21世紀の四国を考える
橋本大二郎高知県知事VS多田羅譲治
今、とても元気な高知県。新しい地方のあり方を高知県から全国へ発信しています。
先日、高知県庁知事室を訪ね橋本大二郎知事にお話をうかがいました。

多田羅:お忙しいなか、ありがとうございます。
自分が住んでいる地域を知り愛着を持つことができれば、「何とかしようというエネルギーは生まれるはず」、そんな思いで雑誌さぁかすを発行しています。
テレビの中でヴァーチャル(擬似)体験を重ねているうちに、知らず知らず私たちは自分の周りをテレビの中での世界と比べてしまっています。実体験のないまま、テレビの中での珍しいものや出来事と比べてみて、自分の住んでいる地域には何もないと思いがちです。ないものねだりではなく、自分自身で自分の身の回りを見渡してみようというのが、この雑誌のスタートです。太平洋から瀬戸内海へと繋がっている一体の地域と考えてみると、高知と香川には水や森林だけでなく、共通のものがたくさんあります。
そんな視点で、今日お尋ねしました。高知から様々な発信をなされていますが、橋本知事が、東京から高知へ来られて先ず最初に描かれていた想い、そして今考え実行されている事柄を、香川、高知の現在の関係、そして今後どうあれば良いのかということと併せてお話しいただけませんか。
橋本知事:そうですね。香川とか高知だけというのではなくて、四国四県について言えることですが、四国は一つなのか、一つじゃないのかといえば、だんだん条件的に変わってきました。僕が知事になった十年前は、四県の知事がどこかに集まろうとしたら、大阪に行ったり東京に行った方が早く集まれました。四県に集まろうとしても一度大阪の伊丹空港に行ってからその目的地へ行った方が、道を走るよりも早い時代でした。物理的にもなかなか一つにはなりにくい状況でしたね。これが、「Xハイウェイ」で四国四県の県庁所在地が一つに繋がり、二時間から二時間半位で行けるようになった。
時間的な距離が縮まっただけでなく、心理的な距離もぐんと縮まりました。なかでも香川と高知は四国山脈に縦穴が入ったということは、物理的にトンネルという穴が開いただけではなく、これまで高知県民の中にあった心理的な壁にも大きな穴が開いて、非常に風通しの良い関係になってきました。さらに21世紀という百年位の期間で考えれば、香川や高知というのではなく、四国という行政単位として考えなくてはならなくなってくるでしょう。そういう方向をお互いに意識して、行政としては何ができるか、地域の住民としては様々な地域活動として何ができるか、考えていかなくてはと思います。
多田羅:庶民レベルで日本が一つというように意識されたのは、明治以降たった百数十年ですね。それまでの1000年以上もの間、讃岐とか阿波とかが一つの単位でした。一人一人の人間が具体的に捉えられる範囲、実際にコミュニケーションができる、お互いに思いやったり、分かち合ったりできる最大の範囲が、その「くに」という単位ではないでしょうか。今の時代の秤が、情報や交通が発達したことでグローバル化という一方に傾いていますが、そういう時代だからこそ、この「くに」という単位のなかでコミュニティという秤を、天秤のもう片方にきちっと築き上げなくてはならない時代がやってきていると思います。そうしなくては、一人一人の人間が、暮らしが見えなくなってしまいます。
橋本知事:そうですね。明治維新で日本という国が一つのアイデンティティというか共同体としての固まりになったとうのは、大きな歴史的変化でした。その後百数十年経った今の時代、地域の連携とアイデンティティなしに四国全体がたとえ行政的に統一されていっても、果たして四国というのが一人一人の住んでいる人たちにとって共同体(アイデンティティ)として意識できるようになるか、というとそこが大切ですね。今行なわれている市町村合併でも、それぞれが住んでいる地域での愛着アイデンティティとその合併した後の広域的な行政の区域がどう整合性があるかという議論があるわけですが、そこは分けて考えたらいいと思うんですね。市町村合併という形でいくつかの市町村が一緒になっても、それだけでそれぞれの地域の今のアイデンティティが失われることはないと思います。