“E” 〜8マン異聞〜


 E−1.眠れる美女



 作業員の絶叫が、僕を束の間の仮眠から呼び覚ました。
「んあ……どしたぁ」
「主任、妙なものが出てきました」
 そう言って近づいてきたのは、僕の優秀にして最も信頼する助手、神聡一郎である。彼は“ピープル”の出だが、「パソコン」の自作までやってのける彼の能力に目を付けた僕は、あらゆる手を尽くし、無理強いをして、彼を僕の助手にしたのだ。本来なら、“ピープル”が“ノーブル”のスタッフに加わるなど、赦されないことなのだが。
「眠れる美女でも掘り当てたか?」
「ご名答です」
「おいおい、まさかホントじゃないだろーな!?」
「当たらずとも遠からず、といったところでしょうね。まあ、見てみて下さい」

 発掘現場で見たそれは、確かに「妙」な物件だった。
 瓦礫の中から発見された男の死体――。こう言うと、ありふれた事に聞こえるだろうが、これは極めて異常なことなのだ。何故なら、“大破局”から30年は経過している現在、その当時の死体とは、男か女かも定かならぬ、白骨のミイラでなければならないからだ。
 身に着けた衣服は、見るからに長い年月を経たものであることを証している。だが、肉体そのものは、汚れてはいるが、ただ眠っているだけの元気な人間のように、肌の張りを宿している。まさに眠れる美女だ。もっともこの人物は男なのだが。
「心音、脈拍なし……か。それは当然にしても、問題は30年以上も昔の仏さんが、なぜ腐りもせずに横たわっていられるのか、だな。まるで、いまさっき死んだみたいに」
「どうしましょう。ひとつ調べてみますか?」
「当然だ。こんな面白いモノ、余所へまわしてたまるか」
 正直に言うと、僕は久しぶりの興味深い掘り出し物にワクワクしていた。“ノーブル”の技術水準が“旧文明”に追いついた今となっては、僕の仕事も単なるのガラクタ集めに過ぎなくなっていたからだ。
 そのときである。
「!」
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
 それはたぶん、僕の眼の錯覚だったのだろう。一瞬、「彼」の眼が開き、僕を見たような気がしたのだが……。

 E−2.至福千年紀



「眠れる美女(男)」の分析を聡一郎にまかせ、僕はと言えば、定例の会議やら報告書の作成やらで忙殺されていた。なにしろ、お役所は決定的な人手不足である。施政に関わるポストを“ノーブル”だけでまかなおうとするから、こんなことになるのだ。僕は日頃から“ピープル”の雇用を訴えているのだが、その名の通り王侯気取りの“ノーブル”の連中は聞く耳をもたない。お陰で、監察局長の親父殿とも、目下犬猿の仲だ。社会の治安を預かる監察局の責任者の息子でありながら、声高に体制批判をする、とんだ面汚しといったところだ。
 適当に用件を済ませ、現場に帰ろうとした矢先、最も会いたくない人物に足止めを喰うこととなった。安西巌監察局長――。僕の親父である。
「透――。久しぶりだな」
「用があるなら、手短に言ってほしいな。なにしろ多忙の身で」
「どうだ。たまには一緒に飯でも食わんか」
「驚いたね。かつては幼い我が子を放ったらかしだった仕事の鬼とも思えない科白だね。せっかくだけど遠慮しとくよ。お互い距離をおいた方が幸せだよ」
「“旧文明”発掘などという汚れ仕事をいつまで続けるつもりだ。悪いことは言わん。監察官の試験を受けろ。お前なら間違いなくパスする筈だ」
「まっぴらだね。僕はいまの仕事に充分満足してる。転職する気はないね」
「いつまでも続くと思うのか。我々はもはや“旧文明”の遺産など必要としていない」
「どうだか。案外“ノアの箱舟”に積み損ねた、お宝があるんじゃないのかな」
「……どういう意味だ」
「まことしやかな噂が流れてるんだけどね。“大破局”前のテクノロジーは、既に現代社会に復活を遂げている。にも関わらず、“旧文明”発掘は、いまだ世界各地で盛んに遂行中で、終わる気配もみせない。何故か。それは政府が“E”と呼称するスーパーウエポンを探しているからだ、というね。“E”って、何なんです?」
「知らん。根も葉もない風聞だ。何の意味もない」
 親父の顔色からは何も読み取れなかった。さすがにこの辺は老獪だ。しょうがないので、話を戻すことにした。
「ま、辞令には従いますけどね。親の指図は受けないよ」
「私が手を回して、配置転換させることもできるんだぞ」
「たあ〜っ! それだけはご勘弁を……」
「それが嫌なら、一緒に付き合うことだ。そう渋い顔をするな。旨い店を教えてやる」

