CZ 悪魔の贈り物
本作品は『徳歯会報』96年11月号から97年2月号にかけて掲載された『CZ:悪魔の贈り物』
を改稿したものです。


(1)
 
歯科医・出見幸助は35歳。卒後すぐT県の大型歯科診療所に就職。以後10年、現在まで同診
療所に勤務。
 同年配の歯科医は、歯科医院を開業しているものがほとんどだが、出見は今のところ開業は考え
ていない。いや彼には開業は出来そうにない。
 なぜなら、出見は愛想が悪く、患者受けがあまりよくない。また、動作が鈍く、不器用で仕事も
当然出来ない方だ。何年たっても基本的なところで失敗を繰り返す。
そもそもあまりやる気がない。
性格も内向的であるから、自己主張が出来ず診療所内でも孤立している。
結婚も未だで、本人にはその気持ちがない。
診療所から二駅離れた小さなアパートに一人で住んでいる。

 夜遊びもしなければ、休日に外に出かけるといったこともない。
暇な時はテレビを見ながらゴロゴロしているだけである。
酒は飲まないが、煙草の量が多いので体調は常に悪く、顔色が優れない。
髪もボサボサで、痩せており、背ばかりがひょろひょろと高い。
 見るからに薄気味の悪い男であると言えよう。

 大型歯科診療所の院長は、何故、出見のような歯科医不適格者を10年も雇用しているか?
それは、院長・佐瀬丘順三(47歳)の屈折した心理による。
出見のような駄目人間が近くにいると、佐瀬丘は気分が落ち着くのである。
 佐頼丘は、身長が低く、肥満形で、顔が大きく、禿げている。若い頃からそうなのだ。
 自分の外観にコンプレックスを持っていた佐瀬丘は、現在の出見同様に暗い男であった。
人前に出るのが嫌で、世の中を呪っていた。
 しかし、自分よりも数段出来の悪い男、出見に出会ってから人生観が変わった。
常に出見を見下げることでコンプレックスを克服し、前向きの思考を持つ人間に変わっていった
のだ。
 診療所の規模は、佐瀬丘の自信回復と比例するように巨大化していった。
いわば、今の大型歯科診療所があるのは、出見のお陰なのである。
 だからと言って、佐瀬丘は出見の待遇を善くするようなことはしなかった。出見は佐瀬丘の前
では駄目な奴であり続けなければならないからである。駄目なやつは経済的にも恵まれてはなら
ないのである。
 『駄目なやつ』である出見は、佐瀬丘の「お守り」なのだ。

 佐瀬丘は、駄目人間・出見を徹底的に馬鹿にし、嘲笑った。
それでも出見は恨めしそうに佐頼丘をながめるだけで、特に反抗はしなかった。
 佐瀬丘は、出見の恨めしげな視線に曝されることを至上の歓びにしていたのだ。

(2)

 ある夏の日、出見幸助は夜の散歩に出かけた。
クーラーの調子が悪く、部屋が蒸し暑くて眠れなかったのだ。
 出見は、うだるような熱帯夜の街をうつむいて歩いた。
出見はどんな時でもうつむいていた。
出見は自信がないのだ。
子供の時から、世間と自分の間に厚い壁を感じていた。自分はこの世界でうまく生きていく自信
がない。
それは出見の出生が多少不幸であったことや、吃音があってうまく喋れないといった色々な劣等
感によって形成された、独特な自我であった。
 きっかけがあれば「自信」を持ちたい。社会に溶け込んで生きていきたい。と時には思ったが、
35歳になって、その望みも薄らいできた。
 これでいいんだ......とさえ思うようになっていた。
 しかし、出見は、本当の自分を知らないだけなのである。
 彼の中には、あるスイッチが隠されている.....。
そのスイッチを押さぬよう、彼の無意識は彼を社会と融合させることを拒み続けているのである。

