従来のリモコンロボットと異なるのは、オペレーターの五感にダイレクトに“同期”し、現場と同じ感覚をフィードバックする独自のインターフェースにある。シンクロノイドと呼ばれる所以である。
 開発者は発王として名高い、ドクトル金村こと金村ミツル。本人は21世紀最高の科学者兼芸術家を自称しているが、無類のアニメ・特撮好きとしても知られ、実際にヒーローものの映画製作にも手を染めるなど、世間的には胡散臭い好事家の印象が強い。シンクロノイドも実用にはこぎ着けたものの、あまりに高額なため買い手がつかず、途方もない開発費用で、相続した莫大な遺産も底をつくことになる。そこで金村は、シンクロノイドのインターフェース技術を簡易な廉価版にアレンジし、ゲーム向けに売り込んだ。と、そのように世間では言われている。
 だが一方で、それは真実を隠蔽するためのカムフラージュに過ぎない、といった怪しい噂も囁かれる。いわく、金村は裏で政府から金銭的援助を受けており、資金は潤沢である。いわく、マスコミ有名人のドクトル金村はシンクロノイドを用いた影武者であり、本物は宇宙の有人衛星にいて影武者を操っている。いわく、ゲームマシンのシンクロン・マックスは「M・A・Xシステム」と呼ばれるネットワークに接続されており、大型有人シンクロノイドを操縦する“適格者”を秘かに探している……等々。無論それらは、常識人なら一笑に付す、馬鹿ばかしい風聞の域を出ない。

 朱雀地下街某所ニ潜伏スル、獣人化ノ感染ヲ免レタ少女ヲ救出セヨ。
 それが磯辺に与えられたミッションだった。だが、彼女にとって、そんな指示になんの意味もなかった。襲いくる獣人どもを銃で撃つ、撃つ、撃つ。特殊チタン刀で斬る、斬る、斬る。獣人どもが次々に緑の血飛沫と、断末魔の悲鳴あげて息絶える。磯辺の駆るシンクロノイドは、殺戮の狂戦士だ。戦意を喪失した獣人が逃げる。そいつを追う。どこまでも追う。執拗に追う。追いつめ、掴まえ、今度は殴る。殴る、殴る、殴る。蹴る、蹴る、蹴る。ゲームを介在する、あくなき暴力衝動の解放。磯辺の興味は、ただそれのみだった。
 その磯辺が、格好の獲物を見つけた。

(あぶねー)
 隣席のブースでチラ見していた後輩の小城は、その様子にあきれつつ、背筋にうす寒いものを覚えた。完全に眼がイッている。狂人の眼だ。理事長の娘で、バスケ部の実質的ボス。取り入っておいて損はないと、一のお気に入りの座におさまりはしたが、最近ではそれを後悔することもしばしばだ。
(もう少し距離おいとくんだったかなー)
 茶坊主をつとめるメリットは、ほとんどなかった。ポケットマネーは欲しいだけもらえるくせに、後輩にお茶一杯奢ることはなかった。家庭的にはさほど裕福でない犬飼のほうが、まだ気前はよかった。このゲームだって自腹である。そのくせ、勝手にやりたいゲームをやるのは許さず、こうして付き合わせるのだ。何かにつけて、そうなのだ。用事があるから、などとやんわりとでも断ろうものなら、容赦なく拳が飛んできた。わざわざ奴隷になったようなものだ。
 淋しがり屋で気が小さく、そのくせ尊大で逆らうことを許さない。我が儘で堪え性がなく、侮辱に敏感で、怨みは決して忘れない。執念深く、報復は残酷で容赦なかった。小城の磯辺に対する人格的評価は、およそ最悪といってよかった。はじめからわかっていれば、近づくことはなかったろう。痛恨の極みだった。
 その鬱憤を小城は、大木ゆかりにぶつけた。無論、磯辺のいじめの尻馬に乗ってだ。自分より惨めな人間を見ると、安心できた。こうなるよりはマシだと。いまさら後戻りはできない。とことん、この人についていくしかないのだ。逆らうことなどできはしない。登戸は馬鹿だ。敵に回して、これほど恐ろしい人間はいない。いまにそのことをイヤというほど、思い知らされるだろう……。
(!)
 小城の物思いをスクリーンに現れた、思わぬ敵が断ち切った。
 緑の漿液にまみれた、一機のシンクロノイド。そいつは息を呑む間もなく、小城(の操縦するシンクロノイド)に襲いかかってきた!
 防戦一方であとじさる。横目を磯辺のスクリーンにくれる。シンクロノイドを襲っている。間違いない、磯辺のシンクロノイドだ! 磯辺が自分に襲いかかってきたのだ!
「ちょっと、やめましょうよ。同士討ちは!」

