自己紹介や症状・治療法など その1
第1回 全国脊髄損傷後疼痛患者の会資料
平成23年6月12日(日)
於:戸山サンライズ
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
AH 男性 67歳 東京都板橋区在住
平成17年7月歩行中突然、両下肢麻痺で歩行困難になり大学病院救命センターに搬送される。
最初の診断は胸椎11,12番に圧迫の診断、除圧手術を実施したが麻痺改善せず後日、脊髄梗塞と病名変更。
両下肢完全麻痺、知覚完全喪失。直腸、膀胱障害により坐剤による排便と自己導尿。
大学病院に2ヶ月、その後T国立リハビリ病院に転院。生活訓練を中心に4ヶ月計6ヶ月の入院後在宅へ現在に至る。
脊髄梗塞により胸椎12番付近の脊髄神経受傷。受傷当時から2年位前まで多少の痺れはあったが最近瞬間的な痛み痺れが強くなってきた。特に薬は服用はしていない。
会話をしていたりネットをしている時は痛み痺れは特に感じない。リハビリをした日や寒い日は痛みが強くなる傾向がある。就寝時に睡眠導入剤を使用している。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
IH 男性(今年72歳)
平成11年暮れに歩行困難になり、頚椎狭窄症と診断。術後、リハビリにより杖歩行となる。この時より全身に痛みしびれ等が現れます。その後、ペインクリニックや整形外科で受診治療するが改善されず、週1〜2回のリハビリを行う。
平成20年春、特に腰部の痛みが強い為に、Y労災病院の整形外科を受診。(前回の病院では、あなたの体にもうメスは入れないと言われたこともあり)同年5月に腰部の除圧手術を受け、後にリハビリ病院等で五ヶ月間リハビリ入院。
痛みしびれ等は残るものの、歩行器、杖歩行が可能になる。
平成21年秋よりJ医大病院のペインクリニックを受診。投薬治療を行い、ほんのわずかですが改善の効果あり。
平成22年年始め位から手に力が入りづらくなり、Y労災病院を受診。
頚椎(1・2番)の狭窄が強くなり、このままでは突然死も有りうる。とのことで除圧手術をうける。三ヶ月のリハビリ病院にリハビリ入院。
その後在宅。現在は介護保険のデイサービス・デイケア・訪問リハを受ける。
痛み等の治療は表参道の整形・ペインのクリニックにて主に漢方薬の処方を受ける。
(最初はトリガーポイント注射を行っておりましたが心房細動の血液をサラサラにする薬を飲んでいる為に中止)
痛み・シビレ・チクチク感等は、全身で特に頸・腰部が辛いようです。家にいる時は、横になっていることがほとんどです。ただ、本人はリハビリをしないと、動けなくなってしまうんではないか?との恐怖感もあるようです。
IY(IHの長女)(今年45歳)
10年前に母が他界しましたので、その後の父の病気・病状との付き合いになります。
インターネット等で情報収集はするのですが、なかなか状態を改善してあげられる方法を探し出すことができず、困っております。患者本人が一番辛いのですが、家族は代わってあげられず、何もしてあげられないが辛いです。情報収集の中、wakazono様のHPに辿りつき、家族も頑張らねばと力をいただきました。
難治性の疼痛患者のことを理解し、全身状態を見ていただける医師に巡り合いたいです。 縦割り行政のようでは無く、他科とも繋がって患者の為の医療をしていただきたい。全国で同じように適切な治療受けられるように、多くの医師に理解していただきたい。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
OK 72歳 男 大阪市西成区
Webサイト「天下茶屋のおっちゃん 」
平成5年5月2日発症入院、T脳神経外科、3ヶ月半、B記念病院、4ヶ月半
・損傷のタイプ・損傷部位
脊髄梗塞、下半身麻痺
・痛みの治療の経験、その結果・副作用への対応
最初2年ぐらい、ビタミン12系服用効果なし。最近、「リリカ」3ヶ月服用しましたが
頭のふらつき、歩行時のふらつき、痛みに関しては効果なし。
・治療を受けた医療機関・日々の痛みのしのぎ方、睡眠確保の方法
T脳神経外科、脳梗塞検査入院1週間、(3月の初め)この時先生にお話しして「リリカ」処方頂きました。
