差止請求

最終更新日2004/08/17 08:33

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一、非金銭的救済としての原状回復

 不法行為法の本来の機能は、被害者に生じた損害を填補し被害者を救済することにあり、その被害者に生じた損害の填補方法には、@金銭賠償とA原状回復を代表例とする非金銭的救済があることは、「損害賠償」で述べたとおりです。

そして、そのA非金銭的救済の代表例として原状回復と差止請求がありますが、差止請求については、不法行為の効果として認めることには通説は否定的です。したがって、差止請求については、その法的根拠が問題なっています。

 

二、原状回復

 原状回復とは、「すべてのものを旧の状態に復させ損害を可及的に完全に除去すること」(前田達明「民法Y2(不法行為」260頁)ことだと言われています。

 まず、明文で原状回復を認めているものとして、民法723条は、「他人ノ名誉ヲ毀損シタル者ニ対シテハ裁判所ハ被害者ノ請求ニ因リ損害賠償ニ代ヘ又ハ損害賠償ト共ニ名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分ヲ命スルコトヲ得」と規定し、裁判所は、被害者の請求により損害賠償に代えて名誉を回復する処分を命ずることができるとしていますし、不正競争防止法第3条では、「@不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。  A不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。」と規定しています。これは、名誉あるいは信用が毀損された場合、生じた損害を金銭に評価することが困難であるばかりではなく、金銭賠償が認められたとしても、一旦傷つけられた名誉や信用は回復し難いことを考慮して、名誉・信用の毀損の場合には原状回復を認めたのだといわれていることは、前述しました。

 名誉・信用の回復のために命じられる処分は、通常、新聞紙上などで謝罪広告を掲載するという方法が採られますが、その謝罪広告を命じられても被告がこれに従わない場合には、代替執行が可能であると解されています。

 しかし、このような考え方に対して、謝罪という行為は、倫理的な判断・感情ないし意思の発露であることから、謝罪本人にとっては屈辱的なものであり、謝罪広告を命ずることは、憲法19条が保障する思想・良心の自由に反するのではないか、という反対論がありますが、名誉・信用を毀損した記事の取消広告や判決文を掲載することにより、謝罪者の思想・良心の自由に対する問題を回避できるものと考えられます。

 

三、差止請求

 不法行為法の効果として、現在継続している不法行為の差止請求や、将来生ずるであろう不法行為の予防請求は認められないとするのが通説です。なぜならば、不法行為法は、本来、過去の侵害行為により被害者に生じた損害を加害者に賠償させるための法制度ですが、不法行為の効果として将来の危険、すなわち、侵害原因の排除をを求める差止請求を認めるとなると、損害賠償の成立要件として検討される「違法性」と将来損害を発生させるであろう不法行為を差し止めるための「違法性」の判断が同一になってしまい、不法行為の効果として差止請求を認めることは、とりもなおさず「歯止めのない利益衡量論」(=「受忍限度論」)を認めることになり、裁判官に白紙委任状をわたすに等しいものになることを認めてしまうことになるからです。

 既存の不法行為法の効果として差し止めが認められないとすると、とくに将来生ずるであろう不法行為に対しては、現実に損害が発生してからしか打つ手はないのか、が問題となります。将来発生する可能性のある不法行為に対して、そもそも差止請求が許されるのか、許されるとしたらどのような要件を規準に判断したら良いかが問題となります。それを検討するのがここでの課題です。まずは、表現の自由の保障と名誉保護の観点から問題となる出版の差止めについて検討していきます。そのうえで、差止めの法的根拠、差止要件を検討していくことにします。

 

四、具体的検討

1.具体的事例の検討から

 さて、1999年の所沢ダイオキシン事件に関するテレ朝報道に対して私なりの問題意識があるため、ここで過去に問題となった具体的な事例「北方ジャーナル事件」を検討することにより、名誉毀損行為に対する差止請求の法的問題を検討してみたいと考えています。

