「不法行為法入門」                  

最終更新日2003/01/29 08:23

このページは、一般の方たちにとって、馴染みの薄い「不法行為法」についての初級・入門編のつもりで作ったのですが、意外にも、大学の試験の対策やお仕事上の必要からご利用頂けているようです。ありがとうございます。なお、便宜上、2003/01/29 08:23 現在、読み易くするため若干加筆・訂正しております。

 

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一、序説 不法行為とは
 

 まず、われわれの身の回りに起こっている出来事にまず目を向けてみましょう。

 自転車を走行中、歩道を歩いている人にぶつかり怪我をさせてしまったとか、些細なことから喧嘩になり相手を殴ってしまい怪我をさせてしまったとか、自動車を運転走行中、道路を横断中の人を跳ねて死亡させてしまった場合を考えてみましょう。

 このような場合、われわれが悪いことをして(法的には「違法な加害行為」と言います)他人を負傷あるいは死亡させたことにより他人に損害(=怪我および治療費の支出など)を生じさせています。怪我による負傷ならば、治療代の支出や怪我によりアルバイトや仕事を休まざるを得なくなった場合には、休業に伴う損害が発生します。また、死亡事故の場合には、死亡被害者が生きていたならば取得したであろう収入等が得られなくなるという損害や医療費等が損害として発生します。

 また、「富山イタイイタイ病事件」では、鉱山から流れ出たカドミニウムで汚染された水を飲み、魚や米を食べたために、下流の人たちの身体に障害が生じましたし、「熊本水俣病事件」、「新潟水俣病事件」においては、有機水銀に汚染された魚介類を摂取した人たちの身体に著しい障害を惹き起こし多くの死亡者を出しました。これら工場による「廃水」の排出行為も不法行為の一つです。

 もちろん、不法行為は、上記のように被害者の生命・身体を侵害した場合に限らず、他人の空地に無断で駐車したり、嘘の記事を書いて他人の名誉(判例は虚名も含めています)を毀損したりする場合も「不法行為」となります。ちょっと専門的になりますが、法学部の学生さんなら無権代理人の責任をご存知かと思いますが、無権代理人と相手方との間で合意されていた履行期が既に到来した後に、本人が追認した場合を考えますと、民法116条は、追認の遡及効を定めておりますことから、履行期後に追認によって履行遅滞の責任を本人が負うことにしてしまいますと、本人に酷な結果となってしまいます。なぜならば、本人は無権代理人の無権代理行為を追認するまでは履行義務を負っていないからです。としますと、相手方が履行期に履行を受けられなかったことによって被った損害があれば遅延賠償を請求できることにならなければおかしな結果となってしまうはずです。また、相手方Cが本人Bから追認を受けるために、自ら赴くとか電話をかけるとか一定の労力や費用をかけていれば、それに伴う損害賠償を請求できると考えられます。無権代理人の責任とは別に、不法行為責任に基づく賠償責任もあるのです。)

 

二、刑事責任と狭義の民事責任

 ところで、以上のように他人の権利ないし法的保護を侵害した場合、責任の負い方には、「刑事責任」と「民事責任」の二つがあります。

 「刑事責任」は、犯罪者の反社会的行為に対する制裁であり、行為者の社会に対する責任ですが、「民事責任」は、被害者が現に受けた損害を加害者に填補(穴埋め)させることを主たる目的とする制度であり、行為者の被害者個人に対する責任ということができます。そして、「不法行為責任」は、この民事責任(厳密には、狭義の民事責任)なのです。

 刑事責任は、国家が加害者個人の責任を、刑罰という強力な制裁をもって追及する制度ですから、国家権力(=刑罰権)の恣意により個人の自由が侵害されないように、個人の自由を保障するためには、罪刑法定主義、すなわち、どのような行為が犯罪となるか、その犯罪に対しどのような刑罰が科せられるかについて、あらかじめ法律に定められていない限り、いかなる行為も犯罪として処罰されることはないという原則が堅持されなければなりません。この罪刑法定主義は、第一に、「何が犯罪であるかは、国民自身が、その代表者である国会を通じて決定しなければならない」という民主主義的要請を理論的根拠に、第二に、「何が犯罪かは、国民の人権・行動の自由を守るために前もって成文法より明示されなければならない」という自由主義的要請を理論的根拠としていると言われています。また、法規上の根拠としては、憲法三一条の「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない」という規定があげられます。前述の自動車事故の例でお話しますと、人をはねて死なせた運転者は、人の死亡が自動車事故によって発生したとはいうものの人を殺したことには違いがないわけですから、過失致死傷(刑法二一〇条)ないし業務上過失致死傷(刑法二一一条)の罪として刑罰を受けることになります。しかし、それですべて問題の解決がつくでしょうか。