 下を向いて歩いていた出見は、道路脇の植え込みの中に光る物を見つけた。
汚い物ではない。輝きでわかる。誰かが落したばかりのものだ。
植え込みに手を入れてひっぱりだすと、それはゼロ・ハリバートンのアタッシュケースだった。
30×40センチ、奥行きは15センチ。縦ぎ日のないアルミ合金一体形成の白銀色に輝くケース。
明らかに新品であった。
 確かアポロといっしょに月に行ったNASAお墨付きのケースだ。
頑強なケースの中身は、何だろう?実に重い。気になる重さである。
鍵が掛かっており、開けることは出来ない。
 警察に届けるべきか?いやしかし、こんな深夜に訳もなくぶらぶらしているのをどう説明する?
出見は、誤解を招きやすい外見と喋り方をする男なのだ。自分でもその辺はよくわかっている。
 届けたはよいが、中から困ったものが出てきたりしたら、やっかいだ。
一応このまま家に持って帰り、中を確かめた上で、警察の前にでも置いておくとするか。

 本心としては、出見はわくわくしていた。このズッシリとした重さ。
中に入っているものは、何かとてつもなく素晴らしいものに違いない。と出見は直感したのだ。
 誰かに見られてないか?
幸いあたりに人の気配はない。出見は白銀色のケースを両手に隠すように抱えると、小走りで帰路
についた。

(3)
 アパートに帰った出見は、ケースの鍵穴に針金を突っ込んで回した。
こういうことだけは昔から得意なのだ。
 金庫破りにでもなればよかったかな、とくだらぬ想像をした。
いや、出見にとっては、あながち「くだらぬ」とは言い切れない想像だ。出見のような、社会との
疎外感を感じている人間には、犯罪者指向があるといわれている。

 20分ほどガチャガチャやってみたが、さすがは世界の名品「ゼロ」である。だめだ、開かない。
(壊すか?)出見は、もうこのケースを警察に届ける気などなくなっていた。
 開けにくいと、ますます中身に対する期待が膨らむ。
知り合いで、ゼロのケースに、スウェーデン製の高級カメラ「ハツセルブラッド」を入れていた者
があったが、やはりこれもカメラの類いが入っているのであろうか?
 いや、多分違うだろう。ケースを持ち上げただけで、その内容が今までに持ったことのない比重
の品であることがわかるのだ。
何か得体のしれない独特の気配が、アルミの被殻を通して手に伝わるのである。
 中身を傷つけずに取り出す、良い方法はないか?
 出見は思案して、ケース全体をじっくりと観察した。そして意外な事実に気づいた。
ケースの底部の隙間に薄い金属が無理矢理突っ込まれているのだ。
出見は、ナイフを使ってそれをえぐり出した。

 か・…‥鍵だ!

 思わず笑ってしまった。これはズサンなようだが、鍵をなくさない確実な方法である。
出見はそっと、鍵穴に鍵を挿入した。なぜか指が震える。ゆっくりと鍵を回す。
 かすかな金属音がして、鍵が開いた。その時、中身が共鳴してピーンと音を立てたのを出見は聞
き逃さなかった。
 中身は金属だ!それもかなり精密に細工されたものだ!

 ケースの蓋を開ける。黒いウレタン製の中仕切りの中央部に「それ」はあった。
部屋の薄暗い蛍光灯の光りを反射させて、漆黒の肌がギラリと輝いた。
出見は思わぬ物の出現にたじろいだ。
「それ」は、まぎれもない、本物の拳銃であった。

