4

 ごゆっくり。そう挨拶して、節子は自室へと姿を消した。
「いい子だな」
「ああ」
「俺には、過ぎた娘だよ」
「やけに謙虚じゃないか。お前が手塩にかけて育てた子だ。自慢に思えばいい」
「本当はそう思っている」
 二人は声をあげて笑った。
「お前のチームと戦(や)って、万に一つも負ける気はしないが、こと人を育てる能力にかけては、お前には敵わんと思うよ」
「日本中どころか海外からも優秀な選手が集まる、桃花学園と戦力を比較されても困るが、貴様だって、まどか君を育てたじゃないか」
「あれは天才だよ」
 桜井は銚子を傾け、猪口に酒を注ぐと、それをゆっくりと飲み干し、深く息をついた。
「私はたまたま、天才の父親になるという、運命に見込まれただけさ。しかも、私はまどかに入れ揚げるあまり、妻も、もうひとりの娘も蔑ろにした」
「………」
「ところで、ともえのことで、何か話があるそうだが?」
「ああ」
 あるいは本当に、俺の人違いだったのかしれんのだが。そう前置きして、権藤は語りだした。
「大会が始まる前だから、五月だな。俺は部員を連れて、神奈川に練習試合に出掛けた……」
 朔方桜木(さくほうさくらぎ)商業。それが練習試合の相手校だった。激戦区・神奈川の強豪で、全国出場の常連でもある。
「朔商……升田小次郎のところか」
「升田氏は、俺の高校時代の先輩でな。その縁で、昔からよく胸を借りに行っていた。その練習試合の見物人のひとりに、ともえ君とおぼしい人物を見かけたのだよ」

「……ともえ君? ともえ君かね?」
 試合のハーフタイム、権藤は彼女にそう呼びかけた。その時、彼女がピクリと反応しかけ、それを抑えたことを権藤の眼は見逃さなかった。彼女はガムを噛む顎の動きを止め、権藤を見た。
「権藤だよ。覚えていないかもしれないが……。君がまだ、幼い頃に会ったきりだからね」
「人違いでしょ。私の名前は、ともえじゃない。キリカ。霧が香ると書いて、霧香」
 それだけ言うと、あさっての方を向いて、再びガムを咀嚼する。風船ガムが彼女の口元で膨らみ、割れた。
「それは、すまなかったね。面影がよく似ていたのでね……」
 はっきりそう否定されては、引き下がるほかなかった。だが、名前を呼んだときに示した反応と、なによりも幼少時分の面影を残した顔立ちが――権藤は一度見た顔を忘れないことにかけては、天賦の才があった――彼女はシラを切っているのではないか? と彼に疑念、というより確信を抱かせたのだった。

 霧香と言ったんだな? 桜井はそう確認した。
「間違いない。その子は、ともえだよ」
「やはりな」
「霧香は妻が考えて、気に入っていた名前だ。私は反対して、押し切ってしまったんだが……。私のつけた名前すら、気に食わんというわけか」
「どうしてすぐに教えてあげなかったの?」
 洗いものから戻った良恵が、タオルで手を拭いながら言った。
「こいつのことだ。どうせ『そうか』の一言で終わりかと思ってな」
「お前は私を悪意で見過ぎるよ」
 桜井は苦笑いした。
「私だって人の子の親だ。人並みに娘の心配ぐらいするさ」
「女房、子どもに見捨てられて、さすがの貴様も堪えたか。いい薬だ」
「私も、焼きが回ったのかもしれんな」
「………」
 ねえ、修ちゃん。そう良恵は呼び掛けた。
「よかったら、うちの上の娘にも、挨拶してあげてちょうだい」
「もちろん、よろこんで」
 桜井は、良恵の言葉に疑問を挟まなかった。事情はよく承知しているのだ。