仕事をすること!1時間ぐらい歩くことで紛らしています。マイスリーを半分又は1錠服用の日もあります。
・現況、知り得た最新の痛みや鎮痛に関する情報など
痛みではなくムクミですが先週から近くの皮膚科に(水虫)通院ここで頂く塗り薬は血行を良くするお薬と言われ頂きましたが2日目で大変効果があります。何年かぶりに足の指に合間から向こうが見えるように成りました。驚きです。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
KI 69歳 男 群馬県
平成21年6月24日、作業中に階段上部より転落。頸髄損傷(3,4番)。事故当時、両手両足動かず。救急車で病院へ。4日間上を向いたままで動けず。5日目に病室へ。両腕に痛みが走り寝られず。すべて人生が終わりかと涙する。この時点で、シビレ、灼熱感はなし。2週間頃より足の裏が熱くなり始め少しずつ、ケイレン、シビレが出る。
3週間でリハビリ病院へ転院。リハビリに励む毎日。
70日で退院。マッサージ、ハリ、神経内科、整形外科と病院のハジゴを繰り返す。
4月頃より、腰から下(特に足首より下部)に灼熱感が進み足の裏からバーナーで焼かれている感じ。
wakazonoさんに紹介されG大病院で検査入院。薬投与(ガバペン、トリプタノール、リボトリール)。様子を見る。夜もあまり寝られず、安定剤(マイスリー)服用の毎日。
幸い車に乗れるまでに回復したが、シビレ、夜のケイレン、灼熱は厳しい状況になり、現在に至る。あまり薬効はなし。副作用と思われるが、言語がちょっともつれる感じ。毎月、G大病院へ通院するが改善は見られず。G大病院では、麻酔科と脳外科に通院。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
KS 男 兵庫県神戸市在宅 現在30歳
ブログ「笑って語れ人生は」朝起きたら諦める
2005年8月、とある鉄工所に務め機械整備や溶接作業など、各現場に出向きバリバリ働いて汗を流していた24歳の時でした。
ある日、会社からの帰りに友人の誘いでそのままバイクでカラオケへ行きました。その帰り道、交差点にて右からやってきたタクシーと衝突。そのまま飛ばされ電柱に当たり頭蓋骨骨折、頸椎骨折(C-5)の頚髄を損傷しました。
1回目の手術で、腰から取った骨で潰れたC-5を形成しC-4〜C-6にかけてプレートで固定し、ネックカラーをして終了しました。頭蓋骨はホッチキスで止められ異常はありませんでした。本来ならここで手術は終了です。ですが、完全麻痺のためタンが溜まりやすくなり、一日に何度も吸引をしたり横を向かされたりうつ伏せにされたりまるで人形のようにゴロゴロされているうちに、はめ込んでいたC-5の骨が取れてしまい唾も飲み込めないほど患部を刺激し、ついにはハローベストで首を無理やり固定されましたが悪化してしまい異例の2回目の緊急手術へ。今度こそ成功したものの最終的に下された診断は、頚髄損傷C-4、C5-B、完全麻痺です。
その後すぐに高熱が出始め、後頭部とカカトがくっついているんじゃないかと思うほどの妙な身体の反りの感覚から始まり。感覚の無いはずの左足がむずむず…っと、したと思った瞬間、ドーンとつま先をオノで縦にぶち切られたような感覚が現れ始め、10秒に一度そんな現象に悩まされ始めました。それが受傷2カ月後ぐらいでしょうか。
主治医に症状を言うと、「やはりな…」と言うような顔をして「それは、幻視痛や」と言い、「治るのか?」と聞くと薬で抑えるしかないと言った後、薬を頂きましたがその薬が何だったのかは覚えていません。すみません。
その薬でほんの少しだけ楽になったような気はしましたが、いつもジンジンと痛くリハビリが進むにつれ今度は両腕(上腕二頭筋。力こぶが出来るところ)が痛み出し、もうどうしようもないまま翌06年3月にH県立総合リハビリテーション病院へ転院。
日本一のリハビリテーション病院と聞いてホッとしたのもつかの間…痛みに対する処置、訓練などは何もなく、あげくの果てにはリハ中に監視ミスで前屈をしたままの私から手を離し台から落とす始末。結局この病院では電動車いすを作りに行っただけの病院でした。