 オートマチック。出見には拳銃の知識はまったくないので、それだけしかわからなかった。
拳銃には回転弾倉のリボルバータイプと、グリップの底から弾倉を入れるオートマチックがある。
ということは男子の知恵として知っていた。
 回転弾倉の無いこれは、オートマチック式であろう。
確か上部のスライド部分を後方に引くと、グリップの中に押し込まれた弾倉から、弾丸が入ってき
て発射可能になるはずだ。
 出見は、震える手でウレタンの中から拳銃を取り出した。
グリップを握るとピタッと掌に吸いつくようだ。ズシリと重い。
そしてひんやりと氷のように冷たい。
 最近のモデルガンはよくできているので、一瞬凝ったが、いやいや、まさか。これは本物だ。
 それにケースの中には、本物の「弾丸」が整然と並べられているではないか。
6×6発がワンパックで三束。合計108発。
その隣にはステンレスで出来た予備の弾倉が三本ある。弾倉の中にはだ弾丸は入ってないようだ。
 拳銃のグリップの底を見ると、すでに弾倉が装着されている。
この中には、もう弾が入っているのだろうか?
 弾丸が入っていると危ない。もし誤って弾丸が発射されたら、轟音がするはずだ。
どれぐらいの音なのかは見当もつかないが、近所が大願ぎになる可能性がある。
出見は、まずこの拳銃に装着された弾倉を引き抜いてみることにした。
 出見は、グリップから一部はみ出した弾倉のベロのような部分を引っ張ってみた。
びくともしない。正面向かって右側面には2つのレバーがある。これをそれぞれ動かしてみたが、
どちらも動かない。
 最後方には撃鉄があるが、これはまだ触らない方がよいだろう。
上部はスライドするようになっているようだ。これも動かさない方が無穀だ。
スライドを引くと発射状態になるはずだからだ。もし弾丸が入っていたら、発射状態の解除法が
わからないので危険だ。
 引き鉄の後ろに押しボタンのような構造がある。親指で押し込んでみると、グリップの底から
滑るように弾倉が飛び出し、床に落ちた。
 弾倉を拾って、中身を確かめる。弾丸は入っていない。
安心した出見は、もう一度弾倉をグリップの底部に押し込んだ。
押し込む最後に抵抗がある。力を入れて叩き込むようにすると、パチリと装着された。後はビク
とも動かない。
 絶対確実を示す硬質な手ごたえ。精密加工のなせる技である。

 出見はテレビの刑事もので見たように、右手でグリップを保持し左手でスライドを引いてみた。
拳銃の上部が後ろに下がる。カなんていらない、スツと引ける。
なんと滑らかな作動感であろうか。金属で出来ているとは思えない。まるで絹のような優しいメカ
ニズム。
正面から銀色の銃身が現われる。魂を揺さぶるような美しさである。
正面向かって左側面のえぐれた部分から銃身の後端が見え、そこから中を覗くと、先程押し込んだ
弾倉の上端が見える。
 そのままさらにスライドを引くと、引ききった位置で止まった。引き鉄がかなり絞られた位置ま
で後退しているのがわかる。
正面向かって右側面に目を移すと、弾倉を抜く時、誤って動かそうとした前方のレバーが、いくぶ
ん上に持ち上がっている。それに指をかけて下方に押すと、後方に位置したスライドは一気に元の
位置に戻った。
 シヤキーン!
澄んだ音が狭い部屋に響いた。
 その時グリップを把持した右手に走った衝撃を、出見は生涯忘れられないだろう。感激だ!

 スライドが戻った拳銃は、先程とやや印象が違って見える。撃鉄が起きた状態にあり、引き鉄は
少しカを入れただけで引ききれる位置まで絞られている。
 拳銃は弾丸発射可能な姿勢をとっているのだ。まがまがしい殺気。今や獲物に襲いかかろうとし
ている肉食獣だ。悪魔の牙だ。

(さあ…‥・引き鉄を引くぞ!)出見の掌は、じっとりと汗ばんだ。息も荒くなる。
こんなに興奮したのは何年ぶりか。心臓がバクバクと暴れるのを感じる。出見は指先に、そっとカ
を加えた。

