学校給食が日本の食文化を破壊した


 最近の家庭の問題として、食事が取り上げられる事が増えましたね。

 例えば、食事中に会話が無い。だから、家でご飯を食べても面白くない。そういう家庭が増えているようです。その原因としてよく挙げられるのがテレビ。では、テレビが無くなれば家族の団らんが戻ってくるのでしょうか。

 次に、「個食」の問題。家族がみんな、バラバラに食事をする。朝食などは、以前にもそういう状況がありました。朝起きてくると、何時も父さんが出かけた後というような。ところが、今は夕食も家族がバラバラに摂る。家族が揃って食事をするという事が無くなってきたようなのです。その原因と言われるのが学習塾。子どもの夕食の時間を塾に合わせるので、家族の食事時間がまちまちになってしまったというのです。それでは、子どもを塾にやらなければ個食の家庭は無くなるのでしょうか。

 この間、ある番組で「手抜き料理」の特集をしていました。炊事をしない主婦が増えてきた。コンビニなどで出来合いの惣菜を買ってきて、並べるだけ、手料理などは全く作らないというのです。何故、こんな事になるのでしょうか。

 そういえば、とんでもない弁当を子どもに持たせる母親の話を聞いた事があります。今日は弁当だという日に、ジャンク・フードの袋詰めを、弁当として持たされてきた子どもが居るというのです。他にも、お菓子を弁当と称して持たせる母親の話なども、聞いた事があります。

 諸悪の根元は学校給食ではないかと、私はそう考えるのです。

 予め断っておかなければなりませんが、今の学校給食は随分と改善されてきています。私達が食べさせられてきた、ゲテモノとは雲泥の差です。ですから、此処で問題にしているのは、主に以前の学校給食の問題です。

 私がこんな事を考え始めたのは、ミスマッチ・ブームが起こった事でした。トンカツの間にチョコレートを挟むとか、カレーにあんこを混ぜて食べるとか、とんでもないレシピがたくさん登場しました。苺大福だけを残して、後のものはあっという間に消えてしまいましたが、その後も、「牛乳に醤油を混ぜると〜の味がする」などといった類のミスマッチ文化は、今に続いています。

 このミスマッチ・ブームの話を始めて聞いた時、私は、「まるで学校給食じゃないか」と思ったものでした。私達の食わされた学校給食は、まさにミスマッチの最たるものでした。生の食パンにマーガリンを塗って、おかずは鯨のフライにきつねうどん、それに脱脂粉乳のミルクが付くという、凡そ得体の知れない、食えればよかろう的なメニューが毎日並んでいました。それを、何が出ようと先割れスプーン一つで全部食べていくのです。

 凡そ、この頃の学校給食ほど、人間の食文化を愚弄したものはありませんでした。ご飯にはみそ汁と和総菜とか、中華だから中華スープととか、そんな料理の取り合わせなどまるで無視されていました。パンのおかずがうどんというのも変な話です。因みに、ラーメンライスとか、うどん定食・そば定職、(うどん・そば+加薬ご飯・白ご飯)、お好み焼き定食とかたこ焼き定食などというものに始めて出会った時も、私は「あ、これは学校給食だ」と思ったものです。

 何を食べるにも先割れスプーンというのも、食文化に対する侮辱です。うどんや和惣菜は箸で食べる。スパゲッティはフォークを使う。そういう文化を頭から否定したところで、嘗ての学校給食というのは成り立っていたのでした。

 熱く焼けたアルマイトの食器を持ち上げる事が出来ません。そんなアルマイトのお椀の中のうどんを先割れスプーンで食べる為には、犬食いするしかありません。学校給食は、食の作法にも対立していました。

 何か食べる時、理想的には一口50回噛めとか、30回噛めとか言われていますが、そんなに噛んでいては給食時間内に食べ終われません。これは、異までもそうではないかと思います。昔は、給食の時間のすぐ後が掃除の時間だったりして、食べるのが遅い子だけ残して掃除が始まったりしていました。埃の舞う中で給食を食べさせられる子どもは、どんな気持ちだったでしょう。私は早食いだったので、その辺りの気持ちは分かりません。因みに、この頃の私は一口当たり2、3回程度しか噛まずに呑み込んでいた記憶があります。何時も人より早く食べ終わるので、先生には褒められました。

 それでも、あの脱脂粉乳には苦労しました。あの苦しみは、飲まされた者しか分かりません。飲みながら、胃の奧からウェッとえづいてきます。時には、本当に酸っぱいものが逆流してくる事もあります。ですが、それを吐き出すと酷く叱られますから、ゲロとミルクが混ざったものを無理矢理呑み込むのです。恐らく、脱脂粉乳のミルクを飲まされていたものは、誰でも一度位はそういう経験をしていると思います。

 食事を楽しむという発想は、学校給食の中にはありませんでした。何が出されようと、感謝して全部食べるというのが嘗ての学校給食でした。立場が変わって、自分が食事を作る側に回った場合、何を出そうと自分は感謝されるべきだという発想は当然生まれます。今の食文化の荒廃は、確かにあの学校給食によって育まれてきたものなのです。

 食事の時間の私語は禁じられていました。話しながら食べていたりすると、何時殴られるか分かりませんでした。ですから、学校給食による食事というのは、孤独な作業でした。どんなに不味いものにも、どんなに奇妙な取り合わせにも屈せず、全て胃の中に迅速に流し込む。そういう修行でした。

 学校給食の基本が個食です。一人で食べる。黙って食べる。ですから、そういう教育を受けて育った親が、会話の無い食卓を作ったり、個食の家族文化を作ったりするのは当たり前の事なのです。テレビが無かろうと、塾が無かろうと、会話の無い食卓や個食の家庭は生まれていた筈なのです。

 これは以前に聞いた話です。アトピーの為にみんなと一緒に給食を食べられなかった子どもの為に、お母さんは、出来るだけ給食のメニューと同じおかず、同じ色合いのおかずを工夫したお弁当を作ったそうです。そのお弁当を持って登校してきた生徒に対して担任は、「○○君はみんなと同じものが食べられないので、此処でみんなと一緒に食事をする事は出来ません」と言われたそうです。○○君は給食の時間に強制的に家に帰らされ、家で食事を済ませて再度登校してくるようにと指示を受けました。○○君はその通りにしたのですが、怒った母親が新聞に投書してきて、私はそれを読んだという訳です。

 此処に、嘗ての学校給食の本質がよく現れています。当初の、食糧事情の悪い頃の子どもの栄養補給の為という存在理由が無くなった後も、学校給食は、子どもの集団性の教育の為の役割を担ってきました。つまり、教師の命令の元に、みんなが同じ場所で同じものを一斉に食べ始め、一斉に食べ終わる事こそ、学校給食の一番の目的だったのです。その目的の為に、日本の食文化や、家庭の食卓が犠牲に供されたという訳です。

 今の学校給食は、嘗てのそれとは雲泥の差です。ですが、嘗て学校給食が破壊したものを、今の学校給食が再生する事が出来るのかどうか、それは分かりません。


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