【事実の概要】
 
昭和54年4月施行の北海道知事選挙に立候補が予定されていた被上告人(被告人・被控訴人)Yは、昭和45年4月号雑誌「北方ジャーナル」に、Yの名誉を傷つける内容の記事「ある権力主義者の誘惑」が掲載され、発売されようとしたことを知り、その販売などの禁止を求める仮処分を札幌地裁に申請した。札幌地裁は無審尋で同誌の印刷、製本、販売、頒布を禁止する仮処分命令を発した。そこで、上告人(原告・控訴人)Xは右の仮処分命令を違憲違法として、国とYに対し損害賠償を提訴した事件である。1審・2審判決はXの請求を棄却、Xは、本件仮処分による記事の事前差止が検閲に当たるのみならず、言論・出版の自由を保障する憲法21条1項にも違反するとして上告した。この事件においては、問題となったのは、人格権についての侵害行為の事前差止めが認められていることから、当然に人格権の一種である名誉権に対する侵害行為の差止請求は認められるわけですが、私人の差止請求とはいえ、裁判所という公的機関が処分権限を行使することによって、当該出版物の公表を差し止めることが、言論・出版の自由を保障する憲法21条1項に反しないか、さらには2項が禁止する「検閲」に該当しないか、ということでした。

 それでは、これから、実際に、最高裁の判決文(最大判昭61年6月11日民集四〇・四・八七二)を検討してみます。


【判旨
1 仮処分による事前差止の検閲性の有無

 憲法21条1項前段にいう検閲とは、行政権が主体となって思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきことは、前掲大法廷判決(最高裁昭59・12・12大法廷判決民集三八・一二・一三〇八_)の判示するところである。ところで、一定の記事を掲載した雑誌その他の出版物の印刷、製本、販売、頒布等の仮処分による事前差止めは、裁判の形式によるとはいえ、口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるとされているなど簡略な手続によるものであり、また、いわゆる満足的仮処分として争いのある権利関係を暫定的に規律するものであって、非訟的な要素を有することを否定することはできないが、仮処分による事前差止めは、表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり、個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により、当事者の申請に基づき差止請求等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであって、右判示にいう『検閲』に当たらないというべきである。

2 人格権に基づく差止請求

 裁判所の行う出版物の頒布等の事前差止めを求める「実体法上の差止請求権の存否について考えるのに、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法七一○条)又は名誉回復のための処分(同法七二三条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止を求めることができるものと解するのが相当である。けだし、名誉は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであるからである。(民事事件で初めて「人格権としての名誉権」という表現を用いた画期的判決と学説から評価されています)

3 公共的事項に関する表現と名誉毀損

 「刑事上及び民事上の名誉毀損に当たる行為についても当該行為が公共の利害に関する事実にかかり、その目的が専ら公益を図るものである場合には、当該事実が真実であることの証明があれば、右行為には違法性がなく、また、真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実であると誤信したことについて相当の理由があるときは、右行為に故意・過失がないと解すべく、これにより人格権としての個人の名誉の保護と表現の自由の保障との調和が図られている。」

4 出版物頒布等の事前差止の条件

 「表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後抑制の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合よりも大きいと考えられるのであって、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわなければならない。」
 「出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであって、とりわけ、その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、そのこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ、前示のような憲法21条1項の趣旨に照らし、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上とくに保護されるべきであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。ただ、右のような場合においても、その表現内容が真実でなく、又それが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから、かかる実体的要件を具備するときに限って、例外的に事前差止めが許される。」「事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。」

2.判決の検討

(1)検閲の絶対的禁止

 名誉権は、その人の人格的価値に関わるものであり、憲法上の明文規定はないが憲法上保護されるべき人権(=人格権〔浦部法穂「憲法学教室T」190頁〕)であることから、それに対する侵害はに対しては何らかの規制を加えることは憲法上許容されますし、本件判決2部分からも、名誉権に対する侵害に対し、事前差止が当然に認められると解されております(判示2部分)。

