鈴木メソード


 今、私の手元に一冊の本があります。


 天才児をつくる!! −あなたはどの早期教育を選びますか?− 全情報 最新版
     (株)コスモトゥーワン 発行   1998年6月23日 初版


 早期教育は無駄だという話をしていたところに目に付いたので、図書館から借りて読んでいます。おなじみのものから聞き慣れないもの、中にはこれを早期教育と呼ぶのはまずいだろうというものまで含まれ、可成り雑然とした内容ですが、結構楽しめます。その中の幾つかについて、紹介してみたいと思います。

 最初は鈴木メソードです。これは、バイオリン教育の為のシステムです。私の妻が若い頃バイオリンを習っていたという事で、私もこの名前だけは聞き知っていました。ですが、その具体的内容までは分からなかった。この本に書かれている範囲で想像する限り、可成り優れたシステムであると思えるので、紹介します。

 誰もが自分の国の言葉には習熟している。子どもが言葉を覚えるようにバイオリンを覚えさせれば、誰でもバイオリンがうまくなれる。これが基本的な考え方です。

 先ず、最初に感心したのは、鈴木メソードでは、習い始めた子どもに、最初はバイオリンを弾かせないという点です。3歳、4歳の子どもが習い初めの時から自分の意思で習い始める子どもは先ず居ません。最初は親に言われて習い始める訳です。ですが、させられる学習では身に付かない事をこの先生はちゃんと知っている。ですから、先ず子ども自身の動機付けから始める訳です。親に言われたからではなく、子ども自身が弾きたいと言い出すまで、バイオリンを触らせない。この事だけでもこれは素晴らしいシステムだという事が分かります。

 それでは先ず何をするか。優れたバイオリニストの演奏をテープやCDで繰り返し聞かせ、耳を育てる事から始めます。これは、親にこのような教材を与え、毎日聞かせるように指示するという事のようです。このようにして、先ず聞く事からバイオリンに馴染ませます。

 レッスンは週一回ですが、子ども自身がやる気になるまで毎回見学です。耳だけでなく、目からもバイオリンに馴染ませる訳ですね。さらに、毎週通っているうちに友達も出来る。それがまた、通ってくる事の動機付けになる訳です。

 子どもだけでなく、母親も一曲弾けるように指導するそうです。これもなかなか優れたやり方です。

 母親に習わせる事の目的は二つあって、一つはバイオリンを学んでいく事の大変さを、母親に先ず教える訳です。鈴木メソッドでは家庭での母親の指導を大事に考えているようなのですが、親というのは得てして最悪の教師です。子どもに無理難題を押し付ける。その無理難題をこなせなければ子どもの人格を傷付けるような事を平気で口にする。学校教育法では許されていないような懲罰も平気で与える。結果として、子どもの学習意欲はどんどん消耗されていきます。

 母親にバイオリンの練習を義務付ける事によって、バイオリンを学ぶ事の大変さを具体的に知る事が出来る。子どもに対して出来もしないような高望みをする事も無くなります。優れた教師とは、教える内容に習熟しているだけでなく、初心者が何処でどのように躓くかについても十分に習熟しているものです。自分自身がバイオリンと悪戦苦闘する事により、母親はこの優れた教師の条件を一つクリアする事になります。

 もう一つ、幼い子どもは親の真似をしたがるものです。親がバイオリンを弾いている事が、子どもの動機付けの重要なファクターとなっている訳です。

 こうして、やっと子どもが自分も弾きたいと言い出します。子どもの体格に合った小さなバイオリンが用意されて練習が始まるのですが、最初は楽譜を一切使わないそうです。フレットが無いというバイオリンの特性とも関係があるのでしょうが、先ず耳で聞いた音楽を出来るだけ忠実に再現する練習から始めるのだそうです。楽譜を使った練習は可成り後になるようですが、楽譜を使った練習が始まっても、楽譜を見てバイオリンを弾くのではなく、楽譜を通じて音楽を感じ取り、その音楽をバイオリンで表現するのだそうです。楽譜はあくまでも補助的な道具に過ぎません。

 どうやら一つの曲を弾きこなせるようになった子どもは、さらに立派な演奏が出来るように何度も繰り返しレッスンを受けます。練習曲の数をこなすのではなく、一つ一つの曲を時間を掛けてじっくりと練習していくのです。それによって、技術だけでなく感覚や精神的高さも学んでいくのだという事です。