 撃鉄がパチンと落ちた。

 出見の全身からドッと汗が吹き出した。おもいっきり息を吐き出す。
「やったぞ!」
 出見は声を出して言った。何が「やった」のか?何だかわからないが、そうとしか言えない心境
であった。
「・・手に入れたぞ、お・・・俺は、ついに手に入れたぞ!」
 出見は不気味な笑いを浮かべた。この瞬間、出見辛助は今までの自分と決別したのである。

(4)
 次の日。大型歯科診療所に出勤した出見は、上機嫌だった。
昨晩は興奮のため全く寝ていない。何度か拳銃を空作動させ、その感触と音色を堪能した後、拳銃
に付着した汗をセーム皮で丹念に拭きとったりしていたのだ。
磨くと、漆黒のボディが一段と渋く輝きだすように思えた。

 睡眠不足は感じなかった。どういうわけか体がシヤキシヤキと動く。
いつも猫背でトボトボ出勤してくる出見を見慣れていたスタッフ達は、肩で風を切るように颯爽や
って来る出見に驚き、噂しあった。
「デミちやん今日は機嫌良さそうね。顔つきもいつもと違うみたいね」
「恋人でも出来たんじゃない?」
「まさかー!絶対ないない!デミちゃん、ドジだし、格好悪いし、面白くないし−」
 まったくスタッフ達の評価も酷いものである。しかし今日の出見は誰がみても全く違っていた。
 診療もテキパキとこなし、スタッフに指示を出す口調も自信に満ちていた。
「今日のデミちやん、変やわ−」
「ホント。別人みたいね」
「私、デミちやんの笑顔初めてみたわ。診療の後、患者さんにニコッと笑うのよねえ」

 この噂は院長・佐瀬丘の耳にも入った。
(あの出見が、変わるはずがない。あいつは一生駄目人間!私の「お守り」だ。)
 佐瀬丘は、出見の変化を一過性のものと考えていたようだ。
しかしその考えは裏切られることとなる.......。

(5)
 いつになく順調に診療を終えた出見は、帰宅途中に駅前の書店に立ちより「世界の拳銃」と「コ
ンバットシューティング」という本を購入した。
「世界の拳銃」の方はよいとして、何故、拳銃の所持が禁じられているわが国で、拳銃射撃のマニ
ュアルが翻訳、出版されているのか?
これはサバイバルゲームの際、エアガンを撃つ時の参考にするのだそうだ。
 いずれにしてもこの本は、今の出見にとっては格好の教科書になる。

 帰りの電車の中で、出見は「世界の拳銃」を開いた。
自分の拾ったあの拳銃は、何と言う名前だろうか。
 それはカラーの口絵ページに早くも登場した。
出見はドキドキした。これだ。これが今、家にあるのだ!
解説にはこうあった。
『チェコの軍用拳銃CZ75。世界最高級の精度と性能を誇る。』

 世界最高級!出見の口元に笑いが走った。

(6)
 大型歯科診療所院長の佐瀬丘順三は、歯科医師会のパーティーに出かけた。
今日は出見の様子がおかしかったので、浮かれる気分にはなれなかった。
そんな佐瀬丘に、楓という若い歯科医が近づいてきた。知らない男であった。
「佐瀬丘先生初めまして。私は楓という者です。ところで出見君は元気にやってますか?」
「え?」
 突然、出見の事を言ってきたので佐頼丘はギョッとした。
「私は出見君とは同級でして。友達というほどではないのですが」
 何だ同級生か…。今日は出見の話はしたくなかったので、佐瀬丘はそっけなく答えた。
「ああ…出見は元気ですよ」
「そうですか。あの人は昔から、まあちょっと色々あったもので、気になったものですから。そう
ですか‥・元気ですか」
 楓の口調には、出見を馬鹿にしたような感じがあったので、佐瀬丘はちょっと気を許した。
「ああ、やっぱり…昔から色々ありましたか…」
「ええ……まあ‥‥‥色々とね。出見ですからね…フフフ」
 佐瀬丘と楓は、小突きあって笑った。共通の話題ができた。
出見を馬鹿にするのは本当に楽しい。
 楓は、学生時代の出見について語り治めた。
「出見君は遅刻の常習犯で、いつも怒られてましたよ。それに服装なんかもだらしなくて・…‥。
勉強も運動もあんまりできなかったなあ。よくまあ卒業出来たと思いますよ。そういうと女にもて
なかったなあ。それから…」
 楓は出見の情けない過去を、際限なく語った。
佐瀬丘は腹の底から笑った。やはり出見は誰からも馬鹿にされる男だ。