 問題となるのは、憲法による「表現の自由の保障」と「名誉権の保護」との調整です。表現の自由が民主主義にとって不可欠な人権であることを強調しすぎると、名誉権が蔑ろにされることになりますし、逆に、名誉権の保護を厚くすると表現の自由が侵害されるおそれがあるため、どのような視座に立って両者を調整するかが問題となってくると考えられます。両者の調整原理は何かが問題となるわけです。

 本件差止請求は、公権力による出版物の事前差止ではなく、私人の請求を受けての差止請求であるから、何らの憲法問題は生じないようにも考えられます。たしかに、憲法規範は、権力と国民との間の関係を規律する法規範であり、私人間の争いごとに直接には適用されないという考え方も成り立ちうると考えられる。しかし、公権力による出版物の差止ではなく、私人の請求を受けての差止が問題となっているとはいえ、私人間の争い、すなわち、出版社と記事の出版差止めを求める者との間の争いに対して、公的機関である裁判所が処分権限を行使し、出版物の事前差止を認めるとなると、権力による表現の自由に対する侵害であり、憲法21条2項が禁止する「検閲」になるのではないかが問題となってくると考えられます。

 「検閲」とは、一般に、「公権力が外に発表されるべき思想の内容をあらかじめ審査し、不適当と認めるときは、その発表を禁止すること、すなわち、事前審査を意味する」と定義されています。憲法21条2項が検閲禁止を明記しているのは、検閲が、国家権力による思想弾圧・統制をもたらすものであり、民主政に反するものであることから、一切の例外を許さず、絶対的に禁止する趣旨であると解されています。

 ところが、本件判決は、「憲法21条1項前段にいう検閲とは、行政権が主体となって思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指す」と定義し、私人の申し出により、行政権の主体ではない裁判所が特定の出版物の記事が、名誉侵害にあたるかどうか、および仮処分を認容すべき事情があるかどうかを審査するのであるから、「検閲」にあたらないと判示しているため、私人による出版物の差止請求を受けて、裁判所が出版物の発表前にその内容を審査することは「検閲」にあたらない、ということに理論的にはなるのですが、行政権の主体ではない裁判所が、公表前に出版物の内容を事前に審査することは、思想・表現の自由に対する事前抑制のおそれが全くないのであろうか。行政権の主体による審査ではないにせよ、それに類似した効果が裁判所の審査にはあるのではないか、と考えられるのです。とすると、私人の申し出を受け、裁判所が出版物の事前審査をする場合にも、行政による場合と同様に、厳格かつ明白な要件の下においてのみ許されるべきではないだろうか。

(2)表現の自由の保障と名誉権保護の調整

 現行法上、報道による名誉毀損に対する法的救済の方法には、刑法230条による処罰と民事上の損害賠償とがあるが、これらは、伝統的な名誉保護を目的としている。すなわち、沿革的には、権力批判を封じ込めるための言論弾圧法制として機能してきたということである。したがって、名誉の保護について検討するには、表現の自由の保障との関係で慎重な検討が必要になってくるわけである。

1.刑法的アプローチ

 旧憲法下においては、表現の自由の保障に、いわゆる、「法律の留保」がついていたために、刑法がどのような名誉毀損罪を設けようとも憲法問題は生じなかった。刑法230条が、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀(き)損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。」(昭和二二法一二四、平成三法三一本項改正)と規定していることからもうかがえるように、人の名誉を毀損すれば、それが事実であってもなくても刑事責任を課せられるわけですから、沿革的に見ても、権力批判を封ずる言論弾圧法制として機能してきたといえます(浦部法穂「憲法学教室T」51頁)。

 ところが、現行憲法下では、憲法21条1項が「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定していることから、刑法における名誉毀損罪が表現の自由との関係で憲法問題を引き起こす結果となった。すなわち、前述したように、表現の自由の保障と名誉権の保護とは相矛盾するため、その矛盾を調整するための何らかの調整基準が必要になる。