 リンの透き通った音色を鳴らして、桜井はその小さな仏壇に掌を合わせた。
「その子は、礼子と名付けた。戒名だけでは、可哀相だからな」
 礼子と節子――。彼らしい命名だと、桜井は思った。
 桜井は静かに眼を開け、重ねた掌を解いた。
「英雄の星の下に生まれた者は、不幸を背負わねばならぬ、宿命でもあるのだろうか?」
 良恵は最初の子どもを流産していた。それは、ただの流産ではなかった。
「俺は貴様のように、自分を英雄などと思い上がってはおらんよ」
 桜井の言葉を権藤は一笑に付したが、その顔つきは真面目そのものだった。
「だが、思い上がっていたことは事実だ。それが、あの忌まわしい事件を招き、この子を死なせた……」
「儚いものよね、幸せなんて」
「結婚して、子どもができて、この人は実業団チームの一軍入りをして、本当に幸せの絶頂だった……。それがあんなにあっけなく、地獄に変わってしまうんですもの」
 ごめんなさい。そう言って、良恵は部屋を離れた。再度の妊娠は危ぶまれたが、それでも二人目の娘、節子が生まれた。権藤は教師として、第二の人生を歩み、いまは慎ましくも幸せな家庭を築いた。傷は癒えている。だが、あの過去を振り返る度、当時の思いがいまでも生々しく甦ってくるのだった。
「そしてお前は、バスケ界を追われた。本来なら、今頃は監督として、全日本代表チームを指揮していてもおかしくない、お前がだ」

  5

「買い被りが過ぎるよ。桜井」
 権藤の顔に、苦笑いが刻まれた。
「私は、そうは思わん」
「白虎四高は良いチームだ。もし、指導するのが私なら、とても彼らをあそこまでのチームにはできないだろう」
「それはそうだ」
 ニヤリと笑みを浮かべた。
「三日と保たんよ。貴様ではな」
「……宝の持ち腐れだよ。お前のその能力を、もっと日本のバスケを担う、トップクラスの選手の育成に、役立てようとは思わないのか?」
「またその話か? 何度も断ったはずだ。俺は教師だ。不幸ないきさつの結果とはいえ、落ちぶれたとは思っていない。俺はこの仕事に誇りを持っているし、天職だと思っている。用向きとはそれか?」
「今日も生徒が騒ぎを起こして、警察に出頭したそうじゃないか」
「クズを少しだけマシな人間にして、社会に送り出す。それがそんなに大事な仕事かね?」
「議論の必要はない。貴様と俺との、価値観の相違だ」
「さっき、お前は言ったな。『俺は俺の関わる子どもらだけでも、人間としてまっとうであるとはどういうことか、教えていく』と。だが、そんなことで、この国も、社会も、何も変わりはしない。私に言わせれば、そんなものはお前の自己満足に過ぎんよ」
「個人の力で天下国家を左右しようなどと、それこそ誇大妄想に過ぎんよ。俺からはこう言わせてもらおう。もっと足下を見ろよ、桜井」
「見ているさ。足下をすくおうとする連中ばかりだからな」
 桜井の顔に、嘲るような笑みが浮かび、真顔へと変わった。
「私は、日本のバスケを変えてみせる……」
「………」
「まずは日本を、アジアでトップの地位に押し上げる。そして、ゆくゆくは、五輪(オリンピック)でメダルを狙える国にするつもりだ。それには多くの優秀な人材が要る。力を貸してはもらえないか」
「いくらでもいるだろう。俺以外に」
「信頼できる人間は、そうはいない。私の右腕になってほしいのだよ」
 権藤は静かにこう応えた。
「貴様から見て信頼に足る人間が周りにいないのは、貴様自身が信頼されるに足る人間ではないからじゃないのか? 亡くなった奥さんや、ともえさんの件しかり。君津(きみつ)君との一件もしかりだよ。貴様の評判は、俺の耳にも届いているぞ。桜井は優秀なプレイヤーを投網で捕まえ、自分の駒がわりに使い潰すとな。貴様がいま桃花の監督をやっているのは、JBLの監督の座を追われたからだということを忘れてるんじゃないのか」
「私が松芝を追われた?」
 桜井は、鼻で笑った。
「三流スポーツ紙の与太記事(ゴプ)を鵜呑みにされては困るよ。私がオーナー連中から快く思われていないことは承知しているが、お偉方の首根っこは押さえている。私をクビになど、できるものか」
「権謀術数は、お手の物ということか」
 勘違いするな。桜井は生来のプライドの高さを伺わせて、こう言い放った。
「私は松芝を追われ、そして監督を務めることになった桃花に、まどかを入れたのではない。順序は逆だ。まどかを桃花に入れるからこそ、私は松芝を辞め、桃花の監督になったのだよ。すべては不世出の天才、桜井まどかのためにな」