 そこは贅を尽くした純和風の料亭の一室だった。庭の獅子脅しがこれみよがしに高級感を主張するかのように、コーンと音を響かせる。
“ノーブル”専用の店だ。“ピープル”が入ることは許されない。こうしたいたるところで、“ノーブル”と“ピープル”の公的差別は存在する。そのくせ、そこで働く人間は“ピープル”である。支配人と、おそらくは“準ノーブル”であろう料理長を除いては。
「いいところだろう? あの窮屈な“アークタウン”の日々を思えば、まるで夢のようじゃないか。お前は父親らしいことをしなかったことで私を恨んでいるようだが、仕方がなかったのだ。荒れ果てた世界を復興させるために、我々は必死だったのだよ」
「“ピープル”の犠牲の上に成り立つ理想郷を築き上げるためにかい」
「透!」
「多少不便だったかもしれないが、“アークタウン”は外の世界に比べれば極めて安全な場所だった。僕達がぬくぬくと“大破局”をやり過ごしている一方で、“ノア計画(プロジェクト・ノア)”の存在すら知らされなかった大多数の人々は、“大破局”そのものと闘っていたんだ。生存率0.3%と言われた、文明も政府も存在しない無秩序と混沌の中を彼らは生き抜いてきた。必死という言葉は彼らにこそ与えられるべきで、僕達が使うものじゃない」
「お前はそう言うが、透――。蛮族同然だった“ピープル”に、秩序と平和と安定した生活をもたらしたのは、我々“ノーブル”なのだぞ」
「“ノーブル”が彼らにもたらしたのは、支配者に対する憎悪だけさ。彼らは“ピープル”と蔑称され、参政権もなく、満足な教育も受けられず、奴隷同然の単純労働を強いられた上に、安い賃金で高い税金をむしり取られる。“ノアの箱舟”の切符を手にできなかった、あるいは、その子として生まれてきたという理由だけでだ。なにが“至福千年紀”だ。専制君主制の昔に逆戻りしただけじゃないか」
「お前に“旧文明”をやらせたのは間違いだったな……。いらぬことを知り過ぎた」
「“ピープル”なら誰もが知っていることさ。“大破局”の前の世界がどんなものだったか。不完全ではあっても、そこには自由と平等があった」
「それが“大破局”を招いたのだ! 何故それが解らん。人口の爆発、文明の暴走、それらは『人の命は地球よりも重い』などという、たわけた人権思想から生まれたのだ。それが結果的に全ての人類を破滅に導こうとした元凶ではないか。適正なバランスを維持するのは綺麗事ではないのだ」
「父さんは二言目にはそれを言う。だが、それは言い逃れだ。適正なバランスを維持することと、身分制度は全く話が違う。“ノーブル”は自らの築き上げたヒエラルキーを覆されたくないだけなんだ。僕だって何も綺麗事のヒューマニズムで言ってるんじゃない。このままではいずれ“ピープル”の不満は爆発し、取り返しのつかないことになる」
「“ピープル”風情に何ができる。なんのために監察局があると思っている」
「反乱分子逮捕は、はかばかしくないって言うじゃないか。機動隊も“ピープル”なら無理もないけど」
「彼らには“マインドヒーリング”を施してある。裏切りは有り得ない」
「“マインドヒーリング”とはお笑い草だ。洗脳とはっきり言ったらどうです。それよりも、では何故、反乱分子逮捕がままならないんでしょうね?」
「“ピープル”どもが協力しないからだ。多額の報奨金をくれてやるというのに……」
「それだけじゃありませんよ」
「他にどんな理由がある」
「中央管理局の情報が筒抜けなんです。おそらくは“ピープル”のハッカーの手によって……」
「バカな。“ピープル”にそんな芸当ができるものか」
「認識が甘いよ。彼らの中にも、その道のプロがいるんだ。むしろ、彼らの中にこそ、と言うべきだね。僕の助手だってそうだ。彼は僕と同年代だけど、父親が技師だったらしくてね。廃虚の中から生きているパーツを集めて、パソコンまで作っていた」
「そう言えば、“ピープル”の若造を助手にしているらしいな? 何故、正規の人材を採用しない」
「“ノーブル”二世のボンクラを使えっての? 御免だね」
「優秀な技能の持ち主なら、申請をして“準ノーブル”としての特認を受けろ。お前のやっていることは法律違反だぞ」
「有能な部下を中央に取られたくはないんでね。彼もそれは望んでいない」
「ここでの話は忘れてやる。だが、くれぐれも余所で滅多なことを口にするなよ」
「そこまでバカじゃないよ。……おっと、緊急コールだ。ちょっと電話してくる」
 僕の腕時計が緊急コール音を発していた。本来なら、僕を呼び出したい者がこいつを鳴らすのだが、今回は違う。自分で鳴らしたのだ。気の進まない話を切り上げるのに、最も無難な方法である。それに、気になることもあった。無論、あの件だ。
 僕は自家製携帯無線機を使って聡一郎を呼び出した。電話を使わないのは、盗聴される恐れがあるからだ。
「僕だ。聡一郎か。「眠れる美女」の分析の方はどうだ?」
「主任、実にとんでもない代物ですよ、あれは」
「なんだ。不死身のオオカミ人間か?」
「ロボットです。「眠れる美女」はロボットだったんです!」