 しかし楓は最後に気になることを言った。
「でも佐瀬丘先生。出見君には気をつけた方がいいですよ」
「え?そりゃもちろん気をつけてますよ」
「いや、そういう意味ではなくて…。学生時代、一度だけ出見君と旅行に行ったことがあるんです
けど、そこでチンピラみたいなのに絡まれたんです。若気のいたりで喧嘩になったんですけど、そ
の時、出見君がどこかから大きな石を持ってきて、チンピラの頭をガツーン!と……」
「石で、石で殴ったのか!」
「ええ。それも何回も何回もガンガンやるんで、もうピックリしてしまって。必死で止めたんです
けど、あの時の出見君の目は完全にイッてましたよ。まあ、少し酒も入ってたんでしょうが...」

 出見にそういう凶暴な面があるとは。
佐瀬丘には意外であったが、まあ昔の話だ。人間だれでも暴力衝動は秘めている。
今の出見は枯れてしまって、そういうことはないはずだが。
 佐瀬丘は本日突如豹変した出見のことが、また気になってきた。
今聞いた暴力事件と今日の出見の態度が、佐瀬丘の脳裏で交錯した。
何か嫌なことが起こりそうだ。佐瀬丘は早々にパーティを抜けて帰宅した。

(7)
「コンバットシューティング」を熟読した出見は、拳銃射撃のだいたいの基礎を頭に入れた。
そしてCZ75の実射実験のための計画を練りはじめた。
人に見つかってはならないし、音を聞かれてもまずい。と、なると郊外が理想的だが、あまり土地
感がないところも良くない。
 地図を拡げて色々思案した結果、ある考えが浮かんだ。
 出見はCZをセーム皮に包むと、ショルダーバッグにつっこみ、アパートを出た。

 アパートの近くに高架があり、その下はレンガ作りのアーチになっている。
アーチはいくつかあり、大小様々な大きさがある。小さいものは車も通り抜けれないぐらいの広さ
である。そうしたものは、ホームレスの寝床化している場合もあるが、だいたいは無人であった。
 何故なら、高架を電車が通るたびに轟音が響くので、よはど鈍感でないと寝ていられないのだ。
騒音のため、周りに民家も少ないし、当然、人もあまり近づかない。
実射実験にはもってこいの場所である。

 アーチの下は、案の定誰もいない。
バッグからCZを取り出す。スライドを操作して給弾する。本に書いてあった通り、両手でグリップ
を保持し、身構える。弾丸は3発だけ入れてきた。
 遠くで電車の音が聞こえる。頭上の高架を電車が通る時、その通過音に紛れて撃つのだ。
狙いは、アーチの隅に放置された、古い木製のゴミ箱だ。距離約4メートル。
 暴発はないだろうか?
 音は電車の轟音に消されるか?
 ショックはどの程度なんだ?
いくつかの不安が頭をよぎった。
電車がどんどん近づく。
 轟音と共に振動が大きくなる。銃口が、だんだん下がってくる。重いのだ。
頭上に電車がさしかかった。
耳をつんざく轟音。そして振動。
電車の窓の明かりが、アーチの影をギザギザに寸断しながら周囲を照らす。
 出見の右指先が引き鉄を絞る。
 ガーン!ガーン!ガーン!
 3発達続発射。
銃声は想像以上。電車の轟音をもってしても、完全に播き消すことは出来ない音量だ。
さらに驚いたのは、銃口から放たれた閃光の眩しさと、腕全体に走った反動衝撃だ。
 腕は自然に反動から逃れようと、頭上まではね上がった。出見はその姿勢のまま硬直していた。
 電車が遠ざかっていく。
 しかし銃声はまだアーチ内にこだましている。硝煙の香りが鼻を刺激する。
気持ちは最高に高ぶり、もう何も考えられない。