 これは金村がこのゲームに盛り込んだ、一流の悪戯だった。このゲームでは、同時刻にプレイしている者同士が、鉢合わせすることがあるのだ。手を組むもよし、また――戦うもよし。本来の敵である獣人よりも、他のプレーヤーであるシンクロノイドを好んで襲撃する者もい、そういう手合いは「キラー(殺屋)」と呼ばれ、忌み嫌われた。磯辺はこの界隈でも、名うてのキラーだったのだ。
 磯辺は相手が小城と知っても、攻撃の手を止めなかった。もとより、そんなタマではなかった。小城の狼狽は諦めへと変わり、抗うのをやめた。抵抗はあらゆる意味で、無益だった。とりわけいまは、磯辺の虫の居所が悪い。さっきの店に現れた、あの女のせいだ。
(恨みますよ、犬飼センパイ……)
「畜生ッ、ユキのヤロー!」
 なすがままに無惨にスクラップにされてゆくシンクロノイドに、小城は我が身の運命を重ね合わせた。

  13

「悪い。ゲームは苦手でね」
 磯辺の誘いを断ると、犬飼はイチゴシェークの残りを一気に飲み干した。
「それに先約があってね」
「先約ぅ?」
「待たせたな。雪(ユキ)」
 犬飼は向かい合わせにいる磯辺の、ちょうど背中合わせに座っている女の後ろ姿に声を掛けた。磯辺がギョッとして振り返る。
「待ちくたびれたよ」
 磯辺の背後の女が立ち上がった。年の頃は犬飼たちと同じ。だが、その出で立ちは制服ではなく、私服だった。もっとも、彼女の通う中学に、制服はなかったのだが。
「でも、退屈はしなかったけどね。あんたたちの話聞いてたら」
「ハッ、趣味の悪い女だ」
「お久しぶりね、いそっち」
「その呼び方はやめろ」
 犬飼、磯辺と古い馴染みらしいその女を、小城もまた知っていた。翔星学園中等部・女子バスケ部キャプテン。思い切り短くした髪はしかし、いかにもスポーツ少女、という印象を与えなかった。切れ長の眼が特徴的な顔立ちのクールさは、ベリーショートの髪型と相まって、まるで外国のファションモデルのような無機質な凄味を醸し出している。名前を本多 雪といった。


「よかったの? チームメイトを袖にして」
 磯辺と小城が新しいゲーム機で同士討ちを演じている頃、犬飼と本多 雪も河岸を変えていた。さきほどのファーストフード店のテラスに比べれば、ずっと静かで落ち着いたスタンドコーヒーショップだった。
「言ったろ。ゲームは苦手なんだ」
「だからって、急に呼び出すのはカンベンしてもらえない? それも白々しく練習試合の打ち合わせだなんて。あのコ相当疑ってたわよ」
「たぶんな」
 犬飼は軽く笑った。
「けど打ち合わせってのは、満更ウソじゃない。例の件もあるしな。調べはついたんだろ?」
「そんなの、メール一本で済むじゃないの」
「あいにくと、メールも苦手なんだ」
 笑って答える犬飼に、雪は大仰に嘆息してみせた。
「まったく、そんな機械オンチで、よく生きていけるわよねえ」
「友達に恵まれてるんだ」
「よく言うよ。よりによって敵のチームのキャプテンに、あんなこと頼んどいてさ。こき使われる身にもなってもらいたいわね」
「で、どうだった?」
 犬飼の問いに雪は答えず、代わりにじっと犬飼の瞳を見つめた。二人の視線が絡み合う。
「あいつに訊いてみれば?」
「………」
「探偵まで雇ったそうじゃないの。週バスの記事検索なんかより、よっぽど詳しいこと掴んでるんじゃないの?」


