がんばれ11期生!さわやかイレブン〜11期生の部屋〜

目次

さわやかイレブン

何故11期生?
このサイトの名前の由来 

11期生の紹介

 中川家
 
ハリガネロック
 
ケンドーコバヤシ
 
陣内智則
 
たむらけんじ
 
みのなが
 
G☆MEN’S
 
堂土貴(ルート33)
 
高僧・野々村
 
原田専門家
 
その他の11期生 

11期生の歴史

 イレブンヒストリー

 




何故11期生?

 理由は主にみっつあります。

 わたしと同じく1973年度生まれの人が多いこと。要するに、同じ学年が多いのです。わたしが高校を出て大学に入った年に、彼らがNSCに入学しました。人生の転機を同じ年に迎えていることも大きな理由。ひとつめ。

 ただ単に、好きな芸人さんが多いこと。下の説明を読んでもらったら分かると思いますけれど、2丁目劇場、baseよしもとなどにおいて、11期生は大きなウェイトを占めているし、みんな活躍している。それだけのことだけど、大きいですよね。ふたつめです。

 11期イベント「あれれ・・・」シリーズが大好きなこと。年に1回、2丁目の11期生が全員集まってわいわい面白いことをしようというイベントです。ゲームしたり、トークが聴けたり、歌を歌ったり、何でもありのパーティイベントみたいな感じなのですが、それが楽しそうで、見ているだけで面白くて、仲の良さをうらやましくも思ったり、メンバーは豪華だし、とにかく、年にいちどの楽しみなのです。3つめ。

'99.3.2「あれれれれれれれ」レポこちら。

'98.5.4「あれれれれれれ」レポこちら。

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このサイトの名前について

☆由来

 副題の「木曜イレブン」の方が、本当の名前です。95年12月16日の「すんげー!Best10」において、このユニットのネタ「若者たち」が第6位にランクインし、オンエアされました。

☆そのネタのメンバー

 陣内智則、中川家、LaLaLa、ハリガネロック、プリン姫、モストデンジャラスコンビ、G☆MEN’S、トクトミトコナミという全員が11期生。

☆何でこの名前(ユニット名)?

 推測するに、当時「すんげー」に出場するためのオーディションイベント「ふんげー!Best15」の収録が木曜日に行われていたことと、11期生の「11」で「イレブン」という安直なネーミングだと思われます、あっ、名付け親は陣内くん??安直って・・・スイマセン・・・推測デス(^^;。

☆ネタの内容

 完全にネタばらししてます。それを見てもよい方だけ、こちら

 

☆ページタイトル「さわやかイレブン」とは

 この「木曜イレブン」というタイトルを使用していいか、名付け親と思われる陣内くんに出待ちして訊きに行って、「木曜イレブンをHPで使いたいんですけれど」と言ったところ、「えっ、さわやかイレブンじゃなかった?」と聞き返されてしまいました。こっちはびっくりして、「ええっ、オンエアでは木曜イレブンでしたよ〜」と言ったのですが、最後まで陣内くんは釈然としない雰囲気でした。だけど、我が家のビデオには・・・(^^;

 とにかく、口頭でですが許可は取れました。それから、「さわやかイレブン」というタイトルは、11期ページの名前に使わせてもらうことにしました。一石二鳥の人生最初の出待ちでした。

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中川家

言わずと知れた兄弟コンビ。小さくて可愛いお兄ちゃんに、デカくて鉄道マニアの弟が繰り出す漫才は、誰に聴いても「面白い」といいますね。普段は、弟の礼二くんのキャラが際立っていて、それに頼った仕事なども多いしそれも大好きですが、実は剛お兄ちゃんの剛の才能・魅力が、わたしはすごく好きです。中川家の漫才では剛がボケなのも、すごくうなずけると思います。

でもやっぱり、礼さんのキャラを外すわけにもいきません(^^)。「駅名漫談」や「車掌のモノマネ」のインパクトはすごい。これらのモノマネをテレビで見たのはもう何年も前なのに、思い出したら・・・フフフ。おかげで、京阪電車大好きになりました。