 どの子も育つ 育て方一つ
 どの子も育つ 親次第
 どの子も育つ 先生次第
 どの子も育つ 自分次第


 冒頭の本に書いてあった鈴木メソードのスローガンです。このうち、「親」と「自分」に関しては今まで書いてきたような事だと思いますが、「先生」についても可成り重要視しているようです。長野県松本市に「国際スズキメソード音楽院」という指導者養成の為の学校を設立し、音楽に関する事以外に、鈴木メソードの教育理念もしっかり指導しているようです。

 この鈴木システムは日本だけでなく欧米でも高い評価を得て、「国際スズキメソード音楽院」は海外からの留学生も多く受け入れ、世界に鈴木メソードの指導者を送り出しているとの事です。

 ですが、私が褒められるのは此処まで。この後がいけません。この鈴木メソードの創始者、鈴木鎮一さんという方はもうお亡くなりになっているそうですが、この人物がこの音楽教育の理念を広く幼児教育一般に応用しようとして鈴木メソードによる幼児教育を始めた。次に引用するのは冒頭の本の中でこの幼児教育について説明している部分です。


『 中でも、全ての能力を育てるのに必要な記憶力の養成に重点を置いています。この記憶力の教材として一茶の俳句を取り上げていますが、これは、五・七・五という幼児に覚えやすいリズムを持った俳句で記憶の能力を高めるとともに、四季の暮らしが綴られた一茶の童心あふれる俳句に親しむことで、幼児の心を豊かに養い育てるねらいがあります。
 幼児達は、一つずつ覚えた俳句を毎日最初からくり返し斉唱していくことで、一年で約170句もの俳句をすべて覚えるそうです。』
(『天才児をつくる!!』コスモトゥーワン社編 P94)


 「四季の暮らし」や「童心」を教えるのならば、一茶の俳句(楽譜)などではなく、実体験の中で学ばせるというのが鈴木メソードらしいやり方だと思うのですが。改めて読み返してみると、バイオリンを学ぶ子どもに対しても、記憶力を養うという理由で一茶の句の暗唱を義務付けているようです。

 私が早期教育に批判的なのは、大抵のものが幼児期の優れた記憶力の転用という形で成り立っているからです。

 確かに幼児期の記憶力は凄まじいものです。ですから、この時期の子どもに暗記させれば、人を驚かせるような芸を色々と仕込む事が出来ます。

 ですが、この時期に記憶力が優れている事にはそれなりの理由があるのではないでしょうか。例えば、言語能力を確立させる為に沢山の言葉とその使い方を覚える必要があるのでしょうし、実生活を生きていく為に必要な知識を色々と蓄える必要もあるのだと思います。

 記憶能力にも自ずと許容量というものがある筈です。大事な記憶能力をちょっとした芸を披露する為だけに蕩尽してしまい、肝心の目的の為に使われる記憶がおろそかになってしまう事にならないでしょうか。早期教育によって教え込まれた暗記事項は、本来必要だった暗記事項の代わりにはならないのです。

 先ず第一に、本来幼児期に覚えるべきものは幼児の実生活、実体験に深く根差したものの筈です。従って、色々なものを覚えるに従って子どもの精神も育まれていきます。対して、早期教育の暗記事項は暗記の為の暗記になりがちです。それは、本来児童が為すべき成長を伴いません。従って、早期教育の為に幼児の記憶力を悪用すればする程、幼児の精神の豊かさは疎外されていきます。 

 第二に、記憶というのは常に繰り返し使われていなければ忘れてしまうものです。本来幼児期に覚えるべき記憶は、生きている限りは何度も繰り返し必要になる知識ばかりですから、覚えた事柄の殆どは何十年も忘れる事はありません。ですが、早期教育で暗記した記憶事項は記憶の為の記憶ですから、意識的に忘れない努力を続けなければ忘れてしまいます。その時覚えた事を忘れた分、別の事を覚えるなどという事は出来ません。幼児期の記憶力はその時期特有のもので、成長すれば失われてしまうからです。

 真の早期教育の為の一つの条件、それは、幼児期の記憶力に依存していないという事だと思います。少なくとも、私はその条件で様々な学習システムを判断しています。


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