事 故 1      

 私たち家族は平成14年8月13日、帰省のため東名高速道路下り車線を走行中、日本坂トンネルを出た直後に交通事故を起こし、妻と長女が大怪我を負うこととなった。

事故に至る状況

世田谷の自宅
世田谷の自宅

 私たちは、昼くらいに岐阜の帰省先に到着したいと考え、当日早朝、世田谷の自宅を出発し用賀インターから東名高速に入った。

事故直前の車内
事故直前の車内の様子


 その日は、天気がよく、東名高速はどの車線も適当な車間距離が保たれ、スムースに流れている状況だった。
 私は、日本坂トンネルに入る手前から追い越し車線に移り、前の車とは安全と思われる車間距離(100m程度)をとり車の流れに合わせて走行していた。スピードは、おそらく時速100kmを少し超える程度だったと思う。

 トンネルを出てすぐ、前の車がスピードを落としたのか、車間距離が縮んできた。左側の走行車線に目をやると前にも後ろにも車はない。そこで、走行車線に戻ろうとハンドルを左側に切りは始めたところ車の挙動が不安定となり、慎重に右に切り戻したが、車は私の意志に従ってくれなかった。何が起こっているのか自分で理解できなかったし、今でも分からない。

 コントロールができないまま右側、つまり中央分離帯の方向へ車は進んでいった。車はなぜ私の意志に従ってくれないのか。これは夢ではないか、何かの錯覚なのかと不思議な気分だった。妻が「何やってるのパパ。」と叫び、その声を聞いて、私の錯覚でなく現実の異常事態なのだと確認した。

 私は、バランスを取り戻そうとあえてブレーキは踏まず、小さいハンドル操作で車をまっすぐ走らせようとした。それは、雪道で横すべりをした時の感覚に似ていたからだ。また、ブレーキを踏むことで更に挙動が不安定になるのではないか、スピンしたり横転したりするのではないかと判断した。まっすぐ走ることが出来れば、前にも横にも後ろにも車はないのだから・・・。車を立て直そうとそれまでの経験から最善を尽くした。
 しかし、中央分離帯の白いガードレールと植え込みの緑が目の前に迫ってきて、ザザザッという嫌な音がして、視界が揺れた。

 その後も車は進んでいった。私は、ハンドル操作でまっすぐに車を立て直そうとしたが、操作できなかった。
 左斜め前方にコンクリートの塀が迫ってきた。大きな衝撃があった。すぐ右横に道路のアスファルトが一瞬見えたので私は車が横転したのではないかと感じた。衝撃はしばらく続き、それが収まると車はコンクリート塀にそって止まっていた。

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作成日2007年6月28日(木曜日)
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