それから、普通、コンビだったら「コンビ仲」ですが、このコンビの場合「兄弟愛」。剛の、礼さんに対する一方的な愛が、見ていてホノボノします(礼さんはうっとおしがってるらしい(笑))、しかも、兄弟だから安心して見ていられるのがイイな。

中川家は、2丁目レギュラーだった11期生の中で唯一、「2丁目卒業」を経験しているし、現在、baseよしもとのレギュラーでもありません。その分、他の11期生よりも遠く感じてしまうことが多いです。だけど、わたしはずっと中川家のファンでいたいと思うし、中川家という兄弟がずっとこのまま面白くなっていったらいいなと願っています。

(1999.10.30記)

 

(以前の中川家紹介文)

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ハリガネロック

ハリガネロックの魅力のひとつに、精力的な活動があると思います。2丁目劇場があった頃から、週イチのトークイベントなどを、何度も何度も開催してくれて、そのいずれもで高いレベルのものを見せてくれる安心感、彼らを応援していたら、損はしないことが分かっているから、彼らのイベントには、マメに足を運んでしまうのです。彼らのイベントを見ることは、わたしのお笑い人生の中で、当たり前のことになりつつあります。逆に、これがなくなったら、どれだけお笑い人生は寂しくなることか。

イベントが面白いということは、ネタのレベルの高さもあると思います。「ハリガネ漫才」「ハリガネコント」どれも大好き。レポにもいつも書いているけれど、彼らのネタにはいつも「笑わせてくれてありがとう」というような感想しか持てません。同じネタをするときも、少しずつネタを変えて見せてくれて、プロ根性も感じます。彼らの「ロック」とは、こういう風な前向きな姿勢のことをいうのでしょう。

 

(1999.10.30記)

 

(以前のハリガネロック紹介文) 

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ファンのみなさんはハリガネロックについてこんな風に考えています(2000年1月いっぱい募集した、ハリガネのアンケート結果)。

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ケンドーコバヤシ

彼が組んでいたコンビ「モストデンジャラスコンビ」が、2000年3月4日のイベント「モストのこびこびサタディ」において解散し、直後、base11期生3人目にして最強のピン芸人・ケンドーコバヤシが誕生しました。

モストの解散はたぶんずっと悲しいけれど、ケンドーコバヤシは、見た目も、お笑いとしても、モストの紹介文にも書いた通りの、文字通り向かうところ敵なしの芸人さんです。「お笑い偏差値」は、ピンになって仕事も増えて、ますます高まったのかもしれません。もともと持っていた、面白い・男受けする・演技や歌が上手い・カッコいい・強い、などといった要素に加え、ピンネタも面白い・トークができる・仕切れる、なんていうことも発覚しました。なんで今まで隠していたんだろうと思ってしまうのは、もしかしてムラコの亡霊のせいかな(笑)。

彼の歩んできた芸人人生はこれまですごく紆余曲折でした。ケンドーコバヤシはこれから、いい意味で一筋縄でいかない芸人人生を歩んでくれるだろうと思います。それをずっと見届けたい、そう願っています。

(2000.10.14記) 

 

(以前のモストデンジャラスコンビ紹介文)

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ファンのみなさんはモストデンジャラスコンビについてこんな風に考えています(99年8月いっぱい募集した、モストのアンケート結果)。

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陣内智則

彼の存在は、11期生の中でもダントツに「反則」です。ただでさえ若く見える芸人さんたちの中でも、見た目やしゃべりの可愛らしさはえらいことだし、天然な性格はエピソードに事欠かないし、それだけでも充分芸人さんとして通用していたのに、1997年の末くらいからピンネタを始めてから、彼の芸人さんとしての存在感は、すごいものになりました。

正直言って彼のネタに期待なんてしていなかったのに(というか、「陣くんのネタ」という概念がなかった・・・)、ネタの面白さには驚きました。普通にやっても面白いネタだと思うのですが、陣くんがやるからますます面白くなる。こうやって、「最強の芸人」というのはできていくのだろうか、とすら思います。そして、今までのエピソード等も変わらず増えていくのです。やっぱり彼も「反則」。これからどんどん、反則道極めて行って欲しいと思います。

 

(1999.10.30記)

 

(以前の陣内智則紹介文) 