これからの行政の区域の連携というのは、財政的な面だとか行政の効率だとかいう視点からの効率だけではなくて、それぞれのアイデンティティ、いってみれば地域の実際の生活・交流レベルをどう考えるかということが欠かせません。そこのところがなかなか理解しづらいところがあります。一緒くたにして、合併してしまったらアイデンティティが無くなってしまうのではというような思いがあるのも当然ですね。同一の行政体になろうが、そうでなくていろんな分野で連携していく広域的な意味合いであろうが、そこをうまく払拭できるかどうかというのが、今の大きなポイントですね。
多田羅:本来、地域は生産から流通そして消費という循環で成立しています。
文化も同様です。どこからでもいいモノが買える、安いものが買えるということだけでは地域は成り立ちません。交通と情報のスピードと範囲が一変し、地域の中から生産、流通が失われつつあります。文化の面でもテレビの影響が、ただ見て評論するだけの人たちを大量に作り出しています。自分たち自身が住んでいる地域の中で創出・継承されるものへの関心が急速に失われてきました。経済と同様に受容(消費)するだけになってしまっています。
橋本知事:バランスの問題が大切ですね。それぞれの地域の中だけで全てのものを作って、これだけ豊かな時代の物心両面の満足を満たすということはできませんしね。かといって、おっしゃるように何でも世界中からただ値段的に安い物が入ってくればそれを買えばいいということでは地域はなくなってしまいますね。働かずに買い物だけでは個人の生活が成り立たないのと同じですね。グローバルな物の流れと地域地域の物の流れの、とにかくバランスを取る必要があります。制度だけでなく、地域の人たちがそのバランスをどう自ら考えていくかということが一番のポイントです。それぞれの住民が自分たちの地域だからとかあの人が作ったものだからとかを意識しないでただ安い物だけを買えばいいとなってしまえばその流れを押しとめるのは、なかなか難しい。僕はそうなってほしくないので、地域のものを使っていくという意識作りも大変重要だと思います。いろんな地域活動によってそうした意識をもう一度呼びかけて、地域を大切にする気持ちを作っていくことが必要です。子供達の中にもそういう気持ちを育てなくては。そんな教育が求められています。その土地で取れたものはその土地で消費するという言葉が最近良く使われています。そこらへんも一つのポイントではないかと思います。
県内でも高知空港のある南国市では、その学校給食で先端的な取り組みをしています。完全米飯給食にしてそのお米を南国市内の中山間地域の棚田で取れた何軒かと契約したものだけで全部賄っています。野菜もぜひ地域の物でやっていこう、農産物だけでなくて水産の物も雑魚なんかを使って雑魚のコロッケを作っていこうと。高知のそういう海と山の名産で給食を作ろうとしています。あわせて学校教育のなかで食と農業と地域を考えていきたい。そういう形で広げていくことによってグローバル化の中での便利さや安さということと地域のアイデンティティが対比できるようにしたい。地域の中での物が回っていくもう一つの別の経済の循環というか、バランスのとれた社会というのか、そういう意識をきちっと子供の内からいって植え込んでいかないとなかなか今の「安ければ」という流れには対応していけないんじゃないかな。四国だけに限ったことではないですが。
多田羅:二者択一みたいな形ではなく、地域の中でお互いのコミュニケーションが出来る範囲の中で、そのバランスを少しずつとっていかなくてはなりません。情報や交通の範囲が狭い時代には、歳を重ねるごとに経験が蓄積され、長老として大事にされました。ところが今の時代は、いま何を知っているか、何が出来るかだけが問われるようになりました。今だけが問われ、一つのことをやって来た人が、頭が固いとか古いとか言われてリストラの対象になっています。社会の価値観と個人の価値観(人生)との齟齬をしています。だからこそ一方で、産業とは違う意味で農業や自然との関わりが求められているのですね。
