テキストばかりで非常に読みにくいのですが,追々図を加えていきたいと思っています.
私は,理科(地学)の教員として大阪府立岸和田高等学校(以下「本校」という)の教壇に立って10年が経過した.これを区切りとして,自分の岸和田高校での教授法などについて振り返り,これを多くの方々に見ていただき,講評をいただくことで今後の本校並びに私自身の地学教育にも役立てたいと考えて本稿を執筆することとした.
本校は,近年「だんじり祭り」で有名になった大阪府南部の岸和田市にあり,目の前には岸和田城を臨む100年あまりの歴史を持つ普通科高校である.生徒数は各学年9クラス約360人で,そのほとんどが大学進学を目指し,現役生の約3分の1は国公立大学に入学する,いわば進学校でもある.
理科については,1年次で物理・生物が2単位ずつの必修である.2年次では1年次で履修した物・生のうちいずれか1科目2単位を選択し,さらに化学・地学のうちどちらか1科目4単位を選択履修する.3年次では,文系は理科4科目から1科目4単位,理系は2科目8単位を選択履修する.
本校の場合,地学は大学入学試験の2次試験に採用されていないという理由で,理系大学進学希望の生徒は選択せず,文系大学進学希望の生徒がセンター試験のために受講するのがほとんどである.稀に,地球科学系の大学進学を目指す者がいるが,文系生徒に混じって受講している.文系生徒対象のセンター試験向けの授業でも,多少集中的に補うことで2次試験の理系地学にも充分対応できる力はつけられている.
ここで,私の考える地学の目的を述べておきたい.地学の目的は,結局のところ「広大な宇宙の中で,そしてはるかな時間の流れの中で,自分がいったいどこにいるのかを知るところにある」と考えて,生徒には次のように説明している.「君たち一人一人は,すべてこのはるかな空間と時間の中で君らのお父さん,お母さんが出会ったという偶然を初め多くの偶然の中でやっと生まれた大切な存在なのだ.つまり,みんな一人一人がすべて宇宙150億年の歴史を背負っていると考えてもいいわけだ.君たちの隣にいる友達も当然宇宙の歴史を背負った大切な一人なのである.ということは,自分を粗末に扱うことはできないし,友達をないがしろにすることもできないはずだ」.このように私は「個人の大切さ」を理解させるのが,地学の大目的だと考えており,加えて防災,資源,環境などの小目的があると考えている.
IV.生徒の声を生かす
授業を進める上での工夫について,項目を立てて述べてみたい.項目ごとにまとめて記述してあるが、実際にはいろいろな形で組み合わせて用いることもある。
理科(特に地学)は,比較的身近な話題から入っていける学問である.例えば「空はどうして青いのか」「地球はなぜまわっているのか」などは,生徒が”当たり前”だとは思っていても,”どうしてそうなるのか”については答えられないものである.そのような”当たり前のこと”,”誰でも知っていること”の元になるところを知るのが科学であり,科学的な考え方をする基本である.そこで,1年間の授業を始めるにあたって最初の時間にアンケート調査をする.前述の疑問のように「当たり前のことだと思っているが,なぜそうなるのかを知らない事柄」と「教科書の項目で自分の最も興味のある項目10項目」を選んで書かせ,生徒の興味に基づいて授業計画を組み立てるようにしている.
ここ数年このアンケートを実施しているが,やはり,1995年の阪神大震災のように地震で大きな被害が出た年には地震に関する項目に関心が集まり,それ以外の年は,最近新聞に出た出来事やボイジャーがきれいな写真を送ってきた惑星に関する事柄に人気が集まる.
疑問・質問としては,「宇宙のこと」や「宇宙人に関すること」あるいは「生物の進化」や「恐竜の絶滅」などがあげられている.この質問の中にはプライベートなことや突拍子もない質問,あまりまじめでない質問もあるが,それらは排除せずに誠意をもって答えるようにしている.教師がどのような質問にも答えることで生徒の持っている「こんな簡単な質問に答えてもらえるだろうか」という不安を,最初の段階から「この先生はどんな質問にも答えてくれるんだ」という安心感に変えるようにしている.
授業の進め方には色々な方法があるが,私は,先ほどの地学アンケートに重きをおいて授業を進めていくことにしている.生徒の興味のある点から授業をしていけば,「理科をきらいになる」前に「理科は面白いものなんだ.色々な現象にはすべて理由があって,それを知ることができるんだ」ということを知らせられると考えているからである.それに,地学は地球科学,天文,気象・海洋などの分野にわかれているが,どの分野から始めても,結局「地球と人間」というところですべて結びついてくる学問だからである.環境の問題,資源の問題,防災の問題,それぞれ生活を送る時に欠かせない事柄であり,高校生という社会に出る前の時期に必ず知ってほしい事柄である.