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ファンのみなさんは陣内智則くんについてこんな風に考えています(99年11月いっぱい募集した、陣くんのアンケート結果)。

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たむらけんじ

1999年8月27日の「夏祭り」を最後に、相方の大北貴洋くんとともに7年間続けたコンビ「LaLaLa」は解散しました。大北くんは今のところ、お笑いの世界を辞めたような格好になっています。

現在、本名の「田村憲司」からひらがなに芸名を変えて、タムケンはピンで、baseよしもとのレギュラーとして活動しています。もともと、LaLaLaの時代からひとりでテレビなどに出ることが多かったので、他の芸人さんよりはピンの姿に慣れていますが、彼の持ち味は、コーナーでの破壊力(笑)と、それからライブプロデュース力にあると思います。まだ数回しかやっていませんが、「BIRTH」も「ハイブローライブ」も、彼がひとりで後輩の芸人さんやコンビをきっちりと束ね、客席にすごいパワーを与えてくれるサマは、忘れることはできません。そしてもちろん、「あれれれ・・・・」シリーズも。

それはイコール、「ファンサービス」ということにもつながると思います。だからみんな、タムケンが大好きなんでしょうね(^^)。

(1999.10.30記)

 

(以前のLaLaLa紹介文) 

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ファンのみんなは、たむらけんじ、LaLaLaについてこんな風に考えています。(1999年10月いっぱい募集した、「たむらけんじ」「LaLaLa」アンケート結果はこちら

↑このアンケートを読んでくれた、たむらけんじさんの「木曜イレブン掲示板」への書き込みはこちら!

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みのなが

 今年の8月にコンビ名を「美濃・長岡」から「みのなが」へ変えました(というか、変えさせられました)。ちなみにデビュー当時のコンビ名は「たじる&エレジー」、このコンビ名の由来・・・→ここをクリック!

 カッコいいコンビ名を付けようとしないところと、彼らのルックスからしても、みのながが「地味コンビ」であることは間違いないでしょう。ハイわたし実は、地味なの大好き。美濃くんは服がダサイと言われ続けて早7年、いっこうに改まる気配はありません。ていうか、着こなすことって、無理かも??トレードマークのマッシュルームカットは実ははっさんの真似であるということからも地味さを表している長岡くん。ツッコミでありながら繰り広げる独特の天然ワールドにハマる人も多いです。という感じの、何ともほんわかしたふたりです。別名を「2丁目のスピッツ」とも言うらしいです(あのバンドのスピッツが、いちばん好きな大阪芸人がみのながらしいです。出来過ぎた話のようだけどほんと)。

 だけどネタは、すごい勢い。概して「ボヤキ漫才」みたいな感じなんだけど、とにかく美濃くんがしゃべるしゃべる。そしていいテンポで長岡くんがツッコむ。その流れに身をゆだねているだけで、安心できる漫才。コントではちょっとキレたキャラを演じることが多いから、そのギャップが面白い。当たり前のようだけど、こういうことがちゃんとできてるコンビって、あんまり思いつかないデス。

 

(※みのながは、2000年6月10日、baseよしもとでの「みのながに首ったけ」のイベントをもって解散しました。今まで、笑いと、暖かい何かを、たくさんたくさんもらいました。本当に、心から、どうもありがとう。いつか、この紹介文も書き換えます。今はしばらく、このままで・・・)

 

 

ファンのみなさんはみのながについてこんな風に考えています(1999年7月いっぱい募集した、みのながアンケート結果発表ページへ)。

 

(1998.11.27記) 

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G☆MEN’S

何年経っても、彼らのコントを言葉で言い表すことは、どんな文筆家でもできないんじゃないでしょうか(と、自分の文章力を棚に上げる)。初めて観たときは「???」だったコントも、今や大好きになりました。勢いと、可愛さと、意味のなさ、どれも、大好きです。

彼らのソロイベントは、おそらく進化をとげ、「お笑い」という範疇を超えたものになりました。1999年7月なんばベアーズでの「Zacpa SP」で、音楽・お笑い・ダンスなどをG☆流にひとつにまとめた不思議な世界に、わたしは、不思議と彼らを遠く感じてしまいました。