受傷から一年、2006年8月捨てられるように退院。この頃からまた痛みが増加。背中は焼かれたように熱く、左足は剣山か割れたガラスの上を歩かされているかのような痛み。
感覚のある首肩は筋肉痛ではれ上がりマッサージ師さんを呼ぶほど。同年、地元のペインクリニックを紹介してもらうが「そんなに痛いならもう一度入院してみては?」と医者として言ってはいけない事を言う医者。
そのころに痛みは本当に耐えがたいもので、一度痛み出すともう会話もろくに出来なくなり、例えば鋭利な物や映画ドラマなどの残酷なシーンを見ただけでズキズキと足が痛みだすほどで届いた車いすにも乗れない日々でした。
寝る瞬間や起きた時は楽なのに、3分も経たずにまず背中や足が痛みます。07年末に、訪問リハの先生が務めている(当時)H医科大学病院のペインクリニックのY先生を紹介していただきてんかん用の“ガバペン”を処方していただき、なんとか痛みが和らぎ楽になりました。筋肉痛には、効き目が半年持続する“ボトックス注射”を打ち、痛みが楽なうちにリハビリをするといった方法をとり約三年、受傷して4年目にして少し介助が必要ですが食事は自分で食べられるようになりました。
ですが、やはり年々痛い所は増えていき、両足の裏の指の間、腹(包丁で刺されているような感じ)、肛門、左手のひら(釘が刺さってます)、指(ハンマーで潰されています)、背中(焼かれています)これらの痛みには耐えきれず、お酒の量は増える一方で睡眠薬も少し増えました。今年には海へ帰ろうと決めていましたが、コツコツと続けていたパソコンの技術が役に立ちそうだと気付いた瞬間、痛みに負けたらアカン!と押し通す勢いで毎日生きています。
私のこれからの人生は、痛みと付き合って行かなくてはいけませんが、支えてくれている両親や周りの関係者の人達にまずこの恩を返すまではギブアップは絶対しません。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
KT 男 55歳 (兵庫県)
ブログ「脊髄損傷(頚髄損傷)と恐ろしい痛み」
Webサイト「脊髄(頚髄)損傷と痛みの日々」
平成19年5月31日、極度の過労が原因と思われる肩の痛みの軽減のため、首部の機械マッサージ受けたところ、これを機に頚椎硬膜外血腫を発症、緊急手術、緊急入院し、頚椎損傷者として、同年10月8日まで入院し、なんとか治ろうとリハビリに専念しておりましたが、入院終盤から足部分の痛みが起こり、相談するもまともに取り合ってもらえず、寒さが強くなるにつれて足等の痛みもひどくなり、毎日が痛み地獄のような日々になり、自殺も実行しようとしました。
医療事故と相談するも、A警察は、却下し、厚労省、マスコミにも全て、無視された上、酷い痛みに苦しみながらも、H大のS先生にめぐり合うことができ、ガバペン、睡眠薬を処方され、生きながらえている状況です。
現在は、薬、自分の状況次第で、右足下部分からやけど痛、腰の部分に酷い腰痛、等が起こっています。現在は、職場復帰を果たし、傍目には、まったく分からない状況下で、かろうじて生きています。最近、ふらふらする事が起こり始めており、健康面に不安があります。はっきり言って、連続する痛みと、不全麻痺、障害のため、あまり、生きていることに執着心が無く、出来れば、この痛み、体との付き合いを早く終えたい気持ちが、いつも心の大きな部分を占めています。
手術病院(H医大病院)、リハビリ病院(K労災病院)、は全く痛みに関しては、無理解の上、カルテの開示、協力も拒むような状態。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
ST 47歳 男性 東京都在住 C2・3受傷 首から下の完全麻痺
2002年 フォークリフト事故により、首の骨C2?3を脱臼骨折により頸随損傷。
脊髄ショックから、少しずつ不随運動が始まり、次第に強度になり痛みも伴い、今後の人生は一生、介護される身であることを悟り、痙性が弱まれば痛みも軽減されると勘違いして、東京都の大学病院にて、2006年に髄空内バクロフェンポンプ植え込み手術をして、筋弛緩剤により痙性を抑えた。
