ササに覆われた雑誌山山頂からは、尾根を更に西に向かい、適当な昼食場所を求めて隣の雑誌西山をめざした。


尾根を雑誌西山へと向かう。

目の覚めるような紅葉の中、ナラやブナ、カエデの生えるヤセ尾根を進むと右手の断崖や急斜面には木々が必死でへばり付いていたりする。美しさばかりではない過酷な自然をおもんばかりながら、やがてスズタケが胸までの中を漕ぎながら進んでゆく。
雑誌山山頂から10分も西に来るとササは低くなり、空いた地面からはアサマリンドウが絵筆のような蕾を突き出している。
この辺りでやや遅めの昼食をとることにした。


アサマリンドウ。

 
尾根で雑誌山を振り返る。右下に大規模林道が見えている。

さて、昼食をとりながら帰途のコースについて協議を始めた。

案は3つ有った。
土予県境の黒滝峠から雑誌山の北面を通る往還の雑誌越えを「水の峠」まで引き返すか、雑誌西山の西側コルにあるカラ池から地図の点線を頼りに雑誌山の南面を通り大規模林道を歩くか、あるいは素直に往路を引き返すか。

黒滝峠越えの往還は有名な池川紙一揆
(*)逃散の道でもあり、鏡野峠瓜生野越えの松山街道(現在の国道494号線)とともに重要な街道として、幕末には先に述べた中島与市郎をはじめとした脱藩の道として、また、明治元年の松山攻略においては2000余を数える土佐藩の兵が進軍しようとしたルートのひとつでもあったといわれる。
そんな歴史に刻まれた街道をこの足で歩いてみたいという思いは確かに強かった。
一方、カラ池は中津渓谷県立自然公園にも含まれ、「特定植物群落」にも挙げられる重要な湿地帯で、こちらもやはり強い興味を惹かれた。

結局、まずはカラ池に向かって雑誌西山を更に西へと尾根を下り、そうすれば地図にある点線(歩道)が今も健在かどうか分かるだろうという、贅沢とも無謀ともつかない結論に至った。
もちろん慎重論もあった。万一、地図に記載された点線が消えていたなら帰途は大規模林道を水の峠まで歩かなければならない。カラ池から林道までの道はもちろんのこと、林道と水の峠とを結ぶ点線までもが消えていたなら、車道を辿る帰途は途方もなく遠い道程になる危険性があった。
冒頭でも語ったように手持ちの地図は5万分の1にくわえ、大規模林道はまだ記載もされていなかった。
しかし、誰一人として往路を引き返すとは答えなかった。
そして、釣瓶落としの秋の陽のように4人は奈落に向かって歩き出すのだった。

(*)池川紙一揆は、財政に窮した土佐藩がそれまで自由取引にしてあった平紙(藩専売の御用紙以外)までもを独占しようとしたため、平紙の取引でわずかながらも生計をやり繰りしてきた農民たちは、ついに天明の飢饉を契機に伊予松山藩に逃散した。その数や池川村・用居村600人、名野川村100余人、総勢711名だったという。この時、名野川村(現在の吾川村)の百姓達が逃散した道が「雑誌越え」だった。
なお、この逃散に触発され各地で一揆が勃発するに及んで、ついに藩が折れる形で騒動は集結する。首謀者3名の尊い犠牲はあったが、このことは後々民間の紙業が大いに発展する基となった。


雑誌西山の手前から中津明神山を望む。

ともかく、そうと決まれば昼食を早々に終えて私たちは再び尾根道を歩き始めた。
食事が元気を取り戻させ、5分も歩くと雑誌西山に辿り着いた。
休憩無しで歩けば、雑誌山と雑誌西山の間は20分足らずの距離である。


雑誌西山の山頂にて、ポーズをとる伊藤君。

山界標石の立つ雑誌西山の標高は1341m、山の頂という感はなく、単に尾根の通過点というだけである。
だからしきりにポーズをとる伊藤君には気の毒なのだが、こんな山頂ではもう一つ絵にならないのが現実だった。

さて、雑誌西山を越えて更に西に向かうと、雑誌西山から5分足らずで尾根は急斜面の下りになる。
ササなどのブッシュは無く、木々も薄いので有りがたいと言えばそうなのだが、地形的には半円形のバカ尾根なので降下してゆく方角を誤りがちになる。こういう時はいつもながら、地面に地図と同じ点線が刻まれていたならどんなに頼りになるだろうと思う。


カラ池に向かって雑誌西山の麓を歩く。

斜面を下り始めて間もなく、地図に表記のあった往還の道を見つけた。かつて吾川村の奥名野川に通じていた道である。
ほぼ地図通りにカラ池から黒滝峠に向かう途中に降り立ったのだが、その凄まじいばかりのブッシュに力が抜けた。
かつて平家の落人が椿山を出て横倉山に向かう際に利用したという往還も、今や灌木に埋め尽くされその面影は微塵もない。
甘かった。
カラ池を散策した後はこの道を右(北方向)に行けば地蔵の立つ黒滝峠に出て「雑誌越え」の往還を辿り「水の峠」まで引き返すという案は一瞬にして潰えた。
ともかくカラ池に向かうべくかつての道を左(南)に向かう。しかし、カラ池に向かうこともそうそう容易くはなかった。


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