1999年10月をもって、G☆MEN’Sは吉本興業を辞め、東京に活動の拠点を移すことになりました。「Zacpa SP」のときの距離感は、このことを予感してのことだったのかなぁと今になってみると思ったりします。ただ、今までかたくなに自分たちのスタイルを変えることがなかったG☆のふたりは、どこで活動しようとも、変わることはないと思うので、ちょっと距離は遠くなるし、ちょっと情報も入りにくくなるけれど、彼らが11期生の一員であることは一生変わらないし、いつまでも仲のいい11期生の中核をなすコンビで居てくれると思います。

 

(1999.10.30記) 

 

(以前のG☆MEN’S紹介文)

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ファンのみなさんはG☆MEN’Sについてこんな風に考えています(99年9月いっぱい募集した、G☆のアンケート結果)。

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堂土貴(ルート33)

 もともと堂土くんは現ハリガネロックの大上くんと「あっぱれ団」というコンビを組んでいましたが解散、「ワチャチャライブJr.」に出ていたNSC13期生の増田裕之くんに目を付け誘ったという、変わり種の先輩後輩コンビがルート33です。

彼らの魅力はやはりネタ。漫才での疾走感は、なかなかすごい。今はもう、安心して見ることができます。堂土くんはそんなルート33において、まるきり「ボケのみ」を担当しています(笑)。ボケることしかできない分、コーナーなどでは弱いなとも思うけれど、思う存分ボケられる、ネタ、特に漫才のときの彼は輝いていると思います。

(1999.10.30記) 

 

(以前の堂土貴紹介文)

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ファンのみなさんはルート33についてこんな風に考えています(1999年12月いっぱい募集した、ルート33アンケート結果発表ページへ)。

 

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高僧・野々村

彼女たちは既に、お笑いの世界にいません。1999年2月の「彼と彼女。+彼女と彼。」という2丁目劇場のお芝居イベントを最後に、引退をしました。だけど、彼女たちは2丁目の11期生には欠かせないコンビだったし、わたしの2丁目ファン歴で彼女たちを外すわけにはいかないので、ずっとこのページに載せておきたいと思います。

2丁目の11期生唯一の女性漫才師でしたが、「女性」というものをまったく意識させない、というよりも「性別」を感じさせない、奇妙に軽い感じのネタ・存在が好きでした。高僧のあり得ないくらい不愛想なツッコミ、美人なクセにイヤミゼロでボケ倒す野々村・・・。いくつも漫才の新人賞を受け、将来を期待されていたコンビだっただけに、それが成らなかったことは残念でなりません。

(1999.10.30記)

 

(以前の高僧・野々村紹介文)

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原田専門家

 「2丁目ワチャチャBOOK」には芸人として掲載されていますが、現在は芸人さんではなく、2丁目関係の仕事などを中心に活動する美術さんとして活躍しています。2丁目等のライブで流れる映像に使われているCGなどの映像はもちろんのこと、有名なところではテレビ大阪「吉本超合金」のオープニングに出てくるFUJIWARAと2丁拳銃を模したキャラクターなどのテレビでの映像、それから各イベントのポスターのデザインなどを手がけ、「2丁目のイメージ」を考えるときには欠かせない人物だと思います。

 原田専門家の手がけた仕事一覧、趣味のゲーム・マンガなどが大集合しているサイト、「専門家ワールド」はオススメです!!

(プロフィールへ)

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その他の11期生

 2丁目レギュラー出演歴がある現役には「トクトミトコナミ」がいます。もう芸人さんじゃないと確認されているのは、「プリン姫」「一級河川大和川」「和田・川村」などなど。現在所在不明なのが「子供騙し」、彼らが今どうしてるかご存じの方、ご一報を・・・。

その他、現役の11期生には「ガブリエル」「ハッシュドポテト」「たいぞう」などが。

海原やすよともこの、ともこさんの旦那さんの村上さんも、11期生だったんだそうです。芸人にはならず、今の仕事に就いたとのことです。

 それから、もちろん2丁目出演歴はないのですが、あの「T.M.Revolution」がNSC11期を受けて落ちたって、ホントなんでしょうか??

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