「生徒の声や要望」は授業やアンケートだけでなく,定期テストでも解答欄に4〜5行の「教師に対する」要望欄を作ってできるだけ吸い上げるようにしている.この要望欄で筆者の授業に対して生徒から指摘された事柄をもとに,授業に際しては,次のようなことに配慮するようになった.
・環境整備
教室の環境整備には常に気を使い,すぐに授業に入れるように環境を整えている.授業の途中でも生徒の状況を観察し,窓の開け閉めなど温度調節と換気をするように留意している.
・導入
授業の導入は10分程度で前の時間の軽い復習やその時間の目標を話するが,前日に,地震が起こったとか,台風が近づいているなどの地学的な話題がある場合は,その時の授業項目に関係なく説明を行っている.話題が新鮮であるほど生徒へのインパクトは大きく,いずれどこかでこの事象に関連したことを学ぶので多少授業時間を使っても説明する意義はある.
・板書
教室の最後列からでも見えるように大きくはっきりした字で書くのは当然であるが,書く時の身体の位置にも注意し,チョークを持つ手元が常に生徒から見えるようにしている.また板書していることがらを声に出すようにもしている.手元がみえると生徒は教師の板書と同時にノートがとれるわけだし,声に出しているからうつむいて書いている生徒にも何を書いているかがわかる.これで多少なりともノートに書く時間が節約できる.それに,板書の図の大きさは「この図はノート○行ぐらい必要です」と事前に指示し,適切な改行や改ページを促している.
なお,強調部分のチョークの色は黄色を多用して赤はほとんど使用しない.後部の席からだと黒板に赤のチョークというのは見にくいと生徒は言う.
・講義と発問
常に一方向のみを見て授業をしないように,適宜身体の向きを変えたり全体を眺めたりしながら話をするよう心がけている.これは見られていない方向の生徒が疎外感を感じるからである.また,発問は誰でも答えられるような確認の質問か,誰も答えられない(答えられてもクラスで1・2名の)ような質問をすることにしている.これは,一人だけ答えられないと「大勢の前で恥をかかされた」と思うことがあるからである.生徒の感じる「ひいき」と「恥」には注意が必要である.
・OHP
本校では,後述するように3年ほど前からOHPに代わる機器を使っているので,最近はほとんど使用しないが,たまに使用する場合は指示棒として透明アクリル板を矢形に切り,矢形を赤のマジックでぬったものをシートの盤面で動かして説明するようにしている.最近レーザーポインターがOHPの指示棒の代わりとしてよく使われるが,点が小さすぎて教室の後部からではどこを指しているか見えないようである.
授業においては,できる限り生徒の理解を助け,自然を身近に感じさせるためにAV機器を日常的に利用している.CCDカメラ,インターネット,VTR等の利用を中心に述べる.なお,地学教室には教壇の左右両サイドに29インチのテレビがあり,それに像を映している.
1.わかりやすくするために
〜AV機器等の利用〜
かつてある学校で「資料集や教科書を忘れる子が多いので,図表の写真を生徒に見せる時,OHCを使って効果を上げた」という話を聞いたことがあった.しかし,OHCは高価である上に扱いが大げさであった.そこで,私は図ようなSONYのCCD-PC1 というコンピューター用のカメラを利用している.このカメラは頭の先の部分に小型のCCDカメラがあり,絞りとピントも頭の
黒い部分で 調節できる.また,後部には電源,映像・音声出力用ピン端子(各1)が付いているといういたってシンプルな構造である.マクロにすれば,教室の3分の2くらいが収まり,逆に近づければ被写体に1p位まで接写でき,アンモナイトの縫合線を大画面テレビいっぱいに拡大して見せる能力がある.
使用の実践例を理由とともに3例示す.
・ 図表類の提示
これは,教科書・図表を映すという最も単純な使い方である.例えば,全員が図表等で同じ図を見ていても,「ここがこうだ」と図の一部分を言葉で示して説明するのは結構難しいし,こちらが意図している部分とは違う部分を見て納得している生徒もいる.この装置があると,鉛筆の先や,竹串の先に色をぬったものなどで指し示しながら話ができるので誤解や思いこみを防ぐことができる.
