四日市市域の歴史

 明治22(1889)年4月1日、四日市は浜田・浜一色村と赤堀村のうち新正、末永村のうち川原町を編入して町制を施行し、三重郡四日市町となった。このときの人口は17,351人、戸数は3,404戸であった。
 その後、四日市町は発展期を迎え、三重紡績などの繊維工業が栄え、四日市製油など植物油工業や陶磁器工業が発展し、また明治23(1890)年関西鉄道が四日市・草津間が開通し、明治28(1895)年名古屋に乗り入れるなど、交通機関の発達もあった。
 明治30(1897)年には、人口25,326人、戸数3,941戸となり、市制実施の資質を認められて、同年8月1日、全国45番目の市として、市制が施行されたのである。
 その後、工業都市として発展を繰り返し、昭和5(1930)年、塩浜村・海蔵村の合併を初めとして、計五回の合併を繰り返し、昭和32(1957)年に現在の市域に拡大されたのである。