『禁じられた知』−精神分析と子どもの真実− アリス・ミラー著 山下公子訳 新曜社


 アリス・ミラーが自分とルソーの思想の関連性を否定していると言う話は前にしましたが、この著作の中で彼女は自分のスタンスをはっきり示しています。彼女の思想的基盤は、フロイトです。

 アリス・ミラーはかつてフロイト派の精神分析家でした。が、彼女の理論が確立されていくに連れ、精神分析学の現状とのずれが大きくなり、彼女は最終的に精神分析学と袂を分かつに至ります。にも関わらず、やはり彼女はフロイトの弟子である事に変わりはないのです。

 ところで、フロイトの理論に関して、以前から私は二つの疑問を持っていました。一つは一般にも言われている、何故フロイトはあれ程まで、性欲に拘るのかという問題です。

 もう一つは、精神分析の効果についての疑問です。そもそもフロイトが精神分析という技法を開発したのは、催眠療法の効果に疑問を感じたからでした。催眠療法は暗示によって、一時的に患者の病状を回復させる事が出来ますが、結局元の状態に戻ってしまいます。患者を完全に健康な精神に戻す事の出来る治療法を探し求め、最終的に辿り着いたのが精神分析学だったのです。そして、それは画期的な効果を上げたと、フロイトは自画自賛するのですが。

 何処で読んだかは忘れましたが、精神分析で治療された患者は、一時的に快復しても結局元に戻ってしまう、と言う批判を読んだ事があります。なんだ、それでは結局催眠療法と同じ事ではないか。自分の過去の記憶をあちこち掘り返されて、それで結局元の木阿弥ならば、催眠療法の方が手っ取り早くて良いではないかなどと思ったものです。

 このような私の疑問に、アリス・ミラーは明解な答を用意してくれていました。以下はその部分の要約です。断定的な表現を使いますが、全てアリス・ミラーの受け売りです。

 1896年、ジクムント・フロイトは、論文『ヒステリー病因論』の中で、六人の男性患者と十二人の婦人患者、計十八のヒステリー症例を紹介、そしてその全ての症例が抑圧された性的暴行の結果であることを明らかにします。 

 これらの研究の結果、フロイトは、ヒステリー発病の裏には単一ないし複数の時期尚早な性体験があり、しかもそれは子ども時代でももっとも早い時期に体験されている、と結論付けます。要するに、ヒステリー発病の原因は幼少時の性的虐待が原因だと言っている訳です。

 当時、ヒステリー患者は下層民よりも特権階級、つまり貴族階級の方により多く発症していました。この点について、フロイトは次のように説明します。


 『社会の上層にある人は、教養、ならびにしばしば知的な面だけに偏って発達した人格のために精神的外傷を防衛するが大きい。ところがまさにこの精神的外傷の防衛(抑圧、記憶内容からの感情の分離、理想化による否認など)こそノイローゼを生む原因なのだ。』
(アリス・ミラー 『禁じられた知』P159より)


 この解釈は、当時のフロイトの立場の微妙さを暗示させます。ヒステリー発症が当時の特権階級に多いと言う事実、それにフロイトの結論を重ね合わせますと、幼児に対する性的虐待は、下層民よりも貴族社会の中で多く起こっている事になります。フロイトにしてもそうは言えなかったと言う事情があるのでしょう。また、彼自身の常識が、そのような事実を拒否していたという面もあるでしょう。

 とにかく、フロイトはヒステリー発症の原因を幼少時の性的虐待による精神的外傷そのものではなく、精神的外傷の防衛によるものだと考えた訳です。従って、その治療法は、患者の記憶の奥に抑圧された虐待の記憶を自覚させ、それと向き合う勇気を起こさせる事です。精神的外傷を消す事は出来ませんが、防衛の機能を働かす必要が無くなった時、症状に悩まされる事は無くなります。

 アリス・ミラーの思想と、そして彼女が自らのセンターで行っている治療の内容を知る者は、この頃のフロイトとアリス・ミラーの方向性が全く同じである事に気づかれる事でしょう。アリス・ミラーは結局、精神分析から袂を分かってしまいました。しかし、それは衝動理論発表以降の精神分析から決別したという意味で、彼女はむしろ精神分析学の原点に帰っていったのです。

 フロイトの話に戻ります。この、初期のフロイトの理論を、誘惑理論と言うそうです。この言葉も、後には別のニュアンスの言葉に変化していくようですが、当時の意味で言うならば、患者の神経症は、幼少時に受けた、大人からの誘惑により受けた精神的外傷の結果である、という事です。

 ですが、フロイトのこの理論は世の中に受け入れられませんでした。先ず第一に、ヒステリー症状の原因が性的虐待にあるとすれば、ヒステリー患者の数だけ、いや、発症に至らないケースも含めればそれ以上の性的虐待が現に行われている事になります。大人が、あるいは年長の者が幼児を慰み物にするという非道な行いの例がそんなに多いとは、当時の常識では考えられなかったのです。

