東洋紡績富田工場

所在地:富州原町
最寄駅:JR富田駅



 大正3(1914)年、三重紡績と大阪紡績が合併して東洋紡績株式会社が誕生しました。以後、東洋紡績は、合併や吸収を繰り返し、66の工場と100の関連会社を持つ大企業に発展しました。
 富田工場は、大正7(1918)年に紡績第一工場などが約20万uの敷地に建設されました。紡績とミシン糸の製造が行われました。現在は国道一号線が敷地の西隣を走っておりますが、建設当時は国鉄富田駅が西南隣にあり、東側には富洲原港に流れる塩役運河がありました。国鉄の引き込み線が西南部の原綿倉庫まで延びており、工場と四日市港とが直接結ばれ、原料・製品の輸送が便利だったそうです。戦後、トラック輸送がさかんになり、引き込み線はなくなってしまいました。
 建物は昭和初期までにほとんど揃うことになり、昭和19(1944)年12月7日の東南海地震で紡績第一工場の一部が破損したほかはあまり大きな変化はありませんでした。
 現在は、残念ながら取り壊されてしまい、だっだっぴろい空き地に大正8(1919)年建設の原綿倉庫だけになってしまいました。この原綿倉庫は5棟つづきになっており、煉瓦造り平屋建て、屋根が切妻式になっており、セメント製瓦が乗せてあります。5棟には東側から順にアラビア数字で番号がうってあります。