特に地質図や走向・傾斜の説明についての図などは,走向線,等高線や各交点がそれぞれに意味をもつわけだからいい加減に線を引くわけにはいかない.いい加減な図を黒板に書くと,逆に理解を遅らせ,妨げる場合さえもある.この装置を使うと,教師は問題集の図に直接鉛筆で必要事項を書き込んでいけばよいのである.考え方や作図の順番もわかるし,グラフ上の位置もしっかりと認識できる.教師は自分の手元で正確に指し示すことだけを考えていればいいのである.
・ 卓上実験の演示
教卓で演示実験をする場合,地学では,化学反応のように派手に色が変わるとか,物理のストロボ実験のように遠くからでも見えるということは望めない.砂と泥と水をビーカーの中でかきまぜその堆積の様子を見せるときも,この装置を使い大画面テレビに映し出すのである.ビーカー内の分級までわかる.
・ 顕微鏡カメラとして
鉱物顕微鏡やポーラースコープの視野をTVに映すのは,CCDカメラを顕微鏡の接眼レンズをはずして取り付ける等,機材と手間がかかる.これだとポーラースコープの鏡下に見えるものをちょっと生徒に見せたいという場合にも手軽に使える.
インターネットにはとにかく膨大な資料があり,私は巨大な事典(情報源)と考えている.最近はインターネットも随分普及し,生徒の中にも世界中から情報を得ているものも多い.まだ,大阪の府立高等学校は,教師や生徒がインターネットを自由に使える環境にはなっていないので,私は個人的に入手したデータを授業で使用している.主に画像の入手だが,これにも色々な使い方がある.
・ 学校での利用
地学の重要性を他教科の教員に認識してもらう場合のインターネットの使い方としては,天気予報が最もてっとりばやい.明日の天気を,その予報結果だけでなく,地上天気図に500hPa・750hPa高層天気図などのインターネットで入手したデータを交えて解説すると,より高度な判断ができ,説得力も増す.これは台風の進路を占う時にも使用できるものである.もちろん,生徒の前でもその解析結果を披露しており,生徒からよく「明日の天気はどうですか」と尋ねられる.
・ パラパラ漫画の要領で動画として使う
これは,台風の移動や彗星の移動などを実際に見せる時に使用する.台風の移動は,アメダスの風向のデータやレーダーアメダス合成図などの1時間おきのデータをプリントアウトしてパラパラ見せると台風の目の移動している様子や風向の変化をアニメーションのように示すことができる.彗星に関しては百武彗星やヘールボップ彗星が接近した時に,全国各地にある公開天文台では,彗星のリアルタイムの像をホームページ上で1時間おきあるいは30分おきに掲載していた.それをプリントアウトしてパラパラ漫画にすると,彗星の尾の方向と進行方向が異なることなどを理解させることができる.また,OHPシートにコピーして重ねていっても移動は示せる.
・ 資料収集の方法として使う
かつて,阪神大震災の後,日本全国で配布され,使用された防災地図や防災パンフレットを市町村など各行政府にお願いして収集したことがあった.この時は各都道府県市町村のホームぺージの管理担当者に丁寧に依頼すると,必ずと言ってよいほど担当者に取り次いでいただけ,数百点の資料が集まった.これは生徒達に見せただけでなく,地学の教員の集まりや行事でも披露して防災に対する関心を高めることができたと思う.
・ いろいろな地域をリアルタイムで見る.
これは,地球の大きさを求めようとして試みた際に使用した経験である.インターネットではライブカメラというある地域をずっとリアルタイムでカメラ撮影しているホームページがある.自分でカメラを動かすことのできるサイトもあるので「天気図と実際の天気の比較」あるいはエラトステネスの方法と同様に「同じ時刻の太陽の高度差から緯度差を求め地球の大きさを測る」ことも可能であろう.「いろいろな気候下での風土を見る」などは地学の気象分野だけではなく地理の教材としても使えそうである.
・ メーリングリストの利用と教材そのものの入手
メーリングリストを「教師のための質問場所」として利用している.また,最近では個人のレベルではなく,都道府県の○○教育研究会というレベルで教材集をダウンロードできるところや申し込めるところも多いので利用している.
