自己紹介

瀧裕司(たきゆうじ)生年月日:昭和36年4月21日、血液型:A(ただしOの因子も持っている、いい加減なA)、身長170センチ、体重68キロ。

両親共伊賀上野出身です。私は津で生まれ、幼少のころを上野市(現伊賀市)で過ごしました。

昭和43年津市立養正小学校入学。昭和47年9月修成小学校転校 昭和49年同校卒業。昭和49年西橋内中学校入学。中学時代は吹奏学部に所属しトロンボーンを吹く傍らその演奏を録音することを目的に「ナマロク」に傾倒。そこからオーディオの趣味に入っていきました。また平行して放送委員会活動に手を染めて行くことになります。現在の基礎は中学で出来た。

昭和52年三重県立津西高入学。やはり吹奏学部と放送部に籍を置き。ふらふらとどっちつかずの日々を送ったのでした。(こうべの丘ウインドアンサンブル在籍)

昭和55年4月大阪芸術大学放送学科入学 

大阪芸術大学時代は第二金剛寮で SONというミニエフエム局を開局。毎日、放送ごっこしていました。昭和59年卒業と同時に中京テレビ放送にアナウンサーとして就職。翌年4月開局直前の三重エフエム放送に移籍、現在に至っています。


左の写真は昭和57年秋、大学3年生の時のスナップ。模擬ニュース番組の発表中のモノです。

右の写真は1997年8月、津サンバレーから放送した「ヒルサイドアヴェニュースペシャル」(普段は全国ネット番組)の模様。お隣はパーソナリティーだった 小川もこさんです。
趣味:STARTREK大好き、未だにオリジナルテレビシリーズを愛してやみません。ビデオ編集(今はvaioがメイン ベータマックスも持ってます)、(最近はSNGの傍受)、電子工作もします。変わったところでは「詩吟」やります。それから小学校時代は てっちゃんでした(汽車ページの通り)アマチュア無線もしますJF2GZB

家族はベランダのパラボラアンテナがじゃまだと言う妻と三人の子供(長男高校3年、次男高校1年、長女中学2年です。

NTTさんとのおつきあいの関係からISDN回線になって、さらに地元のCATVが接続サービスをはじめたので現在はケーブルモデムを使っています。



オーディオ&ビデオ
最近はマニアックな買い物をあまりしていないので、随分古くさいシステムになっています。持ってて自慢できるものだけいくつか・・・。
オープンテープデッキ:DENON DH−610S(2TR38センチ、あこがれの一台、購入したのは社会人になってからです。)
オープンテープデッキ:DENON DH−630S(4TR19センチ、てっきり2TR38だと思って、名古屋の米兵(こめひょう)で学生時代に購入、よく見たらちがってた。)
カセットデンスケ:SONY TC−2850SD(初代カセットデンスケ、昭和49年購入、最近音が出なくなりました。私の原点といえる機材)
カセットデンスケ:SONY TC−D5(昭和52年購入、仕事でも利用しました。今は壊れてますがそのうち直します。)
ミキシングコンソール:自作8ch機(大学1年の夏休みに製作、はっきり言って自信の品です。)
ビデオデッキ:SONY SL−HF3000PRO(ハイバンドベータHifiデッキ、私見ての通りSONY信者ですので、やはりビデオはベータ派でした。初めて買ったビデオはSL−J7でした。)
ビデオデッキ:SONY SLV−RS7(これはVHSの盟主ビクターにしても良かったんですが、結果はSONYになってしまいましたフライングイレースヘッドがついているものしか使いません)
 
好きな音楽
・もともとマーチ(行進曲)が大好きです。演奏するのも聞くのも(アメリカの大作曲家スーザのが特に)
・「スペクトラム」、「TOPS」:今は無きグループです。いわゆるブラスロックって言うやつですね。元スペクトラムのリーダーで現代官山プロダクションの社長の新田一郎(メチャスゴトランペッター)に仕事でお会いしたときは感激でした。
・「斎藤由貴」:リスナーに名古屋駅で撮った生写真をもらって本気で好きになりました。一度名古屋でインタビューしました。そのとき「もうこの仕事いつやめても良い」っておもいました。
・「山本正之」:タイムボカンシリーズ、燃えよドラゴンズ、などで知られる天才!あの言葉遊び的歌詞、独特のメロディー好きですね。一度だけお会いしてからはまりました。
・「嘉門達夫」:山本さんのもそうなんですが、やっぱり聞いておもしろいのは一番です。デートの時、嘉門さんばかり聞いていて車内は無言というのがよくありました。

MENUに戻る

掲示板に行く