 E−3.“E”



「これは、一体なんだ?」
 それは想像を絶するものだった。
「ヒト型機械――いわゆるアンドロイドでしょうね。もっとも、内部のメカがこけおどしのガラクタの寄せ集めでなければ、ですが」
「それはない」
 無論、聡一郎もよく解っていることだ。それは、外見、触感、ともに人間そのものに模された人工皮膚を見ただけでも明らかだ。そして何よりも、内部の構造がシステマティックであり、決してデタラメなものでないことは、エンジニアの勘が明確に告げていた。問題は、内部のメカの原理がまるで解らない、ということだ。
「しかし。だとすると、“旧文明”の最高水準のテクノロジーをすら遥かに超えるものだ。まさにミステリーだな」
「政府首脳は公表されない技術を山ほど抱えていますよ。科学の最先端は、常に権力者によって私されますから。“旧文明”時代にアンドロイドがいたとしても、私は不思議に思いませんね」
「まるで“旧文明”時代に、科学の最先端を担ってきたようなセリフだな。ニュースソースはなんだ? ハッキングか?」
「内緒です」
「やれやれ。で、問題はこいつをどうするかだな。元の場所に埋め直すか?」
「ここの設備では、解析は無理でしょうね。上には報告しないんですか?」
「報告すれば、僕達は消されるよ。僕は大丈夫かもしれないが、お前は間違いなく」
「脅かさないでくださいよ」
「冗談だと思うか。こいつは間違いなく、“E”だ」
「主任の言っていた、政府が探しているという超兵器、ですか」
「そうだ」
 僕には確信があった。“E”の話は単なる噂ではない。政府の機密が、何らかの形で漏れてしまったのだ。秘密とは、たいてい隠し通すことはできないものだ。あるいは、“旧文明”発掘プロジェクト自体、そのためだけに存在したのかもしれない。“ノアの箱舟”の積み荷には、当然のちに必要となるテクノロジー、科学者、技術者も含まれていだだろう。“旧文明”の技術の吸収と復元、という表向きの目的こそ、実はダミーだったということは充分に考えられる。
 しかし、その“E”を手にしながら、僕はどうすることもできないのだった。

