雲浜獅子の歴史と由来

内角 誠一 著書より

雲浜獅子は、もともと武州川越(現在の埼玉県川越市)の祭礼に
演技されていたものを、川越城主であった酒井忠勝公が、その
獅子舞の演技が、武骨の中にも優雅なところがあるとして深く
鑑賞せられ、愛好のあまり寛永11年7月(1634年)知行を増やされて
若狭の国、小浜城主に国替えの命があった際に、演技者30余戸を
召し連れられて、小浜に入城された事に始まります。

このようにして小浜に移った獅子舞は、「関東組」と称して、
城内の一郭に住宅を与えられ、扶持米を賜り、準士族の地位に
置かれて藩主の土産神である広峰神社の祭礼と城内の祝典以外
は絶対に演舞を禁じられ、酒井家歴代の明治維新まで続けられた
といいます。

分散されたため、一時中絶のやむなきに至りましたが、明治6年
6月7日、広峰神社の祇園会に有志の者が申し合わせ、残られた
旧関東組の方たちに、旧雲浜村の青壮年有志が、伝授を受け、
旧獅子頭を用いて再興奉納したとの記録が残されています。

ところが、明治8年、旧城郭に藩祖を祀る小浜神社が創建され、
獅子の由来からみて縁故が深いとして、広峰神社への奉納を
取り止め、小浜神社へ奉納するようになりました。

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