テレビというと,保護者からは目の敵にされるのが常だが,テレビはスライドやインターネット(最近では動画もあるが)とは「動く」という点で全く異なる媒体である.同じ火山でも写真を見るのと,実際に噴火している様子をリアルタイムで見るのとでは,雲泥の差があるし,特に理科では「百聞は一見にしかず」ということがあるので,科学番組などは随分勉強になる.もちろん自分がその場に立ち会って,実際に見て,あるいは手にとってみるのが一番なのは言うまでもないが,現実にはなかなかそうはいかない.そこで,せめて映像の世界での疑似体験となる.実際に使用できるものは,民放の科学番組やNHKの特集番組でVTRに撮って授業の時に生徒に見せている.特に後者はよく使い,何年か前に放映された「地球大紀行」や「シルクロード」のように現在レンタルビデオで手に入るようなものもある.それに,地震や火山の報道特別番組では,地震や噴火の次の日にすぐ授業の導入に使えるものもある.
私のテレビ番組の使い方は「15分間程度の視聴」を基本にしている.一般のテレビの影響で,生徒の集中は,面白い内容のものでも15分程度で,それより長いと,興味のない子には苦痛になってくるからである.テレビを視聴する15分間を1時限(50分)の授業の中のどこに挟み込むかは進度にもよるが,プリントなども併用して効果的に視聴できるようにしている.
このようなTV番組は視聴者の興味に沿った形で作られており,工夫されているので,生徒達にとっては様々な事柄を教科書を読むよりもよほど身近に感じることができる.映画も含めて大いに利用すれば良いが,生徒には同時に「テレビで言っていることの全部が真実というわけではない」という点は強調している.テレビはあくまでも視聴者の気を引くように作っているので,真実よりも派手な演出がされることがある.むしろ「派手な画面だけれど本当だろうか」と批判的に見る姿勢も必要になってくる.そこから「科学の真理」に対する「好奇心」が芽生えてくるかもしれない.
〜自然を教室に持ち込む〜
前段ではテレビやAV機器を効果的に使用した例を述べたが,それでは,自然や実物に触れられるのは画面上だけか,というとそうではない.
「地層」は生徒の家の近所に露頭があったり,造成地などがあったりすれば見ることができるが,地層の縞模様は見たことがあってもそれを観察した生徒は少ない.最近は,少し生徒を野外へ連れ出すのにも校内の様々な手続きが必要で,教員の側によほどの決意と意志がなければ生徒を授業中に野外へ連れ出すことはできない.
それならば「地層を教室に持ってきたらいい」という発想,それが「地層のはぎ取り」である.あまりにも古い硬い地層ではできないが,大阪平野の大阪層群のような新しい地層では地層をはぎ取って持ってくることができる.まず,軟らかいスコップで削れるような地層を捜す.そしてその縞模様の見えている地層の断面をきれいに平らにする.そこに接着剤をぺたぺたと塗ってその上に網戸用の網を貼り付ける.1〜2日ほど十分乾かしてその網を端からはがすと地層がきれいについた状態ではがすことができる.これを教室に持参し,生徒に観察させるのである.本校にはゾウの足跡の断面が入ったはぎ取り地層があり,大阪にゾウのいたころの話をしながら地層の観察をさせている.
(2) ボーリング標本の利用−校舎の下は何でできているのだろう−
兵庫県南部地震の時に泉南地域でもよく揺れて被害の出た学校とほとんど揺れず被害の少なかった学校があった.これは校舎の下の地盤の堅さの違いで説明された.軟らかい地層の上に建てられていた学校は,よく揺れ,硬い地盤の上に建てられた学校はあまり揺れなかったと考えられる.では,校舎がどのような地層の上に築かれているかはどのようにすればわかるのだろうか.
どの学校でも新築や増築のときに必ず何カ所かボーリングを行って地質調査をする.その時の標本は,地盤調査が終わると,その結果のコピーとともに大抵学校に提供される.それを使って学校の地下が何でできているかを見せるわけである.「何m下までは砂で,何mのところに硬い地層があって・・・」というのがよくわかるし,ボーリングの柱状図のデータで簡単な断面図を作ることもできる.
また,後で述べるように,明治時代の地図などを手に入れると,学校の建っている場所が昔どのような場所だったかがわかる.
〜岸和田高校鉱物博物館〜
歴史の浅い高校では標本が少なくてなかなか難しいが,古い学校では先達の採集されたたくさんの標本がある.しかし,授業で使用されることは少なく,いわば死蔵されている状態だがそれではせっかくの標本があまりにももったいない.