橋本知事:本当にそれはバランスですね、今の時代に自然との出会いということだけで農業を考えたら、日本の農業は全部つぶれてしまいますよ。グローバル化という厳しい現状の中でどうやって生産性を高めていくかということにも、一方で取り組まなければいけません。現実に農業を担う人たちの高齢化がどんどん進んできているわけですから、土地を有効に活用して生産性を高めるためにも、農業を法人化して若手でやり手の人が、その農地をどんどん拡大したいときに拡大しやすいような仕組みも必要になってきます。これまでは、例えば農地法の改正にも代表されますけど、人に土地を貸したりしたらなかなか戻ってこないという意識の元でずっときています。だから若者達が農地の拡大をしようとしても、なかなか土地も貸してくれません。非常に流動性の悪い状況になっています。一方でほったらかしで、そしてもう一方で、自然だとか知識だとか蓄積だといってみても、それだけではやっていけません。若い人たちが残ってやっていける基盤と土台を作るのは、行政の役割でもあります。その中で年長者が積み上げてきた蓄積というものをどう活用していくかということが、様々な継承の鍵になります。またそれは経済性にあわすということの緊張関係の中で、力で本当の意味で活用できるのです。そのバランスを持つということ、それはなかなか口で言うのは楽ですけど、実際にやるのは難しいですけど。
多田羅:でもその難しいのをやっていかないと、日本の農業というのはなかなか残っていくことは出来ないというのは実感しますね。農業に限らず、今の公共政策のシステム任せや補助金だけに頼っていても未来はありませんね。いまそのシステムの意思決定過程を透明にする、若返らせることが求められています。例えば農業であれば、10年後、20年後まで農業を続ける30代、40代の人たちが政策の意思決定システムにかかわっていくことが欠かせません。現状は功なり名を遂げた60代、70代のいわゆる良識のあるとされる人たちだけが関わっている。だけど、それは今どうするかでは有効であっても、これからの未来の問題でなくなっています。どの産業でも同じことが言えます。
橋本知事:それはそうですね。そのことをずっと言い続けるといろんな摩擦が生じてきます。自分もこの十年間にたくさん実感しています。いま言っている世代間の問題は、男性と女性の間でも同じことなんですね。本県でも農業の半分以上は女性の労働力で担われているわけですから、本来ならば女性の声がもっともっと地域なり農業団体なりの意思決定の場に入ってこなければならないですね。それにもかかわらず農業委員であれ農協の理事であれ、まだまだ女性の割合は非常に低い率です。そういう状況をそのままにしてながらですね、「若いお嫁さんが来てくれない」とか「若い人が残ってくれない」ということをまた、男のおじさんたち世代が言うわけですね。そう思うのであればそいう女性の声、またそこで嫁として来て苦労したおばさん達の声、若い人たちの声、そういうものが地域の意志決定、農業団体の意志決定の中に生かされなければ絶対にそんな希望はかないませんよね。にもかかわらず、状況を変えようとしないで、どうしてそのようなことが起こるでしょう。このことが本当は地域の問題なんです。それは先程も言われた次の時代を担う人たちが意志決定の場にいないということと重なり合います。本当に次の世代を担う人たちが意志決定をしているのであれば、その農地の流動化とか生産性ということでももっと思い切った手立てが地域で打てると思います。けれども上の世代が先祖代々守ってきたものをとにかく守って行けば自分の代がそれでいいという方々、そういう考えを全て否定するのではないのですが、しかしそれだけでは、いま抱えている地域の問題は解決できないのは明らかです。そのことが目に見えているのに、そういうことにこだわっている世代のひとたちが地域に大きく残ってしまっているというのは非常に残念な事ですね。残念なことですがなかなかそれを口で言っても動かないというのも実感ですね。
多田羅:戦後のいわゆる近代化、都市化は、均一化を促進してきました。町の中に村を持ち込み、村の中に町を持ち込んだともいえます。高度成長期時代は、同じように便利であり、快適であろというように、同じものを求めたのですね。町には町のよさがあり、村には村のよさがあるということを忘れたのです。過疎がこんなに進んだのもこれと無縁ではありません。どこの地域でも同じ特性なら、人が多くて働くところが多くあり、交通便利で楽しみの多い町に集まるのは当然のことですね。
