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  1

「馬鹿だよ、君は」
 ベッドの主は自分を訪ねてきたその男に一瞥もくれず、そう呟いた。
 角度をつけて起こされたマットを背もたれにして、ベッドの主の暗い瞳は、開け放した窓から見える風景に向けられていた。両脚のギプスが痛々しく、怪我の重さを物語っている。
 ひらひらと舞う白いレースのカーテンが、彼の頬をくすぐる。高台にそよぐ、初夏の風が心地よい。
「挨拶やのう」
 男はそう言うと、勝手に丸椅子を手元に引き寄せて、腰を下ろした。
「見舞いに来たチームメイトに、開口一番それかい。不愛想なやっちゃで。――ほれ、張り込んで果物(くだもん)も、ぎょうさん買(こ)うてきたで。イチゴもあんぞ。食うか?」
 フルーツの詰め合わせのバスケットから、苺のパッケージを取り出すと、ラップを剥がし、一粒指でつまんで頬る。顔をくしゃっと顰めて「すっぱ」と言った。
「酸味も効いとるわ」
「苺の旬は冬だ」
 ベッドの主は窓の外を向いたまま言った。
「この季節の苺なんて、食べたくないね」
「相変わらず、食いモンにはウルサいやっちゃのう。メロンもあるぞ。マスクメロンやで。こんなん熱出して寝込まな、食わしてくれへんで。そら俺だけか。ほかにもいろいろあるから、ミサちゃんが来たら、むいてもらえ」
「どうせ僕ひとりでは食べきれない。ナースのおやつだよ」
 男は彼にあてがわれた個室の片隅に、花束といっしょにまとめて置かれた、果物の山に眼をやった。おそらく、同じ駅前のフルーツパーラーで買った詰め合わせだろう。この大学病院の見舞いで成り立っている店だ。メッセージカードの表には、「禿哲哉様」と書かれている。
「それに、彼女はここには来ない。別れたからね」
「なんでやねん!? あのコは軽いムチ打ちで済んだんやろ。もうすぐ結婚するんやなかったんかい」
「今朝、ご両親が見えられた。婚約はなかったことにしてくれとさ」
「ちょっとデート中に事故ったぐらいで、なんの不服があんねん。今期シリーズは欠場するにしても、復帰すりゃまた天下の松芝のエース様やないかい」
 ベッドの主――禿 哲哉(かむろてつや)は、はじめてその男を向いた。馴染みの顔が両の瞳に映る。
「は、は〜ん」
 男は丸椅子にかけた腰を上げた。
「さてはお前、女関係がバレたな? せやから早いとこ精算しとけ、いうたやろ。ミサちゃんの家(うち)は良家の資産家やぞ? 調べるっちゅうねん」
 禿は薄く笑って「そうかもな」と言った。
「それにしても、お前ほどの男が自動車事故とはのお。聞いたら、おのれ独りで電柱にぶつかったそうやないかい?」
 仔猫だよ。そう禿はこたえた。
「たぶん、捨て猫だよ。かわいそうに、右も左もわからずに、ヨチヨチ道路を横切っていたんだ。僕もスピードを出しすぎていてね。ハンドルを切り損ねて、このザマさ。幸い、事故現場に猫ちゃんの骸はなかったようだよ」
 けっ、と吐き捨てる。猫なんぞ轢いてしまえ。
「冷酷だな、君は」
 禿の瞳が、男の双眸を射た。
「僕のことも、そのくらい冷酷でいれば良かったんだ」
 フッ、と鼻息を漏らして、男は笑った。
「お前の耳にも、届いとったようやの」
「届くも何も――」
 マガジンラックに顎をしゃくる。バスケットボールの専門誌が三誌、スポーツ新聞といっしょにきれいに並べられていた。
「バスケマスコミは、いまそのことで持ちきりだよ」
「ぎょうさん取材に来よったからのう」
 バスケ雑誌を次々と手に取る。折り目のついた頁を開くと、件の記事が眼に入った。
――松芝・君津紀明選手、桜井監督を殴打!
――君津、松芝を電撃退団!
 そんな見出しが、紙面を仰々しく飾っていた。
「君の悪いクセだ。感情的になるにも程がある」
 禿の声は、怒りを孕んでいた。
「君の友情はありがたいと思うが、バスケットのプレーヤーが、感情をコントロールできずにどうする。もっとクレバーになれよ、君津(きみつ)!」
「友情? けったいなことヌカすな。気色悪いわ」
 君津はベッドに腰を掛けると、バスケ雑誌を禿のわきに放り投げた。
「別に、お前のためにやったんやない。俺はあの男が赦せんかっただけや。お前のことがのうても、遅かれ早かれ、あいつとはああなってたやろ」
 無表情に語る君津の脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックした。自分の所属するプロバスケチーム・松芝の監督相手に起こした、あの“事件”のことを。
 それが己れのバスケ人生を決定的に変えてしまったことを若き現役プレーヤー、君津紀明はまだ知る由もなかった。