そこで,本校では,年に1回その標本をすべて教室の机の上に出して,即席の「岸和田高校鉱物博物館」を開館している.標本にラベルがちゃんとついていて,どういう岩石や鉱物かというのがわかるようになっている.丸々1時間,普段は博物館のショーケースの中に収められているような貴重な標本を実際に手にとってみることができるわけである.「鉛を含む鉱物(例えば方鉛鉱)はやっぱり重いんだ」とか,「金のように輝いているけどこれは銅なんだって(例えば黄鉄鉱)」というように「百見は一触にしかず(?)」というような経験をすることができる.これらの鉱物や岩石は,本当は,鉱山などで苦労して採集されたものであり,簡単には手に入らないが,それを図表等で見るだけではなく実際に自分の目と手で確かめられるのである.どのような鉱物が印象的だったかなどを書くように簡単なプリントを用意しているが,その感想には「石綿は本当に石が繊維になっていて驚いた」,「岸和田高校の歴史を感じた」,「今までこんな楽しい時間はなかった」「じかに鉱物に触れられてよかった」というような好意的な声が多い.「標本の包み紙の新聞紙にヒトラーの写真が掲載されていて感 動した」など思いがけない効果もある.
〜野外調査を中心に〜
地学は,「地球の歴史の中で自分がどのようなところにいるのか」を知る学問であることは前にも述べた.つまり,自分の住んでいる地域が一体どのような歴史を経て現在のような姿になったかを知るのも地学の一つの目的である.日本史などで,自分の住んでいる地域の奈良時代,平安時代・・・現在までの変遷を知るのと同じように,人間が生まれるもっと前の地域の歴史を知る.そこでは,授業で習ったことを実際に外に出て自分の目で確かめ,そして地域の歴史を自分なりに頭の中で考えてみようということで野外実習を組み込んでいる.
地学実習の時期は1学期の期末考査終了の次の日の半日とし,対象は2年生の地学選択者で,毎年おおよそ80名〜100名である.
本校のある岸和田市の隣の貝塚市に蕎原(そぶら)という場所がある.ここは,例えば地学の授業で学習するような「不整合」や「断層」等の地質現象が模式的に見られる場所である.ここは,中生代白亜紀の火砕流が堆積し,その後沈降して海底になった.その上にアンモナイトなどの生物が住んでいた地層(和泉層群)が積もり,やがて隆起して和泉山脈を造った場所である.
この地学実習に備えての授業は1学期の中間考査過ぎ(6月初旬)から始まる.地層の堆積の仕方,地層累重の法則などの一般的な事項を学習し,次に地層の走向と傾斜を測るクリノメーターの使用法を実習を交えて体験する.グラウンドの壁の長さや壁の方向をクリノメーターと歩測で測りルートマップをつくる.そしてそのルートの上には露頭にみたてた段ボールの箱が置いてあり,各自でその段ボールの一つの面の走向・傾斜を測って記入していく.実際の地学実習のルートをシミュレーションしているのである.
また,地質図学の学習も行う.最初は地質境界線があらかじめ引いてある図形からその地層の走向と傾斜を求める実習をし,その後逆に1カ所の走向・傾斜の値から地質境界線を地形図上に描くという作業を期末考査まで続ける.そしてその1カ月間に学習したことを,期末考査で確認した上で本番を迎えるのである.
(3) 教職員の協力
本校の地学実習で特筆すべき点は,理科の他科目の教諭にとどまらず,地理の教師なども説明役にまわる点である.地質巡検の一般的な形は,地学の教員が1クラスの単位で露頭に引率して説明する形式だが,本校では説明ポイントに1人ずつ教員が立ち,8〜10人単位の班別に歩いてきた生徒達にその露頭で観察できる事柄を説明するのである.地学実習は「理科」の行事ではあるが,このポイント説明は,物理・化学・生物の先生方を始め,他教科の先生方にもお手伝い願っている.もちろん先生方は地学が専門ではないので,私が作成したマニュアルをもとにして,それぞれの自分の担当にあたった場所を個性的に説明して下さっている.最初は,「物理の先生に地学の露頭の説明がなぜできるんだ」と不思議に思っていた生徒たちも,その熱意や語り口からレポートの最後の感想のところには先生方への感謝の気持ちが書かれることが多い.この実習は,「地学」という科目だけではなく「理科」,そして岸和田高校の伝統行事になっている.
蕎原は,泉南流紋岩類の上位に不整合で和泉層群がのっており,単純な単斜構造となっている.そして秋山という山の周辺を一周すると地層の新しいものから古いものへ,そしてまた新しいものへと見学することができる.そこには,不整合・断層・鍵層としての火山灰なども見られ絶好の地学実習地となっている.生徒はその最も新しい地層の場所から歩き始め半日で様々なポイントを見て回る.