 ノート端末のアラートを止める。約束の時間の5分前だ。赤羽は書きかけの文書をセーブし、ディスプレイの周囲がヤニですすけたノート端末を閉じる。くわえ煙草を灰皿でもみ消し、ミントタブレットを口に放り込む。「お勘定。釣りはいい」とウエイトレスに告げ、紙幣と伝票を重ねてテーブルに置く。それが格好いいと思っているのだ。
 雑誌記者あがりの調査能力の高さは自負しているが、こうした金遣いの荒さが祟って、毎月の事務所の家賃にも事欠く有り様だ。挙げ句、暴力団絡みのヤバい仕事で、糊口をしのいでいる。あおぞらリサーチ社という、名前だけは立派な自身が営む調査事務所は、そんなわけでほかに社員もいない。美人秘書を雇い、優秀な調査員を使って、自らはデスクワークに徹するという理想は、夢のまた夢だ。
 だが、今月分の家賃の目処は立った。依頼された調査を終え、これから会う依頼人への報告を残すのみだからだ。依頼人は女子中学生。中坊の分際で探偵を雇うとは世も末だが、知ったことではない。金さえ払ってくれればそれでよく、その点で心配はなかった。相手は上得意の市会議員の娘だからだ。
 写真週刊誌の記者を辞めたのは、暴力団との交際が露見したためだ。依頼者の父親とは、その暴力団関係のパーティで知り合って以来、昵懇の間柄である。依頼者である彼の娘からは、父親には黙っていてくれるよう頼まれたが、無論、最初からそちらにも報告はしている。万が一にも、大事なクライアントの機嫌を損ねるわけにはいかない。
 彼女の父親は、調査自体には何の異議も差し挟まなかった。私の仕事の邪魔さえしなければ、好きにさせればいいという。娘も娘なら、父親も父親だ。だがそれもまた、知ったことではなかった。
 ミントタブレットを噛みくだす。大口を開け、吐く息の清涼感を舌で確かめる。トイレで顔を洗い、鏡の前で緩めたネクタイを締め直す。約束の場所までは、1分もかからない。改段を一階まで降りれば、そこに依頼者が指定したゲームセンターがある。
 市内にある事務所ではなく、なぜこんな場所を選んだのか、察しはつく。賭けてもいい。依頼者には、連れがいる。自分の力を誇示するための連れが。
 狂騒的な電子音が渦巻く店内をうろつく。餓鬼の遊技場だな、と赤羽は思う。アーケード、家庭用を問わず、彼はゲームを軽蔑していた。テレビ画面の中で、空疎な点数稼ぎをしてなにが面白いのか。彼が高校時分から入り浸っていたのは、もっぱらパチンコ屋と雀荘であった。金が賭かっているから、スリルがある。勝てば金が手に入るから、旨味がある。危険に憧れているくせに、本物のそれには怖くて近寄れない奴らが、虚構のスリルに酔い痴れるのだ。本物の危険を伴侶に生きている人間には、人生そのものがスリリングなゲームだ。
(ハードボイルドってかぁ)
 赤羽の口元が弛んだ。

  14

 依頼人の姿は、すぐに見つかった。新型機のブースでプレイに興じている。隣にいる同じ制服の女生徒は連れだろう。予想通りだ。
「お待ちになりましたか、お嬢さん」
「遅せーよ」
 磯辺は顔も見ずに言った。
(定刻通りなんだよ、クソ餓鬼が)
 赤羽は笑顔を崩さず、腹の中でそう毒づいた。
「こいつが終わるまで、ちぃと待ってな」
「どうぞ、ごゆっくり」
 にこやかな笑顔のまま、赤羽は脳裏に描いたイメージで磯辺に往復ビンタを喰わせ、後ろから犯した。