 その五日後、聡一郎は、僕の前から姿を消した。

 E−4.連行



 僕が書斎に篭もって嘆息していると、ノックの音がして、聡一郎が入ってきた。
「主任、ここでしたか。何をお読みだったんですか」
「これか? 『超古代文明アトランティスの秘密』さ。悪趣味で悪かったな」
「私は何も言ってませんよ。まさか主任、“E”がアトランティスの遺産だなんて言い出すんじゃないでしょうね」
「ピンポーン。ご名答。あいつは真剣にそれを検討せざるを得ない。どう考えても、“旧文明”の水準から、かけ離れ過ぎてる。レベルの差よりも、むしろ質の違いを感じてしまうんだ」
「まあ、否定はしませんが……」
「ところで、聡一郎よ。エジプト文明の謎について知ってるか?」
「後の数学者が発見した定理がピラミッドに遺されていた、とかいうやつですか」
「そうだ。さすがに物知りだな。エジプト文明発祥の最大の謎は、文字、天文、地理、建築、政治、法律、宗教、そうした文明の基本となる骨格を全て備えて現れ、進歩しないままに衰退の一途をたどったという点だ。まるで、どこぞの千年王国みたいだと思わないか」
「仰りたいことは解りますよ。現代社会はエジプト文明に相当する。となると、“旧文明”はアトランティスですか?」
「お前は頭が良すぎる。なんだって、エジプト文明とアトランティスが、そう簡単に結びつくんだ? 少しは演説の機会を与えてくれてもよさそうなもんだ」
「伊達に長年助手を務めてませんよ。“旧文明”にしても、いまやアトランティスみたいなものですから。本当の歴史を抹消し、施政者にとって都合のいい歴史を捏造すれば、事実もただの伝説に過ぎなくなります」
「“大破局”が、その最たるものだな。あれは不幸な成り行きによって起こったものじゃない。明らかに人為的に起こされたものだ。だからこそ、“ノーブル”はあらかじめ安全な地域に“アークタウン”を建設することができたんだ。“ノア計画(プロジェクト・ノア)”は、あまりにも首尾よく運びすぎてる。“アークタウン”の建設と、収容人員の選定には、莫大な予算と長期に渡る計画が必要な筈だ。“大破局”が始まってからでは遅すぎる。当時、地球は人口の爆発と乱開発によって、深刻な環境破壊に悩まされていた。問題を一気に解決し、かつ、自らの理想とする社会を実現するために、“大破局”と“ノア計画(プロジェクト・ノア)”は演出されたんだ。それは聖書に記されたハルマゲドンと空中携挙を自らの手で実行することだったんだ」
「おそろしいことを。監察局の耳に入れば、連行ものですよ」
「で、“マインド・ヒーリング”か。素晴らしい理想郷だね」
「少なくとも“ノーブル”にとっては、間違いなく理想郷でしょう。余計なことに首を突っ込まない限りは。主任は本当にいまの社会の改革を望んでいるのですか?」
「もちろんだ。といっても、僕は現実主義者だからね。安っぽい正義感で言ってるんじゃない。このままでは、遠からずエジプト文明と同じ運命をたどることになる。そいつを危惧しているのさ」
「しかし、個人の力では不可能です」
「全くだ。あいつが役に立ってくれればいいんだけどね」
「………」

 それが、聡一郎と交わした、最後の会話だった。
 彼が消息を絶った意味を僕はもっと真剣に考えるべきだった。

 執務室のドアを開けて親父がいきなり現れたので、僕は眼を丸くした。
「なんだい突然。いくら父親でも勝手に仕事場に――」
「この親不孝者め……」
 親父の背後からわらわらと警官数人が現れ、僕を取り押さえた。
「これはいったい何の真似ですか……?」
 親父は黙って一枚の紙切れを僕の眼の前に突きつけた。逮捕令状だ。
「安西透。お前を国家反逆予備罪の容疑で――逮捕する!」

 E−5.父と子



 眩いライトが僕の眼を灼いている。瞼を閉じてもなお、強すぎる光は容赦なく僕の網膜に突き刺さる。手で遮りたいが、それは叶わない。冷たい台に横たえられた僕の四肢は、四方に拘束されているからだ。
 洗脳――“マインドヒーリング”。それがいま僕の身に施されようとしている。精神の死を意味するそれが、果たして「殺されるよりはマシ」な処罰かどうかは、判断に苦しむところだ。もっとも、処置が終わった後になれば、間違いなくそう思っているのだろうが。
 僕は「処理」が始まるのを待ちながら、留置所での親父との最後の会話を思い出していた。