当日は,秋山の周辺を歩き,各ポイントの観察事項をメモし,走向・傾斜を測定して写真を撮る.事前には,この場所を形成している地層なども書いた地質年代表や観察事項などもプリントにして渡してあるが,あくまでも文字の上のことであって,実際に見るのはこれが初めてである.だから,実習を終えた生徒達には蕎原の地図のどの場所に何があったかを記したルートマップとメモ,そして写真しか残らない.
さて,これを自分が色々な文献や本を図書館でしらべ組み立てていくのである.これが夏休みの地学の宿題レポートとなる.まず,それぞれの露頭の写真をレポート用紙に貼り付けて,そこに観察した事柄や先生方が説明されたことのメモを書き写していく.しかし,この時点ではまだ何がどのようにつながっていくのかはわからない.それに,授業で習ってはいてもそれが実際自分が見たものとどんなつながりがあるのかもわからない.そこで,図書館の本や百科事典,教科書,図表などを使ってレポートの中に「調べたこと」として書き写していく.この作業の中で,生徒達には授業で習ったことが「ああこういうものだったんだ」と確かめられていく.
これが終わると,自分が見た地層がどのような順番でできていったのかを考える.これには,「地質図を描く」という重要な作業があり,授業では一通り典型的な図で練習はしているが,実際にはうまくいかない.自分たちで測った走向・傾斜で図を書いてはみるのだが,思い通りのところに鍵層や断層は出てこない.ここで生徒達は「自然は教科書のように簡単ではない」ことを痛感する.
「なぜ,測定した通りの走向・傾斜では描けないのか」を考えながら苦労して走向線を描き地質図が描けるとこの実習の山は越えたと言える.地質図から「断面図」や「柱状図」を描くと地層がどのように重なっているかがわかるので下の方の地層の状態から推察される当時の環境を類推しながら地層の成り立ちを組み立ててゆく.そして,先生方の説明や文献を手がかりにして,蕎原がどのような歴史を経て今のような姿になったかを明らかにするわけである.
このレポートの最後には,地学実習をやったことに対する感想とレポートをつくることに対する感想を書く項目がある.1冊1冊に暑い時に歩き回って疲れたこと,なぜ,こんなことをしなければならないのかと思ったこと,図書館で本が借り出されていてなかなか資料集めができなかったこと,図を描くことに非常に苦労したこと,徹夜してできあがったときには涙が出るほど嬉しかったことなどがそれぞれの言葉で綴られている.このレポートでは,目的,経過,方法,露頭の観察,調べた事柄,自分の考え,図表,そして結論と参考文献,感想とほぼ普通の論文と同様の手順を要求している.簡単なレポート(極端な場合写真を貼って出しただけの写真集のようなもの)を出す者もいるが,毎年最優秀の生徒のレポートを学校に残してもらえないか,と生徒に頼むのだが,決して譲ってはくれない.「これは私の血と汗の結晶だから人には譲れない」というわけである.私の手元に最優秀作品の実物はなく,毎年コピーのみが残っていく.しかし,次の年の生徒はこれに刺激されもっとよいものをと頑張っているのである.
〜阪神・淡路大震災の教訓を生かす〜
地学を学ぶ具体的な目標には資源・環境・防災という大きな柱がある.大阪での大災害というと,やはり1995年1月17日早朝の兵庫県南部地震が思い浮かぶ.日本は世界有数の地震大国だから,生徒は日本にいる限り地震に遭う可能性があり,それらに対する注意は常に必要だと考えている.授業の中では次のような形で防災教育を実施している.
(1) いつ頃どのような形で授業を進めるか
近畿地方で起こる災害には,台風や集中豪雨による洪水や土砂崩れなどもあるが,これらはある程度予測することができ「危ない」と判断すれば避難することができる.ところが,地震は何の前触れもなしにいきなり発生する.そこでこの一瞬の災害からいかにして身を守るか,について授業では話をすることにしている.
防災の授業を実施するのは9月1日の「防災の日」の近辺で,時間数はおよそ4〜5時間(だいたい1週間位)をとる.これは,「防災の日」ということで毎年この時期には市町村の主催する避難訓練などが行われ,マスコミでも報道されるので生徒の防災意識も高くなっている時期だからである.