 驚いたな……。権藤はそう呟いた。
「貴様のまどか君への熱意は、それほどのものか」
「言ったろう。私以外の指導者に、任せたくはないと」
 お前の高校がもう少しマシだったら、まどかを預けることも、考えないでもなかったがな。とも桜井は言った。
「惜しい。つくづく惜しいよ。お前ほどの指導者が、札付きのワルどもの巣に埋もれているとは」
「礼子の霊前だ。口論はせんよ」
「全国へ行くんじゃなかったのか。ワルどもの青春ゴッコに付き合って、一生禁煙を続ける気か」
「行ってみせるさ」
 静かに、だが腹の底から振り絞るように、口に出した。
「全国で桃花と当たったら、貴様の言うクズがどこまでやるか見せてやる。首を洗って待ってろ」
「頑固な奴だよ、お前は」
 軽く、桜井は笑った。
「まあいいさ。どうせお前がそう言うだろうとは思っていた。――だからこそ、私はお前に会いにきたのだからな」

「いままでの話は、本当の用向きではないというのか?」
「うんと言ってくれれば、とは思っていたよ。九分九厘あきらめてはいたがね」
「ならば聞こう。本当の用向きとやらを」
 その前に、私が天島に来た目的について、説明しておきたい。
「大木ゆかりは、知っているな」
「天島のバスケ関係者で、彼女の名を知らん者はおらんよ」
「桃花学園は、大木ゆかりの獲得を決定した。私はその最終交渉のために、この地を訪れたのだよ」

  6

「強欲なことだ」
 ウンザリしたように、権藤は言った。
「ヤン・メイファが三年というなら解る。だが、彼女はまだ一年だ。大木を獲る必要がどこにある!? 天島で最も大きい女子を、ヤンの下で飼い殺しにする気か?」
「私は同じタイプのプレーヤーを最低二人は確保するようにしている。知っているだろう? 自分のチームに、同じタイプがいないのは不幸だよ。対外試合でしか、自分のようなプレーヤーと、マッチアップできないのだからな。同じチームにいるからこそ、似た者同士で切磋琢磨することもできる。ヤンがいくら、アジアの大巨人と呼ばれていても、欧米に行けば、ああいうビッグマンもそう珍しくはない。ヤンと大木が、日頃から鎬を削り合うことは、ヤンのためにも、大木のためにもなるのだよ」
「ものは言いようだな」
 フンッ、と権藤は鼻息を鳴らした。
「それだけではあるまい。貴様が考えていることは」
「無論、オフェンスとディフェンスは一体だよ。こぼれ球(リバウンド)を押さえるのと同じ――。仮にヤンの下で、大木ゆかりが戦力として生きることがなかったとしても、ほかのチームで活躍されるよりはマシということだ」
「やはり、それが貴様の本音か……」
 昂る内圧を抑えるように、権藤は堅く拳を握り締めた。
「ヤンという強力なライバルを前にして、どうやってセンターのポジションを獲るか。それは大木君次第だよ。彼女だって、うちにヤンがいることぐらい、承知の上なのだからね。お前は飼い殺しと言うが、私は部員全員をより巧く、より強くなるようトレーニングしているよ。公式戦のコートに立つことなく、飼い殺しに甘んじるとすれば、それは所詮、その程度の人間だったということではないかね」