俄に痛みも軽減されたような気持ちがしたが、痛さは収まるどころか日増しに強くなり、ドクターに相談したり、自分なりにサーチしたりしたら、ニューロパッシクペイン?神経因性疼痛とペインクリニック科のドクターに診断されました。
飲み薬、神経ブロックなどを試しつつ痛みとお付き合いしてる日々に至ってます。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
SS 74歳 男 (岐阜)
平成16年3月 交通事故(バイク走行中に、後部より乗用車に追突される)T11脱臼骨折T7以降完全麻痺
受傷後3ヶ月程から下半身にうずくようなビーンと走るような気持ちの悪い痛みが出現。
その後痛みは酷くなり、痛みを感じる時間も、とぎれとぎれだったのが、現在は常時。
主に麻痺している臀部から下肢に痛みが酷いが、現在は痛みは上半身にも及ぶ。
受傷後8か月後に転院したT労災病院では漢方を処方。改善はあまりみられず。
在宅となってからも漢方は飲み続けたが、改善なく痛みに苦しむ日々が続く。
交通事故時に腸を損傷したことも重なり、排便障害に苦しみ2度腸閉塞で入院。臀部のとこずれにも悩む。
平成21年、娘がパソコンの掲示板の書込みをきっかけに、wakazonoさんとメールをやり取りし、F大学病院を紹介していただく。 同年夏に入院。薬剤による治療と併せてリハビリも受ける。薬剤での好転は無かったが、リハビリによる体力強化、医師やスタッフによる心への寄り添いにより、精神的に救われる。床ずれも完治し、秋に退院。
疼痛は続いているが、疼痛に排便が大きく関係していることが分かっているので、排便コントロールを外部(訪問看護、家政婦さん)の力も借りて実施し、悪化を防いでいる。
●試用薬剤(効果は見られなかった。抗うつ剤等は合わなかった。)
・ツムラ桂枝加朮附湯エキス顆粒 ・ツムラ抑肝散加陳皮半夏エキス顆粒 ・ツムラ真武湯エキス顆粒
・デパス錠 心身症 ・ノイロトロピン (慢性痛)を治療 ・ハイペン 非ステロイド性の消炎鎮痛薬 ・ルボックス錠 抗うつ剤(SSRI) ・アミトリプチン 抗うつ ・テグレトール てんかんの薬 ・ガバペン 抗けいれん ・パキシル 抗うつ剤 ・トリプタノール 三環系抗うつ剤 ・デパケン てんかんの治療,躁うつ病・躁病の躁状態を抑える作用
※現在、ノイロトロピン、ロキソニンのみを使用
●現在の治療
・週3回 訪問マッサージ ・月2回 針灸・不定期(月2回程)テルミー療法
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
SK 女 49歳。
長期に渡って不調だった頸椎から上肢に変調あり、2002年5月頃東京都中央区の某医院にて診察を受け、頸椎椎間板ヘルニアにより脊髄に数か所深刻な損傷ありとの告知を受ける。患部にこれ以上の損傷を与えかねないとして治療を拒否され、レントゲンやMRIを持たされ他の医療機関を探すように言われる。
その後勧める人あってN大学S病院整形外科を訪ね、すぐに教授扱いとなる。同年7月無理を押して2か所の前方固定術を受けるが、2週間後腰骨を削って埋め込んだチップ2つのうち1つが食道側に外れる事態となり再手術。
首から両肩、両腕から親指を中心とする麻痺と痛みは軽減した様に見えたが、2005年頃から左手首が腱鞘炎かと思われる痛みが発症。その後順を追って火箸を転がされているような灼熱痛が親指と人差し指の間、親指付け根から腕、上腕へと進み、平成20年ころには右腕の痛みも始まる。
2008年からガバペン服用開始。2割程しか効果はないが飲まなければ仕事はおろか通常の生活に支障を来すほどとなる。プレドニンをはじめ、様々な薬による治療を受けるが効果なし。同病院内ペインクリニックに置いて星状神経節ブロック治療や直接頸椎患部近くに薬液を打つ治療を開始するが全く効果なし。薬による治療に限界を感じ、同じN大系の整形外科で多くの実績を持つ博慈会記念綜合病院で2009年12月脊髄刺激電極留置術を受ける。刺激による治療も2割強程度の効果であったが英断。1か月後、頸椎に埋込んだ電極が感染、危険と判断され、効果のない治療でもあり、腰部と違い仰臥時どうしても摩擦による危険性の高い頸部である事から、電極、ケーブル、電池まで全て除去する手術を受ける。その後、テグレトール、リボトリール、トレドミンを試すが全く効果なし。覚悟してモルヒネ治療を始めるが、副作用の割には全く効果なく実生活に支障が出るためガバペンに戻る。2011年、長年お世話になったN大S病院の教授引退により、新しい医師との治療が始まる。リリカカプセルを試すも効果なく、またガバペン服用に戻り現在に至る。