最初の1時間は,「地震がどうして発生するのか」,「なぜ日本に地震が多いのか」についての基本的なところを話す.地震がどうして予測できないのか等についてもここで話し,その後実際の地震波の波形や震度分布の場所による違いを見ながら,それからわかる事柄(例えば,震源までの距離だとか震度の違いの原因が震源からの距離だけではなく地盤の違いにも左右されること)など講義し,実習で確認する.
時間に余裕があれば,古い地形図と現在の地形図を利用して,自分の住んでいる場所がどのような地盤であるか,を確かめてそれぞれの地域で注意すべきことを考える実習を行う.古い地形図と現在の地形図を比較すると地盤の善し悪しだけではなく,自宅が山の尾根の部分に建っている(切り土)のか,谷に盛り土をしたところに建っているのかがわかり,それによって地震に対する備えも当然変わってくる.
最後に防災白書や地震災害に対する啓発用パンフレットや市町村全戸に配布されているハザードマップなどから地震に対する備えを書いた部分を抜き出して3枚のプリントにして,どのような場所にいるときにどのような行動をすべきかについてを話す.このプリントは,家にいるときは?ビル街を歩いている時は?映画館にいるときは?地下街にいる時は?など色々な場面で「最初の瞬間に自分の命をいかにして守るか」を解説してある.そしてこのプリントは生徒だけでなく,必ず家族の方々にも見ていただくようにしている.理屈がわかって行動するのと闇雲に行動するのでは,助かる確率が全く違うだろうと考えているからである.
(2) 防災避難訓練を利用して
毎年本校では防災避難訓練が年2回(4月の末と10月の末)行われている.従来はすべて火災に対する避難訓練だったが,昨年度は始めて10月末の避難訓練で地震に対する避難訓練が実施された.ここでは,前日のホームルームで1年〜3年まで全員に地学の授業で使用されたプリントを配布し,訓練当日には私が避難の仕方について全校生徒に解説した.
(3) 災害に備えて
ここでは地震についてだけ述べたが,気象のところでは,台風や集中豪雨・洪水に対する備えを,また地すべりや土砂崩れの兆候などについても話をする.それは,それぞれの市町村で各々「地域防災計画」が出されているように,生徒の居住場所によって当然備えるべき災害の種類も異なるからである.河川の側では,洪水の発生の際の注意を,後ろに山が迫っているところでは,集中豪雨の際の土砂崩れや地滑りに対する注意をすべきであると考える.生徒達には普段の勉強や市町村で配布されるパンフレットや防災地図を通じて「自分の居住地ではどのような災害が想定され,それに対してどのような備えをしなければならないか」について普段から考るように指導している.自然災害による被害の大きさは,もちろん災害の規模にもよるが,各人のこのような防災意識にもかかわっているのだ,ということを忘れないで欲しいためである.
最後にクラブとしての活動の面白さについて述べる.「理科離れ」ということが最近よく言われるが,ある調査では,理科がきらいになるのは,中学校1年生と高校1年生という結果が出ている.かつて面白かったものが,上級学校に進むにつれて面白くなくなり,同時にきらいになっているのである.しかし,自分の興味を持てるものにとことん取り組めるのが,学校ではクラブ活動である.本校にも,物理部,化学部,生物部,天体部などがあり,それぞれに自分の興味があることがらについての活動を日頃から行っている.ここでは,天体部の例を挙げてその活動を報告する.
本校の天体部には,現在は校舎の改築中で使用していないが,部のOB及び同窓会の寄付で設置された府立高校最大の口径30pの天体望遠鏡がある.現在はその望遠鏡に代わるものとして,コンピューター制御のできる口径25pの望遠鏡を観測のつどグラウンドに運んで観測を続けている.活動としては,30年来続けている日々の太陽黒点観測,月に1回学校に泊まって観測する終夜観測,午後9時までの定例観測などを行っている.また,夏休みには2泊3日で和歌山県のかわべ天文公園にでかけ,ペルセウス座流星群の観測を行っている.ここでは,2日間で200〜300個も見られ,天体部の新入部員は,皆この流れ星の多さに感激する.
なお,本校ではこのクラブの性格上,夜間観測が多く昼の活動が少ないので他のクラブや運動部とかけもちで入部している生徒も多く,それぞれが自分の時間に合わせて星空を楽しんでいる.
