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 ひと月ぶりに古巣へ戻ってくると、家がなかった。あたり一面にへし折られ、割られ、砕かれた木片が積み重なり、その瓦礫の山をショベルカーが崩しとってはダンプの荷台へぶちまけていた。
「あんた、ここへ入ってきちゃだめだって。下の道路んとこに立入禁止って看板立ってたっしょ。解体工事のじゃまになるから、帰って帰って」
 濃厚な東北訛りがおれのところへ来ていった。もとの色が何色だかわからないほど茶ばんだランニングにもんぺズボン、足にはじか足袋。頭にかぶった安全メットに土木部鳥居組の文字がペイントされている。
「おれの家がない」
「おれの家? なに言ってんだ、ここにあったのは十年以上も前に廃棄された木造校舎だ。あんなところに人が住めるわけねえべ。もう根太が腐っていつ崩れてもおかしくねえようなもんだったから、生徒会から受注されておれら土木部が解体してる。ちょうど新入部員の実地研修にも役立つと思って請け負ったんだけど、こんだけぼろぼろじゃ研修にもなんね。ハンマー車もってきて一撃くれたら、そんだけで跡形もなく倒壊しただよ」
「いつだ」
「あ? なんだって?」
「いつ壊したんだ」
「ああ、おとといだ。古い建てもんでこんだけ根が腐ってると地盤のほうもゆるんでる可能性あっから、安全のために運び出しは今日からはじめた」
「なかにおれの荷物があったはずだ。どうした」
「ああ? そんなもん知らね。危なくってなかのようすなんか確かめらんねえよ」
 おれはそいつの胸ぐらを掴むと怒鳴った。
「いいか、おまえがなんと言おうと、おれはあの木造校舎のなかで暮らしていたんだ。一階の保健室跡だ。あの部屋にだけは安全に入っていけるルートがあったんだ。ベッドもあったし、水道もあった。ろうそく灯せば夜に本だって読めるおれの憩いの場所だったんだ。それをおまえは壊しただと。住人の許可もなく。おれの家財道具はどうした!」
「そ、そういや、工事さ入る前に女がひとり来た。危ねえっつったのになか入ってって、ボストンバッグひとつ持って出てきた」
「女? 誰だ」
「丑寅の水無月だって名乗った。態度のでけえ女だった。えれえべっぴんだったが、おれはあんなつめてえ感じがするのはごめんだ。くにを思い出す」
 おれは掴んでいた腕を離すと、キャタピラに蹂躙されるわが家の残骸をにらみつけた。水無月真理子はボストンバッグひとつ分の荷物だけを持ち出していった。あの保健室をねぐらにして二ヶ月がたつ。そのあいだにため込んだものはそう多くはない。なにを持ち出していったのかは、おおよその見当はつく。
 おれはきびすを返し、背を向けると断固として砂利道を下っていった。もう、振り向きはしなかった。
「もともとここは立入禁止だったんだ。そんなとこに住んでるおまえが悪いんだろうが!」
 山あいに蝉の声が響いていた。


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