「こんなことになって残念だ。お前が正直にあれの発見を報告してくれれば……」
「それはどうかな。裁判すらしない千年王国の本質からすれば、口封じのために、どんな目に遭うかわかったもんじゃないよ」
「私がそんな真似はさせない」
「かもね。でも、聡一郎は間違いなく葬られた」
「愚かなことを。お前はその自分が守ろうとした人間に売られたのだぞ」
「!」
「今度の件を通報してきたのは誰だと思う。お前の助手の、あの神とかいう“ピープル”の小僧だ」
「嘘だ。信じられない……」
「事実だ。出世のためなら恩人も売る。“ピープル”とはそうした低劣な輩なのだ」
「………」
「中央は奴を“準ノーブル”として認め、“E”の研究班チーフとして抜擢した。忌々しい話だ!」
「彼の能力からすれば当然だよ。ところで、例の物件は、やはり“E”だったんですね」
「いまさら隠す必要もあるまい。頭文字を取ってそのように呼ばれている。それ以上のことは知らん」
「頭文字を取って“E”か……。本当の名前を是非とも知りたいもんだね」
「お前に“旧文明”をやらせたのは、間違いだった…… お前がつまらぬ思想に接することさえなければ、こんな事にはならなかった」
「その科白はもう聞き飽きましたよ」
「あるいは、加世子の血なのか。あれはいつも言っておった。自分だけ助かってなんになる。人類が滅びるなら、運命を共にすべきだと」
「………」
「身篭もってさえいなければ、説き伏せる事はできなかったろう。あれはまるで、自分自身を責めるかのように、お前を産んだ後、静かに息を引き取った」
「驚いたな……。父さんにも、人間らしいところがあったとはね」
「お前という奴は。どこまで親を愚弄すれば気が済むのだ。怒る気にもなれん」
「昔からメロドラマは嫌いなんだ。いまさら涙のお別れもないだろ。でも、僕も少し父さんのことを誤解していたような気がするよ。そんなに悲観することはないさ。なにも死ぬ訳じゃない。“マインドヒーリング”が終われば、もう少し素直ないい子になって戻ってくるんじゃないかな」
 それがおためごかしに過ぎないことは、二人とも承知していた。“マインドヒーリング”は、それを施された者を全くの別人に変えてしまう。それは以前の人格の持ち主にとっては、死を意味するのだった。

 突如、周囲を闇が支配した。“マインドヒーリング”の一環ではどうやらなさそうだ。通電が途絶えたのだ。
 普通、停電が起きれば、すぐに自家発電に切り替わる筈なのだが、それもない。何か容易ならざる事態が生じているのは間違いない。何が起きたのか。
 物音一つない闇の中で、どのくらい時間が過ぎたのか。数時間か、それとももっと短かったのか。時間感覚の失せた闇の中で、僕はいつしか眠りに落ちていた。

 E−6.出逢い



 夢を見ていた。
 夢の中で、僕と聡一郎が初めて会ったときのことがリプレイされていた。

「私を雇っていただけませんか」
「なんだ君は?」
「神聡一郎といいます。私を雇って下さい」
「あいにくだが、僕には雇用の権限はない。最寄りの就職相談所へ行ってくれ」
「作業員ではありません。私をあなたの右腕として買っていただきたいのです」

「これを君が……?」
「ええ。廃虚の中から、使える部品を集めて自作しました。市販のものにも引けはとりませんよ」
「どこでこれほどの技術を?」
「父から薫陶を受けました。技師だったものですから」
「オーケイ! 契約成立だ。君を雇うことにしよう」
「本当ですか!?」
「もちろん。いろいろと、厄介なハードルがあるだろうけどね。腕のあるスタッフが欲しかったんだ。中央が送ってくるのは使えないヤツばかりでね」