 もう一つ、問題があります。フロイトがどのように言い訳しようと、彼の理論に従えば、幼児の性的虐待は下層民の間よりも特権階級の間で多く行われているというニュアンスは拭い去れません。そして、フロイトの著作の読者の殆どは、その特権階級の人間達なのです。

 一方、フロイト自身の問題も、アリス・ミラーは指摘します。フロイトも、当時の教育を受け、そして自らのトラウマに自分自身がとらわれていたと彼女は考えます。貴族達の攻撃に反論しながら、貴族達と同じ疑問を彼自身が感じていたという事です。そして、彼自身の両親や子ども時代を理想化したいという願望も、彼の中にあったという事です。

 1897年9月、フロイトは誘惑理論に代わる、衝動理論を発表します。一言で言えば、子どもの深層心理の奥に潜む性的な記憶は現実に起こった性的虐待の記憶ではなく、自らの幼児性欲が引き起こしたイメージだと解釈する方向に転換してしまったのです。

 エディプス・コンプレックス、口唇期性欲、肛門期性欲、性器期性欲、様々な概念が用意されました。全ては、患者の中の記憶が現実の性的虐待の記憶ではなく、自らの幼児性欲の衝動が引き起こした幻想であると説明する為のものです。

 そして、アリス・ミラーによれば、フロイトの初期の精神分析治療の驚くべき効果は、彼自身が自分の誘惑理論に疑問を感じ始めたと思われる頃から失われてしまったと言う事です。

 それでも、フロイト自身は誘惑理論を全く捨ててしまった訳ではないようです。何とか、衝動理論と誘惑理論の接点を見出そうという意欲は持っていたようです。しかし、フロイトの弟子達にとって、フロイトの精神分析学イコール衝動理論なのでしょう。

 これは、この本を読んで私自身が思った事です。フロイトは、誘惑理論から衝動理論へと移る時、幼児の性的虐待という個別的な体験を、人間が誰しも幼児期に持つ性的な衝動として普遍化してしまいました。それで、性的虐待以外の原因で起こる様々な心理現象も、全て性欲に結び付けざるを得ないという矛盾が生じてしまったのでしょう。

 アリス・ミラーが虐待という場合、それは性的虐待に限りません。暴力による虐待、言葉による虐待、無視する事による虐待、全ての虐待に対して、アリス・ミラーは初期フロイト的手法で解釈していこうとしています。アリス・ミラーこそ、フロイトの最も輝かしい業績の後継者であり、誘惑理論の発展的継承者なのです。

 話を元に戻します。アリス・ミラーは、「教育抜きの精神分析」と言います。初期のフロイトやアリス・ミラーが行っている、患者をありのままに受容し、過去の虐待の記憶を解放する事によって患者を治療していくやり方です。「あなたは悪くない。あなたは犠牲者だったのだ。」と認めていくやり方です。

 当然の事として、教育的な精神分析が対立項として想定されています。教育的な精神分析とは、意地の悪い表現をすれば、患者の中に起こる様々な精神的な疾患は、全て患者自身の幼児性欲の衝動と充足の過程の歪みによって起こる自家中毒のようなものと考えるやり方です。分析の過程で患者が両親に対する不満を表明した場合は、その両親が患者に辛く当たるばかりでなかった事を思い出させ、総じて言えば患者の両親は愛情深く患者に接していた筈である事を納得させます。そして、全ての病いは患者自身の精神の問題であった事、全ての問題は患者自身の問題であった事を患者が納得した時点で、治療は完了します。

 このような分析の裏に、アリス・ミラーは他の教育と同質のものを感じ取ります。即ち、分析者(教育者)自身の幼年時代と両親の理想化の願望が、患者と分析者の関係の中で充足されているという意見です。

 この本は、ある面で前著『魂の殺人』に対して向けられた精神分析学者からの反発に答える形で書かれています。ですが一方で、アリス・ミラーの説を受け入れ、分析の中に取り入れている分析医も少数ながら居た事も報告されています。さらに、翻訳者がこの本を訳した時点ではアリス・ミラーの影響力は欧米全体に広がりを見せ、その影響力は政治的と言って良い程に強まっているという報告が為されています。それが何時になるか迄は断言出来ませんが、最終的には欧米の精神分析学はアリス・ミラー派一色に塗り替えられるだろうと、私は確信しています。

 ところで、『禁じられた知』の通しテーマは、どうも禁忌(タブー)という事のようです。フロイトの誘惑理論を葬り去ってしまったのも当時の社会のタブーに触れたからです。現在の分析家達やドイツ人がアリス・ミラーの説に素直に賛同出来ないのも、その説が彼等の中のタブーに触れるからです。そのようなタブーを支えるものとして、アリス・ミラーはキリスト教的な教育に言及しています。それが、旧い教育観を支える一つの温床になっていると考えているからです。

 もう一つ、この著作の最後の部分に、カフカの文学と彼の生育歴に関する興味深い研究成果が載せられています。興味のある方は是非お読み下さい。


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