 亡くなった被害者が家計を支えている場合には、収入が入らなくなり、遺族は路頭に迷うわけですし、遺族が受けられるはずだった利益、たとえば被害者が生きていてくれたならば、子供の進学が可能であったとという場合もあるでしょうし、被害者の入院に伴う医療費の問題も出てきます。刑事責任だけで問題がすべて片付くわけではないことはご理解頂けるかと思います。

 被害者一人が死亡し、加害者が刑事責任を負えばそれで問題が解決されたわけではないことがお分かり頂けると思います。民事責任である「不法行為責任」は、こうした被害者側に生じた損害を加害者に填補させる制度なのです。なお、この被害者に生じた損害を加害者に填補させるという民事責任は、元来国家権力から人の自由を保障する制度ではないために、罪刑法定主義のような厳格さを要求するものではありません。

 

三、民法七○九条の成立要件<総論>
 

 不法行為訴訟においては、加害者(被告)の故意・過失ある権利侵害行為によって損害が発生したこと、すなわち、@「故意・過失」の存在、A「権利侵害」、B「損害の発生」、C故意・過失ある権利侵害行為によって損害が発生したという「因果関係」は、被害者側(原告)で証明しなければならないことになっています(立証責任は原告にあるのです)。利益(ここでは損害賠償金のこと)を主張する者は、自らがその主張の正当性の根拠を証明する責任を負い、その責任を果たせないと敗訴という不利益を負うことになるという原則が、現在、日本の裁判実務で採用されています。

 古典型不法行為、すなわち、人を殴って怪我させたとか、物を壊してしまったという場合には、故意・過失により損害が発生したことを証明するのは、比較的容易なのですが、現代型不法行為法の場合、すなわち、「公害訴訟」、「医療過誤訴訟」、「薬害訴訟」等の場合には、とくにCの「因果関係」という要件の証明が非常に難しいものとなっています。

 たとえば、大気汚染訴訟という公害訴訟を例にとりますと、企業側の排出する煤煙に付近住民が悩まされ、あるいは喘息に罹ったとして、訴訟を提起したとします。被告である企業は、わが社の工場の排出する煤煙が、どのような「到達経路」で、どのような割合で被害者に到達したのか、そして、煤煙が到達したと仮定した場合、どのようなメカニズムに基づいて被害者側住民に喘息が発症したのかを原告側(被害者側で)証明しろと抗弁してきます。また、被害者住民のうち、昼間、都市へ出て働いている者たちの喘息については、都市の自動車の排気ガスに汚染された空気を吸っていることによるもので、わが社の工場の排出した煤煙によるものではないと抗弁してきます。

 しかし、何の科学的知識も、医学的知識もない被害住民が、そんなことを証明できるでしょうか。困難なことは目に見えています。被害住民に不可能を強いることになります。

 最近、茨城でダイオキシンによるガンの発病者が多いとして訴訟が提起されましたが、その場合にも、ダイオキシンという化学物質によって本当にガンが発病するのかという「因果関係」が争点となると思われます。ゴミ焼却場からの「ダイオキシン」という化学物質の排出とガン発生率との因果関係を医学的に検討していたら、何十年もの時間を要し、その間に多くの人たちが健康を害し、生命を失うかもしれません。また、そういう場合、一番の犠牲者は、弱い子供たちだということも考えなくてはならないと思います。

 埼玉県のある町では、新生児の死亡率が他の地域よりも非常に高くなっているとテレビで報道されていましたが、それもダイオキシンによるものではないかと懸念されているのです。医学的な因果関係が解明できればよいのですが、現状では困難ですし、それを医学の素人である原告が証明することはさらに困難なのです。

 医学の専門知識のないわれわれに唯一残された因果関係の証明方法は、人体実験による証明方法しかありませんが、これでは、明らかに人道主義に反します。法律家のなかには、そのような困難を回避すべく日夜研究されている研究者がおります。「医学上の因果関係の証明の目的と対象」と「法律上証明しなければならない因果関係の目的と対象」とでは、そもそも異なるのではないかと、と考えられるに至っています。

 例えば、「塵肺」という病気を皆さんはご存知でしょうか。日本では、既に炭鉱が廃鉱されてしまいましたので、馴染みが薄いのですが、石炭を掘る際に細かな粉塵が出ます。塵肺とは、その粉塵を大量に吸い続けることにより罹ってしまう病気ですが、重度の患者さんの場合には、治癒はありえず、死を待つだけの病気です。この病気を例にとりますと、医者は、この塵肺の原因は、何かを検討する場合、病気の原因は何であるか(現在では、粉塵ということが分かっているのですが)、そしてその原因物質がどのように人体に影響を与えるかというふうに研究しますが、法律家は、そのような原因物質に防塵マスクもさせずに長時間にわたり何故違法に労働させたかというふうに考察していくのです。詳しくは、要件論のページで「因果関係論」として後述しています。

                                                                                                             

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Revised: 2003/01/29 .