鶴巻孝雄研究室
近 況
| 2004年12月12日(日) | 新選組に関わる二つの文章を、新たに載せました。一つは、調布で10月9日に開かれたシンポジウムの問題提起です。武相困民党120周年記念の開催とぶつかり、誌上参加ということになりました。 また、『歴史読本』2004年12月号に、新選組の甲州鎮撫に関わる紹介を書きました。研究の進展が見られるのも関わらず、甲州鎮撫に関する記述やとらえ方は、旧態依然たるところがあり、地元資料を使って、紹介しました。 |
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| 2004年10月10日(火) | 今年は、武相困民党120周年。困民党をめぐって議論するなどという雰囲気はなく、95周年から100周年にかけての議論・論争をふまえない場には、とても出て行く気になれないのですが、「地鳴り」の脚本を書いた阿部昭三さんが、きちんとした議論をしたいから記念フォーラムを開きましょうということなので、のこのこ出かけてきました。昨日の台風の中での開催でしたが、午前中の11時から午後7時まで、八王子市民会館の中にいたため、台風をまったく体験しないまま、色川先生の講演を聞き、ディスカッションに参加し、演劇を鑑賞してきました。私の問題提起と、付記を公表しておきます。 | |
| 2004年7月20日(火) | 16日から京都の祇園祭へ行ってきました。昨年は、山鉾巡幸からの見学でしたが、今年は宵山を見ることができました。宵山は、途中で雨となり、思ったより人出は少なかったようですが、いくつかの山鉾にあがり、雰囲気は楽しんできました。18日には、霊山歴史館の新選組展示を見てきました。日野で論争がおこなわれている市村鉄太郎の来訪真偽問題に関わる新資料が展示されていました。 | |
| 2004年7月4日(日) | 久しぶりの更新です。調布の広報に載せた「近藤勇の政治運動」を公開しました。タイトルは編集部が付けました。もう一つ、『歴史読本』2004年3月号に載せた「多摩にもたらされた新選組情報―近藤勇書簡を読む」も公開しました。 6月から町田市中央公民館のことぶき大学で、全8回の新選組講座を喋り始めました。明日が3回目です。6月28日には、同志社大学人文研の公開講座で、「新選組と武州多摩の人びと」と題して喋ってきました。はじめて、金戒光明寺を訪ね、開催中の展示も見てきました。角屋も、今まで2度カナブリでしたが、やっと内部を見学しました。 10日の土曜日には、歴史科学協議会が、新選組講演会を開催します。早稲田大学7号館です。市民よりも歴史家や研究者のほうが、人斬り集団・暴力集団的新選組像にとらわれているのが、現状のように思われます。歴科協が新選組講演会を開くのは、画期的なことではないでしょうか。 |
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| 2004年2月3日(金) | 1月31日に、府中の多摩歴史研究会の公開講座で、また新選組を喋ってきました。30名の定員の会場に60名あまりが参加しました。事前申し込みをされた方については、30名を超える段階で断ったといいますから、新選組の人気がよく分かります。配布レジメを公開しておきます。 昨日(2月2日)、文学座の「風の中の蝶たち」を見てきました。大阪事件をまたぐ、明治18年の多摩を舞台にした舞台です。秋山国三郎・大矢正夫・北村門太郎・石阪美那・石阪公歴(と景山英子・磯山清兵衛)に、南方熊楠や国三郎の孫娘、新選組の残党とも言える闇の目組などを配した物語で、けっこう引き込まれて見てきました。 ただ、見ていて気になったのは、自由民権運動が「貧民解放」を課題とする運動で、自由党と困民党があたかも連携関係にあるような描き方がされる点です。どのような創作が入っても、物語がおもしろく、人間像が豊かになれば、いっこうにかまわないことですが、原作者や脚本家のかつての歴史像が、もろに出てしまうところで、「これは古い」と思ってしまい、「歴史研究」の無力さを感じてしまいます。 秩父事件の映像化が進み、困民党への注目度が高くなっているように思えますが、もっと「困民党とは何だったのか」が議論されても良いと思うのですが、すでに意味をめぐる議論など無意味になったのでしょうか、低調さを感じてしまいます。バラバラの歴史像を、「党派別」世界の中で語り合っていればよい、という状況なのでしょうか。 |
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| 2004年1月23日(金) | 15日に、勤務校近くの八千代市村上にある七百余所神社の奉納神楽を見に行きました。神楽が終わると、「湯立て」の神事がありました。笹ばたきともいうこの神事を、一度見てみたいと思っていました。明治初年の文明開化期に、笹ばたきは、野蛮や愚昧を象徴するものとして批判の対象となりました。関連記事を史料として使ったこともあり、一度実際に見てみたいと思っていたのです。 10日には、佐倉市の側高神社の「髭撫祭」へも行ってきました。神に奉仕する当番の受け渡し行事のようですが、酒を勧めるユーモラスな仕草が見所です。 しかし、湯立ても酒の勧めも、どこかぎこちなさがあり、民間宗教の伝統形式が継続している意味とは何なのかを、考えてしまいました。 |