痛みは24時間間断無し。姿勢による変化なし。大好きな散歩時の痛み、仰臥時の痛みも強い。一番痛いのはソファに腰をかけてリラックスする姿勢で、左手指、腕から肩にかけての灼熱痛あまりにひどく、獣のようなうなり声が漏れる事しばしば。集中してる時にある一瞬間だけ気が逸れることがあり、医師からはその瞬間を出来るだけ長く維持する努力をする事しか方策がない、と宣告される。2010年秋、20年以上勤務した会社に会社都合で解雇され、それを機にこれまでのキャリアとの決別を決心。米国の専門学校を受験、今年秋から留学のため渡米準備中。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
TK 女 (43)茨城県 脊髄損傷10年目です
・損傷のタイプ・損傷部位または病名
L1、L2 脊髄損傷の中でも、馬尾(バビ)損傷です。
この受傷部位は疼痛が最も激しくでると聞いています。
・痛みの治療の経験、その結果・副作用への対応
受傷直後からシビレはありましたが、7年目辺りから耐え難いほどのシビレに変わってきました。痛みを言葉で表現するとしたら、火鉢に両足を突っ込んでいるような、ケンザンの上に座っているような痛さ、いわゆる灼熱痛。あるいはナイフで切り刻まれているような激痛・・・。死んだほうがマシだと思う痛みです。
・治療を受けた医療機関・日々の痛みのしのぎ方、睡眠確保の方法
TK総病院から最終的に、国立リハビリテーションセンター病院に入院
・脊髄障害性疼痛症候群からの癒しについて
2010年、スプリング オブ ライフ クライスト チャーチhttp://www.faith-of-god.com/の村田雅春牧師に痛みから解放されるよう祈っていただいた時、最初に右足のつま先から、もう一度祈っていただいたとき、左足のつま先から痛みが抜けていきました。
今も麻痺特有のシビレはありますが、耐え難いほどのあの疼痛はありません。私を疼痛から癒したのはイエス・キリストです。医者に頼るより確実です。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
HI 52歳 東京都
ブログ「へっぽこ院長の独り言・第二章」
・受傷ないし罹病歴年− 6年5ヶ月
・損傷のタイプ− 脊髄梗塞
・損傷部位− C5〜Th2
・痛みの治療の経験、その結果・副作用への対応 なし
信頼できる医師の友人に聞いてみると、現在有効と思われる治療法は認められない。だから私に勧められる物はないとのこと。リスクファクターとなる副作用などとの兼ね合いを考えても無理には勧められないとのこと。
・治療を受けた医療機関 − なし
・日々の痛みのしのぎ方
以前、運動をしすぎると疼痛が悪化するとの研究報告もありますが、しかし、個人的にはリハビリにより一時的悪化を見るも、継続して行ってみると、以前のような、 激しく耐えきれない疼痛の発生する回数は激減してきています。リハビリで通うJ-Workoutのメンバーにも、あまり激しい疼痛を訴える人は少ないと思います。
睡眠確保の方法−現在は、睡眠を阻害されることはありません。
・現況、知り得た最新の痛みや鎮痛に関する情報など
残念ながら、知り得ません。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
YK 大分県 現在36歳
仕事をしながら、2歳児の子育て中。頸髄損傷の父と一人で介護している母が心配で実家の近くにすんでいます。
YKの父 受傷57歳、現在65歳
8年前、落下により頸髄損傷(C3〜4)受傷。四肢不全麻痺。救急病院Nへ搬送される。高圧治療を開始すると病院に説明されたが、すぐに肺炎をおこし治療不可となる。手術は返って危険と判断され、損傷部の改善は何もほどこされないまま激しい痛みと付き合うしかないと医者に言われる。