 その点につき、刑法は、「前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない」という真実証明による免責を認める趣旨の230条の2の規定を追加することによって立法的解決を図ることになりました。すなわち、表現の自由の観点から、摘示された事実が@「公共の利害に関する事実」であり、かつ、そのA「目的が専ら公益を図ることにあった」ことを前提に、B摘示「事実の真実の証明」がなされる限り、すなわち、上記の3要件(免責要件)が充たされる場合には、名誉毀損行為を罰しないとして表現の自由のいる。また、最高裁は、真実の証明がない場合でも「事実を真実であると誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由のあるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損は成立しない」(夕刊和歌山時事事件に関する最大判昭和44年6月25日刑集23巻7号975頁)と判示した。

 次に、要件の具体的内容であるが、@「公共の利害に関する事実」とは、政治家・公務員等の公職にある者の不正行為、犯罪・裁判報道等が考えられるが、その他、社会的関心事もこれに含まれると考えられる。また、創価学会会長の女性問題の記事が名誉毀損になるか否かが争われた「月刊ペン事件」(最判昭和56年4月16日刑集35巻3号84頁)では、最高裁は、私人の私生活情の行状であっても、公共の利害に関する事実となりうると判断している。

 Aの「目的が専ら公益を図ることにあった」という要件については、一般に第1の要件@「公共の利害に関する事実」の要件が成立すれば、推定される傾向にある。

 Bの摘示「事実の真実の証明」については、汚職や犯罪記事については、実際には困難を極めるため、当該事実が真実であると信じた「相当な理由」の有無が問題となる。当該報道事実が真実であると信ずるに足りる「相当な理由」を判断するにあたり、(a)情報源が確かなものか、(b)警察発表だけではなく裏づけ取材を行ったか否か、(c)本人に取材をして確認をとったか、などの諸点が重視されているようである(東京高判昭和63年5月13日)。

 

2.民法的アプローチ

 民事上、名誉毀損に対する救済方法としては、前述したように不法行為責任に基づく損害賠償による被害者救済が考えられるが、刑事事件とほぼ同様の法理が妥当し、摘示された事実が@「公共の利害に関する事実」であり、かつ、そのA「目的が専ら公益を図ることにあった」ことを前提に、B摘示「事実の真実の証明」がなされ違法性が阻却され、また、「事実を真実と信ずるについて相当の理由あるときには、故意または過失がなく、不法行為は成立しない」(最判昭和41年6月23日民集20巻5号1118頁)と判示している 

 本件「北方ジャーナル」最高裁判決は、差止の要件として、刑法230条の2第1項の不可罰要件を借用して、これを差止の実体的要件に転用している点に問題がある(奥平康弘「名誉侵害の表現行為と差止め」奥平・杉原法学演習教室94頁)との指摘がなされている。

 

3.憲法的アプローチ

 名誉権も人権として憲法上保護されるべき人権の一種ですから、名誉毀損的言論が、刑法上処罰の対象とされたり(刑法230条)、あるいは名誉毀損的言論が民法上の不法行為責任を問われる(民法710条・723条)ことになっても、そのことをもって直ちに表現の自由に対する不当な制約であるとはいえないのですが、他方、人の名誉を侵害する言論はすべて禁圧されてしかるべきかというとそうでもありません。名誉権の保護を理由に、政治家などの公的に重要な地位ある者に対する批判が封じ込められてしまうならば、政治的・社会的に重要な問題についての国民の間での自由な意見表明・討論が妨げられ、民主制の基礎を根幹から損なうことにもなりかねないわけです。

 そこで、憲法学的には、政治的・社会的に重要な問題についての責任のある言論、すなわち、公共性のある問題についての責任ある発言は、名誉の侵害を理由に制約されてはならないと解されている(浦部法穂「憲法学教室T」191頁)。しかし、「政治的・社会的に重要な問題」あるいは「公共性のある問題」といってもその具体的内容は明らかになってきません。何を基準に「政治的・社会的に重要な問題」あるいは「公共性のある問題」とするのかが明らかになってこないのです。

 

五、差止めの根拠と要件

1.差止めの法的根拠

2.差止めの要件

3.差止めの効果

 

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Revised: 2002/12/01 .