このページは、一般の方たちにとっては馴染みの薄い「不法行為法」についての初級・入門編です。
なお、便宜上、2004/08/17 08:33現在、因果関係論を若干加筆・訂正しました。また、「不法行為法入門」で、「違法性阻却事由」について私が挙げた例は「正当防衛ではなく、緊急避難ではないか」というお問い合わせがありましたのが、その点につきまして私の記述に誤りはなく「正当防衛」である旨の説明を追記しました。
民法七○九条を文字どおりに解釈しますと、たとえ他人に損害を与えたとしても、それが法律によって認められた「○○○権」という条文に規定された権利に対する侵害でなければ、損害賠償責任は認められないことになってしまうのです。「○○権」と呼ばれる権利には、時代とともに、社会が変化するに伴い、新たに生成してくるものがあります。法律の条文に規定されていないからといって保護されなくて良いというわけにもいきません。何らかの生活上の利益が侵害され、それによって損害を被っても、偶ゝそれが所有権、賃借権、著作権、人格権(生命・身体・名誉など)などのように法律によって認められた権利でないがために、被害者が加害者に対し損害賠償を請求できないとすると、現実には、生活上の利益を侵害され損害を被っているにもかかわらず、何ら救済されなくなるわけです。はたして、そのような状況を見逃しにして良いものでしょうか。被害者は何ら責められる点もないのに、加害者の侵害行為によって損害を生じているにもかかわらず、法的救済を得られない。そんな不公平があるでしょうか。
悪例として、「東中軒雲右衛門事件」判決があります。その昔、東中軒雲右衛門という浪曲師がおりましたが、その浪花節語りを無断で録音し販売した者(海賊版製造販売者)に対し、 雲右衛門のレコードの製造販売権を持っていた者が著作権侵害を理由として、不法行為による損害賠償を求めた事件がありましたが、大審院(現在の最高裁にあたります)は、浪花節は、演奏の都度音階・曲節に変化を与えているので、そのような瞬間創作には著作権は認められないと判断し、正義には反するものの海賊版製造販売者に対し損害賠償責任は認められないと判示したのです。加害者側の行為は正義に反するものの被害者側に生じた損害は権利侵害によるものではないから、適用条文がないということです。権利の概念をあまりに厳格に解釈したための結果です。この考え方に対しては、厳しい批判が出ました。
その後、大審院は、「大学湯事件」という老舗を争った事件を契機に、老舗は売買・贈与その他の取引の対象となる法的保護に値する利益であるとして「権利」といえない老舗に保護を与えました。この判決に対し、学説(末川博)は、「権利侵害」とは「違法」の徴表に過ぎず、「権利侵害」は「違法性」という読み替えるべきであるとして、支持しました。それを受けて、我妻栄という方が「違法性」は、侵害された利益の種類・程度と侵害行為の態様で決すべきであると提唱され、現在に至っています。この学説を相関関係説というのですが、後に、公害事件の際に、提唱された我妻博士の努力が無に帰すという事態が生じました。この点につきましても、詳しくは、要件論のページで検討していくことにします。
「権利侵害」要件を緩やかに解し、違法な利益侵害であれば、被害者は保護されるというところまで、学説・判例は、展開したわけですが、では、そこで言う「違法性」とはどのように判断したらよいかということが問題となります。《二、「刑事責任と民事責任」》で前にも述べましたように、刑法においては、人権保障的要請と民主主義的要請とから「罪刑法定主義」という原則、すなわち、どのような行為が犯罪となるか、その犯罪に対しどのような刑罰が科せられるかについて、あらかじめ法律に定められていない限り、いかなる行為も犯罪として処罰されることはないという原則が貫徹されなければなりませんから、皆さんもご存知のように刑法の各条文にて犯罪となるものが明記されています。したがって、刑法上は、その条文に該当する行為は違法ということが推定できるのですが、民法上は、そのような規定がなく、何をもって違法と判断するかが問題となってくるのです。