N病院は積極的なアドバイスもくれず、母は市内のいろんな病院に相談してまわった。受傷半年後、頸損専門の病院のことを知り、診察にいく。頸損専門病院の受診結果は、N病院の治療に従うしかないとの結果だった。損傷してすぐでないと受け入れできない、半年経過しているから治療の見込みはないし、この病院では受け入れできないと言われた。
N病院に退院をせまられ、病院をさがすが、頸髄損傷というとどこも受け入れてもらえない。
結局、N病院に紹介してもらうこととなり、転院したD病院は特別養護老人ホームのようなところで、積極的な治療やリハビリがなく、会話できる同室者もなく、病院関係者も痛みに対する理解がなく、家族としてはこのような病院を紹介したN病院に怒りを抱いた。
痛みは電気が走っているとか、針山に寝かされている、氷の中につかっている、胸を締め付けられて息苦しいとか・・・私たちには想像できない痛みです。毎日母や私、妹が病院へ通い、マッサージやリハビリを続けた。D病院にこのままいても何も変わらないと家族で決心して、国立の重度障害者センターへ何とか入所できることになりました。父はセンターでもかなり厳しい状態でしたが、職員の方が本当に痛みを理解されており、同じように痛みと戦っている方たちを知ることができ、家族としても本当に良かったと思ってました。肩の上下しかできなかった父が、補助具をつけて食事ができるまでになりました。
センターで頑張っていましたが、膀胱結石になり一時入院。膀胱ろうにするように医者にすすめられ、しばらく入院が続きました。退院してからは、体力も落ちており思うようにリハビリできなくなりました。膀胱ろうからは尿がもれてばかりで、管理も大変です。高熱がたびたび出て、B病院へ入院。誤嚥性肺炎と診断され、好きな食事もできなくなりました。
このような状態になり、センターを退所することになってしまいました。B病院にも転院をせまられ、T病院へ。T病院でだいぶ落ち着いてきたため、自宅で頑張ってみることになりました。受傷して6年ぶりの我が家でした。
2週間ごとに内科受診、3週間ごとに膀胱ろうのチューブ交換に通院を続けていましたが、痛みで睡眠もままならず、体重は減るばかり。車椅子に座る時間も短くなっていきました。
なんとか1年ほど自宅で頑張っていましたが、たびたび高熱が出て、肺炎を起こし入院。今では食事も経管栄養のみです。今後も食事はしたらいけないといわれました。唾液でさえ誤嚥をおこすからと、水分も禁止されています。本人は頭がしっかりしているため、会話も普通にできます。こんな状態で好きな食べ物も食べられなくなり、本当につらいです。
唯一、週1回のお風呂は欠かさないようにしています。お風呂に浸かっている間だけは痛みが和らぐそうです。
今年65歳になりましたが、年々体力は衰え、痛みは増しており、気力がなくなっています。家族としては毎日かかさずマッサージをしながら会話をしてあげるしかない状態です。
とにかくこの8年、病院はどこも痛みに対する理解がなく、医療界のネットワークに欠けています。田舎だからでしょうか・・・自分の病院で難しいなら、いろんな情報を教えてほしい。医者のプライドや派閥で左右され、十分な医療やリハビリを受けさせてもらえない社会の仕組みに空しさを感じます。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
WI 67歳、千葉県鎌ケ谷市
平成17年9月再雇用中の作業、(植栽作業中転落事故)胸椎12番脱臼骨折、下肢麻痺。
退院1ヶ月後、尿路感染による発熱42度と、ナイトバルーン脱着による尿道からの出血(ワーファリン服用中)のため入院、しびれを伴う焼けるような痛みはこのころから始まり、整形外科など通院、座薬、針、をするが、結果も得られず断念する。医師もこの痛みを理解できない。
ベッドに伏せる毎日、これではだめと昼食は必ず家内と外食と決め、痛みと向き合い、痛みを無視するように努めるが、痛みとの格闘連続である。
その後、痛み対策に、趣味の絵手紙、読書、パソコン、音楽、外出、などを取り入れ対応している。