  2

「もっぺん言うてみい、おっさん」
 相性が悪い、としか言いいようのない人間関係がある。行動や考え方がことごとく気に入らず、果ては互いの性格や顔までも訳もない苛立ちの原因となる。君津と桜井の間柄は、まさにそんな最悪の人間関係にあった。
 犬猿の仲。立場に上下がなければ、ただの不仲で済む。だが、君津にとっての不幸は、桜井が自分の所属するチームにやってきた、新任の監督だったことである。君津はたちどころに、桜井新監督のもとで、冷や飯を食わされることになった。監督就任と同時に、他チームからの移籍でスタメン入りした、禿 哲哉にポジションを奪われる形で……。
(何度言わせるんだ、勝手な真似をするな!)
(お前は禿のサブだ。その役割だけを果たせ。私はお前に、お前らしいプレーなど、求めてはおらん)
(勘違いするな。チームの頭脳は私だ。余計なことを考えている暇があったら、手足は頭脳の命じるとおりに動け!)

 ふたりのポジションはポイントガード。高校時代は、同じ県でしのぎを削り合うライバルだった。
(今年もうちがもらうよ。君津くん)
(ぬかせ。返り討ちにしたらぁ)
(返り討ちって……。言葉の使い方を間違えてるよ)
(やかましわ。ゴチャゴチャ細かいことヌカすな。試合でケリつけたらええねん)
 野卑な性格の君津に対して、禿は知的で気品に富み、貴公子然とした風貌には、女性からの人気も高かった。プレースタイルも対照的だった。君津が自分からインサイドに斬り込んでガンガン攻めるタイプであるのに対し、禿はアシストとパスワークで周りの選手を活かすタイプであり、同時にロングシュートを得意とするポイントゲッターでもあった。
 禿のスタイルは桜井のチーム構想に合致し、彼を正ポイントガードとして重用すると同時に、君津にもそのスタイルを強いた。
(思い通りに動かぬ手足など、取り替えるまでだ。ベンチにも座れなくなるから、そう思え。お前の代わりなど、いくらでもいるんだ)
 真っ白になるほど、拳を握り締める。残酷な桜井の言葉が、繰り返し脳裏にこだました。殴りたい衝動を必死にこらえた。禿はいいやつだ。プレーヤーとして認め、尊敬してもいる。ポジションを奪われたことを恨んではいない。だが、この男は認めない。己れのチームの選手を将棋の駒扱いしてはばからない、この男は。自分がいつか引退し、選手指導の任に当たることになったら、この男のようにだけはなるまいと心に誓った。
 そんな君津の溜め込んだマグマが、あの日一気に噴き出した。禿が交通事故で重体の報がチームに飛び込んだ、あの日に――。

「あの役立たずが――」
 その言葉は、監督の性格を知る選手たちさえ唖然とさせた。そして、君津はこう口火を切ったのである。
「もっぺん言うてみい、おっさん」

 ふたりの気性と確執を知る選手の誰もが、いつかこの日が来るのではと予感し、いまそれが訪れたのだと悟った。
「……私に言っているのか?」
「お前以外に誰がおんのじゃ。お前や、オノレに言うとんのじゃ、おっさん!」
 選手の暴言に対して、桜井は全く動じなかった。
「無礼な口の利き方には、眼をつぶってやる。もう一度言ってくれというのなら言ってやろう。――役立たずだ。この大事な時期に車を運転し、事故で欠場とは。愚かにも程がある。お前らにも言っておく。今後シーズン中、二輪を含む自動車の一切の運転を禁じる。破った者には相応のペナルティを課すので、そのつもりでいろ。以上だ」
 そう言うと桜井は、嘲るような笑みを口元に浮かべて、君津の肩を叩いた。
「良かったな。これで試合に出られるじゃないか」