橋本知事:日本は戦後の復興から高度経済成長まで成功して国全体として非常な富を蓄えたのですから、今度はその富を使って何をして行こうかとこと考える時になっているんですね。いままで公共事業を中心にして国の基礎体力をつけてきたわけですね。基礎体力をみんなつけていくということと、その培った基礎体力を使って、スポーツで言えば何をやるのかというのは別なんです。その人は野球をやるのか、テニスをやるのか、それともバスケットをやるのか、体力とか特性に合わせた競技の選び方があるのだろうと思います。
多田羅:基礎体力をみんな同じレベルでどんどんどんどんつけていくということをいつまでもやっていて限界に達したのが、いまの不況なのですね。道路予算は○○%、○○は○○%というように全部一律で来たわけですね。野球をするのは何%、サッカーは何%、バスケットは何%というのと同じなのですね。いままでは右肩上がりでお金があったので、そういう同じ様な比率でどんどん公共事業がやってこられたということですね。それが都会であれ田舎であれ、ほとんど全国一律同じような制度で行われていたのですね。同じ制度であれば、経済力が集中するわけですから大都市部では渋滞だとか住宅の密集だとか緑がないとかいう都市問題として発生するのは当たり前です。一方で中山間地とか農村の過疎化も進んだのです。お互いがないものねだりをしてまた次に同じような事業を積み重ねるという事を繰り返してたのです。それだけの余裕がなくなってきたので、これからが勝負所ではないのかなぁと思います。
橋本知事:そうですね。一定の基礎体力がみなついて来たわけですから、それを使って、また残っているものを使って、それぞれが何をして行くかという時代になりました。従来型の全国一律的な基礎体力競争に奔走し、そのために国からお金をもらってくる発想では無くてですね、そういう発想を持った人が地域に出て来るかどうか、また地域をリードして行けるかどうかっていうっことが大きなポイントですよね。これまでも地域作りで成功しているところっていうのは、先輩方がバトンタッチを早めにしているところですね。本県で言えば、馬路村がそうです。農協の組合長の森さんというきわめて開けた人がいます。アイディアなんかを若い人たちに任せてその中から人が育ってくるのですね。
多田羅:教育についても、小学中学の教育が大きな問題になってますね。制度を問題にして、沖縄から北海道まで合意して一律に変えようとしても非常に難しいので、現状批判ばかりになって前に進まないのが現状ですね。県という単位で切り口を定めてトライアルを繰り返していくしかありませんね。たとえば、県立高校の問題です。ここが変われば、中学校、小学校と遡及するはずです。子供たちの生き方の選択というよりも、全県統一入試で成績で振り分けられて進学していくのが現状でしょう。そうではなく、例えば農業高校であれば、自然や農業、動物に対する関心や生き方から選択した子供たちが適性や関心に応じて、進路を見つけていく。花卉園芸、畜産などの職業を選択する以外にも、獣医であったり、遺伝子工学やバイオに関心を持ったりすることもあるでしょう。農業高校へ行くことで、そんな選択ができると生き生きした高校生活が送れることでしょう。東大の農学部なんかへも農業高校から進学するのが当たり前になるはずです。同様に物創りに興味がある子供たちが工業高校に進み、自分の適性と能力に合わせて職業や進路が選択できるようにならないかと思っています。
職業高校の入試を、各校別々の独自入試を行うことでそのスタートを切れるのではと思っています。
