2丁目ファンになったきっかけ・・・

 

  わたしはもともと東北育ちで、そのうえテレビをほとんど見ない
生活を強いられていた(幼い頃は親が厳しかった)ので、関西の
お笑いはもちろんのこと、いわゆる「お笑い」というものは全く無縁な
生活を送っていました。その点、幼い頃から当たり前のようにお笑いに
触れられる関西育ちの人とは、ちょっと違うんですよね・・・。
今、高校生の子とかと一緒にライブを観に行ったりすると、すごく不思議な
キモチになることがあります。というわけで、大学に入る1992年春までの
上方お笑い界の歴史はすべて、あとになってから知ったものです。

 

 大学に入って2、3年目頃だったでしょうか、、関西テレビの「爆笑!
BOOING」という番組が目に付くようになっていました。これまで目に
したことのあるお笑い番組が、タレントが出てきて訳もないのにバカ騒ぎを
するバラエティ番組ばかりだった筆者はずっと、「お笑いなんて低俗な」と
軽蔑していました。でも、「BOOING」は違いました。「ネタ」なんていう
概念も持っていなかった筆者ですが、この番組で見せてくれる「ネタ」には、
何も考えることなく笑っている自分が居ました。それから「人を笑わせよう」
と努力する若手お笑い芸人の姿には、次第に惹かれるようになっていきました。
「カオも名前も知らない人たちだけど、言ってること、やってることは面白い」
って(もちろん番組の特性上、面白くないのも多かったけど)。「ネタ」という
ものも、これまで見たことのなかったもので、「こういうのを面白いというんだ」
「こういうのをお笑いっていうんだ」と、自然に判っていったように思います。
「お笑い=ネタ」というインプットはこのときされました。ネタをやらない人は、
「芸人」とは呼べないと今でも思っています。全ての芸人はネタを見てから
好きか嫌いか決める、という、「今のわたし」を形作る、全ての伏線だったと
思います・・・

 

 「プチお笑いファン」だったわたしに大きな転機がやってきたのは
95年のこと。あの、ABCテレビの「すんげー!BEST10」を目にして・・・。
これで「2丁目」という場所の存在を知って、そしてテレビで見て芸人さんを
好きになり、ビデオに録って何度もネタを見て笑い、プロフィールを知りたいと
本を購入し、そして2丁目劇場に通うようになり、自他共に認める「2丁目ファン」
になるまでにさほど時間は掛かりませんでした。 この時期はちょうど
「2丁目ブーム」といわれる時期でした。千原兄弟、ジャリズムを中心にして
関西に大きなムーヴメントが起こっていたなあと、今になってみると感じます。
メディアでの露出が多かった分、わたしたちファンは幸せだったのかもしれません。
だけど、わたしは不思議に、このときと全く同じ気持ちで今も2丁目が好きです。
世間一般的に、2丁目の認知度が下がった分、みんなに2丁目を知ってもらおうと
逆に必死になってるかもしれない・・・(^^;

 

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