 しばらくして、銃声で麻痺した聴覚が戻ってきた。のんびりした虫の声が聞こえてきた。
 我に帰った出見は、頭上に掲げられた両手を降ろした。
 全弾発射したCZは、スライドを後退させて静まりかえっている。
銃口からはまだ、硝煙が立ち上っている。出見は、映画の主人公のように、その煙に息を吹きかけ
ようとしたが、唇が貢えてうまく吹けなかった。
 スライドロックレバーを降ろし、スライドを元の位置に戻した。
スライドに触れると、あの氷のように冷たかった金属の肌が幽かに熱を帯びている。
その微妙な暖かさが、高ぶる神経を鎮めていった。

 標的のゴミ箱に眼をやった出見は息をのんだ。
木製のゴミ箱は、粉微塵に吹き飛んでいたのだ。
いったい3発のうち何発が命中したのかは、わからなかった。しかしその破壊力は恐ろしいもので
あるということは、よくわかった。

 これが…人間だったら…。
出見は、その危険な考えを頭を振って打ち消した。
自分は、この恐るべき破壊力を持ったメカニズムを手に入れただけで満足するべきだ。

 自分はいつだって思う相手の命の火を吹き消すことができる。いわば神か悪魔に近い存在に変身
したのだ。今日の実射実験で、その思いは確信になった。

(8)
 次の日、出見は昨日に増して、自信に満ちた様子で出勤してきた。
その自信が何に根ざしたものなのかは、誰にもわからなかった。
患者に対する態度もスタッフに対する態度も明らかに違ってきた。
驚いたことに、佐瀬丘の指示に対して意義を申し立てたりもした。これは従来は絶対考えられない
ことであった。
 出見という男は、自分で物事を決定したりできないし、権力に対して意見したり抵抗したりしな
いはずであった。
 自分からは何も出来ない。指示されたことすらまともにできない。いつも自信がなくてオドオド
している、鼠のような男であったはずだ。

 それがどうしたことか。
 佐瀬丘は恐怖した。
おかしい。出見が変わっていく。のろまで出来が悪い、だからこそ自分のコンプレックスを消し去
ってくれる「お守り」だったのに。
 いったい出見の自信はどこから来ているのだ。
 今のうちに奴の「自信の源」を絶たなければ.......。
そうしないと自分は再びコンプレックスの黒い淵に沈んでしまう。
出見は自分と対等であってはならないし、ましてや自分を踏み越えるような存在になることは許さ
れない。
 佐瀬丘は、一計を案じ、パーティーの時出会った楓の診療所に電話をかけた。
「やあ楓君。佐瀬丘だ。実は……」
 佐瀬丘は、出見の様子が急におかしくなったことを告げた。自分と出見の異常な雇用関係につい
てはボカして語ったが、頭の良い楓には、何となく事情がわかってしまった。

「それでは佐瀬丘先生は、私に出見の身辺を探ってはしい、と言うのですね。そして出見の『自信
の源』を突き止めてくれというのですね?」
「そうだ。仕事も忙しいだろうが、君は出見と同級だったという強みがある。接近はしやすいだ
ろう。何とか頼まれてくれないだろうか」
「‥…・まあ、仕事は暇ですがね。報酬をいただけるなら考えましょう」
「報酬!……まあいいだろう。いくら出せばやってくれる」

