少年法と少年の権利


 少年法の内容が変更されるようです。十四歳以上の少年にも刑法上の責任が生じてくるそうで、世間では「厳罰主義だ」とか、「少年の権利を侵している」とかの批判があるようです。

 実は私は、昨年、この少年法と少年の権利について、新聞の投書欄に投稿した事があります。それは、以下のような内容でした。


『 近年の少年法論議にいらだちを覚える。「子どもの権利条約」批准後も、日本社会の中で子どもの権利に対する意識は非常に低い。にもかかわらず、罪を犯した少年の権利ばかりが声高に語られる。これではまるで、少年は犯罪者になるまでは人間ではない、と言っているようなものだ。
 神戸の少年Aの写真掲載に対して新潮社を断罪した灰谷健次郎氏も、被害者の少年の写真が連日のように掲載されていることに対しては何も感じていなかったようである。
 その後に起こった誘拐事件のマスコミ報道では、被害者の十九歳の少女と容疑者の一人である十九歳の少年の扱いの違いが露骨であった。少年法で守られている容疑者については名前も顔もいっさい報道されなかった。これに対して、被害者の女性の方は当然、実名も報道され、車から降り立つ映像が何度もテレビで繰り返し流された。この、報道に対する人権意識の「ねじれ」は一体何なのか。
 そもそも少年法とは、「少年一般に認められている権利は、たとえ彼が犯罪者になっても守られる」という考えの上に立って成立した法律である、と私は思う。少年法で守られている権利は、少年一般に対して守られる権利なのではあるまいか。
 1997年 10月12日 朝日新聞 「声」欄より』


 これは私自身の書いた文章ですが、今読み返してみて、少し違うなと自分で疑問に思う所があるのです。それで、敢えて原文を此処に載せました。

 少年法は少年の権利を守る法律である、と一般には考えられています。私も、この文を書いた時はそう考えていました。そして現に、犯人の少年達のプライバシーは少年法によって厳格に保護されています。

 ですが、プライバシーの保護以外で、少年法が少年に保証している権利というのは一体何なのでしょうか。法廷で、少年は自ら弁明する機会を与えられていません。刑務所には入れられませんが、少年院等の施設で拘束される点では余り変わりがありません。前科は付きませんが、保護観察官などの監視下にあって、その少年が少年院上がりである事は知れてしまいます。

 少年法が守っているのは、少年の権利ではなく、保護者の側の少年を保護する権利ではないか、というのが最近の私の感じ方です。少年のプライバシーが守られているのは、少年の保護者のプライバシー保護のついでのようなものです。一方、法廷で少年の発言権が奪われているのは、犯罪などを犯す少年については、保護者のより一層強い保護観察下に置かれるべきだという発想によるものでしょう。大事なのは少年自身がどう感じ、考えているかではなく、少年を監視、管理する立場の保護者がどう感じ、どう考えているかであると。ですから、少年の見解など聞く必要は無い訳です。

 一方で、プライバシー保護等で少年の権利を守り、一方で少年から弁明の機会を奪うなどの人権侵害を法的に保証している少年法。そのように捉える限り、少年法は実にちぐはぐな性格を持つ法律です。ですが、これを「保護者の権利を保障する、保護者の為の法律」と考えてみると、そこに首尾一貫した少年法の姿が浮かび上がってくるのです。

 そう考えていくと、「少年法の権利」という言い方は実にトリッキーな言い回しです。この言葉の為に、少年法擁護者は少年の権利の擁護者、少年法改正論者は少年の迫害者のように扱われてきました。それでいて、「少年法の権利」という言葉は「少年法の中で保証されている権利」を示しているだけで、誰がこの権利の主体なのか、全く明らかにしていないのです。この言葉を使い始めたのが何処の誰なのかは知りませんが、その人物は「少年法の権利」と「少年の権利」は別物であるという事を、はっきり意識していたのではないでしょうか。

 14歳の少年に刑法が適用される。これはなかなか面白い事ではないでしょうか。つまり、法律上、14歳は責任能力のある大人であるという事になるのです。生活能力が無いにしろ、法的には一人前の人間として扱われる訳です。当然、法的責任が生じたとなると、法的権利も生じる事になります。

 例えば、今までならば教師の体罰を罰する根拠は学校教育法だけでした。これからは傷害罪で罰する事も出来る事になるのではないでしょうか。学校教育法上合法的であった体罰以外の懲罰も、民法、刑法等に抵触する場合はそちらで罰する事が出来る筈です。

 法的に責任能力があるという事であれば、選挙権も認められるべきです。。14歳以上の者の選挙権を認めたら政治家は困惑するでしょうね。財界と農家を押さえておけば選挙は大丈夫という時代が終わるのです。未成年者の大量の浮動票が政治を動かす時代。面白いかもしれませんし、結構危ない時代になるかもしれません。

 少年法の改正ですぐにそういった現象が起こる訳ではないでしょうが、そういう要求をしていく基盤が出来たという事は言えるのではないでしょうか。今回の少年法改正を機会に、「少年法の権利」よりも「少年の権利」を大事にする時代がくればよいがと願うばかりです。


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