 鈍い音が響いて、桜井が倒れた。口と鼻から血を垂らして。
 気がついた時には、周りの連中に取り押さえられていた。握られたままの拳に、鈍い痺れを感じていた。
「このゴロツキめ……」
 口元を押さえて、呻くように言った。冷徹で知られる桜井には、珍しい怒りの形相をたたえていた。
「貴様などに用はない。失せろ。出ていけえ!」
「初めて素直にあんたの命令が聞けるで」
 反対にさばさばとした表情で、君津が言い返した。
「頼まれんでも出ていったらあッ。世話ンなったのお。色んな意味でな」
 きびすを返す。肚は決まった。このチームを出る。穏やかでない成り行きになってしまったが、前々から考えていたことだ。追いすがって慰留するチームメイトたちの声に、耳も貸さなかった。

  3

 アスファルトを打つバスケットボールの音が、風に乗り、道路を挟んだ大学病院の病室まで届いた。窓の外に見える、少年たちがストリートバスケに興じる光景を、禿と君津は眺めていた。
「この時間になると、毎日彼らがやってきて、バスケを始めるんだ」
「ヘッタクソやのぉ」
 ドリブルがつま先に当たり、転がったボールを少年たちは必死に獲り合っていた。
「確かにね。でも、このベッドから彼らを見てると、思い出してね。君とマッチアップした、試合のひとつひとつを。あの日々が、ぼくの青春だった――なんてね」
「おいおい。追憶に耽んのは、まだ早いやろ。なに弱気になっとんねん」
「すまないと思っている」
 少年たちのストリートバスケを眺めながら、禿は言った。
「ぼくは君と、チームメイトとしてプレーしたかった。だから桜井さんの誘いに応じた。こんなことになるとは、思いもしなかったんだ」
「気にすんな」
 同じ光景を眺めながら、君津が応えた。
「お前は関係ない、ゆーてるやろ。お前が来ても来んでも、俺はどの道、あの男の下で飼い殺しや」
「そうかな。ぼくは違う見解を持っているんだけどね」
「ほお?」
「桜井さんは、君を買っていたんじゃないかな。だから、自己本位(セルフィッシュ)になりがちな君に、チームのために動くことを教えようとしていたんじゃないだろうか」
「俺を買ってる? あの男がか? 笑わすな」
 そう言って、君津は大声で笑った。
「悪いことは言わない。チームに戻れ、君津。いまからでも遅くはない。桜井さんだって、話のわからない人間じゃない。謝れば、水に流してもらえるさ。なんなら、ぼくから口添えしたっていい――」
「ふざけんな」
 怖い目つきで、君津が禿の言葉を遮った。
「病人が――いや、怪我人か――あんまり笑かすもんちゃうぞ。大の男が、監督ブン殴って啖呵切って飛び出してきとんねん。いまさら悪ぅございましたで、ノコノコ帰れるかい」
「面子にこだわってる場合か。一体これからどうする?」
「ナメんなよ? 俺を誰や思とんねん。ええ? 君津紀明さまやぞ? あの男の下では不遇をかこったが、よそのプロチームが放っとくわけあるかい。引く手あまた、選り取りみどりやちゅうねん」
「なら一件でも、オファーがあったのか?」
「……いや、それは……まだやけどな」

「それとや」
 気まずい沈黙と劣勢を取り戻すように、君津は言葉を継いだ。
「俺は、お前の敵に回りたいねん」
「………」
「チームメイトとしてプレーしたかった、か。ええ気なもんやのう。勝ったやつは。俺はお前に、ずっと負けてきた。高校でも、プロリーグでもな。この借りは、どっかで返さんことには、俺の気が済まへんのよ。そやから、俺は別のチームに行く。止めてもムダや。きっかけはともかく、俺は俺なりに考え抜いたし、後悔はしてへん。こうなったのは、言わば運命やと思ってるよ」
「そうか」
 深い溜め息とともに、禿は言った。
「そこまで言うのなら、ぼくはもうなにも言わないよ」