橋本知事:おっしゃる事はよく分かりますが、なかなか難しい壁があると思います。それはですね、教員にそれだけの力があるかどうかということですね。それぞれの農業なり水産なり商業なり色々な分野で特長を出して教育をしていくことによって、従来の偏差値の輪切りの一律教育じゃない物を目指そうというのは当然ですし、それを試みるのも良いと思います。それでもそれだけのレベルのものをそれぞれの職業分野で教えていくには、やはりそれにかかって行ける教員がいないとできない。なかなかそれだけの教員は現実に育っていないのじゃないかと思います。今のお話をうかがって僕が思ったのは高校の現状レベルだとか格差というのは全て大学受験で出来上がっているわけですね。受験のピラミッドの頂点にいるのは東京大学ですので、その東京大学の例えば農学部の一割は全国の農業高校から迎え入れるというような枠を作ることで大きな変化が出てくると思います。さらに、情報教育、コンピューターが使えるといった情報リテラシーですね、一斉にこう進めるという事ができないかと話をした時、共通一次にそれを入れればすぐに全国一斉に行くと、ある人が言いましたが、やっぱり受験ですね。嫌な話しですけれど受験できちっと位置づけていくことで、大きく変わることが出来ると思います。お話しを伺って現実的だと思うのは、先ず地域の県立の職業教育の部分をもっと力強いものにして行く。それとともに、上から引っぱって行くということでいえば、さきほど言った東大だけでなく京大でも阪大でも、うちで言えば高知大学ですけれども農学部の一定の枠は農業高校の子供からとるということをやれば大きく変わるのは間違いないですね。
多田羅:昔の大学入試というのは、ある意味で言うと一発勝負の部分があいりましたね。いくら模擬テストをしていようが本番入試次第でしたね。センター試験のウェイトが高まるにつれて、そのテストの得点で決まる事前試験になりましたね。完全な輪切り、それ以上でもそれ以下でも他の大学へ行ってしまう。どこも同質な同じ層ばかりが集まってくるようになっているのでは。均質な能力と均質な知識をもった人達に対してやるわけですから、授業は恐らくやりやすいと思いますが、何か少しこうかき混ぜていくということがなかったら、大学自体が面白味がなくなっているのではと感じます。
橋本知事:今の子供たちをとりまく問題ですが、学校、教師の力だけではなかなか解決し得ないものがたくさんありますね。その家庭の教育歴だとか、地域ということはもちろん、子供たちがお互い教えたり、相談し合っていける仕組みをきちっと作っていくことが必要ですね。さらにフェァカウンセリング、同世代の人が同世代で相談をすることですが、それを各学校毎に定着させていくということもとても大切なことだと思います。なかなか教師にも相談できないと、言いにくいということも、どんどん増えて来ています。子供達同志でカウンセリングをしてそういう別の形の教育力を作っていくことも必要ではないかと思います。それから子供達の連携という事ですね。このあいだ、子供たちが3人、この知事室に来られましてね、学校連携でチャリティーの演奏会をやってみたいと言うんです。それは、その1人の子供のおばあちゃんが倒れ、介護の事を実際に経験した時に、福祉とか言うことは単にキレイ事で考えるのではないと感じたことを、中学時代の4人の友達と話をしていて、「やろう,やろう」ということになったと言うんです。高知市中心なんですけれども、県立の高校の中でいる方、市私立の友達なんかに声をかけて実行委員会を作ってですね、広報部だ製作部だなんだとこういう風なのをやって、それでホールとか借りてやろう 。こういう話しだったんですね。しかし、それぞれの高校では、学校の枠を越えて子供たちがいろんな活動をすることを原則として禁止をしている。これはかつての安保の政治活動のなごりがあるんだろうと思いますが。そこをみんながやりやすいような雰囲気を作ってもらえないかという話だったんです。そういう子供たちが出てきてるんですね。とても大切な事ですね。こういう動きが、将来の地域の中で相当大きな力になるだろうと感じます。やっぱり学校の教育というのは、教師という問題、授業という学力という問題だけではなく、子供たちの力をどう生かして行くか、それをどこまで許容する範囲として、きっちりと大人として見ていけるか、そして大人としてサポートしていけるかは、地域作りとしてとても大切なんじゃないんかな。そういう経験をした子供たちが地域のリーダーになって行くんじゃないか。そういう点で人づくりがこれから極めて重要になって来ていると思うんですね。