排泄について、薬は一切使わず食物繊維摂取にて対応し順調、食物繊維は日量30グラム位(マイタケ、エノキ、シイタケ,ひめじ、エリンギ、入りスープ、ごぼう、こんにゃく、タケノコ、レンコン、干しシイタケ、昆布、の煮物、)毎食、朝晩6グラムの水に溶ける食物繊維摂取、風呂上がりにファイブミニ飲み物食物繊維6グラム午前中、
わたし的、排泄処理方法、おへそから左側指3本あけて上から下へ押すようにマッサージを繰り返し、括約筋周りをゆびでマッサージ両方を繰り返し20分位で処理している。
夜は、レンドルミンを服用するが、痛みで寝られないことがままあるが、不眠が続けば次は寝られるだろうと割り切っている。
起床は、7時と決め朝食後、不眠解消のために、8時〜10時までベッドに入る。以後トイレ、入浴で午前中を過ごす。本格的活動は午後からになる。
昨年の7月心筋梗塞にて救急搬送退院後、急性冠症候群患者を対象とした国際共同試験の治験に参加以後、薬の服用は治験担当医師の確認を得て服用となる。
痛み対策、趣味を増やし没頭することで痛みを一時的に忘れるような時がある。また多くの同胞とのコミュニケーションを持つことで辛さも緩和でき明日への活力が養える。
閉じこもりにならないように外出をすることもたいせつです。多くの方々の痛みが解決することを願っております。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
WM 女 53歳(岐阜県)
平成14年8月交通事故による脱臼骨折で頸髄損傷(C5、6)不全四肢麻痺。受傷半年後ころから、下肢がガスバーナーで焼かれているような灼熱痛、左手外側の物が触れただけで感じる刃物で切りつけられるような激しい痛み、じんじんと熱感を伴った腰の痛みが現れ始める。
Kリハビリテーション病院や退院後お世話になった地元の整形外科などで痛みを訴えるが、まともに取合ってもらえず、不安と孤独の日々を過ごした。
1年半後、F大学病院のS先生に出会う。積極的な神経障害性疼痛に対する治療と痛みを考慮したリハビリに救われる。お陰で、排泄の自立(カテーテルによる自己導尿、マグラックスとパントシンでの排便)、一人で電車、バスに乗ることや、車の運転、炊事洗濯などが出来るようになる。
投薬の手始めにテグレトールを試すが、白血球減少など副作用がでて服用中止。その後、セルシン、ノイロトロピン、リボトリール、トレドミン、ガバペンなどを試してきた。一年ほど前、肝機能の異常が見つかり、痛みに対する薬を休薬。昨年暮れ、痛みが厳しい状態になる。痙性もひどくなり1月よりリオレサールのみ再開。
今年の4月、福岡に1ヶ月滞在し3つの治療を試す。
・2年ほど前から通院している福岡市早良区やまだ歯科による「翼突筋除痛療法」とスーパーライザー
・北九州市小倉北のあらき心療クリニックによる「深腹式呼吸療法」
・糟屋郡長者原の平田ペインクリニックによる「漢方薬」
平田ペインクリニックでは、リリカも処方される。5月現在、左手の痛みは、比較的和らいだと感じられる。
現在も引き続き、週一でF大学病院のリハビリ(OT,PT)通院。リハビリテーション科で在宅指導管理。肝胆膵内科で膵膿胞と肝機能チェック。麻酔科でキセノン療法と皮内針。
一つだけ恵まれているのは、深い睡眠に入っている間だけは痛みも鎮静しているのか、目を覚ますことがない。睡眠薬も必要なし。ただし朝、目が覚めると同時に痛み痺れが戻り絶え間なく継続する。
WK 55歳 男(岐阜県)
Webサイト「wakazono family」
ブログ「涙と痛みは東の岸に置いていこう」
WMの夫です。8年前から、妻と共に痛みとの闘いを続けています。2年ほど前わが家のWebサイトに痛みについて載せたところ同様の症状の患者さんから連絡が来るようになりました。原因不明の激しい痛みを持つ人の多くが、わかってもらえず適切な治療を受けることができていないことに問題意識を持っています。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
(このページは、せきずい基金さんのWebサイト内、 http://www.jscf.org/jscf/kaihou/k9/kaihou9-6-1.htm 脊髄損傷と痛み−痛みに関する情報のネットワークを!− の呼びかけを元に作成させていただきました。)
|