「貴様は昔から、クレバーな奴だったよ……」
 しばらくの沈黙ののち、権藤は口を開いた。
「膝が痛いと思ったら、実際以上に痛む振りをして、さっさとベンチに引っ込むような奴だった。目の前の勝敗よりも、将来の選手生活を優先する。それができる奴だった、貴様は。だが、多くのプレーヤーは、ましてや若い高校生には、そんな真似はできんのだ。無茶をしてでも、試合の勝敗にこだわり、コートに立ちたがり、レギュラーのポジションを獲ろうとする。
 我々指導者には、そんな若者達をあずかる責任がある。どんなに選手当人がいやがろうと、たとえ試合の勝敗がかかっていようと、コートから下げねばならんことがある。いいか桜井、これだけは忘れないでくれ。もうJBLの監督ではないんだ。貴様はまだ発育途上にある高校生、それも女子をあずかっているのだということを。『所詮、その程度の人間』などと、他人事のような言葉で片付けてほしくない。貴様は単に桃花学園の成績だけでなく、明日の日本のバスケを担う、選手達の将来にも責任があるんだ!」
「知らんな」
 桜井の返事は、にべもなかった。
「理事会の至上命令は、優勝の二文字だ。卒業後の選手のことなど、私の知ったことではない」
「貴様!」
 権藤はふたつの拳で桜井の胸ぐらを掴んだ。
「先ほどから話していて、貴様にも色々あって、少しは人間的に成長したかと思っていたが、どうやらちっとも変わっていなかったらしいな! 貴様はやはり、頭はいいが流れている血は爬虫類のように冷たい、そんな人間だったのか!? いま吐いたセリフを良恵や節子の前で言ってみるがいい。この偽善者めッ」
「お前だって、生徒の保護者の前で、『酒を飲む資格は年齢じゃない』などとは言うまい。ものを言うのは何事も、時と場所、相手によりけりだよ」
「フンッ」
 権藤は乱暴に、胸ぐらを掴んだ手を振りほどいた。
「まあ、落ち着けよ。すぐに頭に血が上るのは、お前の悪いクセだ」
 桜井はシガレットケースから取り出した煙草をくわえ、ずっしりと重みのありそうなライターで火を点した。
「私も口が過ぎた。お前の熱苦しい演説を聞いていると、ついからかいたくなってなあ」
 ギロリ、と言葉の真偽を見定めるように、権藤は桜井を睨んだ。
「考えてもみてくれ。選手のなかには、実の娘もいるんだ。高校時代で潰すような真似はせんよ。大事に育てるさ。それに言ったろう」
「日本のバスケを変えてみせる――と。まどかのために桃花の監督になったが、私は高校の監督で終わる気はないし、選手達にもあそこで終わってもらっては困る。私には、大望があるんだ」
「言葉は正しく使え。そういうのは、野心というんだ」
 結局、この男にとっては、選手は道具に過ぎないのだ。大事に育てるという言葉に嘘はなくとも、それは道具を大事に使うというのと変わりはない。その道具が役に立たなかったり、気に入らなかったりすれば、この男はなんの痛みも躊躇もなく棄てるだろう。上った血が冷めた頭で、権藤はそんな思惟を紡いだ。
(かつて、君津君を切って棄てたように……)
(考えたくはないが)
(娘のまどかさんさえ、この男にとっては、己れの野心を達成するための、道具ではないのか……?)

「それに、大木ゆかりはうちには来ない。今日の最終交渉で、彼女の獲得を桃花学園は断念した。安心したかね?」
 そんな権藤の心中を知る由もなく、紫煙を吐き出して、桜井は言った。
「それを先に言え。――賢明な判断だ」
 無論、大木君のだが。権藤が付け加えた。
「彼女は、バスケをやめるそうだ」
「なに?」
「だが、安心はできん。天女や浄善が、獲得に動いているからな。辛抱強く説得を続ければ、そっちに行く可能性はある。禿(かむろ)も君津も、選手としては使えないやつらだったが、年頃の女子を口説くのは、妙に長けた連中だからな」
 天島女子大附属と浄善女学院のそれぞれの監督である禿と君津は、桜井が監督を務めていたJBLチーム・松芝に所属する元選手であった。禿は自動車事故で選手生命を断たれ、同じ頃、君津も桜井との間にイザコザを起こし、松芝を辞めている。
「あの一件をまだ根に持っているのか。言わせてもらうが、禿君が事故を起こしたとき『役立たず』と言った貴様も、相当に心ないと思うぞ」
「根に持ってはいないが、殴ったのは君津(やつ)で、殴られたのは私だ。水に流すにせよ、奴から頭を下げるのが筋じゃないかね」
「仲直りはしていないということか」
 桜井と君津は、先のインターハイ準々決勝で顔を合わせている。バスケ雑誌に載った『因縁の再会。言葉は交わさず』という記事の見出しと、(形ばかりの)握手を交わす二人の写真を権藤は思い出した。
「獲得は断念したが、日本のバスケの将来のためにも、大木君には是非ともバスケを続けてもらいたいと思う。だが、禿や、ましてや君津の若造に獲られるのは業腹だ。そこで、いよいよ本題に入るのだが……」
 桜井は灰皿に煙草を押しつけて消すと、権藤を睨み据えてこう口にした。
「うちがリタイアした、大木ゆかりの獲得レースに、君にも一枚噛んでもらいたい。彼女をお前に預けたいのだ。それが私の用向きだよ、権藤」