多田羅:この頃の若いお母さんたちと話をしていて、非常に気になることがあるんです。日本中が総母子家庭になっている状況があるのではないかと。結婚してても、夫は朝早くから働きに行って夜遅く帰ってくる、付き合いも趣味も全部会社の中でやっている。そんななかで少子化ですから、お母さんが一人か二人の子供といつも一緒にいる。
都会であればマンションの一室で。見聞きする、与えられる情報が、いつも同じになってしまっている。同じテレビを見て同じ絵本を読んで、全部一緒に行動することによって、大人と子供の情報の質と量が一緒になってしまっているとしたら。我々が小さい頃だと、「大人になればわかる」、「子供の世界や」というのがありましたね。ところが母と子がいつも一緒にいて、同じことだけを知ってるんですから、仲のよい友だちにはなれます。しかし、子供からして尊敬すべき存在として母親が成長することができない、お母さんはお母さんで、自分たちの世代や地域、色んな所で自分たちだけの自分 (大人)の世界を持つことがなかったら、子供たちに自我が芽生えた頃に、親が乗り越えたり尊敬すべき存在になっていないとすれば、今まで我々が体験したことのない家庭問題がもっと起こってくるような気がしてならない。もうすでに続出していますけれども。個人まかせでは、なかなかこのような状況は打開できないと思います。
橋本知事:非常に難しいことで、学校教育だけではなかなか解決できない、家庭の教育力にかかってくると思うのですが、行政として非常に手を出しずらいし、あんまり出すべきではないという分野ですよね。だけどほっておけないという状況になってきています。もう一方では子育てが不安だというお母さんたちに、どうそれをサポートしていくか。いろいろ子育てが終わった親御さんたちを、そういうサポーターとして育てて、地域の中で活動してもらうようなことも一つあると思います。ただ問題なのは、いま言われたような状況にありながら、それを問題として気づかない人にはどうしようもないんですね。親も子も同質の情報だけをもとににお互い、極めて仲良く友達になっている。だけどそれで本当の親子の関係がいいかどうかということに、なんの疑問もなくそれでいいんだと、思っているとしたら。子供がなんか言われたら、それを盲目的に守っていくということが社会的にいいかどうかの判断ができないとしたら。これは問題としてなかなか顕在化しないので非常に難しいと思われます。自分がやったにしろ、その子育ての内容にしろ、非常に悲しいことであっても、問題点が顕在化し、また誰かに相談するということがあればそれに対して対応していけますよね。だけどもそこに問題を感じない人が、まあ何割いるのかわからないのですが、それが非常に大きな今の社会の課題でしょうね。
多田羅:高知は香川の水源地ですね。水源地の森林を一緒になってきちっと涵養し、自然の恵みを管理する、そんな仕組みをでどういう形でつくれるかも大切な問題ですね。
橋本知事:そうですね、昨年の4月から、法定外の普通税のことなど非常にやりやすくなりました。で、本県で言えばその水源涵養のために、できることを法定外の水準で作ろうじゃないかと言うことをプロジェクトチームで検討をしています。本県は84%森林です。全国一の森林率にもかかわらず、森林になかなかもう、手がいきとどかなくなって極めて荒れた森林が増えてきました。もちろん、きちっと間伐をしていくなど物理的な作業を進めることも、もっと必要なってきていますがそれ以上に、また意識の問題になりますけど、町のひとにも、森林の問題を考えてもらい、一歩具体的な行動をおこしてもらうためのきっかけづくりができないか考えています。ですから、金額としての税金、税収を増やして、それで従来やっている公共事業の足りない部分のつなぎをするという意味の税金ではなくて、上流と下流を結んでいくような取り組みだとか、これまで出来なかった森林に対するソフト的な施策だとかにしていく材料になればいいなと思っています。できるだけ広く薄く水道を使っている人から、おいくらかいただいて、県全体で1億〜2億までぐらいの枠のものでと想定しています。