 ほな、そろそろ帰るわ。君津がそう、暇乞いをした。
 来てくれて、ありがとう。そう言って、禿は右手を差し出した。
 照れ臭い真似すなや。そう言った君津は、それでも握手に応じた。
「この脚かて、来シーズンまでには治んのやろ?」
 君津が分厚いギプスを叩いて言う。
「ああ、治るよ。――脚はね
 そう口にした、禿の瞳の翳りに、君津は気付かなかった。
「病院暮らしは退屈やろし、トレーニングから遠ざかってると焦るやろけど、いまは治療に専念せえ。それが復帰への早道やで」
「………」
「それと、せっかく見舞いに持ってきといてなんやけど、食わへんのやったら、果物(コイツ)、持って帰ってええか?」
「そうしてくれ。奥さんも喜ぶだろう」
「嫁はんかいな。あいつ、実家に帰ってもうてん。松芝やめた言うたら、ドえらい怒りよってなあ」
「それはお気の毒に」
「そうでもないけどな。目下独身気分を満喫中や。婚約破棄されたお前に言うてもしゃあないけど、結婚生活なんて、そんなええもんちゃうぞ。まあ、どうせ次のチームに移籍が決まったら、涼しい顔して帰ってきよるやろ」
 君津の手にしたバスケットは、彼が持参したものとは違っていた。彼はちゃっかりと、より豪華な詰め合わせを選んでいたのだ。それに気付かない禿ではなかったが、なにも言わなかった。
「遠慮のう、もうて帰るわ。なにせいまは失業中の身やよって、始末せんとな」
 ほなな。そう言って、君津は背を向けた。
「来シーズンには、お互い敵同士や」
 扉のノブを握ると、振り返りざま言った。
「また会おうで。コートでな」
 開け放った扉の向こうに、君津の姿が消えた。扉は静かに元の場所へと戻り、コトリと音を立てて閉じた。

 夕暮れ時の風がカーテンを揺らして、病室にそよぐ。外気が肌寒くなっても、病室の窓は開け放したままだった。ストリートバスケの少年たちも、いまはいない。薄暗い部屋で明かりも点けず、禿はひとり蝋人形のように身じろぎもしない。
(君は、桜井という男を甘く見ている)
(君はおそらく、二度とプロのコートには立てない……)
(憎んだり、自分の顔に泥を塗られたからじゃない。君は認めないだろうが、彼は誰よりも君の実力を評価しているよ。だからこそだ。君がよそのチームでプレーすることを彼が黙って見過ごすはずがない。そういう人間なんだ。桜井修造という男は……)
(ぼくだってそうだ。ぼくだって……)
(プロのコートどころじゃない。バスケットボールどころじゃない。ぼくにはもう、立つことそのものができないんだ!)

(脊髄を損傷しています)
 担当医は淡々とそう告げた。
(脚の怪我は治ります。ですが、その脚で立つこと、歩くことはできません。選手として復帰することは、残念ですが――)

 嗚咽を漏らして頭(こうべ)をたれる。溢れる涙がおとがいを伝い、パジャマの胸元を濡らした。

(すまない君津――)
(本当のことは、どうしても言えなかった)
(言えば、ぼくはこの醜態を晒さずにはいられない)
(こんな情けない姿を君には、君にだけは見られたくはない……)

 いったい幾度、孤独な個室のベッドでむせび泣いたことだろう。いったいいつになったら、この悲しみから癒え、己れの境遇を受け容れ、ひとに話せるようになるだろう。希望はなかった。出口もなかった。未来は、全き闇に閉ざされていた。

 時に西暦二〇〇五年。洋上の人工島・天島では、日本の48番目の県としての独立を記念する一大イベント、天島万博が華々しく開催されていた。
 この時、伊東真希、4歳。
 天羽七海恵、5歳。
 ふたりはまだバスケにも出会っておらず、ごく幸せな幼少期を送っていた。やがて稀代のスーパースターとして、高校女子バスケ界にその名を轟かせる二人。その彼女らをそれぞれに擁することになるチームの監督として、君津と禿が天島の地で再び相まみえるには、まだしばらくの時を経なければならなかった。