「想像を絶するよ。あいつのやることは」
 犬飼がカウンターに頬杖をついて言った。中学生の考えることじゃねえよ。
「あのコ、変わったわね」
「ああ」
「お父さんが市議選に通ってからね。昔はあんなじゃなかったのに」
「変わらない人間はいないよ」
 犬飼が言った。私だって、変わったよ。
「いつまで、あんなやつと付き合ってる気?」
「いつまで?」
 とりあえず、卒業まで付き合いは続くだろうさ。
「いい加減、手を切ったら? どうせ好きで付き合ってるわけじゃないんでしょ」
「好き嫌いで付き合いを選べたら、世の中苦労はねえよ」
「疲れ切ったオジサンみたいなこと言うのね。もちろん、私だってチームやクラスにイヤなやつの一人や二人はいるわよ。私がそこにいる以上、付き合いはしなきゃならない。否応なくね。でも、私の気持ちはハッキリ態度に出すし、向こうもそれを承知してる。だから、必要もなくプライベートまでベタベタといっしょに過ごす気苦労を味わうことはないわ」
「あんたが羨ましいよ」
 犬飼は薄い笑みを浮かべて、キャラメルマキアートを口に運んだ。

 意を決したように、おもむろに雪は切り出した。
「……ねえ、進路はもう決めた?」
 怪訝な表情を浮かべて、犬飼は答えた。まあ、このあたりだろうってところは、一応ね。
「よかったら、うちに進学しない?」
 犬飼は一瞬言葉を失った。呆然と隣のスツールに腰掛ける、雪の顔を見つめる。
「うちっていうのは、つまり翔星学園高校って意味か?」
 ええ。雪は頷いた。
「馬鹿言うな」
 犬飼は首を振った。
「うちはあんたや磯辺みたいに裕福じゃないんだ。私立のお金持ち学校には行けないよ。だいいち、学力的に無理だ。翔星に行きたいなんて言ったら、先公が怒るか大笑いするだろうよ」
「学費のことはともかく、勉強はあなたが本気で取り組んでないからよ。あなた、頭良かったもの。私なんかよりずっと」
「昔の話だよ」
「バスケだってそう。埼玉から転校してきたあなたが、私といそっちにバスケを教えてくれた。ずっとあなたの背中を追いかけてきたのよ、私は」
「……よかったじゃないか」
 とうに追い越して、ずっと先を行ってる。背中どころか姿も見えねえよ。
「もう一度、あなたと組みたいの。いっしょのチームで、プレイしたいのよ。私は真剣に言っているのよ」

「……ずいぶんと、買ってくれるんだね」
 しばらくの沈黙ののち、犬飼は言った。
「けど、とんだ見込み違いだ。ミニバスの頃とは違う。もう、あの頃の犬飼カヲリじゃない」
「そうかしら? 私にはそうは思えないんだけど」
 雪の切れ長の双眸が、刺すように犬飼を射た。
「南田先生はいい指導者だわ。うちの指導力も人望もない専任監督よりもね。本来なら、いまでもうちと張り合うだけのポテンシャルはある。なのにそれが見る影もない。誰が癌かは、言わなくてもわかるわよね。昔の負い目だかなんだか知らないけど、あなたはあんなやつに付き合って、ダラダラと自堕落に自分もチームも駄目にしてる。あなたは本当は、そんなこと望んでもいないのに……!」
 犬飼は雪の視線を外し、ガラス越しの外の風景に眼を向けた。夕陽が街を朱に染めている。
「言ったろ。ひとは変わるんだよ」
 その表情からは、どのような本音も伺うことはできなかった。
「……まあいいわ。いまの話は、考えておいて。どの道、光陽中が県大会どころか、全国だって夢じゃないとわかれば、あなたの眼の色も変わるでしょうよ」
「どういう意味だ?」
「それほどのプレーヤーだということよ。例の登戸 彩ってコはね。大変な人間がチームに加わったものね。彼女、ミニバスと前の中学で、全国に行ってるのよ」