1998年に韓国の京畿科学高等学校の先生から「大都市と中都市の気候変化について,日本と韓国で共同研究してみないか」という申し出があった.これを受けて,本校天体部でも気象観測や気象データ集めなど,星の観測以外の活動が始まった.最初は部員達もただ数十年間の各都市の温度や湿度のデータを集めて,図を作るだけだったが,そのうち,ソウル市でも大阪市でもデータを集めたすべての都市で気温が上昇し,湿度が低下していることに気がついた.その原因を考えていくうちにそれがどうやら「二酸化炭素による温室効果」だけではなく畑や田がなくなり,道路や宅地として地面が覆われていく「都市化」と関係しているのだろう,ということがわかってきた.
1998年の共同研究はこれで終止符を打ったが,こうなると,ではもっと広い地域を調べてみようという欲が生徒にでてきて,1999年には泉南地域,2000年には大阪府下全体というように範囲を広げていき,色々な場所で発表していった.
このように,最初は雲をつかむような資料集めから始まったものでも,がまんして続け,形をなしてくると様々なことが次々とわかってきて,「わかること」に喜びを感じ,「研究を楽しむ」ことができるようになってきた.
また,天文の分野でも11月中旬に活動が活発になるしし座流星群の観測を目的とした「しし座流星群高校生国際観測会」に1998年から参加している.このときに部員達は,全国の高校生と同じ時刻に同じ星を見上げるという経験をした.生徒の中には「なんだか不思議な連帯感があって感動した」という感想があった.データのやりとりもなされており,この時参加した近畿の学校の生徒が中心となって,現在1年に2〜3回近畿地区天文系クラブ交流会が行われており,多くの学校との交流が続いている.なお,全国の高校生のネットワークは現在も活動を続けており,本校には同観測会の「近畿地区事務局」が置かれている.
前述のように1998年から1999年にかけて韓国の京畿科学高等学校の生徒と都市の温暖化についての共同研究をした.そこで始まった交流が実って遂に2000年8月初旬に天体部員6人と教員1人,OB3人で韓国の京畿科学高等学校を訪問することになった.修学旅行で海外に行く学校は最近多くなっているが,天体部の生徒は,「学校単位」の交流ではなく「クラブ単位」での交流を目指したわけである.このような形の交流は,同じ「天文が好き」という点,そして「共同で何かを研究した仲間」という点で普通の修学旅行での不特定多数との交流とはあきらかに一線を画したものであった.部員はちゃんと「同じ研究をした仲間との交流」そして「韓国のクラブの活動や施設の見学」という目的意識をきちんと持っており,数時間の短い時間であったが,すぐにうち解けてお互い片言の英語で話し始めた.やはり,国は違っていても同じ若者である.交流ができるかどうかハラハラ見守っていた日韓の教師は,ただ何もせず見ているだけでよかった.
この経験は,お仕着せの交流ではなく,生徒が自分たちで築いた信頼関係として日韓の生徒達の心の中に長く残るものと思う.
このようにクラブ活動は生徒のやる気一つで,研究の場にもなり,他府県との国内交流にも,国際交流の場にさえもなる.その1例として紹介した.
−「地学」への思い−
私のごく浅い経験をもとにした活動を紹介させていただいた.この間,地学の授業やクラブ活動の中で@現象・事実をはっきり全員の身近なものとして認識させる,Aその現象の原因をつかむための科学的な方法を伝える,Bしっかり原因を理解し,生活に応用していく,等を目標に授業を展開してきた.もちろんオリジナルばかりではなく,どこかで聞いた事柄をヒントに組み立てた授業もある.しかし,いずれの授業も机上の授業ではなく「岸和田高校の教壇で生徒を前に確実に実践した授業」であり,その点は強調したい.
現在のカリキュラムの中では,「地学」という科目は理科の中でも教員数が少なく,受験科目からも外れることが多いため,学校のカリキュラム表から削除されてしまうことが多いと聞く.しかし,地学はさまざまな勉強の中で,自然災害だけに限らず本当に「自然と人間の関係を具体的に示してくれる学問」である.頭の中,紙の上だけでことたりる勉強が多い中だからこそ,私はこの「具体的な」学問を大切にし,生徒達に身近なところから伝えていきたい.
しかし,このように振り返ってみると,生徒の理解のためにもっと良い工夫や教材・実践があるのではないかと思う.私自身,今後もっと勉強し,多くの方々と出会い,その経験や方法を伺ってより良い,生徒のためになる授業を創っていきたいものである. 私の話を聞くことで生徒の人生が豊かになり,また,さまざまな災害時に一人でも多くが地学で学んだ「生きる知恵」を発揮し,尊い命を守り抜いてくれることを切に願っている.