将来的には高知だけではなくて、四国という島がようやくその一つになろうとするいろんな動きがでてきましたので、四国全体で考えられたらと思っています。四国というアイデンティティが一人一人のアイデンティティに繋がっていけば、全国に向けての情報発信、アピールの効果も含め、四国の注目度というものは、非常に高められるのではないかと思います。まあすぐにではないにしろ、うちの県としては、15年度ぐらいから出来ればということで考えています。四県足並みそろえることができれば、可能なことではないかと思います。香川の方に水源地である「さめうら」のことを考えてもらうことはこれまでも、どんぐり銀行なんかで毎年植樹をしていただいています。そういう取り組みは続けていただけたらと思いますけれども、もし四国という一つの限られたれた島の中で森林をどうしていくかという意識づけをですね、いま申し上げたような税という一つの手段も含め、新しい動きが出てくればと思います。高知県議会からも海の日と同じように山の日というのを制定してですね、みんな山へ行ってもらい、全員で一斉にいろんな仕事の手伝いをするという動きから、うねりができるのではないかというような御提案もります。各県がそれぞれ同じような条例で動いたとすれば、それは相当なものですね。年々続くのであれば、イベントは一つの活動の力になりますので、そういう動きと意識というものが重なってですね、そこからまた、何かを動かそうという人もでてくるのではないかと思います。
多田羅:森林保存についていえば、高知の山中ではガードレールに間伐材を利用されてますよね。私も香川の、高知も含めた四国の、木材で、学校ができたらと以前から思っていました。田園地帯の中にわざわざコンクリートで小学校を作る必要があるでしょうか。子供たちが少なくなっているのですから、近所の大工さんに頼んで、各学年ごとにログハウスを一つずつ建てる、修理もすぐ近所から知った小父さんが来るというような、それぞれの地域に合わせた教育環境を作ることができるはずですよね。
橋本知事:本当にそうですね。あと、木材利用を広げる大きな壁は価格の問題ですね。
たとえば、うちの大正町の森林組合が間伐材の集成材で事務机を作っているんですが、納入価格が91,350円なんですよ。一般のコクヨさんなんかのスチールの事務机が23,100円なんですよ。4倍のひらきなんですよね、それではいくら木がやさしいといってもだめでしょうと、なんとか5万円台にしようという努力をしています。それから先程いった馬路村に、木材には目がありますから、間伐材を非常に薄くして、縦横縦という3枚の組み合わせてやぶれにくい形にして圧縮加工して生鮮食量品のトレーだとか、パーティに使うお皿だとかを作っている会社があります。そういうトレーが県内のスーパーにパーッと出回れば、これはものすごい情報発信になりますよね。これも、作り始めてまだ一年くらいで、やっぱり、20〜30円位はかかるんですね。10倍の開きがあるんでとてもだめだ。発砲スチロールのトレーだと一枚2円ぐらいでです。いかにコストを下げていくかということが一つの問題点としてあると思います。コストを考える場合、市場を広げるということは非常に必要です。一方で消費者と共に企業の意識を変えていくことが必要じゃないかと思っています。意識ということもありますが、企業も参加してもらい、原材料として、また半製品として利用してもらうことができないかと考えています。昨年5月にイギリスにいった時のことですが、木材製品の需要をどうやって伸ばすかと協議会を作っています。それは消費者団体の協議会じゃなくて、日本とはちょっと形態は違いますが、ゼネコンとか、建設会社だとか、それからホームセンター、大手のスーパーだとか、つまり大量に木材を買う可能性がある、そして消費者に売る可能性のある企業や地方公共団体を含めたものです。あと何割は増やして買っていこうということを申し合わせてその需要を広げ、市場、マーケットを広げて、コストを下げるというわけです。こういうことが、これからは必要だと思うんですね。高知県としても取り組みたいと思いますけども、四国全体でそういう方向を打ち出してやっていければかなりのマーケットはできてきますね。