 同じ頃、磯辺と小城も、赤羽から登戸 彩に関する報告を受けていた。赤羽の話を聴き、提出する文書に眼を通す磯辺の態度は、小城が不気味に思うほど、真剣そのものだった。が、それも無理はないと小城は思った。それほどに、赤羽がもたらした報告は、驚くべきものだった。
 登戸 彩――。小学校時代、埼玉県のミスバスチーム、春日部スコーピオンズに所属。エースとして活躍する。在籍中に二度の県大会優勝、三度の全国出場を果たす。全国大会では最高ベスト8まで進出している。地元の名門校、浦和啓鳳学院中学にスカウトで進学。そこで一年でただひとりレギュラー入り。県大会二位、全中出場の成績を残している。
 ポジションは、ガードからフォワードまでこなす。パスワーク、ドリブルともに優れているが、特に得意とするのがシュート。敵がインサイドを固めれば、外から3P(ポイント)を決め、ディフェンスが広がれば、今度は積極果敢なドライブインで攻め込む。リズムに乗せるとこれほど厄介な相手はいないと、対戦したチームの監督は一様に語っている。欠点はただひとつ、上背に欠けること。だが、それを補って余りあるセンスとスキルを持ったオールラウンダーであり、スコアラーである――。

 得意技はシュート。ならば、登戸が自分たちの前で見せていた空っ下手なショート成功率の悪さは、磯辺さんの言うとおり、そういう振りをしていただけだったのだ。
(油断のできねー女だ)
(でも……)
 小城には、ある疑問が浮かんだ。

「なにか、ご質問はありますか」
「続きがあるんだろ。もったいぶらずにさっさと出せよ」
「わかりますか」
「試すんじゃねえよ。私立の名門中学にスカウトされて入ったやつが、なんだってこんな普通の中学に転校してくるんだ。なんか裏があるに決まってんだろ」
「さすがですね」
(ふん。ただのバカ娘じゃないらしい)
 そんな腹の裡をおくびにも出さず、赤羽はもうひとつの報告事項を告げた。
「彼女が埼玉からこっちに越してきたのは、言ってみれば夜逃げでしてね」
「夜逃げ?」
「ええ。彼女の親父さんの自営業が倒産しましてね。破産宣告を受けて、借金はチャラになっているんですが、ひとつ厄介なところから金をツマんでましてね」
 磯辺の目がギラリと光るのを赤羽は見逃さなかった。
「トサン、つまり十日で三割の暴利ですな。認可を受けてない闇金融ですよ。そういうところから金を借りていた。法律の外にいる連中ですから、当然、破産なんて関係ない。年頃の娘を持つ身としては、逃げるほかなかったでしょうな。ああ、それから、彼女の母親は自営業が倒産した折り、離婚して故郷の福島へ帰っています」
「なるほどね……」
 磯辺は乾いた唇を舐めた。まさに舌なめずりだと小城は思った。
「で、その闇金の連中が、どこのなんていう業者か、押さえてるんだろうね?」
「もちろん、その報告書に書いてありますよ」
「大枚はたいた甲斐があったよ……」
 どうせ親父の金だろうが。腹の中で思ったその言葉をもちろん赤羽は口には出さない。金は振り込んでもらえればそれでいい。それが誰の懐から出ていようと、構いはしない。どうやらこのお嬢さんは、凄腕の新しいチームメイトを快く思っていないらしい。彼女がこの情報をどう使おうと、それは知ったことではない。
 だが、使いようによっては、お父上と利害が対立することになるかもしれない。彼女の父親は、理事長を務める学校の名誉と、娘のワガママの、どちらを優先させるだろうか? 赤羽はそれを考えかけ、そしてやめた。それもまた、彼の知ったことではなかった。



第1稿 2006.03.05