創作工房    病み上がりの夜空に


 たまに病気で寝込むのも悪くない、と思う。

「できたよー」
 彼女のその声を聞いて、僕はベッドから起きあがった。すっかり生ぬるくなった濡れタオルが、額から落ちる。水を張った洗面器に、それを浸ける。
 ベッドを降りて、チャブ台の前に腰を下ろす。足腰はまだだるいが、芯は戻ってきている。回復は近い。食欲が湧いてきたのが、その証拠だ。でもそれが、少しだけ残念な気が、僕にはした。

 チャブ台の鍋敷きの上に、彼女がホウロウ鍋を置いた。卵粥が美味しそうに湯気を立てている。ホウロウ鍋は彼女が持参したものだ。うちにはない。アルミ製の鍋がひとつあるだけだ。
「熱、下がった?」
 卵粥をお椀によそいながら、彼女が訊いた。
「う〜ん」
 額に手の甲を当てる。平熱に戻った、とはまだ言い難いようだ。
「体温計ぐらい、買っときなさいよ」
「持ってきてくれりゃいいじゃん。ホウロウ鍋のついでに」
「あると思うわよ、フツウ。どれどれ」
 そう言って、彼女は手のひらを僕の額に当てた。ひんやりとして、とても心地よい。
「う〜ん」
 彼女が自分の額に手のひらを当てて、温度を比べる。
「まだ、ちょ〜っと微熱っぽいかな〜」
 前髪をかき上げると、今度は、おでことおでこを直接あてた。息がかかりそうな至近距離で彼女の顔を見つめていると、あるイタズラ心が首をもたげた。
「な〜に? この口は!」
 おでこを離した彼女は、彼女の唇を求めて突き出されたタコチュウ口を二本の指でつまんで、呆れた顔つきで言った。
「そんな元気があれば、もう平気よねー。ハイ、召し上がれ!」
 僕の前に出された、卵粥とレンゲを見て、不服の眼で彼女を見た。
「あのー、僕、病人なんですけど?」
「だから、なに?」
「こういう時、お約束の、あ〜ん、てやつ」
「そこまで甘える!?」

「ハイ、あ〜ん」
 それでも彼女は――
「あ〜ん」
 特別大サービスだからね、と言って、僕のリクエストに応えてくれたのだった。
「ハフハフハフ」
 熱かった。涙目になってハフハフ言う僕を、彼女はキャッキャと笑った。
「ごめーん。熱かった?」
「舌、やけどするかと思ったよ」
「今度はよく冷ましてあげるね」
 レンゲに掬った卵粥にフーフー息を吹いて、僕の口に差し出す。
「ハイ、あ〜ん」
「あ〜ん」
 たまに病気で寝込むのも悪くない、と思う。
 いつもはクールで男まさりな彼女に、思うぞんぶん甘えられるのは、こんなときぐらいだから。

 再びベッドに横たわった僕の額に濡れタオルをのせると、彼女はそっと僕に口づけた。
「早くよくなってね」
 僕は腕を伸ばし、彼女の顔を引き寄せた。彼女は、逆らわなかった。貪るように、舌と舌を絡ませる。
 が、柔らかなバストにタッチすると、手の甲をつねられた。
「そういうのは、元気になってからね!」
 彼女はそう言って、僕の股間を鷲掴みにした。僕のそこは、体調を反映して、フニャフニャのままだった。
「もう少し続けてくれると、そこだけでも元気になるかもよ」
「ダメ」
 彼女は三たび、唇を重ねた。
 ふと不安になって、僕のほうから唇を離して言った。
「伝染んないかな? こんなことして」
「平気よ」
 彼女はベッドの上に飛び乗ると、猫科の猛獣が仕留めた獲物を喰らうように、両腕両脚で僕を跨いだ。そして、こう言って僕に全体重を預けた。
「そのときは、わたしが看病してもらうから」
 心地よい重みをもたらすやわらかな身体を抱き締め、僕と彼女はふたりの最長キス時間の記録に挑むように、長い長い唇の円舞(ロンド)を踊り続けた。
 捲れ上がったスカートから覗く素の太股の間で、僕のそこが元気いっぱいにテントを張っていた。

 ……ここまで書いて、俺はパソコンのキーボードから手を離した。
 空しく溜め息をひとつ漏らす。微熱はいまだ退かず、全身がダルい。
 すっかり生ぬるくなった冷えピタを額から剥がし、クズ籠に捨てると、ひとつしかないアルミ鍋で炊いたサッポロ一番塩らーめん(季節のお野菜ナシ)を器にも入れず、そのまますすった。

終劇 
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2003.11.26