そういうことを組み合わせてやっていかないと、ただ単に木はいいねということでモデル的にできるだけで、どうしてもそこから一歩先に踏み込めない。動かしていく仕組みが必要だと考えています。最初に農業でも申し上げたように、一方で生産性や効率性をきちんと追求していく基盤が必要です。一方でこれまで蓄えたノウハウだとか今まで持っている自然というものを生かした農業だとかいうことのバランスが必要ですね。マーケットをきっちりと拡大して行くためのいろいろな仕組み作りと、自然の良さというのが組み合わせなくてはいけませんね。自然だとか環境だとかという認識だけじゃなかなか進まない現実がありますので、どう現実と折り合って経済の中に混ぜていくかというのが大きな課題だと思います。
多田羅:不況が続くなか、悲壮感が高まって景気が景気がといわれていますが、今いわれたような地域の中の特性を持ったそれぞれの分野で地域の再生を図らなくてはなりませんね。
最後になりましたが、産業廃棄物の問題にも少しふれてみたいと思います。
それぞれの地域・自治体の中で出てきたものはその中できちんと処理していこうということが全国的な流れになっていると思うのですが、香川でいえば豊島の産廃を直島で処理するということが、採算性の名のもとに県外産廃の受け入れに繋がってきて心配しています。しかも、それが県内各地どこへでも受け入れられるようにしようと変わってきました。高知における産業廃棄物の処理全般について、何かございましたら、お聞かせください。
橋本知事:産廃の問題は、一般廃棄物も含めていろんな角度から考えなければいけないと思います。県内でできたものは県内で処理する方針、つまり持ち込みは認めませんよという方針をとっています。それを認めると利益追求のためにはいろんなことをしかねないという心配からですれれども、ただ本県の実情をいえば、管理型のきちんとした処分場もなくて、今は県外にお願いをして引き取っていただいています。県自身が持っている方針との矛盾を抱えています。まじめに廃棄処理をしようとするとする県内の企業にとっては搬出に大変コストがかかって大きな負担になるという問題もあります。ですからそうした施設を県内にきちんと作っていくということも方向性としてやっています。物理的にそれをまわす仕組みをつくることは容易ですけど、果たして経済的に成り立つかというと成り立ちません。しかも単なる捨て場ということでなく、リサイクル的な発想で考えなくてはなりません。たとえば堆肥を考えてみても、堆肥を処理できるというのはそれを販売できる仕組みができていないとどんどん上積みされてそこでパンクしてしまう。これまでのリサイクルの仕組みは全部そうです。そう考えますと、さっきの間伐材の話と同様に、これも広域的にその仕組みを作らないとうまくいかないんじゃないかと思います。同時に縦割り行政の矛盾もあります。旧建設省関係は建設汚泥や河川敷の茅や葦の処理は考えています。農水省は農水省で稲藁や畜産の糞尿等をはどのように処理するかと、それぞれ自分の分野だけでのリサイクルを考えています。これでは、そのロット(単位)という面でもまとまったものにならないしそれから出来上がった物の処理を販売するということもなかなか難しい。もう少し幅広くお互いに協力できないと、経済的に循環する仕組みにはならないと思います。ところが、そういうことを勝手にやると今は補助金適化法で補助金の不正なんだかんだという話になりかねません。実際になって補助金の返還を求められた例もあります。ゴミというものはもっと広域的に活用を考えないと、もちろん地域で回していけるものはそれで処理をするという基本原則はありますが、そのうえでもう少し省庁の壁を取り払ってリサイクルの仕組みを考えないと、机の上や紙の上で書くのにはいい図ができても実際にはなかなか経済的に成り立たなくて回っていきません。コスト的に持たなくなって10年,15年後にパンクをしてというようなことになりかねないような気がいたします。
多田羅:今日は突然にいろいろな質問を申し上げまして失礼をいたしました。どうもありがとうございました。
橋本知事:とんでもございません。ありがとうございました。
|対談集一覧へ|トップページへ|