「……任、主任、起きてください。主任」
「んあ……どしたぁ」
「お目覚めですか。間に合って良かった。本当に良かった!」
 意識が戻った。傍らには聡一郎がいた。

 E−7.終わりの始まり



 僕と聡一郎は電気系統のストップした――そうしたのは聡一郎である。つくづく底の知れない男だ――収容所から脱出すると、“ピープル”居住区の空き家に転がり込んだ。身を隠すにはいい場所だった。
「まず最初に、お詫びしなければなりません。主任」
「僕はもう主任じゃない。君のお陰で身の破滅だ」
「申し訳なく思っています。しかし、ああするよりほかなかったのです」
「“E”を覚醒させるために、か」
「そうです。そのためにはどうしても中央の設備が必要でした」
「なにが目的なんだ」
「あなたの望んでいる通りのことです」
「残念だが、そいつは不可能だ」
「いいえ。切り札があります」
「“E”か? 政府が探したお宝だ。途轍もない能力を秘めているんだろう。だが、それが自分の目的に役立つとなぜ言える? 素性も、機能の全容も、メカニズムの原理さえも、一切が不明だというのに」
「私は知っています。だからこそ、私は彼を覚醒させることが可能なのです」
「あれの何を知っているというんだ」
「全てを」
「まるで、自分があいつを開発したような言い種だな」
「仰る通りです。彼を創ったのは私です」
「下らない冗談だ。もしそうなら、君はずいぶんと若作りの老人ということになる」
「そうです。神聡一郎という若者は、私のかりそめの姿に過ぎません。見せましょう、あなたに。私の本当の姿を」
「な――」
 その時、僕は信じがたいものを見た。

「これが本当の私だ。驚いたかね?」
 眼の前の老人がそう言った。一瞬前までは、聡一郎だった人間である。
「しかし、これで納得してもらえるのではないかな。私が彼の生みの親であるということに」
「……あなたは……一体……」
「私も彼と同じく、サイボーグなのだ。戦闘能力はないが、彼と同様、このように姿形を自在に変えることができる。政府は彼の開発者である私を探していたようだが、まさか私が若者に姿を変えているとは思わなかったようだ」
「聞いたことがある。“ノアの箱舟”の第一級の対象者として選ばれながら、拒否したロボット工学の権威がいたと。“大破局”で死んだと言われていたが……」
「政府は私の身体のことを知らぬ。“大破局”から30年。当然、死んだと結論しただろう」

 眼前の老博士は、僕に全てを語った。
 博士は、政府の定めた生き残り要員として招聘を受け、“ノア計画(プロジェクト・ノア)”の全貌を知った。博士は自ら開発した“E”と呼称されるサイボーグとともに、その恐るべき計画を阻止しようとした。だが、敵は狡猾かつ大胆だった。博士が説得に応じぬと見るや、“E”による反撃を恐れた彼らは、博士の所有する研究所を初めとする全ての施設を破壊したのだ。
「私の軽率は責められねばなるまい。思えば、私はむしろ、彼らの誘いに乗じるべきだったのだ。結局、我々は彼らの計画遂行にさしたるダメージも与えられぬまま、“大破局”を迎えてしまった。私には、どうすることもできなかった。
 私のメンテナンスなしに、あれは長くは活動できない。メンテナンスしようにも、そのための設備は全て失われた。私は時が至るまで、あれを眠らせておくしかなかったのだ。私は待った。“ノーブル”が“アークタウン”を離れ、地上に再び文明を復興させるときが来るのを」
「そして、あなたは僕に近づき、あれを発掘させた。そういえば、あの発掘場所を示唆したのも、聡一郎――あなただった」
「君のことは、あらかじめ調べさせてもらった。優れた技術者であること。現体制に批判的な考えを持つこと。それらを知った上で、君を選ばせてもらった。新しい時代を築くために、君のような若者の力が必要なのだ」
「僕は軟弱な“ノーブル”二世に過ぎませんよ」
「まもなく、政府機関に壊滅的な混乱が訪れるだろう。だが、彼と私にできるのはそこまでだ。これから新しい時代が始まる。善き時代にするか、悪しき時代にするかは、君たち自身にかかっているのだ」
「………」
「時間がない。私は行かねばならん。君はしばらくここで、身を隠すがいい。収容所を脱走した件については心配ない。政府もそれどころではなくなる筈だ」
 立ち去ろうとする老博士の背に僕は問うた。
「ひとつだけ教えて下さい。“E”の本当の名前は、なんというのですか」
 老博士は答えた。無論、僕の知らぬ名だった。

完 


初出
E−1 E−2 E−3 E−4
 1996年7月3日 ニフティサーブ
E−5 E−6 E−7
 1996年7月9日 ニフティサーブ

“E” 〜8マン異聞〜


  発行日 2002年2月5日
  著者  カナメ
  発行  レッドロビンの趣
      t_kaname@moon.co.jp
      http://www4.justnet.ne.jp/~t_kaname/