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| まとめて | 2003・12・22〜24:京都に、新選組の史跡を訪ねました。あちこちで、新選組の幟やポスター、グッズが氾濫していました。 2003・12・14:山梨県勝沼へ。甲陽鎮撫隊関係の史跡を回ってきました。 2003・12・4:大栄町山倉大神の「鮭祭り」を見学。 2003・11・15:多古町牛尾の「蛇祭り」見学。途中、芝山町の桜井静の墓を訪ねました。 2003・8・16:匝瑳郡光町虫生広済寺「鬼来迎」見学。 |
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| 2003年8月6日(水) | 8月2日、日野市で「新選組と多摩の地域リーダー」と題する話をしました。土方歳三の出身地ということで、詳しい市民が多く、話しづらい場所ですが、2時間あまりしゃべってきました。詳細なレジメを配布したので、公開しておきます。 7月17〜19日に、京都へ行きました。祇園祭を始めて見ました。疫病退散を願う祭の原点(の一端)をかいま見てきました。ついでに、寺田屋や壬生寺にも行ってきました。寺田屋は、30年ぶりくらいでしょうか。 ![]() |
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| 2003年4月21日(月) | 3月15日、京都今宮神社へ。4月3日・11日・19日に、八千代市・印旛村・印西市・本埜村の病に関する石造物を見て歩きました。4月13日には、京都今宮神社と玄武神社の「やすらい祭」を見学。祇園の八坂神社、奈良の大神神社へも行ってきました。疫病退散をめぐる信仰・習俗・儀礼について演習で取り扱うための準備です。 京都今宮神社 やすらい踊り |
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| 2003年2月11日(土) | 『武相自由民権史料集』の仕事で、『横浜毎日新聞』をみていたら、千葉卓三郎の関連記事を見つけました。史料紹介コーナーを設けて、紹介しておきました。 | |
| 2003年1月25日(土) | 昨年8月22日に、日光の金谷ホテル創業の地「日光金谷カッテージイン」を訪ねました。イザベラバードの『日本奥地紀行』を演習で読み、一度「金谷ホテル」に泊まってみたいと思い、21日に一泊し、翌日創業の地を訪ねました。バードが泊まったころの面影そのままの部屋が残されていて、内部を細かくご案内いただきました。突然の訪問でしたが、こころよくご案内いただき、たいへんな喜びでした。 そのときの写真を、トップページに載せました。 今年は、ぜひ、北海道沙流郡平取町二風谷を訪ねたいと思っています。 |
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| 2003年1月14日(火) | 来年度の演習で、「病」をテーマにしようと思い、大学の近く(車で数分)の佐倉市先崎(まっさき)の鷲神社(わしじんじゃ)の「疱瘡神」を見てきました。笠付きは高さが20数センチ、笠なしは30数センチ。ともに「疱瘡神」と刻まれ、笠なしには右側面に「天明五乙巳二月吉日」と彫られています。笠付きには、「疱瘡神」以外に文字は見あたりません。 学生と一緒に調べてみようと思っています。 |
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| 2002年11月3日(火) | このHPを、JustnetからSo-netの「U-Page+」に移動しました。新しいURLは、 / です。カウンターは、「2020」に設定しました。JustnetのHPには、「自動遷移画面」を設置しました。 |
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| 2002年10月29日(火) | 26日に、大学で、御宿高校の校長先生・古山豊氏を招いて研究会「資料にみるドン・ロドリゴ上総漂着とその意義」をおこないました。また、26〜27日の二日間、「房総、〈異国〉〈異国人〉との交流 展」を開催しました。翠樟祭(学園祭)の企画の一環でした。10月には、学校行事と房総地域文化研究プロジェクトの企画が重なり、さらに近親に病や結婚があり、疲労困憊状態でした。 なお、justnetのso-netへの統合に伴い、メールアドレスを変更せざるを得ませんでした。新アドレスは tsuru48@js2.so-net.ne.jp です。近いうちには、HPのアドレスも変更することになると思います。 |
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| 2002年10月12日(土) | 9日に房総地域文化研究プロジェクトの特別講演会(公開講演会)を開催し、館山在住の愛沢伸雄氏に、「ハングルを刻んだ四面石塔の謎」と題して講演していただきました。また、「世界がもし100人の村だったら」の4カ国語(日本語・韓国語・英語・中国語)での朗読劇をおこないました。愛沢さんの講演は、地域の歴史発掘や史跡の保存運動をおこない、また地域史の中から興味深いテーマを引き出して教育に生かすという実践が、うまく表現されていました。学会での研究活動と大学での教育活動が中心の大学教員には、興味深いお話だったと思います。 ハングルを刻んだ四面石塔については、HPでも、ハングル碑の調査をお願いしていますが、この夏休みには、寄せられた興味深い情報の中から、長野県小谷村と山梨県都留市の碑を訪ねました。後日、情報をお寄せくださった方々には、報告をしたいと思います。 なお、大学での所属が、10月1日付けで「日本語・日本文化学科」より「日本伝統文化学科」となりました。 |
