意見書 「子ども・子育て新システム」は、保育の質を下げ、子どもの成長に格差をもたらします
―今こそ国・自治体の公的責任による保育と制度の充実を―
2010年12月26日 全国幼年教育研究協議会
国は、待機児解消を図り、保育・子育ての仕組みを新たにつくるとして、幼保一体化や保育への企業参入
を柱とした「子ども・子育て新システム」(以下「新システム」)構想を打ち出しています。
全国幼年教育研究協議会は、1963年の創立以来、約半世紀にわたって子どもの豊かな成長と発達を願い、
人権の尊重を機軸に、乳児期から幼年期の保育・教育について実践的な研究をすすめてきました。その立場
から「新システム」が子どもの成長に“格差”をもたらし、国の将来をおびやかす制度となることを危惧し、
保育・子育ての質向上と充実について緊急提言します。
「保育」は、『乳幼児期の教育』と『教育的意義を持つ“養護”』の一体的・連続的な営みといえます。
乳幼児期は、自然や文化、人とかかわり、遊びを通して育ちます。これらは“養護”と一体化し、その指導・
援助は、発達を見通した専門職である保育者の応答的で共感的なかかわりとともにおこなわれます。子どもは、
愛着関係の築きを土台に、子ども集団のなかで身体や感覚、感性、認識、言語、自他への信頼感を育て、意欲
や表現する力を発達させます。「新システム」は、“(学校教育の)学習指導要領に照準をあてて「こども指
針」を作成する”としていますが、人格と人間らしさの基礎を築く乳幼児期は、それ自体が固有の時代であり、
小学校へのつながりは当然あるとしても、小学校教育に合わせるためにあるのではありません。
日本の保育は、アパートの一室で、寺社の境内で、施設も設備もない劣悪な条件のもとで始まりました。
子どものより良い育ちを願う保護者・保育関係者の長年の実践研究と運動によって、今日、子どもの確かな育ちを
保障し、社会の信頼や期待に応え得るまでにその内容は発展しました。「託児」への退行など許されようもありま
せん。1948年に制定された「児童福祉施設最低基準」は、日本全国どの地域にあっても国と自治体が責任を持って
子どもの育つ環境・条件を最低限保障することを示しました。この基準の引き上げと制度の拡充が保育向上のかな
めとなります。しかし、「新システム」は、こうした“最低”基準さえあいまいにし、営利と競争原理を命題とす
る企業の参入や保護者と施設事業者による「直接契約・補助方式」の導入などによって、国や自治体の公的責任を
大きく後退させる制度への転換を提示しています。
保護者や子どもを「顧客」・「サービスの対象」ととらえる企業の保育には、その性質上、園と保護者がい
っしょに考えあう「子育ての共同」やすべての子どもの成長を等しく保障するという視点は介在しません。コスト
削減の徹底は、まず保育者の給料にはね返ります。規制緩和をした「認可外保育施設」では、あまりの待遇の悪さ
から職員の頻繁な入れ替わりが起きており、保育の質の低下を招く原因となっています。
一人前の保育者になるためには、養成課程の充実に加え、0歳から5歳までを担当する最低6年の保育経験が必要
とされ、就労の継続・定着が必須です。「新システム」は、“子育てサービス従事者”の雇用拡大をあげていますが、
定着に足る処遇の改善には何らふれていません。すべての保育職の待遇をまず公立園レベルにした上で、さらに改善
を図り、保育の質の向上につなげることこそ緊急の課題です。
保護者は「認可園」の入園を切望しています。安心かつ良質の保育を願うのは当然です。「直接契約方式」によ
って保育が“切り売り”され、子どもの成長に格差がもたらされるような状況があってはなりません。「認可外施設」
には、保育・運営が適正かどうかの国や自治体によるチェック・指導が入りません。公的責任によって「認可園」を
増やし、適切な保育・運営がおこなわれる制度にする必要があります。
特別な支援を要する子どもの受け入れやアレルギー疾患の子どもへの対応、また虐待の不安を抱える家庭へ
の支援など、保育施設の果たす役割はますます重要となっています。子どもの最善の利益をかかげる「子どもの権利
条約」の精神に基づき、保育内容の向上と環境・施策の整備が、大人の都合でなく、子どもの視点に立ってすすめら
れなければなりません。それは、世界の保育の流れです。「保育の質」についての諸外国の研究やOECDと先進諸国に
よる共同調査研究は、予算をかけた豊かな保育を受けた子どもたちが、やがて有能な学び手・働き手となって社会に
貢献し、大きな利益をもたらすことを明らかにしています。
公的責任とその良心において、すべての子どもの幸福を実現する施策を求めます。