 楓は、佐瀬丘のせっぱ詰まった様子から、これは本業よりもうかるぞ、と考えた。
実は楓の診療所の経営は、順調とはいえないものであった。
借金の返済に少しでも充てられるのなら、この話、乗ってもよい。
 楓は、佐瀬丘にちょっとふっかけた。佐瀬丘は、その金額にしばし絶句したが、しかたなく承知
した。
佐瀬丘にとって出見は、金では買えない最高の「お守り」であり、アイデンティティーの堤防であ
ったからだ。

(9)
 出見はそんなことは露知らず、今日は、繁華街にある玩具店に出向いた。
その店は、エアガンやモデルガンを数多く扱っている店であった。
 出見は若い店員をつかまえて尋ねた。
「ええと……シーゼット75のモデルガンはありますか?」
「ああシゼットですか?モデルガンは無いなあ。エアガンならあるんだけど」
 店員は棚から箱を取り出した。それはTというメーカーの品で、なかなかよく出来ていた。
しかし、実銃の持つ研ぎ澄まされた凶器の香りは無い。
「チェコの軍用拳銃。オートマチックとしては最高の完成度です」
店員は誇らしげに言った。まるでその玩具が本物であるような言い方に、出見は吹き出しそう
になった。
「ではこれをいただきます。ところで、これを入れるホルスターはありますか。出来れば革製のし
っかりしたものが欲しいのですが」
 こちらが出見の本当に欲しいものであった。ホルスターだけ買うのは、何か疑われそうな気がし
たので、エアガンも買うことにしたのだ。
「ありますよ!ホルスターは、いいのがありますから!ちょっと値ははりますがテッド・ブロッカ
ースのライフライン。ホンモノ。最高のショルダーホルスターです」
「よし。それもいただきます」
「毎度あり。ガスとBB弾はおまけしときます。でも旦那、人は、撃たないようにね!」
 出見は、ちょっとビクッとした。撃ったら........死ぬからなあ.....。

 玩具店を出た出見は、家具屋に行き特大の姿見を購入した。
シューティングスタイルの研究のためだ。
 さらに出見は、スポーツ店に立ち寄り、ダンベルとジョギング用のナイキのシューズを買った。
昨日の試し撃ちでは、銃の重さのため、構えていると銃口が下がってしまった。
 また発射の衝撃で両手が踊ってしまった。やはり銃を完全に使いこなすためには、それなりの
筋力、体力が必要だということがわかったのだ。
 本日からの禁煙も決めていた。CZを持つに相応しい体を作るのだ。

(10)
 アパートに戻った出見は、上半身裸になると、テッド・ブロッカースのショルダーホルスターに
CZをセットして、身にまとった。
 姿見に映った自分を見て、意外に様になっている、と悦にいった。
全身から、殺気のオーラが立ち上るのが見えるようだった。
 CZを左脇下のホルスターから右手で抜き、さっと左手を添えて身構える。
鏡に映る自分に銃口を向ける。引き鉄を引いて空撃ちする。
 鏡の中の自分が悪魔のように見えた。
 出見のなかでは、平常な神経では考えられないような計画が湧き出し、凝固しようとしていた。
しかし出見のまだ弱い心は、それを肯定することができなかった。
自分の心の中を覗くのが恐ろしかった。

 出見は銃の中の悪魔に問いかけた。
「お前は……いったい何がやりたいのだ…」
 悪魔は答えずに、ただニヤニヤと笑っていた。

 隣の音大生の部屋から、ブルツフのヴァイオリン協奏曲第1番卜短調が微かに聞こえてきた。
それをBGMに出見は眠りに落ちた。
そして出見は恐ろしい夢を見た。
出見の放った銃弾に一人の男が倒れるのだ。
慌てて男に駆け寄る出見。
男はすでに絶命している。
 その男の顔を見た出見はギョッとした。

 男は佐瀬丘だった。

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