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| 2002年6月29日(土) | 安房小湊の誕生寺へ、日延上人の予備調査に行きました。千倉まで足をのばし、「元順号遭難救助碑」を見てきました。町の図書館で、刊行資料をコピーしてきました。 | |
| 2002年6月27日(木) | 勤務校の房総地域文化研究プロジェクトの企画の一環として、ハングル文字碑の全国調査を呼びかけるメールを、発信しました。対象は、歴史学研究会の名簿から選んだ、300名近い研究者です。ご協力を、よろしくお願いします。調査依頼の文章は、このHPからも入れます。ごらんになってください。 | |
| 2002年6月8日(土) | 佐原・水棲植物園のアヤメ祭りを経由して、鹿島神社へ行って来ました。「要石」を見ること、参道で「ウナギ」を食すことが目的でした。9月に、八千代市で「鯰絵」の話をするので、要石の写真を撮り、そして話の種に鯰を食べたかったのです。鯰は、喜多方の町にはいる手前、川の畔にある鯰料理店で食べて以来でした。鹿島スタジアムでのイタリア・クロアチア戦の当日だったため、FIFAワールドカップの雰囲気に、ほんの少し接してきました。 | |
| 2002年5月12日(日) | 昨日(11日)、成田市の宗吾霊堂と成田山霊光館を訪ねました。勤務校から宗吾霊堂までほぼ30分。近いのに驚きました。そこから成田山新勝寺まで10分ほどでした。霊光館を見学したいということと、学芸員で民権研究者の矢島毅之さんを訪ねる目的でした。勤務校で取り組んでいる「房総地域文化研究プロジェクト」への協力をお願いするためです。房総の絵地図を集めた企画展を拝見しました。また、隣接する霊光殿で絵馬(県文化財指定)の展示を見ました。 宗吾霊堂の宝物館には、田中正造筆の「北総平民倶楽部」の額が展示されていました。 宗吾の墓と田中正造筆「北総平民倶楽部」額 |
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| 2002年4月29日(月) | 4月はじめに、家のPCが異音をたてて動かなくなってしまいました。ハードディスクの故障と考え、いろいろ手当をしてみましたが、結局ハードの機械的な故障で、新しくハードディスクを買い、取り替えました。文書類はMO・CD保存なので被害はありませんでしたが、2年の間の大量のメールと、アドレスを失いました。20年近く、ワープロとPCを使っていますが、今までにない経験でした。 一昨日、新潟で自由民権運動の研究をしている横山真一さんから、HPのリンク依頼がありました。千葉の佐久間さんとともに、地域での精力的な民権研究活動をHPで表現している方です。たいへんうれしく、早速リンクを張らせていただきました。 |
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| 2002年3月12日(土) | HPを開設して、20日。なかなか色合い(全体の傾向)が定まらず、何とも落ち着きませんでしたが、微調整もこのくらいにしようと思います。明後日が卒業式。卒業する学生の文章を載せているので、卒業式までには完成させたいと思っていました。これで、URLを卒業生に教えることができます。 | |
| 2002年3月4日(月) | 早稲田大学の院生・真辺将之氏の「明治史研究のためのリンク集」と、維新期の対外関係史を中心に研究されている鵜飼政志氏の「歴史学関係リンク集」にリンクの依頼をしました。真辺氏からは丁重なご返事がありました。両リンク集は、東京成徳の学生にも参考になりそうです。 | |
| 2002年2月27日(水) | 佐原高校(千葉県佐原市)に用事がありましたので、ついでに千葉県立大利根博物館を見学しました。佐原や鹿嶋(そして潮来のアヤメ祭り)を何度も訪ねながら、博物館への立ち寄りは初めてでした。「天保水滸伝の世界」の展示をされた米谷博氏と話すことができました。 帰ると、成田霊光館の矢嶋毅之氏から、HP閲覧のメールが入っていました。 |
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| 2002年2月25日(月) | 2001年度初めに、勤務の大学で〈房総地域文化研究プロジェクト〉を立ち上げ、その活動報告をHPで公開することになり、学生メンバーが私の研究室に設置したPCで、短期間にHPを立ち上げてしまいました。それを横で見ていて(そして学生のアドバイスを受けて)、ついに私もHPを開設しました。 〈房総地域文化研究プロジェクト〉をはじめてから、房総各地を頻繁に歩くようになり、房総地域史がおもしろくなってきました。HPを調査研究の報告・発表の場にして、内容を充実させていこうと思います。 |
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| 2002年2月24日(日) | 〈房総自由民権資料館〉をネット上に開設している佐久間耕治さん(千葉県鴨川市在住)に、HPの開設を連絡し、リンクのお願いをしました。さっそく了承をいただきました。ありがとうございます。 | |
| 私の関係する、東京成徳大学房総地域文化研究プロジェクトでは、 ハングル文字の刻まれた石塔の全国調査を行っています。 呼びかけ文を掲載していますので、ご協力ください。 |
千葉県館山市大巖院の四面名号石塔(ハングル文字碑)
![]() 東面(ハングル) 南面(漢字) |
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