電車から降りたとたん、夜空が真っ白に点滅した。
 振動をともなった轟音が耳を聾し、つぎの瞬間、明かりがいっせいに消えた。
 つかのま、自失していた。雷鳴が圧倒的にすぎたため、訪れた静寂が信じられなかったせいもある。か細い声が「停電?」とつぶやいた。自分の声だった。
 周囲がざわつきはじめた。七時を何分かすぎている。電車のなかは、すでに隣りの人間の顔が判別できないほど暗い。ホームにいた人々も不安なようすであたりを見まわしていた。
 隣りにいた男が大きく舌打ちした。同時に明かりが戻った。だれかがおっと声をあげた。辺りで安堵のため息が幾度か聞こえた。舌打ちした男は一瞬ばつの悪そうに目をさまよわせたあと、足早にホームを横切っていった。
 構内アナウンスで駅員がいった。たいへんご迷惑をおかけいたしました。ただいまの落雷により停電が起きましたため、現在この電車は運行を見あわせております。停電による異常を確認したのち運行を再開いたしますので、金町、松戸方面へお越しのお客様はそのまましばらくお待ちください。
 学校の制服を着た女の子たちが興奮したようにしゃべりはじめた。中年のサラリーマンが携帯電話をかけていた。目ざとく空いた席にすわるものもいた。帰宅ラッシュの真っ最中に起きた停電とはいえ、客の大半が降りたあとであったため、さしたる混乱のようすもない。駅員が慌ただしく駆けまわっているほかは毎日の帰宅時となんら変わることのない光景にもどりつつあった。
 駅をでるとすでに雨粒が地面を濡らしつつあった。さきほどではないにせよ、ごろごろと夜空も呻いている。 このままアパートに帰ろうか迷った。どこかで夕飯でも食べながら降りやむのを待とうかと思った。
 風が吹き、ひときわ大きな雨粒を打ちつけてきた。風も雨粒もなまあたたかい。春特有の気だるい嵐の前触れ。
 まあいい。部屋まで十五分、走って十分かからない。
 湿ったアスファルトのにおいをひとつ吸い込み、滲む街を走りだした。


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