前述のように、我妻博士は、被侵害利益の種類・性質と侵害行為の態様との相関関係によって判断すべきだと提唱されました。すなわち、権利侵害とは言えないために保護を受けらない可能性の大きい利益であっても、侵害行為が悪質な場合、例えば、刑罰法規違反、公序良俗に反する行為や権利濫用のような行為によって利益が侵害された場合には、その侵害は違法であるとして利益を保護しようとされたのです。侵害行為を基準に考えると、その不法性が強ければ強いほど被侵害利益の保護の必要性が小さくても不法行為責任の問われる可能性が大きくなるわけです。逆に保護の必要性が大きい利益の場合には、侵害行為の不法性が弱くても、違法性が認められ易くなってきます。相関関係説が果たす役割は、その他にもありますし、この相関関係説が違法性を判断する要素として考慮する侵害行為の態様の一つである刑罰法規違反か否かを判断する際に、「故意・過失」という主観的要素が考慮されるために、理論的矛盾が指摘されたりしていますが、いずれ発表する予定の論文で、相関関係説の意義や理論的矛盾ではないかとの指摘が誤っていないかという検討をしていますので、いずれ何らかの形で発表のあかつきには、掲載を予定していますので、いずれご覧頂けると思っています。
b.違法性阻却事由
ただし、上記のように、一見、他人の利益を侵害した外観があり、本来ならば不法行為として責任を問われるような行為であっても、特別な事情があり、加害者に不法行為責任を問うことが酷な場合があります。このような特別の事情を違法性阻却事由と言っています。
例えば、Aの運転する自動車にはねられそうになったBがそれを避けようとしてC店舗のショーウインド・ガラスを壊してしまったような場合、他人Aの不法行為から、自分(B)または第三者(子どもや奥さんを連れていたらその子ども奥さんが第三者に当たります。おかしいですよね。法律は、夫婦・親子であっても他人扱いです)の権利(さしずめこの例では、B自身の生命・身体ということになるでしょう)ないし利益を守るために、他人Cの利益を侵害する行為は、正当防衛(民法七二〇条一項)として違法性が阻却されます。
この点につき、「刑法上の違法性阻却事由」である「正当防衛(刑法三六条一項)」、「緊急避難」と民法上の概念とを勘違い・混同された方から(しかも匿名で)問い合わせがありましたが、不法行為法上はこのような場合も、「他人ノ不法行為ニ対シ自己又ハ第三者ノ権利ヲ防衛スル為メ已ムコトヲ得スシテ加害行為ヲ為シタル」場合として正当防衛として損害賠償責任を免れます。条文をしっかりと読み込めばこのような勘違いによるご質問はなかったのではないかと思われます。民法上、上記の例は「正当防衛」とされておりますのでお間違いのないように。不法行為法上の「緊急避難」は「他人ノ物ヨリ生シタル急迫ノ危難ヲ避クル為メ其物ヲ毀損シタル場合」と規定しており、まさに下記の例がそれにあたります。民法上の「正当防衛」、「緊急避難」と刑法上のそれとは若干の違いあるのです。刑法においては、「正当防衛」とは自己または他人の権利を防衛するために侵害者に対して反撃することであり、他人の利益を侵害することは「緊急避難」とされております。また、刑法において、他人の物による危険から自己または第三者の利益を守るために他人の利益を侵害した場合でも緊急避難となっておりますが、民法上は、当該物を壊すという方法での危険を避ける行為のみが「緊急避難」となっております。
また、道路を歩いていたAが、Bの飼い犬に襲われそうになったので、やむを得ずその犬を殺して逃げた場合には、他人の物(動物愛護家の方ごめんなさい。法律上は、犬は物扱いなのです)によって生じている急迫の危難を避けるために、その危難を生じさせている物を毀損する行為は緊急避難行為(民法七二〇条二項)として違法性が阻却されることになっています。たただし、この場合には、危難を生じさせている物に対する反撃行為だけが認められていることに注意を要します。緊急避難行為によって第三者に損害を与えた場合には、緊急避難として違法性は阻却されません。さらに、民法には、規定されていなのですが、医師の治療行為や親権者・教員などの合理的範囲内での懲戒行為、ボクシングなどのスポーツによる加害などは、正当業務行為として違法性が阻却されることが多いようです。微妙な言い回しをしています。
このほか、細かな点につきましては、要件論でいずれ検討して参りますのでご覧頂ければ幸いです。
最終更新日:2004/08/17 08:33
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Revised: 2002/12/01
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