「――なにをバカな」
 その申し出は、さすがの権藤さえ、しばし絶句させた。
「うちは公立校だぞ? 私立のように特待生でスカウトなどできるものか!」
「特待生で入学させろとは言っていない。普通に入学試験を受けさせればいい」
「簡単に言うなよ。うちがどんな学校か、貴様だってよく知っているはずだ。普通に学力のある者が、わざわざ来たがったりはせんよ」
「そうでもなかろう。一年の、御厨結花(みくりやゆいか)。なかなか将来の楽しみな、ポイントガードじゃないか。彼女はお前に指導を仰ぎたくて、家族の反対を押し切ってまで、白虎四高に入学したそうじゃないか」
「よくもまあ、そこまで調べ上げたものだ」
「敵を知るのは、戦(いくさ)の常道だよ」
「御厨は例外中の例外だ。それに、大木君はおとなしい性格だと聞いている。うちに来るはずがない。第一、彼女はバスケをやめると言ってるんじゃないのか?」
「そこだよ。そこにこそ、お前の分があるのだよ」
「どういう意味だ」
「そもそも、彼女がバスケをやめると言い出したのは、ある人物がバスケをやめてしまったからだ。大木にバスケを続けさせるのも、選手として獲得するのも、つまるところ、その人物が鍵を握っている……」
「もったいぶるな。その人物とは何者だ?」

「登戸 彩という中学生を、知っているか?」

払暁 序章 了 

  後書というほどでもない執筆後のおしゃべり

「登戸 彩という中学生を、知っているか?」
 この科白を桜井に言わせるために、けっこうなボリュームを費やしました。
 もともとこの話は、いま執筆中のエピソードの、プロローグにしようと、あとから書き出したものですが、伸びるは伸びるは。一章ぶんで終わるつもりが、読み切りどころか、前後編に分けるまでに膨らんでしまいました。しかし、書き終えてみれば、権藤と桜井が向かい合う化学反応が、たかだか原稿用紙の五〜六枚で済むハズがなかったのです。

 中断している『DUNKRESS』も、いま執筆中の作品(特に名を秘す)も、とにかく苦しめられっぱなしでしたが、本作『払暁 序章』は久しぶりに愉しみながら書けました。会心の出来です。とにかく、読み返すのが愉しい。気持ちいい。もっとも、創作者などというものは、誰しも自分のつくった作品をそのように思うものなのかもしれません。ここまでお付き合いいただいた皆さまには、いかがだったでしょうか。

 本作を読んでも、ピンと来なかった部分はあるかもしれません。大木ゆかりは、なぜバスケをやめると言っているのか? そして、登戸 彩も。中学で出会い、友人となった二人に、なにがあったのか? そのピースは、まだ埋められてはいません。本作には、ストレートな続きがあります。本作は、いま執筆中のエピソード――ゆかりと別離した、登戸 彩の物語へとバトンタッチされることになります。
 言うまでもなく、本作はゆかりと彩が、いかにして白虎四高へ、権藤次敏のもとにたどり着くのか、その出発点を描いた作品です。『払暁』とは、ゆかりと彩にとっての“夜明け”なのです。

 彩と権藤はいかにして出会い、白虎四高のチームメイトとして、ゆかりとの再会を果たすのか。さらに遡って『DUNKRESS』のその後はどうなるのか。そのピースをこれから埋めていくことになります。
 それらのピースが埋まったとき、物語は再び、アカネら日之出が丘と浄善女学院の激闘へと還るでしょう。

 本作『払暁』を執筆しながら、様々なインスピレーションが、ワタシを捉えました。剣道→空手→柔道と、武道を遍歴しながら、ついに高校時代、升田小次郎に出会いバスケに転向する、若き日の権藤。権藤の現役時代、妻・良恵を巻き込み、バスケ界を追われることになった「事件」。松芝時代の君津がやらかした、桜井監督殴打事件。その後、入院中の禿と、見舞いに訪れた君津との病室での一幕。インターハイ準々決勝での、君津と桜井の因縁の激突。離婚した妻の葬儀に参列した桜井・まどか親娘と、霧香(ともえ)との再会。などなど。
 どれもこれも、書き始めたら、それ相応の質と量を要求するエピソードばかりです。まるで道草に夢中になって、ちっともお使いに行けない子どもみたいですね。これは創作者としては、悪いクセなんでしょう。本編の続きをご期待の向きには申し訳ないことです。でも、作者は愉しくってしょうがないのです。

二〇〇五年二月五日(土)



第1稿 2005.02.05