過去 了 

  告白もしくは白状

 プロットだけでは小説は書けない。と、とみにそう実感します。
 平井和正の専売特許である“言霊”という用語は敢えて使用を避けますが、物語を文章にして綴るだけの「何か」の熟成を待たねばならない。そういうことがあるのではないかという気が強くします。
 本作は今年5月に1章を書き、テスト公開したのち、そのあとバッタリと筆が止まってしまい、中断したままでいました。君津が桜井を殴る。話の流れとしてはそれだけですが、ひとがひとを殴る、それだけの感情の昂りと、それに足る仕打ちを描写することが、これまでどうしてもできずにいたのです。
 それが半年以上も経って、ふと「書ける」という確信が湧き、キーボードに向かってみれば、一気に2〜3章を書き上げてしまったのですから不思議なものです。完成してみれば、丸ごと一日で書き上げてもいいぐらいの、単純で短いお話です。それが書けないとなったら、徹底的に書けないのですから、創作の不思議とでも言うほかありません。

 実は、この作品を書かねばならぬと思ったのは、『アタックNo.1』がドラマ化、放映されると知ったからでした。なぜなら、天島女子大附属の監督、禿哲哉のキャラ像は、『アタックNo.1』をヒントに生まれたからです。
 アニメ版の第60話「車椅子の監督」。なにかの拍子に、このタイトルをネットで眼にしたとき(お断りしておきますが、タイトルだけです)、それまで漠然と二枚目の智将としかイメージしていなかった彼の造形は、ワタシの中で生き生きと像を結んだのでした。
 これがパクリに当たるかどうかは、皆さんのご判断におまかせするとして、これほどの昔の作品、それも敵チームの監督など、覚えているひとは読者にはいるまい、とタカを括っていたのも事実です。ところが、それがドラマ化されるというんですから、慌てましたよ。
 禿監督の登場は、ダブルスコア本編の次作を待たねばならない。つまり、ずっとずっとあと。それよりも先に、テレビドラマで車椅子の監督が登場してしまったら、禿監督が出てきたときに、真似をしたと思われるではありませんか。……いや、真似をしたっちゃしてるんですが、それは遙か昔の漫画アニメであって、つい最近のテレビドラマと思われては業腹です。
 これはならじ。と、急遽予定を変更し、前倒しで若き日の禿哲哉さんにご登場いただいたのが、本作というわけです。しかし、上戸彩のバレースポ根ドラマが終了したあとになっても、書きかけのままだったのは、テスト公開版をご覧の皆さまにはご承知のとおり。
 ところで、ドラマを観た方は御存知だと思いますが、上戸彩主演『アタックNo.1』に車椅子の監督が登場することはありませんでした。キャラ自体が登場しなかったのではなく、それは大林素子演じる大阪寺堂院の監督(選手でもある三姉妹の実母)だったのですが、重病をおして車椅子で指揮をとるアニメ(原作)版とは異なり、あっさりお亡くなりになってしまいました。
 そのような次第で、なにも慌てて書く必要はなかったのですが、それもこれも言わば運命だったのだろうと、若き君津選手に倣って言わせてもらいます。『払暁 序章』で語られた「桜井監督殴打事件」の真相が、今回描かれることになりました。これを機会にいま一度お読み直しいただければ、新たな感慨があるかもしれません。
 この物語のあと、禿の予言どおり、君津はバスケ界を干され、それが結果的に浄善女学院の青年監督の座に着く、契機となります。そこに至るまでには紆余曲折があり、その物語の構想も実はあるのですが、実際に書くのは本編が完結を見てからになるでしょう。さすがにキリがありませんので。
 新たな感慨ついでに言わせてもらえば、『ホットブラッド』の再読もお薦めいたします。君津と桜井の因縁を念頭において、ふたりの初対決となる、インターハイ・浄善×桃花戦をご覧いただければ、こちらも新たな感慨が以下同文。君津が秘蔵っ子・安部夏陽を投入し、ヤン・メイファを退場に追い込めば、桜井も実の娘・まどかを起用して、浄善の追撃を阻みます。
 この綿密なプロットはどこから来たのだろうと、つくづく思います。自分で言うのもなんですが、あまりにもよく出来ていて、とても自分の頭脳がヒネり出したものとは思えないのです。でもそれが、仮に創作の女神様から授かったものだとしても、書けないときは書けないのです。それは単純に、ワタシの筆の実力の問題かもしれません。

二〇〇五年十一月六日(日)


第1稿 2005.11.06