| 領主の支配に関する史跡 |
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四日市代官所跡(北町) |
天領だった四日市宿を支配した代官所です。 |
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傍示石(大宮町) |
ここから北が桑名藩領です。 |
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法泉寺(京町) |
桑名藩終焉の地。 |
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旧領主丹羽正親君碑(西坂部町) |
三重郡西坂部村は代々旗本丹羽氏の領地でした。 |
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菰野城址(三重郡菰野町菰野) |
菰野藩主土方氏の陣屋です。 |
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菰野藩主土方家墓地(菰野町) |
菰野藩の歴代藩主の墓地です。 |
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見性寺(菰野町) |
菰野藩主土方氏の菩提寺です。 |
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如来寺(菰野町) |
菰野藩郡奉行寺西小左衛門が藩主の命で建立したお寺です。 |
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幡崎鼎の墓(菰野町) |
シーボルト事件に連坐した水戸藩の蘭学者・幡崎鼎の墓です。 |
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一柳監物彰功碑(鈴鹿市神戸) |
江戸時代初期の伊勢神戸城主です。 |
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神戸城址(鈴鹿市神戸) |
伊勢神戸藩主の居城です。 |
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吉川治太夫忠魂碑(鈴鹿市神戸) |
天誅組の変の犧牲になった神戸藩士・吉川治太夫の碑です。 |
| 農業、村に関する史跡 |
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安政池(泊村) |
泊村の庄屋清水三右衛門が私財を投じて完成させました。 |
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善八水道之碑(山村町) |
山村の庄屋伊藤善八が寒村を救った水道です。 |
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石造地蔵尊(北山町) |
飢饉を憂えた農民たちが造った地蔵尊です。 |
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前野記念碑(三重郡菰野町永井) |
永井村と保々では熾烈な境界争いが長年続きました。 |
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荒木十兵衛頌徳碑(茂福) |
羽津用水を完成させた北鵤村の庄屋です。 |
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光明寺(羽津町) |
桑名藩に抵抗した羽津村の森多三郎が葬られています。 |
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忠右衛門碑(西大鐘町) |
朝明・三重・員弁3郡にわたる打ち壊しの首謀者。 |
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辻久善翁之碑(水沢町) |
水沢村に用水を引いて水不足を解決しました。 |
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八鳥治太夫君碑(海山道町) |
海山道稲荷神社を修築した六呂見村の庄屋です。 |
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日永水道顕彰碑(日永四丁目) |
日永村字南市場の人々を救った水道です。 |
| 国学者に関する史跡 |
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黒沢翁満歌碑(垂坂町) |
武蔵忍藩士だった国学者・黒沢翁満の歌碑です。 |
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黒沢翁満歌碑(三重郡菰野町) |
黒沢翁満が西行庵跡を訪れて詠んだ歌です。 |
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御巫清直歌碑(垂坂町) |
伊勢神宮権禰宜の御巫清直の歌碑です。 |
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橘守部翁生誕之地(三重郡朝日町) |
天保の四大家の一人橘守部の生誕地です。 |
| 文学碑 |
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松尾芭蕉句碑(四日市市内) |
垂坂観音寺、北町建福寺、杖衝坂の芭蕉の碑。 |
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松尾芭蕉句碑(三重郡菰野町) |
湯ノ山の三岳寺にある芭蕉の句碑です。 |
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宝井其角句碑(富田浜) |
芭蕉の弟子其角も富田で焼き蛤を食べました。 |
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禊川歌碑(垂坂町) |
米洗川を詠んだ歌です。 |
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春日局歌碑(鈴鹿市高塚町) |
徳川家光の乳母・春日局の歌碑です。 |
| その他の近世史跡 |
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富田の一本松(東富田町) |
漁船や内海航路の目印となった一本松です。 |
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思案橋(浜町) |
本能寺の変に際し、徳川家康がここから海路三河へ向かいました。 |
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経塚公園(北山町) |
織田信長による兵火から大般若経を守った経塚。 |
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藤井昇善碑(北山町) |
朝明郡北山村の寺子屋の師匠です。 |
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太夫の墓(西大鐘町) |
伊勢御師・度会定時のお墓です。 |
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安政元年震災惨死者之碑(北町) |
安政の大地震によって四日市宿は大惨事になりました。 |
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瑞光の石碑(桜町) |
村人たちのために人柱になった尼僧の石碑です。 |
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古谷久語寿碑(日永) |
「伊勢名所誌」を著した歴史家・古谷久語の碑です。 |
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引石(智積町) |
矢合川を渡るために使用した引石です。 |
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市川寛周翁碑(市場町) |
朝明郡市場村の寺子屋の師匠です。 |
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吉良仁吉碑(鈴鹿市高塚町) |
荒神山の決闘で活躍した博徒・吉良仁吉の碑です。 |